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スイーツから廃墟まで。北の国からお送りする日常ゆるゆる探検。2009年から始めた前ブログの記事を再編、移植しています


No.43, No.42, No.41, No.40, No.39, No.38, No.377件]

アルテピアッツァ美唄

アルテピアッツァ美唄

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アルテピアッツァ美唄は、美唄市と同市出身の国際的彫刻家である安田侃氏が創立した彫刻美術館である。廃校となった美唄市立栄小学校の体育館と校舎をアートスペースとして再生し、野外にも彫刻を展示している芸術公園となっている。

1991年から体育館の改修を始め、翌1992年にはアルテピアッツァ美唄としてオープン、のちに校舎の改修やギャラリーとしての整備等を経て、カフェスペースやワークスペースも設け、休日には多くの人が訪れる評価の高いスポットとなっている。2016年には正式名を「安田侃彫刻美術館 アルテピアッツァ美唄」として登録博物館(美術館)となった。

かつては炭鉱街の小学校だった、味わいのある木造校舎と体育館、広々とした芝生広場に調和の取れた彫刻、子供も楽しめる水場や森林の散策コース等、美しい景色の中思い思いに楽しめるこの施設は、駐車料金も入場料も無料であるため、気軽に立ち寄ることが出来るが、施設維持のための寄附を募っている。グッズの購入もしくはカフェ利用もおすすめだ。
「カフェアルテ」ではドリンクと軽食を提供しており、窓から眺める景色も品良く素敵だ。そんな景色を前に静かにゆったり出来るコーヒータイムは格別だろう。

安田侃彫刻美術館 アルテピアッツァ美唄


▼2009年6月

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2024102400533112-admin.jpg芝生広場に佇む木造校舎。最盛期では1,000人以上の児童が在籍していた。

2024102400533113-admin.jpg端の一角は幼稚園として使われていた。小学校と併設されていた幼稚園は、小学校閉校後もそのまま運営されていたようだが、2020年に閉園している。

2024102400533111-admin.jpg離れにある体育館棟。手前の彫刻と同型のものはJR札幌駅にも設置されている。

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202410240208241-admin.jpgとてもシンプルな造形なのだが、見慣れると他の場所で出会っても不思議と氏の作品だとわかる。

2024102400533110-admin.jpg丘の上の『天翔』という作品。

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202410240053318-admin.jpg巣箱のような時計。

202410240053317-admin.jpg大理石の白が眩しい水の広場。

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202410240208242-admin.jpg森の中を散策出来る小道もある。

202410240208243-admin.jpgルート上に作品が点在しているので、探しながら歩くのも楽しい。

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202410240053313-admin.jpg自然観察をしながら森林浴も。

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2024102400533114-admin.jpgこのような枕木の階段がところどころに。ちょっとした探索気分も味わえる。

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20241024005331-admin.jpg自然も豊かな素敵な美術館だ。


▼2013年2月

20241024010756-admin.jpg冬季のアルテピアッツァ。
雪原にぽつんと佇む木造校舎も独特の味わいがある。

202410240107561-admin.jpg冬も訪れる人がそれなりにあるようで、彫刻へのアプローチも出来上がっている。

202410240107564-admin.jpg体育館と、彫刻が点在しているのが見渡せる。

202410240107563-admin.jpg校舎や体育館のギャラリーは冬季でも見学出来る。

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202410240107568-admin.jpg冬空の下、夕日を浴びる彫刻が何かを語りかけてくれそうな感じがする。

202410240107569-admin.jpgどの季節に訪れても、素敵な景色を見せてくれるのだろう。
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体育館棟、校舎棟内部へ

#公園 #古建築 #文化施設 #花

道央,美唄

御前水の湧水

御前水の湧水

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鹿肉缶詰製造所跡>>41から更に東へ50m程行くと、明治天皇行幸の際に供したと言われる湧水がある。
こちらも2009年に訪れたものである。

明治天皇行幸記念碑(御前水)の由緒

 所在地 苫小牧市字美沢
 所有者 苫小牧市

 この史跡は明治14年9月3日 明治天皇行幸の際、御小休された箇所で往時、千歳、勇払の境をなす丘陵の道路に沿し湧水あり、良水なるをもって御膳に供され、尓後”御前水”と呼称されている。御巡幸当時は附近住民も開拓入地日浅く土着の基礎も不安定のため移転、離村する者後を絶たず聖跡も荒廃の一途を辿っていたが昭和4年6月、町費をもって記念碑を建て史跡として永遠に保護することとなった。碑文は北海道帝国大学総長男爵佐藤昌介博士の筆になる。

 昭和47年8月1日
 苫小牧市教育委員会

こちらの看板もリニューアルされ、現存しない。

新しい看板の方には、明治天皇行幸の行程が記されており興味深い。

開拓使10ヵ年計画が明治15年に終了するに伴い、ときの開拓使長官黒田清隆が明治天皇に視察を陳情し、北海道への行幸が行われた。
明治14年8月30日に小樽へ上陸、幌内鉄道で札幌へ向かい、開拓使庁(現・道庁)や農学校(現・北海道大学)を視察し、9月2日に千歳で一泊のち美々の缶詰製造所で休止、その際にここの井戸水が御膳に供されたとのこと。
その後はウトナイ、一本松、矢代町(旧樽前山神社があった)、宮前町で休止されたのち夕方には白老に発たれている。

これらは苫小牧市のホームページにも記載されている。
明治天皇行幸跡

202410220106161-admin.jpg昭和に入ってから建てられた碑。
行幸から日が経って明治17年に缶詰工場が廃止されてからは人の流出も激しかっただろうと思われ、顧みられることもなかったのかもしれない。

もっとも、建立当時は皇民化教育が活発だった時代ということもあり、皇室顕彰の一環として縁のあった地を保存する向きになったのだろうと思う。

202410220106162-admin.jpg元々は井戸だったという。地面から滲み出すように水が湛えられている。

202410220106163-admin.jpg水草も繁茂している。
透明度のある綺麗な水だが、現在は飲料水としては適さない水質らしく、飲用禁止の注意書きがある。

202410220106164-admin.jpg道路脇にぽつんと水場がある様は少し不思議な感じがするが、ここに人の営みがあった証でもある。
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#碑 #湧水

道央,苫小牧

開拓使美々鹿肉缶詰製造所跡

開拓使美々鹿肉缶詰製造所跡

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2009年に訪れたものである。
当時同行していた友人の情報で、昔苫小牧に鹿肉の缶詰工場があったというのを聞き、その跡地を見に行こうと探訪した。千歳市との境界すれすれの、国道沿いガソリンスタンドから東方向へ入ってすぐの場所にある。クルマで通ると見落としそうである。

缶詰工場については小学生の頃の郷土史の教科書『のびゆく苫小牧』にも記載されていたという話なのだが、はてさてそうだったか、いまいち記憶にない(現在も使われているのだろうか、のびゆく苫小牧)。北方警備の八王子千人隊のことなら勇払に碑があり、その当時見学に行ったこともあるためよく覚えているのだが。

以降開拓の歴史を齧るようになってからは、缶詰工場があったことくらいはそれほど不思議な話でもないと感じるが、友人の話を聞いた当初は、明治の時代に鹿肉の缶詰というのが妙に現代的に感じて繋がりづらく、そのような昔に工場というのもイメージしづらかったため、意外な話と驚いたものだ。

逆に無知だからこそ、興味深く探索出来るのかも知れない。
思えばこの頃から身近な史跡に興味を持ち出したような気がする。

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史跡 開拓使美々鹿肉罐詰所の跡

 明治初期頃までのこの地方は鹿の棲息数も多くことに積雪が少ないため石狩、札幌方面の鹿も食を求めて大挙群衆していた。
 明治七年開拓使は、美々鹿肉燻製所を設置し、同十一年十月には、鹿肉罐詰所および脂肪製造所が同所に設けられた。更に翌十二年三月鹿の臓腑、血液などをもって人造硝石床製造所も併設され、建物や設備の増築充実もたびたび行われ、当時の産業の先駆的事業として大きな役割を果している。
 また、これらの製造技術を修得させるための生徒養成所および寄宿舎なども附設され、軍艦「比叡」「筑波」の海外渡航に際しては、この罐詰の製品試験も実施して好成績を収め輸出化を図る時、時の開拓使がこの事業発展のため少なからぬ努力を払っていた。
 当時の記録によると工場の規模は敷地二〇〇〇坪(六六一一平方米)建物総坪数二六〇坪(六五九平方米)製造所、搾粕所器械室、脂肪室、倉庫の外駐人舎、生徒舎を有し夫々各一棟となっている。
 以上のように当時は、産業開発の重要部門として盛業をきわめていたが、鹿の乱獲と大雪による食料難からの飢死、鉄道の開道による開拓などで次第に鹿の激減をきたし禁猟区域を設定して保護対策に当ったが絶滅寸前に等しい状態となり、遂に製造を中止し明治十七年六月十二日をもって廃止されるに至った。
 なお、明治十四年九月三日、明治天皇の御巡幸に際しては、生徒舎を御休所に当てられており、現在の記念碑と御前水の中間の地点にあった。
また、この生徒舎は黒田開拓長官のロシア視察の結果、寒地建築として本道に移したため、「校倉造」といわれている。

 昭和四十三年十月二十七日
 開道百年開基九十五年記念建立
        苫小牧市教育委員会

この看板も今ではリニューアルされており、現存しないと見える。

開拓使が道内の産業振興のため、官営事業として様々な事業を行った内の一つが鹿肉の缶詰だった。
この辺りは元々鹿が多く、そのため予てより鹿肉の燻製所があったところに缶詰所や脂肪の製造所、そして鹿の内臓や血液から火薬の原料である硝石を製造する施設も設けられたが、乱獲やまれにみる大雪と寒気に見舞われ、頭数が激減して立ち行かなくなったということらしい。缶詰製造はわずか6年程度の操業だった。

環境保全や自然保護の概念がまだ希薄だった時代のことだが、このようなことは現代において教訓となっているのだろうか。


工場の詳細は苫小牧のホームページにある。
鹿肉缶詰のレプリカは、美術博物館にも展示されている。
開拓使美々鹿肉缶詰製造所跡

202410220106168-admin.jpg「御駐蹕(ちゅうひつ)之碑」
明治天皇がこの地に巡幸された際、缶詰工場の生徒舎を休息所に充てたとのこと。
この時に、ここの井戸水が御膳に供されたという。御前水については次項にて>>42

202410220106167-admin.jpg横に立つ大木は、天皇の行幸や工場の行末を見ていたのだろうか。
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#碑

道央,苫小牧

元町トーチカ

元町トーチカ

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トーチカとは、軍事施設の一つで、小型の要塞、掩体壕であり、語源はロシア語(точка)である。多くは、銃口を外に向けるために開けられた銃眼以外は壁に囲われ、兵士が内部に隠れ防御出来るコンクリート製の建造物となっている。

北海道では太平洋岸に点在し、現在も勇払や十勝、釧路、根室に残っているが、所有者が明確でなく事実上放置されたままにある。

太平洋戦争の末期、米軍は戦争の早期終結を目指すため、北海道を占領後に本州侵攻の拠点とする計画を立てていたが、気象条件によりこれらは実行されなかった。一方旧日本軍は、十勝や道東方面の防御を強化し、その沿岸にトーチカを多数配備した。

苫小牧にも勇払方面にかけて多数のトーチカが配備されたが、現在残っているのは3基程であり、緑ヶ丘公園、植苗、元町にそれぞれ現存する。しかし緑ヶ丘公園のものはほぼ埋没しており、かろうじてコンクリ製の遺構の一部が確認出来る程度である。

ここでは元町の浜近くに現存するものを取り上げる。この元町トーチカも以前のブログにコメントで情報を頂き、初めて戦跡の存在を知って2009年に訪れたものである。

202410210111491-admin.jpg住宅地から海へ向かう小道沿いに、カマボコ型の建造物が見える。

202410210111496-admin.jpgかなり古びたコンクリート製で、上部は風雨による侵食か削られている。

202410210111492-admin.jpg側面に出入り口と思われる板張りがあり、開閉は出来ず内部も確認は出来ない。

202410210111494-admin.jpg銃眼は海に向けて開けられているはずだが、その知識に乏しかったため撮り損ねてしまった。

202410210111495-admin.jpgすぐ隣には携帯電話の中継局がある。

202410210111497-admin.jpg遠く彼方には船影が見える。これがもし軍艦だったらと思うと、緊張が走る。
当時の兵士の姿に想いを馳せる。

202410210111493-admin.jpg直ぐ側の海沿いの遊歩道。ここで気軽に散歩が出来るということは幸せなことだと思う。

時の流れにより戦争を語り継ぐ人々は年々減る一方だが、せめて戦跡という形でも記憶を留めつつ、平和を祈りたい。
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#廃 #海 #遊歩道 #戦跡

道央,苫小牧

有珠の沢の湧水

有珠の沢の湧水

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苫小牧の有珠川上流奥地にある湧水で、以前から有名な場所らしい。
初探訪は2009年、ちょうどここの元ブログを始めた年に、コメントを頂いていた方から教えていただき、訪れてみた。

住宅地から林道を約2km程進んだ先の個人の私有地にあるが、ご厚意で自由に水を汲めるように整備されている。初訪時は先客がおり、4lペットボトル数本に汲み入れているところだった。それなりに知られているようだ。筆者は汲みに来たというよりも、どのような場所かを知りたかっただけだったため、軽く手で掬って飲むに止めたが、ひんやりと冷たく、染み渡るような美味しさだった。

飲用出来るくらいなので水質はお墨付きらしいが、飲水や持ち帰った後の処置については自己責任である。

2012年に再訪した時は、500mlのペットボトルを用意して汲み、その足で樽前山へ登山に行き、乾いた喉をこの水で潤した。湧き水の地産地消である。
普通北海道ではエキノコックスの問題もあるため、このような贅沢は中々出来ない。

ここに上げる写真はその2012年時のものである。

20241020020957-admin.jpg現地までの道端に、小さな鳥居が点在していた。何かが祀られているのだろうか。あるいは不法投棄避けだろうか。

202410200209571-admin.jpg少し開けた場所に駐車スペースが数台分あり、汲み場へ降りる階段が設置されている。

202410200209572-admin.jpg汲み口は3ヶ所ある。

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202410200209574-admin.jpg湧き水は有珠川へ流れていく。川霧が立ち込める幽玄な雰囲気だ。

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202410200209576-admin.jpg水の流れる景色はずっと見ていられる。夏場だと恰好の涼み処である。

202410200209577-admin.jpg「不法投棄は犯罪です!!」
この辺りは比較的目立つゴミもなく、綺麗な方だった。

202410200209578-admin.jpg整列する植林の様子。

202410200209579-admin.jpg帰り道すがら、少し下流側にほとりに出られる場所がある。
奥に見えるのは高速道路の高架。

2024102002095710-admin.jpg思えば、2009年に来た時も同じくここに立ち寄った。静かで水が綺麗で、ずっと居たい場所だった。
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#河川 #湧水

道央,苫小牧

道の駅 サンフラワー北竜

道の駅 サンフラワー北竜

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初めて立ち寄った時のインパクトが強烈だった。
ひまわりの町の道の駅なので、そのようなお花畑的(揶揄ではない)な雰囲気を想像していたら、入口の門にまず圧倒される。

突如そびえ立つ中華テイストの双竜の門。なんのテーマパークかと訝りつつ門をくぐると、広い駐車場にオランダ風の大きな建物が現れる。ヒマワリ要素は道端に立つ外灯のオブジェと、建物の塔のマークにほんのりあるくらいである。いや、オランダといえば風車とひまわり畑、またゴッホのひまわりの絵が連想されるのでその世界観を表しているのか、と最近になって気づいた(多分)。

拙著同人誌の道の駅本 には、そこに気づかずにヒマワリ要素は無いと書いてしまった。認識不足だった。許されたし。

20241017023552-admin.jpgこれが例の門「北竜門」である。
双頭の竜(東洋の竜だと思うので、龍の字が相応しいかも知れない)が向かい合う門はヒマワリのイメージにミスマッチにも思えるが、北「竜」町なのでまあそうなるだろうか。ただこの振り切ったインパクトのお陰で個性的な道の駅として忘れられない存在感がある。

202410170235525-admin.jpg2017年に道の駅スタンプラリーで訪れた時は、改修工事で施設が休業中だった。
冒頭の写真は2012年のもの。
オランダ風の建物には温泉、ホテル、レストランや売店があり、充実した施設である。

この時のスタンプは、ホテル棟の方で押印出来た。

202410170235521-admin.jpgこの北竜門、実は上ることが出来る。
しかしよく見るとこの門、西洋の城郭にも見える。

202410170235523-admin.jpg上って国道方面を見る。竜の圧が強い。

202410170235524-admin.jpg上って建物方面を望む。
改装中の足場が組まれていたので肝心の外観はホテル棟以外は見れなかった。スタンプラリーで短期間で各地を回ると、こんな場面にも出くわすのはあるあるである。

202410170235522-admin.jpgもう一方の顔ドアップ。中々の迫力である。

202410170235526-admin.jpg2019年に立ち寄った時には、カップのひまわりアイスをいただいた。種が入っていて香ばしく美味しかった。
売店ではひまわり油などの製品やお米など北竜産の商品、また黒千石大豆なども扱っている。

離れの24時間トイレも綺麗だったので、休憩に利用しやすい道の駅である。
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#飲食 #道の駅

道央,北竜

北竜町ひまわりの里

北竜町ひまわりの里

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初訪は2006年だが、2013年7月に再訪した時のものを主に上げる。

北竜町ひまわりの里の「ひまわりまつり」は、毎年7月中旬から8月中旬に開催される。見時は8月上旬のようだが、2013年は7月29日に訪れたところ、写真の通りにかなりの満開で見応えがあった。まつり期間は観光センターで食事の提供があったり、ひまわりの里内ではひまわり迷路やアイガモ牧場、ぐるっと巡回するトラクター観覧車など、子供から大人まで楽しめる様々な催しが行われる。

北竜町ひまわりの里は発祥が1979年と、それなりに歴史がある。農協職員が視察先の旧ユーゴスラビアのひまわり畑に触発され、町で栽培を始めたのが始まりで、ひまわりまつりは1987年に初開催された。ひまわり油製造や、ひまわりブランドを冠した減農薬米「ひまわりライス」の生産などを経て、年々作付面積を増やし、現在では約23haに200万本という、日本最大級のひまわり畑となった。また、街の外灯もひまわりモチーフの装飾だったり、施設にひまわりの名が付いていたりと、すっかり町の顔となっている。

一面の花畑は惹かれる風景の一つだが、ヒマワリという花に関しては、素朴だが存在感が大きいだけにピークを過ぎた辺りの外見がとても物悲しく、子供時代の「過ぎゆく夏休み」のような切なさも感じる。そんなヒマワリの海は力強い生命力と壮大な郷愁という相反する要素が同居する風景でもあると思う。毎年見に行きたいような、行きたくないような、複雑な感情が絡み合う。

しかし一旦その中に身を投じれば、只々圧倒されつつ夢中でファインダーを覗くことになるのだが。

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2006年に訪れた時にはダチョウ牧場があったが、2013年もあった。

202410150015407-admin.jpgダチョウもヒマワリを眺めているのだろうか。

202410150015408-admin.jpg二重まぶたのせいか、目が綺麗だと思う。

202410150015409-admin.jpg同じ個体かはわからないが、どことなく2006年に見た時より大人しい。

2024101500154010-admin.jpg正面顔は滑稽な感じだが、心を鷲掴みにされそうだ。

2006年時のダチョウの写真があったので上げておく。
当時100円で餌やり体験が出来たので、興味があったのでさせてもらった。

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20241015001646-admin.jpgオスは体の羽毛が黒く、くちばしが赤い。

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202410150016464-admin.jpgこちらはメス。結構ガッツガツいっている。

202410150016462-admin.jpg割と仲が良さそうだった。オス1頭メス2頭くらいで飼育されていた。

まつりの期間だけ幌延から移送して飼育展示されていたようで、元々ここで飼われていたわけではなくヒマワリとの関係性も特に無さそうだった。
現在はまつりのマップにもプログラムにもダチョウ牧場の記載はないため(昨年までは2つの迷路の内の1つに「ダチョウ迷路」という名が付いていたが)、ダチョウ牧場は過去の催しとなってしまったようだ。

アイガモ牧場の方は2006年にも見たが、現在も続いている。

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20241015001611-admin.jpgしばらく観察していると、大変社会性のある生態のように感じる。愛らしいが妙に生活感がある。

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202410150016112-admin.jpg地元の中学生が栽培しているという、世界のひまわりのコーナー。
様々な色合いのものがあって興味深いが、真っ赤や黒に近い赤さのものは燃える炎のようで、よりサンフラワーと呼ぶに相応しい。

202410150016113-admin.jpgヒマワリの蕾はこんな感じ。

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202410150016116-admin.jpgなかなか壮観である。

202410150016117-admin.jpg「ひまわり号」を添えておとぎの国のような風景。

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2024101500161110-admin.jpg整列して栽培されているのがわかる図。

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「夏休み」というものに会いたくなったら、また来よう。
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#イベント #公園 #鳥類 #花

道央,北竜