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スイーツから廃墟まで。北の国からお送りする日常ゆるゆる探検。2009年から始めた前ブログの記事を再編、移植しています


No.94

樽前さんぽ 2009

樽前さんぽ 2009

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樽前山の麓には、字名で樽前という地区がある。苫小牧西端の郊外の主に農業地帯の集落である。
山側の奥には樽前ガロー>>2や観音沼、タネト沼など>>3もあり、自然の宝庫でもあるが、人家に近い場所を訪れたことはあまりなかった。

2009年にアート系の展示がこの地区で催されていたため、興味があり訪れてみた。
作業小屋をリノベーションしたギャラリーで、落ち着いた空間に絵画や写真、造形などの作品が展示されていたが、撮影は作家により対応が異なるようだったため、控えた。普段は人も少ない静かな地区だが、この時は入れ替わり立ち替わり観覧客が訪れ、賑わっていた。

現在はNPO法人として活動しているクリエイター集団、樽前arty+ (当時は樽前arty)の造形作家藤沢レオ氏のアトリエが会場となっていた(上の写真は2009年のもので、アトリエ看板は現存していない。現在は事務所が離れにあるようだ)。

この周辺の屋外にも、造形やインスタレーションなどの展示があり、散歩がてら観覧させてもらった。屋外展示も作品の撮影は控えたため、ここでは展示エリアの樽前小学校周辺の風景を掲載する。樽前地区(一部)の散策記事として見てもらえたらと思う。
※一部、景色の中に作品と推測されるものもある。以前のものではあるがもし問題があるなら一報いただきたい。


202601210207411-admin.jpg樽前小学校。大正11年(1922)に覚生(おぽっぷ)尋常小学校樽前特別教授場として創立。平成6年(1994)から苫小牧市の特認校となっている。特認校とは、へき地など自然の豊かな場所への通学を希望する同じ自治体の児童・生徒を受け入れる学校のこと。

20260121020741-admin.jpg令和7年度の児童数は30名程だが、この当時の児童数は不明ながらも広いグラウンドと校舎もそれなりに大きい。正門も整えられ、へき地の学校としては立派なものだと思う。
近年は校舎も新しくなったようだ。

202601210207412-admin.jpg学校の隣には、樽前の樽前山神社がある。なんのこっちゃかもしれないが、樽前山神社は山頂の奥宮>>93と、苫小牧市内3ヶ所に設けられている。高丘の総鎮守と、宮前町の錦岡樽前山神社、ここ字樽前の神社になる。錦岡樽前山神社の前身樽前権現に円空仏(由来はこちら )が祀られていたため、明治期の神仏分離で一時廃止され、新たに創建されたのが総鎮守樽前山神社だといわれる(初め矢代町に建てられ、のちに高丘に移転)。

こちらの樽前の神社に関してはざっと調べても詳細が出てこない。苫小牧では大正期に「コイノボリ大火」があったため、詳細の歴史的資料が焼失したために不明なことが多々あるらしい。そのためそれぞれの樽前山神社の関係性はわからない。

この鳥居の奥も展示コースになっていた。

202601210207413-admin.jpg気持ちのいい散策路が続く。

202601210207414-admin.jpgシイタケ栽培の場所に出た。昔、小学生の頃に樽前しいたけ園という場所を見学したことがある。もしやここが?と思ったが、見学のしいたけ園は別の場所で、どうやら樽前小学校でシイタケ栽培を行っているようだった。学校の行事として毎年行われているらしい。

202601210207415-admin.jpgこちらはもちろんシイタケではなく。
謎のキノコ類。ニカワタケに似ているがキノコの同定は難しいので深入りは避ける。

202601210207416-admin.jpg樽前小学校の正門に並ぶベンチ。謎なのはこのバス停の名前。王子正門通は当然ここではない。
もしかしたらアートの一環だったのかもしれないが。

ちなみに王子とは王子製紙工場>>69のことだが、時折SNSなどで王子専用道路がネタにされる度にああ、普通はそう思うよなと地元民は再認識することになる。

202601210207417-admin.jpg何かを描いたのかもしれないイガグリ。

今眺めていて気付いたが、方位マークを表したものだったのだろうか。もしくはたまたまそう見えるだけだろうか。イガは地面に固定されていないようだったので、これもアートだったとしたなら、あまり人の来ない郊外ならではのものだと思う。

この手のアートは、観覧者の行動も試されているようにも感じる。
足を運ぶ観覧客は皆落ち着いたちゃんとした方達だったのだ。でなければ、あっという間に散らされているだろう。

この頃は筆者も絵を描いたりと、アートに興味があり色々な催しに足を運んだが、次第に自分の根幹とは異質に感じて今ではほぼ関心の外になってしまった。
様々な行動をするに従った結果、自分と縁遠くなれば、そのようなものだとも思う。

ただ誰しも表現することはいつの時代も自由であって欲しいと願っている。
畳む


#イベント #神社

道央,苫小牧