トップ画像
TOP > Photo

スイーツから廃墟まで。北の国からお送りする日常ゆるゆる探検。2009年から始めた前ブログの記事を再編、移植しています


カテゴリ「室蘭」に属する投稿3件]

道道919と鉄の街の眺望

道道919と鉄の街の眺望

202601120339416-admin.jpg
トッカリショ>>87から、道道919号中央東線(観光道路)を辿ってみた。
初訪の2009年時点では、何処まで延びているのか不明のままだったので、ギリギリ離合出来る程度の細道がクネクネと続き、スリリングな冒険のような心持ちで辿った。交通量は決して多くはないが、国道に下りるよりもこちらを抜けた方が早いのか、たまに結構なスピードで向かってくるクルマもありこれには冷や冷やさせられた。

それでも時折木々が開けた場所から見渡せる街の景色に圧倒されたり、坂の街ならではの立体的な眺望と工場の風景が大変印象的な絶景ポイントでもあった。
幼少時に慣れ親しんでいた街のすぐそばにこのような道があったとは、只々驚きつつクルマを走らせた。


▼2009年8月

202601112345337-admin.jpg崖上の稜線に沿って走る道のため、かなり入り組む形でカーブが多い。
御前水町、大沢町、みゆき町、輪西町の上方を走る形になり、それぞれの地区へ下りる横道もいくつかある。これは大沢町へ下りる分岐だが、この観光道路の最頂部になるようだ。

202601112345336-admin.jpg右側の長屋のような建物は、今ではすっかり倒壊してしまったようだ。

20260111234533-admin.jpg以下、この分岐点から眺める景色になる。ここが最も良い眺望のポイントになるらしい。

202601112345333-admin.jpg日鉄工場群。製鉄業の街は戦争需要で栄えたが、戦後は落ち込み、地区により寂れた場所もある。
昔ながらの味わいのあった建物も撤去されたり倒壊したりと、近年特に変化が著しいが、近代の歴史の趣もまだまだ感じられる街だ。

202601112345331-admin.jpg白鳥大橋も望める。この立体感よ。

202601112345332-admin.jpg製鉄系の工場群なので、鉄分要素は抜群だ。渋みがあって圧巻。

202601112345334-admin.jpg国道と新道。クジラ半島を望む。

これらの景色がパノラマ状態で見渡せる。
これより先に行くと、木々の中、ポツポツと道沿いに民家が現れるようになる。

やがてイタンキ浜近く、潮見公園のあたりまで下ると、左手に長大な古い建物が見えた。
病院か、学校か…? 気になって建物の近くまでお邪魔してみると、それは母の母校、室蘭市立鶴ヶ崎中学校だった。

202601112345338-admin.jpgここまで入ってきてしまって良かったんだろうか…
しかし、母も同乗していたものの、ここに来るまで気づかなかったとは。

母曰く、かつての通学路と別の道から来たのと、こんなに古びているとは思わず、別の何かの施設かと思った、らしい。
言ってはなんだが、確かに、道路からだと廃病院…っぽく見えて、ちょっと不気味ではあったのだが。
不気味なのにわざわざ近づいてみる我らも我ら、似たもの親子なのか…

母が通っていたのは昭和40年頃、その頃は旧校舎で外観も違っていたらしく、無理もないだろう。

202601112345339-admin.jpgL字型の校舎だが、横に長く、近くでは全景が撮れない。

2026011123453311-admin.jpgL字の向こう側。教室数がやけに多い。母の時代だと1学年に10クラス以上はあったということから、その頃に改築したマンモス校の名残なのだろう。この時は既に空き教室も多かったのではないだろうか。

2026011123453310-admin.jpgこの鶴ヶ崎中学校は、その後、2011年に市立東中学校と統合し市立翔陽中学校となり、閉校している。
現在は取り壊され、更地になってしまった。

そんな母の思い出話しに花が咲き、では小学校の方もなどとちょっと寄り道してみたが、そちらは学校そのものは健在だったものの校舎が変わっていたりグラウンドが移動していたりとまったく見る影もなくなったらしく、ピンと来るものがなかったようだ。
ちなみに小学校は市立大沢小学校で、こちらもその後2020年に閉校、跡地は別の施設に転用されているようだ。

2026011123453313-admin.jpgこの擁壁の存在は筆者も昔からよく覚えているが、ここは昔、防空壕として使われていた場所だったそうだ。
母が子供の頃はまだ穴があったらしく、よく中に入って遊んだという。

2026011123453312-admin.jpgその後潰され埋められてこのようになり、今は私有地のため柵より内側への立ち入りは出来なくなっている。
パイプは、水抜き用だと思われる。よもやガス抜きではないと思うが。

確かに危険ではあるのだが、こういう話を聞くと昭和の時代のおおらかさと逞しさを感じる。


▼2014年5月

これもトッカリショ浜2014年の帰りに、やはり観光道路を通っていたようだ。
今となっては写真の日付を見返して、この時に寄ったのかとやっと思い出せる程度になってきた。

一眼でちょっと気合いを入れて撮ったものだが、特別腕があるとも思わない。
しかしそれなりによく撮れたと思うので、ここからはキャプションなしで載せていく。

20260112033941-admin.jpg
202601120339411-admin.jpg
202601120339412-admin.jpg
202601120339413-admin.jpg
202601120339414-admin.jpg
202601120339415-admin.jpg
202601120339416-admin.jpg
202601120339417-admin.jpg
202601120339418-admin.jpg
202601120339419-admin.jpg
2026011203394110-admin.jpg
2026011203394111-admin.jpg
2026011203394112-admin.jpg
2026011203394113-admin.jpg
2026011203394114-admin.jpg
2026011203394115-admin.jpg
2026011203394116-admin.jpg
2026011203394117-admin.jpg
2026011203394118-admin.jpg
2026011203394119-admin.jpg
特に最後6枚は、一目で惹かれた廃アパート群。日鉄関係の社宅だと思われる。
鶴ヶ崎中学校の裏手にあったが、前回は存在に気づかなかった。
この時には中学校も既に閉校しており、校舎だけが残っていたと思う。

生活の息遣いがまだ残っているように思われ、近い内に再訪してゆっくり撮りたいと考えていたが、自身の生活に追われあれよあれよと月日が経ってしまい、この3年後、父方の祖母の葬儀の席、参列者との久々の近況報告の中で、母方の親戚からこのアパート群が取り壊されたという話を聞いた。年月は流れ、身内も鬼籍に入ってゆき、気に入った場所も無くなっていく。

こちらは現在、新たに独身寮が建てられ、建物の形状がわずかにかつての面影を残すくらいである。
畳む


#廃 #工場 #古建築

道央,室蘭

トッカリショ浜へ

トッカリショ浜へ

202601110420473-admin.jpg
地球岬>>86(2009年)に向かう途中の道で見た案内板に、逆方向に「トッカリショ」の文字を見つけて気になった。
母も同行だったのであちこちは寄れないだろうと思ったが、その母も気になっていたらしく、帰りに寄ってみようということになり立ち寄った。
好奇心が似た方向の者同士だと、こういう時は本当にありがたい。自分の家族に共通の趣味など無いと思っていたが、親子だと根本がやはり似るのだろうか。

室蘭出身の母でも知らなかった場所らしい。今ならクルマもありあちこち走れば気づいて寄れるが、生活範囲の行動だけだったり交通手段も限られれば、地元の人ほどその土地のことを知る機会も限られるのだと思う。


▼2009年8月

202601110420277-admin.jpg道の端に、展望スペースが整備されている。脇に2〜3台程の駐車スペースもある。

202601110420276-admin.jpg先程の地球岬と同じく、室蘭八景の一つ。
他六つは室蘭港の夜景、測量山の展望、大黒島、絵鞆岬、金屏風銀屏風、マスイチ浜、となるようだ。

20260111042027-admin.jpgこの地名由来版はリニューアルされ現存しない。2009年時点のものである。

トッカリショ

 原名トッカリショ、アザラシの岩という意味で、いまは岩ではなく漁場そのものを呼んでいる。
 冬季になるとアザラシが室蘭近海に群泳してきたが、なかでもこの辺には一番多く寄り集まったところから、トッカリショと呼ばれるようになったといわれる。
 かつては鮭の漁場であり、万延元年(一八六〇)ごろモロラン(崎守町)で旅人宿と漁業を営んでいた藤谷史吉が漁場を開いたのに始まる。
 神秘的な月明かりの夜、魔の神が、日の神が眠っているすきに盗んだ「光の衣」を着て夜空にあらわれたため、二つの月が光り輝いた。アイヌたちは異変が起こったと騒ぎたてた。これをみた文化の神オイナカムイは、魔の神の仕業と見破り、銀の弓で銀の矢を放ち魔の神を射落としたので、再び平和を取りもどしたというトッカリショにまつわる伝説がある。

現在の看板は「名勝ピㇼカノカ」として、アイヌ伝承や文化が色濃く残る景勝地に指定されたことなどが記されている。旧看板ではその伝承の内容が記されていたということになるだろうが、見比べてみると興味深い。
伝承は日食か月食のことかと思っていたが、改めて読んでみると、夜中に月とともに光り輝くとは、火球などの可能性もあるかもしれない。
※現看板については他者の写真からの概略に留め、筆者自身が撮影したものではないため文字起こしは控える。


トッカリショの地名を初めて見た時は、「どっこいしょ」っぽいなあなどとフザケていたが、トッカリがアザラシのことだと自分の中で定着するとなんのことはない、アザラシがたくさんいたのだなと自然に捉えられるようになった。言語に親しむとはこういうことなのだろうか。

202601110420272-admin.jpg展望台からの眺め。これは凄い景色だ。
奇岩が特徴的。カマボコを切り分けているような形。

奇岩の向こう、手前に見えるはクジラ半島、その奥に見えるもう一つのクジラっぽいものは鷲別岬らしい。
半島とは別にクジラ島というのもあるらしいが、この2ヶ所の間にあるもっと小さい岩場のようなものだそうだ。

クジラ島はなんとなく聞いたことがあったが、形からしてあの半島のことだと思っていた。

202601110420271-admin.jpg逆側、地球岬の方角になる。

202601110420273-admin.jpg崖上の草原もまた凄い。まるで絨毯だ。

202601110420275-admin.jpg地層がはっきり見えるのも、地球のスケール感があって素晴らしい。
海外だともっと凄いものが見れそうだが、国内、しかも自分の近所にもこういう景色があることに感動した。

右側奥に見えるのがイタンキ浜になる。

202601110420274-admin.jpg展望台前の道路は道道919号線、通称観光道路といわれている。草原の崖上を延々と延びる細道だが、この先は何処に繋がるのか皆目見当もつかず、当時あまりに気になったので帰路はこの通り進むことにした。次の記事>>88で記す。


▼2014年5月

20260111042047-admin.jpg春、桜を見に室蘭まで来て色々回ったついでに来てみた。

202601110420471-admin.jpg
202601110420472-admin.jpg季節が変われば景色の色も変わる。まだ枯れ草も残っており、緑の絨毯の色も薄い。

202601110420473-admin.jpg何故この時期に来たかといえば、2009年時の写真を見て鋭い方はお分かりかもしれないが、この下へ延びる道と階段があり、浜へ下りることが出来るのだ。道端の草が伸び切らない内の方が辿りやすそうだと思ったのだ。

前回は気づかなかったが、後日それを知り再訪して下りてみたいと思っていた。

先の展望スペース脇に分岐があり、クルマで下りられるためそこを辿って空きスペースに駐車し、下り階段を探し当てて下りてみる。
ここからでも浜を一望出来るが、下りられるなら下りてみようと思う。

尚、現在は分岐の地点から通行止めとなっており、立ち入りは出来ない模様だ。

202601110420474-admin.jpg赤錆た柵が続く。階段もかなり年季が入っていそうだ。

202601110420475-admin.jpg
202601110420476-admin.jpg下りている途中の奇岩の景色。

202601110420477-admin.jpg崖の方を見る。あの高さから下りてきている。

2026011104204712-admin.jpg途中で振り返ってみる。電柱が立っており、途中の電灯や下の家屋まで電気が引かれているらしい。

202601110420479-admin.jpg下まで下りきった。ここまで5分ほど。
奇岩はやはり上から望む方が迫力があるようだ。地層ははっきりと窺える。

2026011104204710-admin.jpg浜には漁師の番屋とみられる家屋がいくつかある。
看板によると幕末に開かれた鮭の漁場だったという。

この時は無人のようだったが、時期ではなかったのだろうか。

202601110420478-admin.jpg
2026011104204711-admin.jpgなんとなく人様のお宅にお邪魔させてもらっている感じがしたので、散策も程々に戻ることにした。
誰もいなかったので、ちょっとしたプライベートビーチ感を味わわせてもらった。

2026011104204713-admin.jpg戻り道、下りで5分とはいえ、全て階段である。上りはそれなりにきつい。

途中に電灯を見つけると、それだけでなんだか街の中の小路感があり、生活の場なのだなと認識する。

2026011104204714-admin.jpgこの時も、今では信じられないのだがまたもやサンダル履きで来てしまい、まあよくも無事に戻ってこられたものだ。若かったのか(そうでもない)、無駄に耐性があったのかはわからないが、まともな靴だったらもっと楽だったろうに、とは思う。

以前も記したかもしれないが、こういう無知な状態での未知に対しての行動が出来ていた頃が、とても楽しかったと思う。
今は知識も増え感性も変わったので、そういう楽しみ方はもう出来ないことが少し寂しい。

それならば違う楽しみを見出すだけなのだが。

奇岩の絶景は、展望スペースからの方が素晴らしいと感じた。
写真でも伝わらないので、ここはぜひ実際に足を運んでほしい景色だ。
畳む


#海 #遊歩道

道央,室蘭

地球岬とチキウ岬灯台

地球岬とチキウ岬灯台

202601090238347-admin.jpg
室蘭の代表的な景勝地である。
個人的に室蘭は母方の故郷なので、幼少時から何度も訪れていて馴染みのある街だが、意外と岬にはちゃんと訪れたことがなかった。
記憶もおぼろげな頃にはイタンキ浜に連れて行ってもらったことがあるらしいのだが。

高校時代に部活の行事のついでに連れてきてもらったのが、自分にとっては地球岬の最初である。
母にとっては、結婚前に訪れて以来ご無沙汰だったということで。

2009年、墓参の帰り道に母を連れて寄った時の記録になる。


▼2009年8月

クルマで訪れたが、岬周辺の道の脇のアジサイが満開でとても綺麗だった。
ハンドルを握っていたのが自分だったため、写真に収められなかったのは残念だ。

そう、本当に美しい風景ほど写真には撮れない、撮る猶予を与えてはくれないのだ。

202601090238092-admin.jpg弧を描く水平線。地球の雄大さを感じられるから地球岬…と言っても信じてもらえそうな景色だ。

202601090238093-admin.jpg
202601090238096-admin.jpg大分年季が入ってしまった案内板。今はさすがにリニューアルされている。
運が良ければクジラやイルカの姿も見られるらしい。

202601090238095-admin.jpg名前の由来は、アイヌ語「ポロ・チケㇷ゚」(大きい/親・断崖)からチケㇷ゚の部分がチキウなどに転訛し「地球」の字を当てたとされる。
ちなみに岬の名前は「地球岬」だが、灯台の名前は「チキウ岬灯台」になるらしい。

灯台は普段は立入禁止だが、毎年海の日などに一般公開も行われているようだ。

202601090238094-admin.jpg盆時ということもあってか、中々の賑わいだった。
展望台に上る。

202601090238097-admin.jpg吸い込まれそうな感覚に陥る。

202601090238098-admin.jpg見える海も雄大なら、この急峻な陸地も中々のものだ。

202601090238099-admin.jpg測量山を望む。

2026010902380910-admin.jpg坂の街というのがよくわかる。

親戚の家も急坂の地区にあり、冬場に訪れた時はクルマでも難儀したことを思い出す。上りの途中で止まってしまうとスリップして上れなくなるかもしれない恐怖との戦いだった。

2026010902380911-admin.jpgまさしくポロ・チケㇷ゚なのである。

2026010902380912-admin.jpg眺めの良い景勝地なら割と見かける「幸福の鐘」。
カップル向けなのだろうが、鳴らしたかどうかがもう記憶にない。ここで母を撮った写真が出てきたので一緒に鳴らしたのかも。

その写真は家族の思い出としてしまっておこう。

2026010902380913-admin.jpg
2026010902380914-admin.jpg
2026010902380915-admin.jpg
2026010902380916-admin.jpg先程の看板と、灯台へのアプローチ。
こういう小路は大好物だ。封鎖されていなければとりあえず辿ってみたくなる。

2026010902380917-admin.jpgとても綺麗な灯台だと思う。
大正時代に造られたのだとか。

202601090238091-admin.jpgどの角度から撮っても画になる、佳い景色だ。

2026010902380918-admin.jpg駐車場から一段上にある地球の電話ボックス。
今では電話ボックスは無くなって、外側の地球オブジェだけになっているようだ。時代の流れを感じる。

20260110000520-admin.jpgこちらは地球岬名物「炎の毒まんじゅう」。
土産物屋の前を通りがかった時に若干気になりつつも通り過ぎたが、帰り際に母が購入していて爆笑した。

まんじゅう版ロシアンルーレットといったところで、6個のこしあん饅頭の中に1個だけ、唐辛子入りが紛れている。

何故ここでこれなのか、岬と関連はなさそうだが、かれこれこの後も長らく販売しており、訪れる客に愛されたヒット商品だったようだ。正真正銘ここでしか購入できない名物だったそうで。
2020年に、販売していた土産物店が閉店したため今では購入は叶わない。

帰宅後家族でいただいたが、毒は見事に筆者が引き当てたそうな…(辛くも美味しくいただいた)


▼2015年8月

202601090238347-admin.jpgしばらくぶりに、こちら方面をドライブしたときに立ち寄った。
今度は単独だったが、また8月。夏に来たくなる場所ではある。

202601090238345-admin.jpgカメラを新調してからは初なので、撮り方など試行錯誤していたかもしれない。

202601090238346-admin.jpg
202601090238344-admin.jpg
202601090238343-admin.jpg生憎の曇りと、霧がかかってしまってはいたが。

202601090238342-admin.jpg
202601090238341-admin.jpg
20260109023834-admin.jpg灯台と水平線は変わらず美しかった。
畳む


#飲食 #海 #岬 #灯台

道央,室蘭