No.62, No.61, No.60, No.59, No.58, No.57, No.56[7件]
知床観光船に乗る(カムイワッカの滝コース)
知床観光船に乗る(カムイワッカの滝コース)
>>60に続き、2006年の記録である。
※一部の写真に人物消去AI加工を施しています。
国道をウトロ市街方面へ進み、先を行く観光バスに着いてなんとなく走っているとオロンコ岩のトンネルをくぐり、その先が有料駐車場だったらしく警備の人に観光船に乗るかどうかを聞かれ、とっさに「乗ります」と答えてしまいあれよあれよと乗ることになった記憶がある。
当時は見どころを成り行きに任せる感じで行き当たりばったりだった。ウトロの街を見て歩くにもクルマは何処かに駐車しなければならず、かといって無料で停められる場所もあるのかわからなかったため、この機会にまあまあ興味があった船に乗ってみようと思った。今では道の駅も出来たので駐車に悩むことも無さそうだが。出航時間も調べていなかったので相当待つだろうと覚悟したが、先程の警備員の方が「あと10分で出港するのでそれまでに券買えば間に合うよ」と教えてくれ急いで売り場へ向かい、係留されていた船に滑り込んだ。それが上の「知床観光船おーろら」である(上写真は帰港時のもの)。
知床半島の海岸線に沿って進む大型の観光船になる。海岸の奇岩や滝などを遠巻きに遊覧出来るが、カムイワッカの滝まで進んで折り返すスタンダードな1時間半コースにした。他には先端の知床岬まで行って折り返す3時間超のコースもあるが、予算と時間も限られているためそちらは断念した。
なおクルーザーなど小型の船だと陸地近くを航行することが出来、運が良ければヒグマなどの野生動物の姿が見られることもあるらしい(小型の船は当時他社で数社航行しており、近年沈没事故に遭ったのはその内の1社である。おーろらとは別の会社である)。
出港。記憶の限りでは船に乗るのはこれが初めてだった。船室もあるが景色を見たいのと船酔いを恐れてデッキに陣取ることにした。

灯台の彼方に見える、先端がコブ状の陸地がプユニ岬。
オロンコ岩。トンネル(灯台の背後すぐ横)を抜けた先が有料駐車場となっている。
灯台は北(赤)と東(白)で2つある。
港を出て灯台を過ぎたところで角度を変え、スピードを上げる。カモメもついてくる。
プユニ岬。アイヌ語で「穴のあるところ」だそうだ。陸からだとコブ状の形とこの穴は見えないので、船ならではの景色になる。
フレペの滝。>>65別名乙女の涙。川から落ちるのではなく、地下水が地表から滲み出て落ちる滝。右側は展望台となっており、陸からだとアングルはダイナミックだが滝はチラッと見える程度。
湯の華の滝。別名男の涙。
右側下部に白い湯の華に見える岩肌と(湯の華成分は含まれていないらしい)、うっすら一筋の滝が流れ落ちる。
象の鼻とかいうらしい。断崖の下部がもう鼻というか象の足である。
これらの穴はクンネポールといい、黒い穴という意味。長年の潮の侵食によって作られ洞穴状となる。


曇って暗くなってきた。7月だったが太陽が隠れた海上はやはり肌寒い。出港までは暑かったのだが。

ここで大きく陸地から遠ざかる。
同じおーろら号とすれ違う。知床岬コースの復路なのだろう。
しばし奇岩と断崖の陸地を眺め、この地点まで辿り着く。奥に続く陸地が秘境の様相である。
カムイワッカの滝。直訳すると「神の水」なのだがここで流れる滝の水は硫黄成分の強酸性。飲むことの出来ない「魔の水」の意味合いが強い。この滝の上流には、カムイワッカ湯の滝があり、温泉の滝壺があることで有名だ。
硫黄成分のせいなのか、海水の色が鮮やかだ。
すぐそばには地層の見える岩肌。
カムイワッカから折り返し、復路に就く。
岩尾別のカラフトマス孵化場。川の水を利用している。
これがプユニ岬を横から見た形。侵食でこういう形になるのだろう。帰り際に撮れた。約1時間半で帰港。途中曇って肌寒くなったので、夏でも羽織ものがあるとよい。
多少の揺れはあったが終始デッキ上に居て景色を楽しんだため、船酔いはせずに済んだ。
知床岬コースも機会があれば利用したいものだ。
岬へは陸路からのアクセスが困難なため、海上からでも岬の灯台を一度見てみたい。
コロナ禍を経て、近年痛ましい沈没事故があった影響で小型船の運航会社は廃業が続いているようなのは残念だ。
犠牲者を悼みつつも、今後も何卒安全運航で観光客の目を楽しませてほしい。
駐車場近くのオロンコ岩。上の方はカモメの営巣地となっていた。
ここ、登ることが出来るらしい。この時は知らなかったが階段もついていて展望台のようになっているとのことで、これもまた機会があったら登ってみたい。
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#海 #滝 #岬
オシンコシンの滝
オシンコシンの滝
>>59に続き、2006年の訪問記録である。
斜里町方面から知床ウトロ方面へ向かうと、最初の観光スポットがこちらになるかと思う。
知床方面には、子供の頃に家族旅行(ほぼ車中泊の旅だったが)で来たことがあり、ここのオシンコシンの滝にも立ち寄った。
知床へは大人になったらまた行きたいと思いつつかなりの年月が経ってしまったが、いつしか世界自然遺産に登録されこの頃には仕事も休暇を自由に取れるようになったため思い切って足を延ばしてみた。できる限り記憶している場所を回ってみることにした。
今では看板なども新調されていたり、また土産屋も新設されているようだが、当時は駐車場にトイレが設置されているのみだった。
撮影時は人の出が多く、何処を撮っても映り込んでしまっており今日的にはそのまま載せるのはよろしくなかろうと、上の写真は人物部分のみLightroomのAI消去機能を使い、無人の風景としているが、人の存在を消すという妙な罪悪感もあったりする。個人的には賑わっている様子のスナップ写真は嫌いではないのだが、肖像権やプライバシー、ディープフェイクの問題もあるので仕方がない。居た人を居なかったことにするという意味では消去もディープフェイクになるのではという懸念もあるのだが…この件は写りや状況に応じて最低限使用するかどうかを決めていこうと思う。この手の技術は便利だが便利過ぎて災いを成す恐ろしさも秘めている。
看板の「オシンコシンの滝」のコの下横棒が消えてるし…よく出来てはいるけどまだ完璧ではないのだな。
とても大きな滝だ。遊歩道が整備されているので、普段着でふらっと立ち寄って見ることが可能。至近距離で見れるので夏は涼むことが出来る。
「オシンコシン」とは、アイヌ語で「オ・シュンク・ウㇱ(川尻・エゾマツ・群生している)」。日本100名瀑の一つとされている。滝の川の名はチャラッセナイ川(崖をチャラチャラと滑る川)。


大きく分けて流れが2つになっていることから、「双美の滝」とも呼ばれる。
滝の流れはそのまま国道の下を通り、海へと注ぐ。

雄冬の白銀の滝>>36も海へ注ぐ滝だったが、その白銀の滝へ行った2日後にこの旅を決行していたらしい。
無知だが体力はあったのだな…今はもう同じようなことは出来ない。
この滝の上を通る旧道に展望台があるらしく、そちらにも行ってみたいのだが、旧道入口は封鎖されていることが多く未だ行けていない。
崩落の危険により断続的に工事をしているようだ。
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#滝
小清水原生花園
小清水原生花園
2006年7月、知床方面へのドライブの途中に立ち寄った。
この時、自らの運転で道東方面に行くのは初めてだった。
既に記憶が曖昧なのだが、前日の晩22時頃に出発して温根湯の道の駅で就寝したのが午前3時、午前8時に再出発し途中で仮眠しようとこちらに寄ったようだ。
今ならばまとまった仮眠を取ることを考えてもう少し早めに家を出るなどの行動をするのだが…まあこういうトライアル・アンド・エラーを重ねて慣れていくものなのだなぁと過去を振り返りつつ実感している。
仮眠のために寄ったつもりが、夏の暑い午前中でエアコン必須だったが、アイドリングしっぱなしにするのも気が引け結局眠るのは程々にせっかくなので散策をしてみることにした。園内は現在とさほど変わりは無さそうだが、一応、2006年時の記録ということで。
線路を渡って入園したところで、ちょうど駅に一両列車が入ってきた。JR釧網本線の原生花園駅が目の前にある。
この駅はGW頃から10月頃までの季節営業なのだそうだ。小さく可愛らしい建物で、大草原の小さな「駅」の趣がある。偶然入ってきた列車と合わせておとぎの国の風景のよう。これを見れただけでももう感無量だ。

向こうはオホーツク海。
向こうは濤沸湖。湖畔には野生の馬もいるらしい。人の手が入った花壇とは違い、天然の植生地なので派手な華やかさはないが、よく見るとぽつぽつと咲いているのが見られる。
浜の方へ降りてみる。
白い花はマルバトウキ(丸葉当帰)。セリ科になる。最近話題になっている外来種バイカルハナウド(ジャイアント・ホグウィード)も同じくセリ科の植物。
オオハナウドやエゾニュウもセリ科で、花の付き方がどれも似ているため見分けが付きづらいが、それら在来種の背丈はそれほど高くはない。
セリ科の植物自体はどこでも見かけるものなので、過度に神経質にならず且つむやみに野草に触らないことも必要かと思う。
エゾカワラナデシコ(蝦夷河原撫子)。夏場でも足元を見て歩くと意外と鮮やかなのが咲いている。
これは、開花前のエゾノシシウドか…?(セリ科の同定に自信はない)浜辺で楽しむ人々の姿は叙情的でもある。



やはりハマナスの季節だ。
ヒロハクサフジ(広葉草藤)。
浜へ。素足で歩いてみたら、めちゃくちゃ熱くて慌ててミュールを履き直した。それにしても色々と旅行ドライブ素人だったな…今なら無難にスニーカー履く。怪我の危険性もあるので…
気温が涼しければ浜辺で素足は気持ちいいけどね…

この辺りの砂浜は鳴り砂らしい。歩いてみたもののあまり実感がなかったが。


駅の並びにあるインフォメーションセンターでお土産や軽食が販売されていたので、はまなすソフトなるものをいただいた。
割とよくあるご当地ソフト。薄ピンクっぽい色+ほんのりバラ系フレーバーのほぼバニラソフト。普通に食べられるものだったが今もあるのだろうか。
原生花園の見時は6〜7月だそうだ。
5月には植生を回復させるための「火入れ 」が行われているとのこと。
無料で立ち寄れるので、息抜きにも訪れてみてほしい。
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#公園 #花 #海 #鉄道
櫻珈琲煎房柏丘本店(現・花論珈琲茶房真駒内柏丘店)
櫻珈琲煎房柏丘本店(現・花論珈琲茶房真駒内柏丘店)
2007年に真駒内方面を通りがかった時に、おしゃれな外観に惹かれて立ち寄った。
現在は、外観は大きく変わらないものの店名を変えて営業を続けている。
かなり年数も経過し、経営も変わり内観やメニューにも変更があると思われるので、当時の記録ということでご留意いただきたい。
シックで落ち着いた外観と、可愛らしい木の人形。
少し暗めの照明と、向かい側の窓から差す柔らかな自然光。壁の奥の席が秘密のスペース感があって興味深い。一人で訪れた時はここに座ってみたい。
さすがに内装が変わっていると思うので、叶わない夢なのだが。
各テーブルにはオレンジの灯り。窓際の席に通された。窓の外は林と谷になっており、下を真駒内川が流れる。
メニューは当時はコーヒーとケーキ系のデザートが数種。厳選的。ケーキセットを注文した。
ブルーベリーヨーグルトケーキ。下地がビスケット生地のタルト系ケーキだった。
ホワイトコーヒー。ミルクコーヒーにホワイトチョコレートとマシュマロをトッピング。私ごと、今でこそコーヒーはブラックで飲むが、当時は体調の関係であまりコーヒー系が飲めなかったため、このようなソフトな甘味ばかり注文していた。
そのくせ、カフェはこの頃から好きだったなと…こういうメニューもあったのは有り難かった。
今となってはめずらしくもないが、このようなおしゃれな手洗い場は当時の自分にとっては新鮮だった。下にペダルがあって、踏むと水が出る仕組み。銅製の受け皿が渋い。
当時はバルコニーがあり、外に出ることも出来た。ブランコに座らせてもらってゆったり。晴れていたので風も心地よかった。今はこのバルコニーが開放されているかは不明。
可愛らしい巣箱。この下の方に真駒内川がある。
翌2008年にも立ち寄らせてもらった。このときもケーキセットで、アップルパイを注文した。コーヒーはおそらくラテ系だったような。
おまけにこちらは2013年、同じ櫻珈琲でもこの柏丘本店ではなく、札幌市民ホール店のもの。現在は既に市民ホール(現・カナモトホール)からは撤退しているが、赤を基調とした看板サインと、変わらず落ち着いた雰囲気が居心地良かった。
キッシュも美味しかった。自分、この頃にはコーヒーを飲めるようになっていたらしい(笑)
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#飲食
旧赤間炭鉱ズリ山階段
旧赤間炭鉱ズリ山階段
「ズリ山」とは、掘り出した石炭を選別するときに出た屑石を堆積した山のことである。炭鉱施設や遺構近くに円錐状のこんもりとした山があれば、それはズリ山だった可能性が高い。ちなみに、九州地方の炭鉱では「ボタ山」と呼ばれている。
赤平の旧赤間炭鉱のズリ山は炭鉱遺産として保全されており、「日本一のズリ山階段」として777段の段数を誇る。階段は上りやすく整備され、頂上までほぼ一直線のルートだが、実際上ってみると中々きつい。筆者の場合は上りは休憩を入れて約30分ほどだったが、下りは下りでとにかく膝に来るので、時間に余裕を持って挑むのが良いだろう。
季節によって眺めは変わると思うが、苦労しただけの達成感はあるかと思う。
近年はヒグマの目撃情報のため立ち入り制限の時期もあったようだ。念の為クマ避け鈴等対策もした方が良いかもしれない。
2009年に登ろうと訪れたものの、美唄や歌志内など色々回ってここまで来た時には18時近くになってしまったため断念。2012年10月にようやく登ることが出来た。その記録になる。バックに見えるのが赤間の選炭工場跡。昼を越して夕方近かったためか逆光になってしまった。
階段までの道。薄暗いとちょっと不気味。現在だともう少し雰囲気が変わっているかもしれないが。
登り口。ここからスタート。
段差が揃っていて上りやすいが、勾配はそこそこ急なので100段を越えるともう息が切れてくる。段毎の柱には、全国から公募したプレートの名付け親の名前が記されている。
振り返って見たところ。秋口だったがまだ緑が茂って暖かかった。暑くも寒くもなく丁度良い時季だったかもしれない。
途中、いくつか休憩スペースがある。200段程上って休憩。ベンチがあるのは有り難い。
眺望と言うにはまだもう一息。夏場だと草木が生い茂って見えづらいかもしれない。屑石の人工山でも、年月が経つと自然の山に変わっていくようだ。
ポコポコと。ホコリタケか、シバフタケか…あらゆる所で見かけるキノコだ。
大分眺望らしくなってきた。
頂上が見えているような気がするがまだあと200段近くある。横に見えるパイプのようなものは、「あかびら火まつり」で灯される火文字である。炭鉱斜陽期に街の灯を消すまいと、京都の大文字焼きにヒントを得たものだそうだ。

もう少し、もう少し…
ラストスパート、あと70段。
頂上に到着!公園らしい広場になっている。ここからパノラマビューを堪能する。

かつての炭住らしき赤と青の屋根の住宅が見える。空知川のほとりのヤマの街というのがよくわかる。右側奥、彼方に見える白い線状のものは芦別大観音。
イルムケップ山方面を望む。駅前の直線道路は赤平中心部の特徴だと思う。
市役所方面。すぐ裏手に空知川が見える。
色づき始めた秋のヤマの街の眺望を堪能できた。畳む
#炭鉱 #公園 #山
旧赤間炭鉱 選炭工場跡
旧赤間炭鉱 選炭工場跡
赤間炭鉱は、明治〜大正期に稼働していた中小炭山を北炭が買収して開鉱した炭鉱になる。住友赤平炭鉱>>55と同年の1938年(昭和13)に開鉱し、鉱区的にも隣り合う形で操業した。その後歌志内の空知炭鉱へ集約され、赤間は北炭から分社化していたためここでは単に赤間炭鉱とする。
住友赤平の立坑施設からJR赤平駅方面へ進むと、ちょうど駅の裏手に当たる位置に「日本一のズリ山階段>>57」の看板を掲げた駐車場があり、左手に見えるコンクリート製の建造物がこの赤間炭鉱選炭工場の一部施設である。炭鉱施設は閉山後市の所有となり、ほとんどは解体撤去されたが、産業遺産としての価値が見直されるに当たって、今は炭鉱遺産として整備されているズリ山と共に残されている。
初訪は2009年、上の写真が当時のものである。
2012年にはズリ山を登るために再訪した。以下はその時のものである。
2009年には無かった(と記憶している)、フットパスコースの看板が新設されていた。現在もあるかは不明。⑯赤間鉱の選炭工場跡
「選炭工場」では、採掘現場から産出された石炭に混じる不純物を取り除き、品質別に選別する作業を行います。
赤間の選炭工場は、1941(昭和16)年に空知川にかかる赤間橋(現存していません。)とあわせて建設されました。この工場は、選炭工場と貨車への積込施設が別々に配置され、その間をベルトコンベアーで結合していたのが特色でした。
北炭赤間炭鉱が、1973(昭和48)年に閉山(全坑員を空知炭鉱(歌志内市)に集中化)となったため、選炭工場はその役目を終えました。
その後、1999(平成11)年に解体され、現在は原炭ポケット(掘り出した石炭を一時保管するための施設)の一部を残すのみとなりました。
地図・空中写真閲覧サービス 1968/05/08(昭43)・赤平よりほぼ中央が赤間炭鉱の施設、すぐ上に赤平駅、左下がズリ山になるが、大変興味深い。
選炭工場はこのベルトコンベアー2基の施設で、現在残っている原炭ポケットの一部はトロッコ線を挟んだすぐ下の小さい施設だろうか。この施設にも小さいコンベアーのようなものが見える。
下部は漏斗型になっていたようだ。
原炭をコンベアーで揚げ入れて貯炭し、漏斗から積んで選炭過程へという流れだろうか。昔の写真と照らし合わせると、なんとなくどう使用されていたかが(正確に判明せずとも)わかるような感じで面白い。
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#廃 #炭鉱
知床五湖(一湖・二湖)と連山
知床五湖(一湖・二湖)と連山>>61知床観光船に引き続き、2006年の記録になる。
既に16時を回っていたが、まだ陽も長かったのと翌日昼過ぎには帰路に就かなければならなかったため、なるべく色々回ろうとまずは知床五湖へ行くことにした。
昔の家族旅行の時に撮った写真で、一湖から四湖まで回ったものが残っており、記憶にもあったため、懐かしさを覚えてまた行きたいと思っていた。昭和60年前後(1985年頃)の話だが、当時は五湖まで湖畔の道を歩いて回れたものだ。五湖の写真は見当たらないのだが、四湖まで行っているなら五湖全部回ったものと思われる。
当然その頃からクマの出没はあっただろうが、世界遺産に登録された現在のように人工的な整備などされておらず、観光は自己責任だったのだろう。それでも以前より人が多く訪れる地区だったためか、目立った事故も聞いたことがなかった。よほどのことがない限り一々報道もされなかったのかもしれないが。多くの観光客を安全に受け入れるためにヒトの手を加えなくてはならなくなった今、真の環境保全とは何なのかを考えてしまう。何処の自治体も経済的に苦しく貴重な収入源だからというのは理解するのだが。
2006年当時はクマの出没により、散策出来るのは一湖と二湖まで、三湖以降は立入禁止だった。一湖を遠望出来る高架木道はこの頃には新設されていた。
現在は、五湖全てを見学出来る遊歩道が整備されており、ヒグマの活動期とされる5〜7月は少人数のみガイド引率での散策が可能、それ以外の期間はレクチャーを受けた上で各自散策が出来るようになっている。高架木道はいつでも自由に散策出来る。詳しくは知床五湖の公式サイト を参照されたい。
2007年には観光客が一湖付近で行方不明になる事故も発生しており、未だ発見に至っていない。その後も野生動物への餌やりや、むやみな接近など、観光客の問題行動が止まない現状が続いている。野生動物は愛玩動物ではないことと、自然遺産というものをよく熟考しつつ、見学したいものだ。
逆光と水面が鏡面のように美しい。
巡った順番で載せているため間違いないとは思うが、既に昔の記憶なので一湖か二湖かが曖昧である。
湖畔の遊歩道も現在とはルートは若干変わっていると思われる。
レストハウス(当時)から伸びる木道を見つけたのでそちらも歩いてみた。
高架なので、この道から野生動物の姿を見つけても安全に観察することが出来るとのこと。下部に電気柵を張り巡らしているため、ここから眺める分にはヒグマの出没も問題ないという。
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#湖沼 #遊歩道