No.99, No.98, No.97, No.96, No.95, No.94, No.93[7件]
札幌ラーメン 武蔵
札幌ラーメン 武蔵
こちらは、北のあんこや>>97さんのあとに寄ったお店で、2008年訪問時の記録になる。
ここもおそらくTV情報で知ったのだろうと思う。札幌白石に本店を構えるラーメン店だ。
当時はすすきのラーメン横丁にも出店しており、その後は藻岩にも出店していたようだが現在は本店のみの営業になっている。こちらも20年以上の営業になる有名店だ。
札幌ラーメン 武蔵
2008年当時は何も考えず訪問したが、TV効果もあったのか駐車場も常に満車で(あんこやさんに行く前に寄っているが満車だったので後で来た)かなりの待ち時間があり、やっと入店出来ても提供されるまでしばらく待つほどの賑わいだった。そのおかげで先程食べた雪だるま焼きの分空腹になりつつあったが。
それにつられた我々が言うことではないが、これがメディア露出の良し悪しかと思いつつも、提供されたラーメンは文句無しに美味しかった。
今まで札幌でラーメンを食べたことがなく(ご近所や観光客には定番でも、近郊の民には馴染みが薄い)、初の札幌ラーメンがこちらだったので特別印象深いお店である。
メニューは厳選された数品なので選びやすい。昔風醤油と迷って辛味噌にした。辛いものは、辛さの度合いがお店に寄ってまちまちなので少し勇気がいるが、こちらの辛味噌は見た目よりも甘辛で刺激も強過ぎずちょうどよい。さすがに控えたがスープも飲み干せそうな味わいがあった。
麺は北海道では定番の卵縮れ麺なのだが、西山製麺の特注麺だという。麺のコシとスープとの絡み具合がとてもよかった。
数年後、詳しい年は失念したが、このことを覚えており別件で近辺まで来た時に再訪した。お昼のピーク時の後だったためか待たずに入店出来た。その時の写真は無いが、結局同じく辛味噌を注文し、あの甘辛と縮れ麺を味わった。
他の味もいただいてみたいが、あの味をまた楽しみたいというジレンマに悩む。
微妙に近くて遠い札幌、美味しいお店に出会うと良い意味で悩みのタネにもなる。
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#飲食
北のあんこや
北のあんこや
訪れたのが2008年だったため、さすがにもう…と思いつつ調べてみると、なんと今も営業しており、今年で20周年とのこと。
こんにち飲食店は10年も続けば大したものと云われる中で、それ以上前に訪れたお店が変わらず営業していると、なんだか嬉しくなる。
近所なら通りがかりなど時折利用できるのだが、市外で遠方だと中々。しかも札幌中心地まで足を伸ばしても更に先の西野である(南から北上視点)。今も変わらず「雪だるま焼き」を作っておられ、なんとか再訪して食べたい気分になっている。
北のあんこや
こちらを知ったのは、TVで紹介(ローカルグルメ情報系だと思う)されていたかららしい。当時話題の新しいお店だったのだろう。家族が偶々見て、食べてみたいとなったのだった。とはいえ、我が家はいつもこういうことをしているわけではない。しかもおやつ系グルメのために当時よく遠方まで足を運ぶ気になったものだと思う。思い返せば当時は筆者が最初の失業時期で、悶々としていたような気がする。もしかしたら気を遣ってくれて、気晴らしの口実だったのかもしれない。
それは鯛焼きと、雪だるま形のおやきのお店だった。「おやき」とは、地方によっては「今川焼」「大判焼」などと呼ばれるベイクドモチョチョのことである(ネットスラング)。おおよそ北海道ではおやきと呼ばれている。
当時は、甘いものが苦手で個人的におやきはあまり好まなかったのだが、こちらの雪だるま焼きはパリッと薄皮でもちもち食感、あんもしつこさがなく美味しかった。そして見た目も可愛い。
お店は住宅地の中、戸建てのルーフ奥の1階部分になる。ルーフ下が駐車スペースで、店の内部は広くないため、家族1人が中に入って注文し筆者は外(車内)で待っていた。作り置きではなく、その場で焼いてくれるらしい。
こちらが可愛い雪だるま焼き。表と裏で姿が違う凝った作りで、写真は笑顔の女の子、裏側がちょっと怒り顔の男の子になっている。中のあんは種類がたくさんあり、全ての種類をひと通り1個ずつ購入した。好みだったのはごま、かぼちゃ、とうきび。とうきびはそれほど味が強くない分あっさり風味で、当時の自分には合っていた。食べきれないものは持ち帰ったが、帰宅後冷めてももちもちしていた記憶がある。
スタンダードな小豆あんは、「しゅまり小豆」という朱鞠内湖周辺で栽培されているブランド小豆が使われており、上品な甘さがあるらしい。当時は普通の小豆に苦手意識がありそちらは口にしていないのだが、あれから年を経て、和菓子の甘さを欲することが増えた今ならまずこちらをいただくだろう。
また夏場はソフトクリームも扱っているらしい。
可愛らしい雪だるま焼きに、また会いたくなった。
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#飲食
ラルマナイの滝
ラルマナイの滝
2007年に恵庭方面の山中をドライブ中にたまたま見つけた場所。
道道117号、恵庭岳公園線に展開する恵庭渓谷には、漁川の支流であるラルマナイ川が流れ、川沿いに3つの滝の名所がある。
その内の1つ、ラルマナイの滝に立ち寄った。
▼2007年9月
「ラルマナイの滝駐車公園」の看板につられて、駐車場にクルマを停め、散策路を進むと展望出来る橋があった。
カーブを描いて滑り落ちる流れ。ウォータースライダーのようだ。
水勢がよくそれなりに見応えはあるが…
逆の下流側。突然切り立っているのだがこれはもしかして、ここは滝上なのでは?
上流側を遠巻きに。これを滝と呼ぶには落差が小さすぎる。来た道を戻り、道道へ出て清水橋を渡った先、ラルマナイ郷橋の途中に半円形の展望スペースがあるのでそこから眺めてみる。
橋の柵の装飾が可愛らしい。紅葉の名所でもあるようだ。
展望スペースからの眺め。木々の間にうっすら見えるのが本当のラルマナイの滝なのだが全体が見えない。この真下に何やら整備された円形状の広場があるのだが、どうやったら行けるのだろう…?
橋の周辺を見回すと、車道を挟んで向かいに下り階段があるのを見つけた。
少し急な階段だが、下りた先に遊歩道があったので辿ってみる。
脇を流れるラルマナイ川。
遊歩道は川を渡って道道の橋の下へ繋がる。
渓谷の川の趣がある。水が綺麗。
橋の下に出た。あの広場に辿り着いた。
先程の半円の展望スペースを下から眺める。
広場には2ヶ所程、テーブルとベンチがあり休憩も出来るようになっていた。
「ラルマナイ」とは、水無沢と訳される。切り立った深い渓谷の急流は水無しになるのだろうか。語源は諸説あるらしい。あるいは治水が行われる以前は流れも違ったのだろうか。
広場から見える滝。かなり近くに見えるがやはりこの時期はまだまだ藪が深い。展望スペースを設けていても周辺を刈ったり整地はしない方針なのだろうか。自然環境的にはこれでいいのかもしれないが。
時期を選んで来いということで…
川の縁の切り立った崖。地名の由来に納得。いやこれを見て由来を推測した可能性も…折角なのでベンチに腰掛けゆったり休憩。時々橋の上の展望スペースに人がやってきて滝とこちらを一瞥していく。特に案内板もないせいか、この広場まで来る人はおそらく少ない。
ヒナバッタや、
柵の片隅に大ぶりのカタツムリ。どこにでもいる種類だと思っていたが、準絶滅危惧種のサッポロマイマイに似ている。
当時立ち寄ったのはこのラルマナイの滝のみだったが、近辺にあと2ヶ所、白扇の滝と三段の滝もある。それらと合わせて2014年に再訪した。先の2ヶ所は後日別に上げることとして、ラルマナイの滝のみ以下に上げておく。
▼2014年9月
上から7年経って久々に訪れたので、広場への下り方を忘れかけている。橋の上の展望スペースから。
結局前回と同じく9月に訪れてしまったが、かろうじて二筋の流れが確認出来た。
俯瞰でラルマナイ川と例の広場を。くねくねと曲線を描いて流れる川だ。滝の方の支流の名は滝の沢というらしい。広場はあまり手が入っていないのか、幾分廃れて見える。
車道の端に下り口を見つけ、思い出して辿ってみる。
階段を下りたところ。向こうへ続く遊歩道を進む。
脇を流れる川を振り返って見る。向こうに見えるのが先程下りてきた階段。

川を渡り、道道の橋脚部分(橋の真下)で振り返ったところ。
来てみれば、前回と変わりないように感じるが…
周りの手入れは前回から特にされていないように見える。
今度は、やっとまともに滝が見られた。左側はもう少し幅がありそうな気もするが、はっきりと二股に分かれて落ちる姿が確認出来た。
右側の滝。水量が多く勢いがある。この時は小雨がちということも影響していたのかもしれない。上の方に橋が見える。前回の最初に眺めた滝上の場所だ。
あそこにも再訪してみる。
来た道を戻り、階段地点の逆側にも道が続いていたので少し辿ってみた。こちらは人通りも無いのか、踏み跡も見えず獣道然としている。
凄い雰囲気。風景としては好みだが薄暗いのでやっぱり不気味。柵で封鎖されすぐに行き止まりとなった。おそらく、今の道道が開通する前の旧道(もしくは林道)だったのではないだろうか。遊歩道にしては広く、車1台分は通れる幅だ。新たに遊歩道のためだけに開削するとは思えないので、林道を遊歩道に転用したものと思われる。
戻って道道へ階段を上がり、駐車場を経由して上の橋へ。

天候もあってか、水量が多い。倒木がところどころにある。最近では大規模な倒木があったらしく、この流れを遮っていたようで、現在の状態が気になる。
割と気軽に滝上と滝下を見られるタイプの滝だと思う。
滝上の橋を渡った先は、通行止めとなっていた。おそらく、先程の鬱蒼とした下の道と繋がっていたように思う。どのくらい道が現存しているかは不明だが、崖の地形のために倒木や崩落も多いのだろう。実際に通行不能になっているものと思われる。
現在の様子をGoogleマップで確認すると、道道から下りる階段は封鎖されており、下の広場へは行けなくなっているようだ。
航空写真で見ると、広場が既に跡地然としており、少しもの悲しく感じた。
もう整備はされないのだろうか。今や滝の姿は道道の展望スペースからしか望めないようになっているらしい。
それほど落差もなく美しい滝というわけでもないのだが、名所が減っていくように感じて寂しい限りだ。
■参考:恵庭岳公園線(1)-滝をめぐる道の昔と今(道道資料北海道)
旧道について参考にさせていただきました。
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#公園 #河川 #遊歩道 #滝
Doremo LeTAO(ドレモルタオ)
Doremo LeTAO(ドレモルタオ)
オープンしたて(確か)の頃に訪れた2007年の写真が発掘されたので、上げておく。
外観や内装はほぼ変わりないが、メニューはまったく変わっているようなので、あらかじめおことわりしておく。
以前はこんなメニューもあったのだというくらいに留めていただければ。
現在はパンケーキやパフェ、パスタなど、またセットに看板商品のドゥーブルフロマージュも提供されており、色々と選べるようで充実しているようだ。
小樽に本店を持つ菓子舗LeTAO(ルタオ)が千歳に出店したということで、パン工房とカフェを併設している。
同行者のリクエストで、足を運んでみた。
土曜に訪れたが、警備員を配置するほどに駐車場が賑わっていた。建物が2棟並んでおり、手前がショップ、奥(写真)がパン工房とカフェの棟になる。
訪れた時間がお昼近かったので、軽く昼食も兼ねて利用した。
席は適度に空いていて座れたが、程なくして続々と席が埋まり、満席になった。
天井が高く、明るいおしゃれな空間だ。
当時はそれほどメニューが多くなかったような気がする。ランチに最適な、パンとスープのセットをいただいた。パンはライ麦とバターロール、トマトの冷製スープ、サラダもついてきた。
同行者は温かいスープを選んでいたので、何種か選べるようになっていたと思う。
変わり種を選びがち。正直美味しいのかわからない謎メニューを選ぶくらいのノリで注文した。スプーンにドライパセリが盛られており、食前に振りかける。小ねぎもトッピングされていた。
スープはコンソメベースなのだろうか。トマトペーストではなく、丸ごと入っているのが見た目に涼しげ。
肝心のお味は、トマトの酸味とパセリのアクセントが合っていて、とてもさっぱりして美味しい。おかわりが欲しいくらいだった。パンも美味だったがこのスープの印象が強い。今はさすがにメニューにはなく、残念だ。
折角お菓子屋さんに来たのだったら、ケーキもいただきたいと、紅茶とセットで追加オーダー。この頃は、よく食べたなぁ〜と感心してしまう。
紅茶には、抽出方法などが書かれていた紙が置かれていた(内容は覚えていない…)。
苺のミルフィーユ。カスタードと生クリーム、サクサク感が良い。
パン工房と、隣のお菓子棟にも寄り、絶対にギフト用であろうマカロンを自分用に購入した。この頃からマカロン好きだったな…
LeTAOは元々鳥取の企業が小樽に進出したものだというのを最近知った。他所から来た企業は他にも沢山あるため別にそれが理由ではないのだが、小樽の本店の方は、店舗の外観が目立つのでランドマークとしては利用するものの買い物をしたことが意外とない。
おしゃれではあるけれど、道産の原料を使用しているにもかかわらず、あまり北海道色を出していないように感じて目が滑るというか…似通ったラインナップに感じてしまうのだ。小樽に来てまでわざわざ買うまでもないかとも思ってしまう。個人の感想ということで勘弁してほしい。
そもそも本店の店舗に行ったのもこれまた以前のことなので、現在の状況もあまりわかっていないのだが。
小樽に行った時は菓子よりも、かま栄のかまぼこに行ってしまう庶民の戯言である…>>5
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#飲食
樽前さんぽ 2009
樽前さんぽ 2009
樽前山の麓には、字名で樽前という地区がある。苫小牧西端の郊外の主に農業地帯の集落である。
山側の奥には樽前ガロー>>2や観音沼、タネト沼など>>3もあり、自然の宝庫でもあるが、人家に近い場所を訪れたことはあまりなかった。
2009年にアート系の展示がこの地区で催されていたため、興味があり訪れてみた。
作業小屋をリノベーションしたギャラリーで、落ち着いた空間に絵画や写真、造形などの作品が展示されていたが、撮影は作家により対応が異なるようだったため、控えた。普段は人も少ない静かな地区だが、この時は入れ替わり立ち替わり観覧客が訪れ、賑わっていた。
現在はNPO法人として活動しているクリエイター集団、樽前arty+ (当時は樽前arty)の造形作家藤沢レオ氏のアトリエが会場となっていた(上の写真は2009年のもので、アトリエ看板は現存していない。現在は事務所が離れにあるようだ)。
この周辺の屋外にも、造形やインスタレーションなどの展示があり、散歩がてら観覧させてもらった。屋外展示も作品の撮影は控えたため、ここでは展示エリアの樽前小学校周辺の風景を掲載する。樽前地区(一部)の散策記事として見てもらえたらと思う。
※一部、景色の中に作品と推測されるものもある。以前のものではあるがもし問題があるなら一報いただきたい。
樽前小学校。大正11年(1922)に覚生(おぽっぷ)尋常小学校樽前特別教授場として創立。平成6年(1994)から苫小牧市の特認校となっている。特認校とは、へき地など自然の豊かな場所への通学を希望する同じ自治体の児童・生徒を受け入れる学校のこと。
令和7年度の児童数は30名程だが、この当時の児童数は不明ながらも広いグラウンドと校舎もそれなりに大きい。正門も整えられ、へき地の学校としては立派なものだと思う。近年は校舎も新しくなったようだ。
学校の隣には、樽前の樽前山神社がある。なんのこっちゃかもしれないが、樽前山神社は山頂の奥宮>>93と、苫小牧市内3ヶ所に設けられている。高丘の総鎮守と、宮前町の錦岡樽前山神社、ここ字樽前の神社になる。錦岡樽前山神社の前身樽前権現に円空仏(由来はこちら )が祀られていたため、明治期の神仏分離で一時廃止され、新たに創建されたのが総鎮守樽前山神社だといわれる(初め矢代町に建てられ、のちに高丘に移転)。こちらの樽前の神社に関してはざっと調べても詳細が出てこない。苫小牧では大正期に「コイノボリ大火」があったため、詳細の歴史的資料が焼失したために不明なことが多々あるらしい。そのためそれぞれの樽前山神社の関係性はわからない。
この鳥居の奥も展示コースになっていた。
気持ちのいい散策路が続く。
シイタケ栽培の場所に出た。昔、小学生の頃に樽前しいたけ園という場所を見学したことがある。もしやここが?と思ったが、見学のしいたけ園は別の場所で、どうやら樽前小学校でシイタケ栽培を行っているようだった。学校の行事として毎年行われているらしい。
こちらはもちろんシイタケではなく。謎のキノコ類。ニカワタケに似ているがキノコの同定は難しいので深入りは避ける。
樽前小学校の正門に並ぶベンチ。謎なのはこのバス停の名前。王子正門通は当然ここではない。もしかしたらアートの一環だったのかもしれないが。
ちなみに王子とは王子製紙工場>>69のことだが、時折SNSなどで王子専用道路がネタにされる度にああ、普通はそう思うよなと地元民は再認識することになる。
何かを描いたのかもしれないイガグリ。今眺めていて気付いたが、方位マークを表したものだったのだろうか。もしくはたまたまそう見えるだけだろうか。イガは地面に固定されていないようだったので、これもアートだったとしたなら、あまり人の来ない郊外ならではのものだと思う。
この手のアートは、観覧者の行動も試されているようにも感じる。
足を運ぶ観覧客は皆落ち着いたちゃんとした方達だったのだ。でなければ、あっという間に散らされているだろう。
この頃は筆者も絵を描いたりと、アートに興味があり色々な催しに足を運んだが、次第に自分の根幹とは異質に感じて今ではほぼ関心の外になってしまった。
様々な行動をするに従った結果、自分と縁遠くなれば、そのようなものだとも思う。
ただ誰しも表現することはいつの時代も自由であって欲しいと願っている。
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#イベント #神社
樽前山2009 奥宮まで
樽前山2009 奥宮まで
古くからの苫小牧市民(千歳市民もか)に親しまれている山、樽前山。登山初心者でも登れる、軽登山レベルの山でもある。
筆者も過去には学校の行事で登ったり、また家族で訪れたこともある。年を経た今、集団や誰かと登ったということが嘘のようだ。岩登りや鎖場などの難所がない比較的楽に登れる山だが、個人的には他人とペースを合わせなければいけないことに難儀したり、家族に関しては、両親も老いた今思えばあの頃は皆体力があったなと、あれは本当にあったことなのだろうかとさえ感じてしまう。
樽前山の外観は、2つと無い特徴的な形状である。有史以来幾度も噴火を繰り返しており、火山活動は今日まで続く正真正銘の活火山だ。緩やかな台形状の上辺にもう一つ、コブのような隆起があり、これは溶岩ドームで「樽前山熔岩円頂丘」と名付けられ、北海道指定文化財の天然記念物に指定されている。明治期の噴火でこのドームが形成され、現在の形になったという。
1600年代(寛文期)の噴火では麓に沼地を作り、その内の一つが口無沼>>3といわれている。他の沼もこの時期に形成されたものかもしれない。
かつての山頂部分が陥没しているため、登り切った先はその縁に沿って円を描くように道が続く。これを外輪山という。外輪山の内側、中心部に溶岩ドームがあり、最頂部(1,041m)はこのドームの天辺ということになるが、火山活動のためドーム含む外輪山の内側は立入禁止となっている。外輪山の東側と西側、北側にピークが設けられており、それぞれ東山、西山、北山(932峰)となる。東山が最も高く、1,022mとなり、一般的に登頂といえばこの東山を目指すことが多い。
2009年、登山が初だという友人を連れて、久々に登ることとなった。
山頂に、樽前山神社の奥宮があると知り、それに興味を惹かれた。
元々山を神格化して祀った神社なので、ある意味その発祥の場所にもなる。普段人々が足を運ぶ場所は拝殿や本殿で、元々の本体(歴史的起源)は別の場所にあるという神社のあれこれを知って、妙に納得したものだ。山が御神体の場合は、その山に奥宮があることが多い。
7合目まではクルマで進むことが出来る。駐車場は大抵午前9時頃には満車になってしまう。この時は平日10時頃だったが、普通の区画に停められず、ヒュッテの横に縦列駐車する羽目になった。名所を訪れると必ず案内板を撮影してしまうが、大体数年後にはリニューアルされている。その変遷を見るのもまあ面白いのだが。こちらも近年足を運んだ時には変わっていた。
こちらも写真ベースでそれなりにわかりやすい図だったと思う。ちなみに7合目からの登山道と山頂ドーム部分、奥宮は苫小牧市の管轄、東山と西山は苫小牧と千歳の境界、北山は千歳市の管轄になるようだ。
ここで記帳。計画としては、見晴台経由で東山へ登ったあと、引き返し奥宮へ行き、同じ登山道を降りて戻って来るつもりでいた。東山くらいまでなら、1時間あれば登れるらしいが、運動不足だった我々にははてさて。
入山地点の階段。これを登り切ると見晴台になる。
あそこまで登るのだというのがわかりやすい。森林限界が見えて開けている。
隣接する風不死岳(ふっぷしだけ)の方向。登ったことはないがここより難易度が高いらしい。
見晴台から望む支笏湖。天気もよく素晴らしい眺め、だったのだが。
見晴台は広く開けており、丸太ベンチも幾つかあって休憩もできる。まだ先は長いのに、早速我々息が上がって苦しんでいる。
ここで十分眺めが良いので、引き返したくなるが、さすがにそれではあんまりである。
9月だったのでまだ暖かかったが、山では秋の兆しが窺える。
さあどんどんいっちゃおうねぇ〜…段差にバラつきがあるため、テンポよく足を運べないのが余計に疲労感を増す。
2025年に、修復整備のため登山道を閉鎖していたようだが、今はどうなっているだろう。
斜面の木々が、本当に斜めに生えている。斜めに撮ったわけではない。
こういう泡っぽいものがたまに草や枝に付いているのを見る。クモかホタルっぽい虫の住処だろうなと思っていたら、「アワフキムシ」というカメムシの仲間の幼虫で、泡状の排泄物で作られており、そこでしばらく身を隠して過ごしているらしい。他にはシマリスもいた。シャッターチャンスを与えてはくれなかったが。
休み休みのペースで歩みを進めるが、あとから登ってくる人々に次々と追い越される。
その方が楽ではあるのだが、友人の方がこの時点でギブアップしそうになっていて、筆者が先に行くよう促される。
以前は誰かと行くと、ほぼ筆者の方がそうなるパターンだったが、この時は逆の立場になってしまった。本当にそうして良いのか、かと言って相手の回復を待つのが良いのか、判断に迷ってしまった。
この時初めて、遅い人にペースを合わせることの苦労が解った気がした。遅ければ遅いほど良いわけではなく、ハイペースの人が相手の遅さに合わせるとこれまた疲れてしまうのだ。複数名で行くときは、ある程度同レベルのペースの人とでなければお互いつらい目に遭う。団体行動の場で、遅い人にも合わせてくれるガイドの人の体力とスキルには本当に頭が下がる思いだ。
友人には申し訳ないことをしたと思う。幸い登山道は一本道で迷いようがないので、ゆっくり登ってくるか、先程の見晴台まで戻って休むかを選択してもらって、筆者一人で登っていくことにした。
ここで山の天気の不安定さを思い知る。途中でガス(霧)がかかってきた。7合目では晴天だったが雲があったためか、そこまで登ってきているということかもしれないが。

試されているのだろうか…先を行っていた人が、頂上付近までいったものの「何も見えない」と言って引き返してきた。
霧雨も降ってきた。下の方は晴れているのだろうか。残してきた友人のことも心配だ。
若干冷え込んできたのもあり、登れても何も見えないのなら意味がないと、引き返して戻ることにした。
少し下ったその時。遠く向こうで友人が登ってきていた。正直かなり驚いた。
ここまで来れたなら、今更戻るというのは申し訳ない。追いついて来るのを待ち、少し休んで2人で山頂を目指し再出発した。寒さは登っていれば暑くなる。山の天気は変わりやすいが、これもまた少しは晴れてくれるだろうことを祈って。
それにしても、山の人々は温かい。
我々の様子を見て、頑張れと励ましてくれたり、折角なんだから行ってみたらと気遣ってくれたりと。
階段の場所が終わって軽石敷きの道になる。これらは火山灰である。楽そうに見えるがこれはこれで滑りやすく、一番気を使う箇所かもしれない。
元々はちゃんと階段状になっていたのかもしれないが、崩れやすい土壌でこうなってしまっているような気がする。この丸太に足をかけて登る人は、おそらく皆無だろう。
相変わらず休み休み。座れそうな岩に腰を下ろすとこんな草が。種類はわからないが、植物は大切に。最近では外来種も蔓延っているようなのだが。
登山道の脇にはタルマイソウ(イワブクロ)。ここ樽前山に多く生息しているためにこの名がついている。ホタルブクロに似ているが分類的には違う種なのだそうだ。
これはウラジロタデだろうか。少し晴れてきたかもしれない。
振り返って見る。道が断崖で切れているように見える。友人はこれを怖いと言っていた。高所恐怖症だと登山も難しいのかもしれない(筆者もそんなに強くはない)。
道から下の低い方を見る。霧か雲の境目がはっきりしている。緩やかな傾斜だが、踏み外したらと思うと怖い。
シラタマノキ。よく見る可愛らしい低木。白いのは実で、花は下向きに赤い釣鐘状のものが咲くらしい。
やっと、山頂(外輪山)に着いた。ここまで登れればあとは大体平地なのだが…
奥の景色がホワイトアウトしていて見えない。7合目からは1,250m歩いたらしい。平地なら楽勝でも上りだとこんなに苦しい。
右側はおそらく東山と書いていたのだと思うが、あまりにも視界が悪いので、東山は断念することにした。
西山方面へ向かい、奥宮一本に絞る。
外輪山の内側寄りに立入禁止のローブが張られている。家族で登ったのは30年程前になるが、その際に外輪山の内側(火口原)にも足跡を残した記憶がある。立ち入りが規制されていなかった当時でも火山性ガスの発生があり、ドームに近づく気にもなれなかったが、草も生えない黒土や赤土が広がり、硫黄臭も強くこの世とは思えない景色が広がっていた。
登山者が積んだケルンが幾つもあったのも印象的だったが、そんな景色では賽の河原のようにも思えた。我ら家族も記念にと小ぶりのものを積んでみたのだが、これが賽の河原ならばどんな意味があったのか。何らかの象徴のようにも思えてしまうほどの景色だった。
当時の写真は残念ながら無いが、ずっと印象に残っている。
西山方面へ続く道。
先程の分岐からは10分程歩くらしい。歩く度に霧が濃くなる。またまた不安になってきたその時…

やっと…!鳥居にカラス…まるで神の使いだ。
こんな高所まで来ることがあるのか…不思議な光景。
更に不思議だったのは、ここに来たらピタッと風も霧も晴れ、心持ち暖かくなってきたのだ。パワースポット、普段は興味もさほどないのだが…
何らかの理屈があるのだろうか。いやここは神様がいるということにするべきなのだろう。
この形になったのは昭和27年。ちょっとした古建築になりそうだ。
あまり撮るべきでもないのだが、どんな造りか気になった。お賽銭を納め、お参りさせてもらった。
他に来る人もいなかったので、少しここで休憩し、不思議と温かなこの場所で暖をとることに。
今回の大方の目的を果たすことが出来、友人もなんとか無事に登ってこれてよかった。これは途中会った人達と、山の神に感謝。
西山へはまだ距離があるため、今回はここまでにして下山する。外輪山の内側、溶岩ドームの方は相変わらず濃霧に埋もれていた。
地面が緑色っぽいのは、植物が一面に繁茂しているのかもしれない。しばらく人が入り込んでいないからだろうか。
先程の崖のように見える場所にある、大岩。昔から変わらずある。座り心地がいいわけでもないが、個人的に休憩地点にさせてもらっている。
こんな軽石の火山灰ばかりなので、滑る。下りは気を遣うが、必ず一度は転けているような…
途中でうっすら見える苫小牧の街。街から見えるあの山に、今来ています感。
風不死岳も山頂付近は雲の中。ここまで下りたら晴れてきたので、上と下で天候が違っていたのだろう。完璧な晴れ、快晴でもなければパーフェクトな登山は難しい。
スギゴケか。美しい苔だ。キノコが紛れているのも味わい深い。
陽の光がまばゆい。無事戻ってこれてホッとした。見晴台まで戻り、ここで遅いお昼にした。ただのおにぎりだったのだが、これが疲労した体にものすごく美味しかった。
夏場だと虫が寄ってきそうだが、その前に食べきった。満足!
駐車場に戻ると大きなハシブトガラスが。意外とこの辺には多いのだろうか。よもや、奥宮にいたカラスではあるまいな…
並の人で通常は1時間、コースにも依るが東山往復なら2時間あれば十分だそうだが、戻ってきたのは15時、我々は5時間もかけてしまった。初心者レベルとは。
それでもこれをいい機会に、体力づくりをしようと誓うことになるのだった。今振り返ると効果の程はなんとも言えないが。
樽前登山は、その後も幾度か行っているので、また順を追って更新していくつもりだ。
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#花 #鳥類 #山 #神社
美笛の滝
美笛の滝きのこ王国>>89からの帰り道、美笛峠の国道453号沿いに立つ「美笛の滝入口」の看板が通るたびに気になっていて、近いうちに行ってみたいと思っていた。
2009年の10月に友人を伴って訪れた。入口の分岐から林道を車で数分、駐車スペースからは15〜20分程歩くと辿り着くことが出来た。小川には簡易の橋が架けられて遊歩道が整備されていたが、踏み跡は途中ところどころ水が浸かっており足元を濡らす箇所もあった。
その数年後には遊歩道が崩れ、滝まで行くのは困難との情報があった。現在辿り着くには相当の装備が必要になるかもしれない。滝入口の看板も、ストリートビューで確認すると2018年には既に撤去されていたようで、現存しない。
クマ対策さえすれば、森林浴をしながら散策レベルで辿り着け、しかも見事な滝という中々無いスポットだったので、至極残念である。
ちなみに美笛は「びふえ」と読む。
検索していたらAI要約の読みが「びてき」と出てきたので、違う、そうじゃないとルビを記しておく。
目的は滝なので、このまま真っ直ぐ進む。
3〜4台は停まっており、先客がいたようだ。
何組かの先客とすれ違った。袋いっぱいにシメジのようなキノコを摂っていた人もいた。左側にたくさんあったと我々に教えてくれたが、キノコの知識が無いため軽く礼を言うに留めておいた。滝の他に山菜やキノコ目的の人も多いのかもしれない。
難所は一切無かったが、それなりに高度を上げているようで息が上がってくる。
ここまで来ると、道がほぼ踏み跡状態になっている。
綺麗な流れではあるけれどこれだけ…?と思ったら…
廃れかかっているがきちんと滝の銘板がある。
足場は、滑滝付近に平たい大きな岩があったので、そこでしばらく眺めていた。
しばらくして後から別の見物客が来たので、場所を譲って戻ることにした。
これらの遊歩道は現在どこまで残っているのだろうか。
滝は変わらずそこにあるのだろうが、いつまでも容易に姿を見られるわけではないという自然の厳しさを見せつけられているようだ。
畳む
#河川 #遊歩道 #滝 #林道 #鉱山