No.67, No.66, No.65, No.64, No.63, No.62, No.61[7件]
羅臼海岸の野湯
羅臼海岸の野湯
>>65フレペの滝を見たあと、いよいよ羅臼側へ。
昨晩から何度往復したのだろう、知床峠>>64を再度横断し、羅臼の海岸沿いを北上した。ひかりごけの洞窟を見たかったのだが、なんとなく走っていると見落としてスルーしてしまったため、それならこのまま果てまで走ろうと上の写真の位置まで来た。
相泊(あいどまり)という地区で、漁港を通り過ぎるとクルマが進める地点はここで終了。ここから先は浜辺に漁業関係の番屋や小屋が並ぶ。海岸トレッキングで徒歩で向かう人もいるらしい。
ウトロ側だとクルマで入れるスポットは、カムイワッカ湯の滝より先の知床大橋までだが(時期による)、緯度的にはこちらの方が北側、奥地となる。
橋を渡った地点でUターンし、来た道を戻る。以下2006年の記録である。
先程の相泊漁港の方向を眺める。
ここは相泊温泉の駐車スペース。温泉が何処にあるかというと…
浜に降りた下に、こんなブルーシートの囲いがある。この囲いの中に湯船があるらしい。一応男女の仕切りはあるようだが、海側からは見えてしまうようだ。
入浴するつもりはなかったので覗きに行くのも控えたが、浜辺に湧く露天風呂で、湯温は熱め。海が時化ると海水を被ったり玉砂利で湯船が埋まって使えなくなるため、地元漁師の方が常に整備・管理をしているとのこと。
無料で入浴できるが先の理由で入れないこともあり、入浴期間は夏季のみで限定的だと思われる。場合によっては囲いも無い本当の露天(野天)風呂となり、通行人に見られることになりそうだ。
元々地域住民のための温泉なので、利用するならそのつもりで臨む必要がある。
目の前が海なのに、直ぐ側では熱い湯が湧くとはなんとも不思議。
漁業関係の番屋や小屋、住宅が点在する。漁師町の色が濃く、自然環境と人の営みが融合した生々しさが感じられる。観光客に媚びない強さというか、ある意味これも自然の姿。どちらが良い悪いではないが、ウトロ側の、雄大で美しい自然を前面に出したイメージとは対照的で、大変興味深い。
しばらく進むと海岸に海とは違う質の水溜りが。これも温泉だろうか。
駐車スペースの外れには温泉の歌碑がある。
こちらも海辺の露天風呂。瀬石(セセキ)温泉である。地元漁師の方が管理している。
湯船は2つほどあるようだが、入浴できるのはこの右側のみのようだ。混浴温泉である。こちらも相泊と同様、熱い湯だが、満潮時には海水で埋まってしまう。ここは囲いが一切無いため、入浴の心理的ハードルは一気に上がる。しかし360°の海と陸、空とのパノラマの中の湯浴みは素晴らしいものだろうと思う。
無料となっているが個人所有の温泉のため、管理者に断った上、お気持ちを渡して入浴するのがよいだろう。
濱澤水産/瀬石温泉
『北の国から2002 遺言』のロケ地として使用されたことでも有名な温泉だ。
当時はこのような野趣あふれる温泉が大変めずらしく、全国的にも注目を浴びたものと思われる。
改めて、険しい地形だ。限られた平地に道と生活の場が開かれている。
向こうに国後島が見える。泊山になるのだろうか。遥かクナシリに白夜は明ける。左側にはオッカバケ漁港の灯台。
この辺りの代表的な海産物は昆布、鮭、ウニとのこと。
『熊の入った家』ネタではなく、本当のことである。40年ほど前にこの家にヒグマが侵入、家財や食料品を荒らされた。住人家族が就寝中だったがそれに気付き全員2階に避難、幸い死傷者はなかったが1時間ほど居座られ恐怖の時間を味あわされたという。現場には空になった酒の一升瓶が転がっており、クマがラッパ飲みしたのではと言われている。
隣に同名の民宿があり、許可を得れば家の内部を見学出来るそうだ。
本当に熊が入った家
上の写真は2006年時だが、今はこれより老朽しているかもしれない。
熊害事件は開拓時には三毛別事件などもあり多発していた印象だが、その後はワンゲル部事件の他は死傷事件はあまり聞かなかった。現在また頻発しており、しかも死亡事件が多い。東北地方では、比較的大人しいと言われていたツキノワグマですら、である。
椿事ではなくなりつつあるのがとても怖い。
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#海 #温泉
フレペの滝(乙女の涙)
フレペの滝(乙女の涙)
>>64知床峠の展望台から羅臼へ向かおうとしたが、まだ時間に余裕があるのでウトロ方面に戻り、フレペの滝を見に行くことにした。
知床観光船>>61から見た、断崖を落ちる別名・乙女の涙を陸地から見ることにする。
知床峠と知床五湖〜岩尾別方面への分岐にある自然センターに駐車し、滝へ向かう遊歩道を散策する。
距離的には1km程度、往復2kmで見学時間を入れても1時間程度で戻ることが可能だ(冬期は別)。足元は少なくともスニーカー着用で。ほぼ平坦な道だが例外なくクマ等出没の危険性はあるため、ルールの確認と落ち着いた行動を心がけたい。詳しくは知床自然センターのサイト にて。
以下2006年の記録である。

周りは灌木などで見通しの良い景色が続く。彼方に灯台が見えるが、行けるのだろうか。
振り返って知床連山を眺めつつ。
フレペの滝展望台。この看板はここを含む知床八景と呼ばれる場所に立っていたが、今でもあるのだろうか。
展望台からの眺め。晴天の下では海の色が際立つ。
海上から見るのとはまた違った迫力、スケール感だ。
地形のため、見えるのは滝の上部のみだが、水量と勢いがある。羅臼岳の伏流水が、地中を通って流れ落ちる。何年かかって地表に出てくるのだろう。
深く切れ込んだ入江の海岸線。


カモメが行き交う断崖。すっかり住処である。
遊覧船か、小型船も行き交う。
こちらは、滝の落ちる真上あたり。足元の地中を滝の水が流れていると思うと、ちょっとワクワクする。
灯台が間近に見えてきた。
ナミキソウというらしい。遊歩道のあちこちに見られた。
宇登呂灯台への道。この道は残念ながら立入禁止となっており、灯台へ辿り着くことは出来なかった。
これは北海道ならではの風景かもしれない。
上の写真を見ると閑散としていそうだが、実際は結構人が多く、展望台は順番待ちだったり遊歩道の場所によっては行列が出来たりと、家族連れも多く賑わっていた。暑さと疲れでぐずっていた子供もいたが、雰囲気的には心細さもなく安心ではあった。適度な運動と、雄大な自然を満喫出来た。
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#花 #滝 #遊歩道 #灯台
知床峠からの羅臼岳
知床峠からの羅臼岳
>>63の翌朝、パーキングのトイレを使うのが憚られたため、知床峠の展望台のトイレを使わせてもらおうと、再び戻ることにした。
途中、パーキング近くに有名な野湯、熊の湯があったが、通り過ぎてから気づいたのと、昨晩夕陽台の湯を利用したのでその時はパスした。この数年後に知床を再訪した時にはしっかり入浴させてもらったが、その件はいずれ別の機会に記したい。
朝8時頃だったが、展望台に着くと既に満車状態で、空いた時を見計らって駐車させてもらった。
トイレはさほど広くなかったが(2006年時)、そこそこ長い峠道では有り難いものだろうと思う。
そして、昨晩は暗くて景色がわからなかったが、朝の明るい視界に広がるのが上の景色、羅臼岳である。
昨日の知床五湖>>62では雲に覆われていて全貌が見えなかったが、ここに来て見事な山容を拝めるとは思わなかった。7月だったが頂上の方と麓にうっすら、残雪があった。
来た方角、羅臼側では海が望めるが、彼方に島影が。国後島である。かなりくっきりと見ることが出来、驚いた。
羅臼岳の裾野はハイマツの海である。
深い緑に見とれてしまう。背後に連なるのは硫黄山までの連山だろう。羅臼岳は日本百名山の一つだそうだ。標高は1,661m。
筆者の体力では登るのは叶わなそうだ。以前は登山も趣味にしたい時期もあったが、最近は遠くから眺めるだけで満足しつつある。
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#山
ウトロ夕陽台の湯と夕暮れ
ウトロ夕陽台の湯と夕暮れ
>>62知床五湖のあと、ちょうど夕暮れを見るのによい時間なのではないかと、あらかじめチェックしていたウトロの夕陽台展望台に向かおうとしたのだが、どうもキャンプ場の奥に位置するらしく、駐車場も無料なのか有料なのかがわからず、もしやキャンプ客しか行けない場所なのかと思い込み、諦めてしまった。今では図々しく停めて歩いていくところだが(実際キャンプ場入口には停めることが出来る)、当時は小心者ゆえ勝手のわからない場所に飛び込んでいくことが出来なかったのである。今では考えられないが…そんな2006年時の記録である。
ウトロ市街へ戻る途中のフレペの自然センター付近で見かけた。
毛並みの綺麗なエゾシカである。今や北海道内の方方を走り回れば嫌と言うほどシカには遭遇するので、一々止まって撮影することもないのだが。ただこのシカ、翌日にも同じ場所で見たので、観光客からの餌を期待してそこにいるのかなという感じだった。2022年から、国立公園や国定公園内でのヒグマへの接近や餌やりは、違法行為となっている。
他の野生動物に対しても、同様の行為は規制対象となるので、注意されたい。
上の写真はズームで撮ったものだが、それでも距離的には近い方かもしれない。
以前のこととはいえ、車内からの撮影も渋滞や事故を引き起こす原因になるので、走行に注意しつつ程々にしたいと思う。
上記のとおり、展望台を断念し、近くにあった夕陽台の湯で入浴することに決めた。
施設や浴場そのものは小さめだったが、早めの時間だったためか運良く浴室を独り占め出来た。露天も数名入れば満員という大きさだったが、夕陽、とまではいかずとも暮れかけの空を堪能出来た。木々が遮るので見晴らしが良いわけではないが、ウトロ港の海を望むことが出来る。
泉質は、ナトリウム-塩化物・炭酸水素塩泉(等張性弱アルカリ性高温泉)。
上がって浴室を出たところで、ポツポツとキャンプ客と思われる人が入ってきた。
やはりキャンプ客が多く利用する浴場らしい。
周辺で食事を取ろうとしたのだが、観光客御用達のお店はほとんどが19時には店じまいをしてしまい、出遅れてしまった。
当時はウトロ市街にはコンビニはなく、ここで途方に暮れることになる。
そして車中泊でと決めていたので、その駐車場所も決めなければならなかった。
今ではコンビニも道の駅もあり、とても便利になって有り難い一方、やはり自然遺産とは…というジレンマが湧く。
実に勝手なものだ。
ひとっ風呂浴びて気分も良くなったところで、とりあえず海沿いを走る。良い色に暮れてゆく。
こんな景色を見ることが出来たのだから、満足とするべきなのだ。そのまま成り行きで、知床峠を走り、翌日行くつもりだった羅臼側へ。そこでようやくコンビニを見つけ、車内で急ぎ食事を取るものの、当時は体調にすぐれないことが多く胃痛を覚えてしまった。そして駐車場所もかなり悩んだ記憶がある。羅臼の道の駅は駐車場もさほど広くないため満車状態、知床峠の駐車場も妙に落ち着かず、今思えばもっとも落ち着かないのではないかと思われる、峠羅臼側入口の湯の沢というパーキングに停めることにした。灯りもほぼ無いに等しく、設置されているトイレも衛生的にどうなのか。クマも出そうな雰囲気だった。
そして極めつけは道路を挟んだ向かいに、あの「知床観光ホテル」があった。昭和に建てられた老舗ホテルで、廃校のような外観だったため界隈では有名な場所だったが、2006年当時はまだ営業していたらしい。設備は老朽化していたが、安価で温泉は好評だったという。後年は観光玄人やライダー向けだったようだが、2010年に廃業し、今では更地になってしまった。翌朝明るくなってから気づいたくらい、ホテルの灯りも点いていたのかわからずまるで存在を感じられなかった。
そんなホテルのすぐ側で車中泊していたとは、今となっては少し勿体ない感じもするが、当時はまだ明確な廃墟趣味は無く、如何にもという場所に単独で泊まるのは無料か有料かわからない場所に入り込むよりももっと怖かった、のだろう。どう見ても不気味な外観ではあった。
そもそも当時は車中泊ビギナーで、就寝する時につけるべきカーテンやシェードなどの目隠しがなく、それが何処へ行っても落ち着かない原因だったのではと思う。何度でも言うが今では考えられない。
誰もがビギナーの時期はあったさと、恥ずかしながらも懐かしく思う。
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#温泉 #海
知床五湖(一湖・二湖)と連山
知床五湖(一湖・二湖)と連山
>>61知床観光船に引き続き、2006年の記録になる。
既に16時を回っていたが、まだ陽も長かったのと翌日昼過ぎには帰路に就かなければならなかったため、なるべく色々回ろうとまずは知床五湖へ行くことにした。
昔の家族旅行の時に撮った写真で、一湖から四湖まで回ったものが残っており、記憶にもあったため、懐かしさを覚えてまた行きたいと思っていた。昭和60年前後(1985年頃)の話だが、当時は五湖まで湖畔の道を歩いて回れたものだ。五湖の写真は見当たらないのだが、四湖まで行っているなら五湖全部回ったものと思われる。
当然その頃からクマの出没はあっただろうが、世界遺産に登録された現在のように人工的な整備などされておらず、観光は自己責任だったのだろう。それでも以前より人が多く訪れる地区だったためか、目立った事故も聞いたことがなかった。よほどのことがない限り一々報道もされなかったのかもしれないが。多くの観光客を安全に受け入れるためにヒトの手を加えなくてはならなくなった今、真の環境保全とは何なのかを考えてしまう。何処の自治体も経済的に苦しく貴重な収入源だからというのは理解するのだが。
2006年当時はクマの出没により、散策出来るのは一湖と二湖まで、三湖以降は立入禁止だった。一湖を遠望出来る高架木道はこの頃には新設されていた。
現在は、五湖全てを見学出来る遊歩道が整備されており、ヒグマの活動期とされる5〜7月は少人数のみガイド引率での散策が可能、それ以外の期間はレクチャーを受けた上で各自散策が出来るようになっている。高架木道はいつでも自由に散策出来る。詳しくは知床五湖の公式サイト を参照されたい。
2007年には観光客が一湖付近で行方不明になる事故も発生しており、未だ発見に至っていない。その後も野生動物への餌やりや、むやみな接近など、観光客の問題行動が止まない現状が続いている。野生動物は愛玩動物ではないことと、自然遺産というものをよく熟考しつつ、見学したいものだ。
湖畔の遊歩道を散策しつつ巡る。上の写真と同じく、一湖。逆光と水面が鏡面のように美しい。

向こう岸に人の姿がちらほら。元から有名どころではあったが、記憶の中の遊歩道とは雰囲気が変わり人の姿が途切れないほど賑わっていた。
藻が多い湖なのかもしれない。
場所と光の加減によっては、生々しかったり神々しかったりと見え方が変わる。
雲に隠れる羅臼岳。湖面に映る姿も佳い。
大自然にアクセントを加えるエゾシカの姿。人里で見かけると色々心配だが自然の景色に見つけると画になる。
遊歩道。一湖から二湖への道、だったと思う。
ところどころ穴の空いた、化石のような石。何故このようになるのか、不思議だ。
こちらは二湖。木陰から覗く神秘の湖の趣。
硫黄山の方角。先程の羅臼岳から硫黄山まで連なる知床連山。
人が多く、あまり長く立ち止まれないためベストショットを狙うのは難しかった。

巡った順番で載せているため間違いないとは思うが、既に昔の記憶なので一湖か二湖かが曖昧である。
湖畔の遊歩道も現在とはルートは若干変わっていると思われる。
レストハウス(当時)から伸びる木道を見つけたのでそちらも歩いてみた。
これが現在の高架木道である。こんな立派なものが出来ていたとは、当時かなり驚いた。高架なので、この道から野生動物の姿を見つけても安全に観察することが出来るとのこと。下部に電気柵を張り巡らしているため、ここから眺める分にはヒグマの出没も問題ないという。
途中、ぽっかりと空いた穴のような小さな沼が。高架でなければ見られない景色だろう。
変わらず雲に覆われていたのは残念だが、雄大さは味わえた。

締めくくりに西日と空の青も映える、素晴らしい景色に出会うことが出来た。畳む
#湖沼 #遊歩道
知床観光船に乗る(カムイワッカの滝コース)
知床観光船に乗る(カムイワッカの滝コース)
>>60に続き、2006年の記録である。
※一部の写真に人物消去AI加工を施しています。
国道をウトロ市街方面へ進み、先を行く観光バスに着いてなんとなく走っているとオロンコ岩のトンネルをくぐり、その先が有料駐車場だったらしく警備の人に観光船に乗るかどうかを聞かれ、とっさに「乗ります」と答えてしまいあれよあれよと乗ることになった記憶がある。
当時は見どころを成り行きに任せる感じで行き当たりばったりだった。ウトロの街を見て歩くにもクルマは何処かに駐車しなければならず、かといって無料で停められる場所もあるのかわからなかったため、この機会にまあまあ興味があった船に乗ってみようと思った。今では道の駅も出来たので駐車に悩むことも無さそうだが。出航時間も調べていなかったので相当待つだろうと覚悟したが、先程の警備員の方が「あと10分で出港するのでそれまでに券買えば間に合うよ」と教えてくれ急いで売り場へ向かい、係留されていた船に滑り込んだ。それが上の「知床観光船おーろら」である(上写真は帰港時のもの)。
知床半島の海岸線に沿って進む大型の観光船になる。海岸の奇岩や滝などを遠巻きに遊覧出来るが、カムイワッカの滝まで進んで折り返すスタンダードな1時間半コースにした。他には先端の知床岬まで行って折り返す3時間超のコースもあるが、予算と時間も限られているためそちらは断念した。
なおクルーザーなど小型の船だと陸地近くを航行することが出来、運が良ければヒグマなどの野生動物の姿が見られることもあるらしい(小型の船は当時他社で数社航行しており、近年沈没事故に遭ったのはその内の1社である。おーろらとは別の会社である)。
出港。記憶の限りでは船に乗るのはこれが初めてだった。船室もあるが景色を見たいのと船酔いを恐れてデッキに陣取ることにした。

灯台の彼方に見える、先端がコブ状の陸地がプユニ岬。
オロンコ岩。トンネル(灯台の背後すぐ横)を抜けた先が有料駐車場となっている。
灯台は北(赤)と東(白)で2つある。
港を出て灯台を過ぎたところで角度を変え、スピードを上げる。カモメもついてくる。
プユニ岬。アイヌ語で「穴のあるところ」だそうだ。陸からだとコブ状の形とこの穴は見えないので、船ならではの景色になる。
フレペの滝。>>65別名乙女の涙。川から落ちるのではなく、地下水が地表から滲み出て落ちる滝。右側は展望台となっており、陸からだとアングルはダイナミックだが滝はチラッと見える程度。
湯の華の滝。別名男の涙。
右側下部に白い湯の華に見える岩肌と(湯の華成分は含まれていないらしい)、うっすら一筋の滝が流れ落ちる。
象の鼻とかいうらしい。断崖の下部がもう鼻というか象の足である。
これらの穴はクンネポールといい、黒い穴という意味。長年の潮の侵食によって作られ洞穴状となる。


曇って暗くなってきた。7月だったが太陽が隠れた海上はやはり肌寒い。出港までは暑かったのだが。

ここで大きく陸地から遠ざかる。
同じおーろら号とすれ違う。知床岬コースの復路なのだろう。
しばし奇岩と断崖の陸地を眺め、この地点まで辿り着く。奥に続く陸地が秘境の様相である。
カムイワッカの滝。直訳すると「神の水」なのだがここで流れる滝の水は硫黄成分の強酸性。飲むことの出来ない「魔の水」の意味合いが強い。この滝の上流には、カムイワッカ湯の滝があり、温泉の滝壺があることで有名だ。
硫黄成分のせいなのか、海水の色が鮮やかだ。
すぐそばには地層の見える岩肌。
カムイワッカから折り返し、復路に就く。
岩尾別のカラフトマス孵化場。川の水を利用している。
これがプユニ岬を横から見た形。侵食でこういう形になるのだろう。帰り際に撮れた。約1時間半で帰港。途中曇って肌寒くなったので、夏でも羽織ものがあるとよい。
多少の揺れはあったが終始デッキ上に居て景色を楽しんだため、船酔いはせずに済んだ。
知床岬コースも機会があれば利用したいものだ。
岬へは陸路からのアクセスが困難なため、海上からでも岬の灯台を一度見てみたい。
コロナ禍を経て、近年痛ましい沈没事故があった影響で小型船の運航会社は廃業が続いているようなのは残念だ。
犠牲者を悼みつつも、今後も何卒安全運航で観光客の目を楽しませてほしい。
駐車場近くのオロンコ岩。上の方はカモメの営巣地となっていた。
ここ、登ることが出来るらしい。この時は知らなかったが階段もついていて展望台のようになっているとのことで、これもまた機会があったら登ってみたい。
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#海 #滝 #岬
マッカウス洞窟とひかりごけ
マッカウス洞窟とひかりごけ>>66羅臼の海沿いを羅臼漁港近くまで注視しつつ戻ると、やっと山側に駐車スペースのある窪んだ場所を発見。
そこがヒカリゴケで有名な「マッカウス洞窟」である。
このマッカウス洞窟だが、岩盤崩落の恐れのため2013年から立入禁止となっている。
そして、同じく2013年にマッカウス洞窟を迂回するように内陸側に「マッカウストンネル」が開通している。
当記事は2006年のものだが、その後かなり経ってからマップでこの周辺を見ていた時にトンネルの新設を確認して、驚いた記憶がある。
洞窟のある場所は元々時化の影響を受けやすかったことからトンネルを掘る計画は以前からあったようで、貴重なヒカリゴケの自生地である洞窟に影響の無いようかなり考慮した工法(ウォータータイト工法 )で施工されたらしい。しかし洞窟は一時期岩盤剥離の恐れもあり一部立入禁止となっていたところ、岩盤内部に亀裂が発見され、トンネル開通の同年に全面立入禁止となった。現在は洞窟部分は完全に囲われ近づけなくなっている。トンネル工事との因果関係は不明。
ヒカリゴケそのものは現在、羅臼町郷土資料館 で人工培養されているものを見ることが出来るようだ。
訪れる人はまばらだったが、この前後に2組程出入りがあった。
柵越しに見る形になる。
看板には4地点で自生しているとあったが、見落としなのかこれ以外の場所には見つけることが出来なかった。
だとしたら岩盤はさほど強固ではないのかもしれない。
筆者が松浦武四郎を知ったのは、これがきっかけだったのだ。開拓期以前の北海道(蝦夷地)の歴史をまだろくに知らなかった頃だった。幕末の時代に蝦夷地をこのような冒険の旅をした人がいたのかという驚きがあり、たちまち興味を持った。
※追記:詳しくはこちら
それから色々な探検家を知り、郷土史等も含め現在の趣味や関心事となっている。
この16年後、亀の歩みなりに武四郎の郷里の松阪を訪れる ことになろうとはさすがに当時はまだ知る由もない。
Googleのレビュー投稿を見てみると、これらの看板と碑はかろうじて立入禁止の柵外にあるように見える。徒歩では近くまで行けそうなので、碑だけでも見たいという武四郎フリークの方は行ってみる価値はあるのかもしれない。が、肝心の洞窟が外観ごと拝めないのでは意味が無さそうだが…
個人的には、ヒカリゴケもまあ良かったが、興味を持った人物の史跡という点で印象深くまた思い出の場所でもある。
自然現象であり致し方なしだが、色々と惜しい。
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#碑 #洞窟