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スイーツから廃墟まで。北の国からお送りする日常ゆるゆる探検。2009年から始めた前ブログの記事を再編、移植しています


No.44

旧美唄市立栄小学校(アルテピアッツァ美唄)

旧美唄市立栄小学校(アルテピアッツァ美唄)

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アルテピアッツァ美唄は先に述べた通り>>43、廃校となった旧栄小学校校舎と体育館を再利用の形で開設された美術館である。
当記事では屋内のギャラリーやアートスペースと共に、旧校舎の建物としての視点でも見ていくが、2009年時点の撮影のため、建物や展示作品に変化があるかもしれないことをお断りしておく。

大まかに栄小学校の来歴を記す。
旧栄小学校の創立は1946年(昭和21)、盤の沢国民学校の開校に端を発し、翌々年には中学校を併置しのちに分離、別に小学校を設けて児童を分けたが、その後も人口増加に伴い児童数は増え続け、1959年(昭和34)には1,250名を数えた。主に三菱炭鉱従業員の子弟が多く通学していた。しかし程なく三菱の人員削減により児童数は激減し、炭鉱の閉山を経て1981年(昭和56)に閉校となった。
※拙著『北の炭山の骸』 「旧栄小学校」より抜粋。

20241025233258-admin.jpgおなじみの彫刻作品と、校舎遠景。

202410252332581-admin.jpg旧体育館棟。

2024102523325810-admin.jpg体育館棟アートスペース入口前の作品。

202410252332582-admin.jpg体育館の窓から望む水の広場と木造校舎。

202410252332583-admin.jpg設置してあるストーブと、展示作品。静謐な空間が広がる。

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202410252332585-admin.jpg大理石のユニークな作品群。創造も想像も無限大だ。

202410252332587-admin.jpg改築や増築した部分もあるかと思われるが、元々の造形を最大限に活用している。
螺旋階段を上がった先は、安田侃作品の展示風景写真のギャラリーや書籍、DVDが視聴できるスペースとなっている。

202410252332588-admin.jpg注目は、この天井だろう。円形を連ねたトラスと言って良いのか、とても特徴的な造りが目を引く。
炭鉱町の学校は、景気の良かった時代に建てられたというのもあり中々に洒落ていたり先進的・個性的な造りが多い。

202410252332586-admin.jpg格天井のようだ。

202410252332589-admin.jpg螺旋階段上から。こうして見てみるとさほど広くはなさそうだが、作品と対峙すると広い空間に取り残されているように感じる不思議。

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2024102523325811-admin.jpg旧校舎棟のギャラリーへ。
入口は外の螺旋階段を上った2階になる。

2024102523325813-admin.jpg梁が剥き出しになった木造の空間に、絶妙なバランスで配置された彫刻が調和する。

2024102523325814-admin.jpg窓から覗く水の広場。前記事では夏だったが、この時は秋に再訪している。

20241025233325-admin.jpg廊下にも展示されている作品。かつての校舎の雰囲気も保ちつつの配置がとても好感が持てる。
このパックンフラワーのような、植物の芽生えのような作品が妙に好きだ。秘めた生命力を感じる。

202410252333251-admin.jpg真っ直ぐに伸びる廊下はノスタルジー。薄れつつも残るセンターラインは学校だったことを物語る。

202410252333252-admin.jpg窓際にひっそりと佇むイトトンボ。冬の訪れから身を潜めているのだろうか。

筆者の学校時代は近隣には既に木造校舎は見られなかったため、レトロ感もあるが逆に新鮮でもあった。ここに数多くの児童が居たのだと思えば相当に賑やかだったのだろう。
そんな歴史を持ちながらも忘れ去られようとしていた場所が今や人々の憩いの場として再生の道を歩むのはとても理想的な形だと思う。
歴史的遺産として見学するのも面白いかもしれない。
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#古建築 #文化施設 #炭鉱

道央,美唄