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スイーツから廃墟まで。北の国からお送りする日常ゆるゆる探検。2009年から始めた前ブログの記事を再編、移植しています


No.93, No.92, No.91, No.90, No.89, No.88, No.877件]

樽前山2009 奥宮まで

樽前山2009 奥宮まで

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古くからの苫小牧市民(千歳市民もか)に親しまれている山、樽前山。登山初心者でも登れる、軽登山レベルの山でもある。

筆者も過去には学校の行事で登ったり、また家族で訪れたこともある。年を経た今、集団や誰かと登ったということが嘘のようだ。岩登りや鎖場などの難所がない比較的楽に登れる山だが、個人的には他人とペースを合わせなければいけないことに難儀したり、家族に関しては、両親も老いた今思えばあの頃は皆体力があったなと、あれは本当にあったことなのだろうかとさえ感じてしまう。

樽前山の外観は、2つと無い特徴的な形状である。有史以来幾度も噴火を繰り返しており、火山活動は今日まで続く正真正銘の活火山だ。緩やかな台形状の上辺にもう一つ、コブのような隆起があり、これは溶岩ドームで「樽前山熔岩円頂丘」と名付けられ、北海道指定文化財の天然記念物に指定されている。明治期の噴火でこのドームが形成され、現在の形になったという。
1600年代(寛文期)の噴火では麓に沼地を作り、その内の一つが口無沼>>3といわれている。他の沼もこの時期に形成されたものかもしれない。

かつての山頂部分が陥没しているため、登り切った先はその縁に沿って円を描くように道が続く。これを外輪山という。外輪山の内側、中心部に溶岩ドームがあり、最頂部(1,041m)はこのドームの天辺ということになるが、火山活動のためドーム含む外輪山の内側は立入禁止となっている。外輪山の東側と西側、北側にピークが設けられており、それぞれ東山、西山、北山(932峰)となる。東山が最も高く、1,022mとなり、一般的に登頂といえばこの東山を目指すことが多い。

2009年、登山が初だという友人を連れて、久々に登ることとなった。
山頂に、樽前山神社の奥宮があると知り、それに興味を惹かれた。
元々山を神格化して祀った神社なので、ある意味その発祥の場所にもなる。普段人々が足を運ぶ場所は拝殿や本殿で、元々の本体(歴史的起源)は別の場所にあるという神社のあれこれを知って、妙に納得したものだ。山が御神体の場合は、その山に奥宮があることが多い。

20260118015616-admin.jpg7合目まではクルマで進むことが出来る。駐車場は大抵午前9時頃には満車になってしまう。この時は平日10時頃だったが、普通の区画に停められず、ヒュッテの横に縦列駐車する羽目になった。

名所を訪れると必ず案内板を撮影してしまうが、大体数年後にはリニューアルされている。その変遷を見るのもまあ面白いのだが。こちらも近年足を運んだ時には変わっていた。

202601180156163-admin.jpgこちらも写真ベースでそれなりにわかりやすい図だったと思う。

ちなみに7合目からの登山道と山頂ドーム部分、奥宮は苫小牧市の管轄、東山と西山は苫小牧と千歳の境界、北山は千歳市の管轄になるようだ。

202601180156169-admin.jpgここで記帳。計画としては、見晴台経由で東山へ登ったあと、引き返し奥宮へ行き、同じ登山道を降りて戻って来るつもりでいた。
東山くらいまでなら、1時間あれば登れるらしいが、運動不足だった我々にははてさて。

202601180156161-admin.jpg入山地点の階段。これを登り切ると見晴台になる。

202601180156162-admin.jpgあそこまで登るのだというのがわかりやすい。森林限界が見えて開けている。

202601180156164-admin.jpg隣接する風不死岳(ふっぷしだけ)の方向。登ったことはないがここより難易度が高いらしい。

202601180156167-admin.jpg見晴台から望む支笏湖。天気もよく素晴らしい眺め、だったのだが。

202601180156168-admin.jpg見晴台は広く開けており、丸太ベンチも幾つかあって休憩もできる。
まだ先は長いのに、早速我々息が上がって苦しんでいる。

ここで十分眺めが良いので、引き返したくなるが、さすがにそれではあんまりである。

202601180156165-admin.jpg9月だったのでまだ暖かかったが、山では秋の兆しが窺える。

202601180156166-admin.jpgさあどんどんいっちゃおうねぇ〜…
段差にバラつきがあるため、テンポよく足を運べないのが余計に疲労感を増す。

2025年に、修復整備のため登山道を閉鎖していたようだが、今はどうなっているだろう。

2026011801561610-admin.jpg斜面の木々が、本当に斜めに生えている。斜めに撮ったわけではない。

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2026011801561612-admin.jpgこういう泡っぽいものがたまに草や枝に付いているのを見る。クモかホタルっぽい虫の住処だろうなと思っていたら、「アワフキムシ」というカメムシの仲間の幼虫で、泡状の排泄物で作られており、そこでしばらく身を隠して過ごしているらしい。

他にはシマリスもいた。シャッターチャンスを与えてはくれなかったが。

休み休みのペースで歩みを進めるが、あとから登ってくる人々に次々と追い越される。
その方が楽ではあるのだが、友人の方がこの時点でギブアップしそうになっていて、筆者が先に行くよう促される。

以前は誰かと行くと、ほぼ筆者の方がそうなるパターンだったが、この時は逆の立場になってしまった。本当にそうして良いのか、かと言って相手の回復を待つのが良いのか、判断に迷ってしまった。

この時初めて、遅い人にペースを合わせることの苦労が解った気がした。遅ければ遅いほど良いわけではなく、ハイペースの人が相手の遅さに合わせるとこれまた疲れてしまうのだ。複数名で行くときは、ある程度同レベルのペースの人とでなければお互いつらい目に遭う。団体行動の場で、遅い人にも合わせてくれるガイドの人の体力とスキルには本当に頭が下がる思いだ。

友人には申し訳ないことをしたと思う。幸い登山道は一本道で迷いようがないので、ゆっくり登ってくるか、先程の見晴台まで戻って休むかを選択してもらって、筆者一人で登っていくことにした。

2026011801561613-admin.jpgここで山の天気の不安定さを思い知る。
途中でガス(霧)がかかってきた。7合目では晴天だったが雲があったためか、そこまで登ってきているということかもしれないが。

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2026011801561615-admin.jpg試されているのだろうか…

先を行っていた人が、頂上付近までいったものの「何も見えない」と言って引き返してきた。
霧雨も降ってきた。下の方は晴れているのだろうか。残してきた友人のことも心配だ。

若干冷え込んできたのもあり、登れても何も見えないのなら意味がないと、引き返して戻ることにした。

2026011801561616-admin.jpg少し下ったその時。

遠く向こうで友人が登ってきていた。正直かなり驚いた。
ここまで来れたなら、今更戻るというのは申し訳ない。追いついて来るのを待ち、少し休んで2人で山頂を目指し再出発した。寒さは登っていれば暑くなる。山の天気は変わりやすいが、これもまた少しは晴れてくれるだろうことを祈って。

それにしても、山の人々は温かい。
我々の様子を見て、頑張れと励ましてくれたり、折角なんだから行ってみたらと気遣ってくれたりと。

2026011801561617-admin.jpg階段の場所が終わって軽石敷きの道になる。これらは火山灰である。
楽そうに見えるがこれはこれで滑りやすく、一番気を使う箇所かもしれない。

2026011801561618-admin.jpg元々はちゃんと階段状になっていたのかもしれないが、崩れやすい土壌でこうなってしまっているような気がする。この丸太に足をかけて登る人は、おそらく皆無だろう。

2026011801561619-admin.jpg相変わらず休み休み。座れそうな岩に腰を下ろすとこんな草が。種類はわからないが、植物は大切に。
最近では外来種も蔓延っているようなのだが。

2026011801561624-admin.jpg登山道の脇にはタルマイソウ(イワブクロ)。ここ樽前山に多く生息しているためにこの名がついている。
ホタルブクロに似ているが分類的には違う種なのだそうだ。

2026011801561623-admin.jpgこれはウラジロタデだろうか。

少し晴れてきたかもしれない。

2026011801561620-admin.jpg振り返って見る。道が断崖で切れているように見える。
友人はこれを怖いと言っていた。高所恐怖症だと登山も難しいのかもしれない(筆者もそんなに強くはない)。

2026011801561621-admin.jpg道から下の低い方を見る。霧か雲の境目がはっきりしている。
緩やかな傾斜だが、踏み外したらと思うと怖い。

2026011801561622-admin.jpgシラタマノキ。よく見る可愛らしい低木。白いのは実で、花は下向きに赤い釣鐘状のものが咲くらしい。

2026011801561625-admin.jpgやっと、山頂(外輪山)に着いた。
ここまで登れればあとは大体平地なのだが…

2026011801561626-admin.jpg奥の景色がホワイトアウトしていて見えない。
7合目からは1,250m歩いたらしい。平地なら楽勝でも上りだとこんなに苦しい。
右側はおそらく東山と書いていたのだと思うが、あまりにも視界が悪いので、東山は断念することにした。

西山方面へ向かい、奥宮一本に絞る。

2026011801561634-admin.jpg外輪山の内側寄りに立入禁止のローブが張られている。

家族で登ったのは30年程前になるが、その際に外輪山の内側(火口原)にも足跡を残した記憶がある。立ち入りが規制されていなかった当時でも火山性ガスの発生があり、ドームに近づく気にもなれなかったが、草も生えない黒土や赤土が広がり、硫黄臭も強くこの世とは思えない景色が広がっていた。

登山者が積んだケルンが幾つもあったのも印象的だったが、そんな景色では賽の河原のようにも思えた。我ら家族も記念にと小ぶりのものを積んでみたのだが、これが賽の河原ならばどんな意味があったのか。何らかの象徴のようにも思えてしまうほどの景色だった。

当時の写真は残念ながら無いが、ずっと印象に残っている。

2026011801561627-admin.jpg西山方面へ続く道。

2026011801561632-admin.jpg先程の分岐からは10分程歩くらしい。歩く度に霧が濃くなる。
またまた不安になってきたその時…

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2026011801561629-admin.jpgやっと…!

鳥居にカラス…まるで神の使いだ。
こんな高所まで来ることがあるのか…不思議な光景。

2026011801561630-admin.jpg更に不思議だったのは、ここに来たらピタッと風も霧も晴れ、心持ち暖かくなってきたのだ。
パワースポット、普段は興味もさほどないのだが…

何らかの理屈があるのだろうか。いやここは神様がいるということにするべきなのだろう。

2026011801561631-admin.jpgこの形になったのは昭和27年。ちょっとした古建築になりそうだ。

2026011801561633-admin.jpgあまり撮るべきでもないのだが、どんな造りか気になった。

お賽銭を納め、お参りさせてもらった。
他に来る人もいなかったので、少しここで休憩し、不思議と温かなこの場所で暖をとることに。

今回の大方の目的を果たすことが出来、友人もなんとか無事に登ってこれてよかった。これは途中会った人達と、山の神に感謝。

2026011801561636-admin.jpg西山へはまだ距離があるため、今回はここまでにして下山する。

外輪山の内側、溶岩ドームの方は相変わらず濃霧に埋もれていた。
地面が緑色っぽいのは、植物が一面に繁茂しているのかもしれない。しばらく人が入り込んでいないからだろうか。

2026011801561638-admin.jpg先程の崖のように見える場所にある、大岩。昔から変わらずある。
座り心地がいいわけでもないが、個人的に休憩地点にさせてもらっている。

2026011801561639-admin.jpgこんな軽石の火山灰ばかりなので、滑る。下りは気を遣うが、必ず一度は転けているような…

2026011801561640-admin.jpg途中でうっすら見える苫小牧の街。街から見えるあの山に、今来ています感。

2026011801561641-admin.jpg風不死岳も山頂付近は雲の中。ここまで下りたら晴れてきたので、上と下で天候が違っていたのだろう。
完璧な晴れ、快晴でもなければパーフェクトな登山は難しい。

2026011801561643-admin.jpgスギゴケか。美しい苔だ。キノコが紛れているのも味わい深い。

2026011801561644-admin.jpg陽の光がまばゆい。無事戻ってこれてホッとした。

見晴台まで戻り、ここで遅いお昼にした。ただのおにぎりだったのだが、これが疲労した体にものすごく美味しかった。
夏場だと虫が寄ってきそうだが、その前に食べきった。満足!

2026011801561642-admin.jpg駐車場に戻ると大きなハシブトガラスが。意外とこの辺には多いのだろうか。
よもや、奥宮にいたカラスではあるまいな…

並の人で通常は1時間、コースにも依るが東山往復なら2時間あれば十分だそうだが、戻ってきたのは15時、我々は5時間もかけてしまった。初心者レベルとは。
それでもこれをいい機会に、体力づくりをしようと誓うことになるのだった。今振り返ると効果の程はなんとも言えないが。

樽前登山は、その後も幾度か行っているので、また順を追って更新していくつもりだ。
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#花 #鳥類 #山 #神社

道央,苫小牧

社台川の源流へ

社台川の源流へ

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子供の頃、馴染みの最寄りの川がどこから流れてくるのか、その源流を辿ってみたい衝動に駆られたことがあった。
一度、友人とそんな話をして盛り上がり、夏休みか休日に遠足よろしく途中で食べるおやつを買い出して、辿ってみようとしたのだが、幸か不幸かおしゃべりに夢中になりさほど歩きもせず、いつも遊んでいた周辺から離れず終わってしまった。今思えばまあそれで良かったと思えるエピソードだが。

最近それを思い出し、その川の源流は結局どこにあるのかと調べてみると、数十年越しながらもあっけなく解決した。行けなくもない場所にあるようで、今度機会があれば行ってみようと思う。

このように川の源流は身近な未知のスポットだが、当該の川とは違うものの、ここでそれを訪れることになるとはあまり考えてはいなかった。
前回>>91の続き、社台滝の上から川の方に向かってみる。2007年の記録である。

2026011503591917-admin.jpg駐車した周辺にあった水溜り。源流近くなので滲み出しているのかもしれない。

2026011503591918-admin.jpg川の畔に続く踏み跡を見つけたので辿ってみる。定期的に人が通るのか、若干道らしくなっている。

202601150359193-admin.jpg出た。曇りがちだったせいか鬱蒼としていて怖いくらいだ。

202601150359194-admin.jpgこの奥へ進むと、滝上に出られるのだが…

岸に足の踏み場はなく、川に入って進むしかなさそうだ。試しに裸足で浸かってみたが、信じられないほど水温が冷たく、数秒で足が痛くなった。
慌てて岸に上がったが、これは湧き出たばかりの水で日もあまり照らない場所だからなのだろうか。深さは無いものの川底もはっきりと見える透明度。汚染のない綺麗な水なのだろう。

靴のまま進むことも考えたが、川底は苔で滑りやすいとも聞いたので、落ち口まで進むのは断念した。

202601150359195-admin.jpg古い取水槽らしきものがある。

202601150359196-admin.jpg水源の方へ向かってみるが、苔むした岩と不規則に曲がったり倒れている木などが行く手を阻む。

202601150359197-admin.jpg足場もないので草むらの中を突っ切って進む。
右に少し写っているのは同行者の手で、怪奇現象ではない。

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2026011503591911-admin.jpg水は綺麗だが、山奥の不気味な趣がある。だからこそ綺麗に保てるのかもしれないが。

2026011503591912-admin.jpgここが行き止まり、源流部になる。
岩の隙間の奥まった場所から湧き出ているのだろう。このあたりの岩は溶結凝灰岩といい、火山噴火の噴出物で形成されている。形成されたのは数万年前といい、地形的には大きな変化もなく在り続けているようだ。

2026011503591914-admin.jpg源流点を示しているのだろうか。右側最奥に台形のような石が置かれている。

2026011503591913-admin.jpg左側の不自然にツートンカラーになっている部位も気になるが、何らかの理由で穿ったものを埋めたとかだろうか。水が染みて変色しているのかもしれない。

一枚岩の水底が大理石のような光沢になっている。ところどころに穴が開いているが、これは岩から小さな滝となって流れ落ちていた時の滝壺なのだという。その小滝は今でも見られるといわれていたが、訪問当時は見られなかった。

この穴、見るからに深そうだったので、恐る恐る近づき、その辺にあった長い木の枝を差し込んでみたら軽く丸ごと浸かってしまった。背丈くらいの長さだったので、2m以上はある深いもののようだ。

2026011503591915-admin.jpg鏡面のような水面。美しいがその冷たさが恨めしい。

2026011503591916-admin.jpgしかし、河川の源流というものを初めて確認出来たのはとても良かったと思う。

この当時はクルマで来れたが、今はどうなっているかはわからない。
クマ出没の危険と、携帯の電波はほぼ圏外、数十kmのダートなど、滝上でもそれなりに難易度の高い場所になる。
そして低速でダートを長距離というのは、かなり神経を使う。復路も幸い無事に戻れ、満足感もあったがこの一件で疲れ果ててしまい短期間に何度も行く気にはなれなかった。

以来、滝の落ち口へのリベンジは果たせずにいるが、なんとこの数年後には滝の下を訪れることが出来た。
その時の記録はまた後日更新しようと思う。
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社台滝の上に戻る

#河川 #湧水

道央,白老

社台滝 滝上への道

社台滝 滝上への道

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2007年8月時の記録である。

以前から滝が好きなので、とりあえず行先で見かけたら行ける範囲で見に行っていた。
2006年にはインクラの滝>>12に行っているが、行く際に下調べなどをしていた時に知った近辺のもう一つの滝が「社台滝」だった。
インクラの展望台傍にあった看板にも写真が載っていたが、水量は少なそうだが巨大な岩盤を滑り落ちる滝と、何よりもこの岩盤の「悪魔の顔」と呼ばれる容貌の凶悪さに惹かれてしまった。
そして滝上からの眺望も、先達の探索者の写真を見るとまるで密林の景観で、これにも圧倒されてしまった。

落差、幅共に100m近くはあると云われている。下から悪魔の顔を見るには、入渓地点から社台川を5km程遡る必要がある。当然平地ではなく、大岩が立ちはだかる箇所もある。遊歩道などは一切整備されていない。自分の体力やスキルでは間違いなく無理なので、ならばせめて滝上だけでも行ってみたい。滝上にはクルマでも行けるようだが、林道をかなりの距離走ることにはなる。

一度試しに、林道ゲートの開いている間に途中まで走ったのだが、ショートカット出来ると思われる直線の道を進んだところで悪路になり、スタックの危険を感じたのと、思ったより長距離を走ったために中途半端に入っていたガソリンを消費してしまいガス欠の恐れもあったため、引き返していた。

後日、地図を購入するなどして違う道を選ぶことにし、態勢を立て直して再アタックした。
カーナビは、当時筆者のクルマに搭載されていなかった。今行くとしても地形図があった方がよいだろう。

尚、当時は林道が何処の所有管轄かなど、あまり考えてはいなかった。
また、開いているゲートでも、悪天候などで突然閉められて出られなくなる可能性もありえる。
予め通行する林道の状況を調べ、ゲートの注意書きを熟読した上、必要なら入林申請など届け出をしてから通行するのがベストだと思う。
現在は公式のサイトも充実しており調査も容易になっているので、以前に比べ通行可否の情報も手にしやすいかもしれない。

2026011503591934-admin.jpg林道は社台横断林道になる。樽前ガローの近くの湧水>>2地点にゲートがあり、そこから入る。

しばらく走ると上のような樽前川を渡るポイントを通過する。

2026011503591933-admin.jpg柵や車止めは無いので、通行には注意。

2026011503591932-admin.jpg砂防ダムになっている。轟々と水量が多くちょっとした滝のようだ。

2026011503591930-admin.jpgこの川も釣りスポットになっているそうだ。

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2026011503591927-admin.jpgしばらく走ると大きな絶壁の道が現れる。悪天候時にはポロポロと崩れそうでちょっと怖い。

2026011503591929-admin.jpg道からの景色。背丈以上のイタドリが視界を遮る。

延々と続くダートはほぼ平地だが、幅は1台分しかない。ところどころに退避スペースがある。
それなりに登っては来ているらしく、架かっている橋も端が崩れ崖になっている箇所もあり、緊張を強いられる。
このような道なので、20km/h以上はとても出せずノロノロと進む。道の状態が悪く、振動が凄い。
オフロード車でなければ中々ハードだが車体が大きくても難儀しそうだ。

もうどれくらい進んだろうか。地形に沿って大回りで道が続くため、地図上の直線距離よりも何倍もの距離がある。

2026011503591923-admin.jpg道の脇に、朽ちた木材が堆積されていた。橋として使われていたものだろうか。

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2026011503591925-admin.jpgすぐそばに川がある。そちらの岸に架けられていたものだろうか。

2026011503591922-admin.jpgかなり古びている。今の林道以前のものかもしれない。

更に進むと、右手にピンクテープの目印になるものが見える。その分岐を右に入る。
これまでに合った動物はシカが多く、またこの近辺の開けた場所では野ウサギも見た。かなり大きく、イヌと見間違えたくらいだ。
すぐ逃げていったので撮ることは叶わなかった。

2026011503591921-admin.jpg以前のようなダートとは違い、踏み跡然とした草の道が続く。轍が付いているので、管理のためか同好の士なのか入っていく車もあるようだ。

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2026011503591919-admin.jpg草の道を進んで突き当りはこれも背丈以上の笹原だ。ここまでゲートから約1時間。20kmは確実に走っているが30km近くになるかもしれない。
この向こうに社台川の源流部と、近くに滝上があるはずなのだが…

かなり奥地まで来てしまったので、クマが出てもおかしくない。

20260115035919-admin.jpg用心しつつ分け入り道を探して少し歩くと、木々のざわめきの中、茂みの少し開けた場所から水の落ちる音がかすかに聞こえる。

202601150359191-admin.jpg間違いない。

202601150359192-admin.jpgやはり実際に見ると違う。水量が少ないので滝にというよりは、地形のスケールに感動しっぱなしだ。

滝下と、滝上の落ち口を出来る限りズームしてみた。ここからでは「悪魔の顔」を見ることは出来ない。そして落ち口を目にした途端に寒気がした。
あそこまで行くのはなんだか怖い。足を滑らせたら間違いなく一巻の終わりだ。

ここまでの道のりについては準備してきたが、迂闊ながら長靴の準備など川に入る想定はしていないことに気づいた。
滝上のどこまで進めるのかは未知数だったが、とりあえず源流の方へ向かうことにした。
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社台川源流へ

#滝 #河川 #林道

道央,白老

道の駅 フォーレスト276大滝(廃止)

道の駅 フォーレスト276大滝(廃止)

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大滝のきのこ王国本店に来たならば、セットで寄っていた道の駅(もしくは逆に道の駅ついでにきのこ王国)だった。>>89の時もその流れでトイレ休憩的に寄った。上の写真はその2009年のものである。

以前は隣のきのこ王国と駐車場も共用(きのこ王国も道の駅施設の一部)だったように記憶しているのだが、この当時はきっちり境界が設けられていて互いに行き来出来ないようになっていた。
そして、隣の賑わいに比べこちらは足を運ぶ人は疎らで、大分寂れた印象を持った。

当時の運営会社ときのこ王国側との方針の違いで分裂したという話もある。かなり以前に伝え聞いた話なので真相は不明だ。

「世界最大のログハウス」といわれた建物が数棟並び、レストラン、売店、休憩所などが運営されていた。また、「一億円トイレ」と謳われた、自動演奏のピアノが設置された屋内トイレもあるが、個人的には道の駅としての登録以前に何度も訪れており、ピアノの新設で沸き上がっていた頃に演奏されていた場面も見ている(聴いている)ので、特別感もなく写真も撮っていなかった。当時は写真の趣味を持っていなかったこともあるが、この2009年時点で今さら感もあり結局撮らずじまいになってしまった。

今思えば豪奢で貴重なもののはずなのだが、モノの価値に疎かった若かりし頃なので、まあ勿体ないことをした。


▼2011年8月

20260114035107-admin.jpgこの時は道の駅スタンプラリーを始めた頃で、スタンプ目的で寄った。
過去の自分の記録では、他にカボチャを買っていたらしい。安価だったようだ。野菜類もそれなりに販売されていたらしい。

午前の早い時間だったためか、人の入りはそこそこあり、悪くない賑わいだったと思う。

2009年と比べてみると、入口看板が新しく付けられている。運営会社も変わっていたようだ。


▼2016年7月

20260114035121-admin.jpgこれは2度目のスタンプラリーの時。別に目的地があったため、この時も開館間もない朝の早い時間に訪れたが、日曜にもかかわらず人の入りはすっかり落ち着いてしまったように見えた。看板が変わり、フードメニューの看板も付けられていたが、パンやピザも今や道の駅の定番メニューという感じで、色々と巡ってきた視点だと特に真新しいものではない。

それよりも、舗装のひび割れや古びてしまった階段、ところどころ茂った雑草に物悲しさを覚えた。

これは閉館も待った無しかもしれないと思っていたら、翌年に休館のニュースを聞き、それから再開を果たせずついには2022年に道の駅登録も抹消となってしまった。建物は取り壊しなどの予定も立たずに今でも残っている。

来歴を知らずに廃れた建物を見ると好奇心が湧くが、最盛期を知っており利用もした立場で見ると、中々に胸が痛い。

以前更新していたブログや作ってきた同人誌ではスタンプラリーの様子も記しており楽しいことばかりだったが、今このブログで廃止された道の駅について記すことになるとは…時を経ると様々なことが起こるのだなと実感している。
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#廃 #道の駅

道央,伊達

きのこ王国 北湯沢店(閉店)

きのこ王国 北湯沢店(閉店)

202601130352441-admin.jpg
>>88(2009年)の帰りに、母のリクエストで北湯沢方面を通ったため、通りがかったきのこ王国できのこ汁をいただいた時の記録。
こちらは今は無き北湯沢店で、現在は大滝に本店を持つきのこ王国の生産工場として稼働しているらしい。

大滝の本店に比べると店舗は平屋のプレハブ造りで規模は小さく、地方のドライブイン的なスケールだったが、天ぷらや蕎麦など食堂メニューが充実していた。本店と同じくきのこ汁も扱っており、他瓶詰めなどの加工品なども取り揃えていて不便なかったように思う。大滝の本店がいつも混んでいて食堂の待ちもあったため、個人的にはこちらの北湯沢店の方を重宝していた。

それは大抵いつも空いていたということで、いずれは閉まってしまいそうだと思っていたら、やはりそうなってしまって一報を聞いたときはちょっと残念だった。2017年頃に、きのこの生産量を拡大するためにこちらの店舗は閉業して生産工場一本にしたとのことだそうだ。

20260113035244-admin.jpgきのこ汁はどこの店舗も100円だった。これが100円でいただけるとは奇跡だ。
(現在の大滝本店では税抜130円となっている。物価高で世知辛いがまだこの安さ。頑張っておられるようだ…)

この時はなめこやぼりぼり(ナラタケ)、落葉きのこ(ハナイグチ)などが入っていた。きのこのお出汁が美味しい。
ぼりぼり、落葉は北海道での呼び方になる。筆者にとってもこちらの呼び方が馴染み深い。

202601130352442-admin.jpgぼりぼりだろうか…大きな粒も入っていて食べごたえもよかった。

この時は食堂で食事をしただけだったのだが、気づかなかったが500円できのこ狩りも出来たとかいう情報も見られる。2009年時にはおそらく無かったサービスだったのかもしれない。
きのこ狩り、いつかやりたかった…


202601130352443-admin.jpgおまけ、というかついでに…
こちらは、大滝本店。結局通り道なので冷やかしに寄った。やはり駐車場も店内も激混みであった。

202601130352444-admin.jpg謎の木組み。シイタケの原木になる木だろうか。

北湯沢店で食事を終えたばかりだったので、さすがにこの時は利用せずそのまま出てきた。
北湯沢閉店後は、通りがかりには人混みに紛れつつこちらを利用しているが、最近はすっかりご無沙汰だ。

その間に、看板恐竜のマイケルが現れてすっかり人気者になっていた。きのこと何の関係が!?と最初は思ったが、ちゃんと発信すれば愛されるキャラクターになるのかと、今は感心している。次に足を運んだ時には、マイケル君にも会いに行こう。
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#飲食

道央,伊達

道道919と鉄の街の眺望

道道919と鉄の街の眺望

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トッカリショ>>87から、道道919号中央東線(観光道路)を辿ってみた。
初訪の2009年時点では、何処まで延びているのか不明のままだったので、ギリギリ離合出来る程度の細道がクネクネと続き、スリリングな冒険のような心持ちで辿った。交通量は決して多くはないが、国道に下りるよりもこちらを抜けた方が早いのか、たまに結構なスピードで向かってくるクルマもありこれには冷や冷やさせられた。

それでも時折木々が開けた場所から見渡せる街の景色に圧倒されたり、坂の街ならではの立体的な眺望と工場の風景が大変印象的な絶景ポイントでもあった。
幼少時に慣れ親しんでいた街のすぐそばにこのような道があったとは、只々驚きつつクルマを走らせた。


▼2009年8月

202601112345337-admin.jpg崖上の稜線に沿って走る道のため、かなり入り組む形でカーブが多い。
御前水町、大沢町、みゆき町、輪西町の上方を走る形になり、それぞれの地区へ下りる横道もいくつかある。これは大沢町へ下りる分岐だが、この観光道路の最頂部になるようだ。

202601112345336-admin.jpg右側の長屋のような建物は、今ではすっかり倒壊してしまったようだ。

20260111234533-admin.jpg以下、この分岐点から眺める景色になる。ここが最も良い眺望のポイントになるらしい。

202601112345333-admin.jpg日鉄工場群。製鉄業の街は戦争需要で栄えたが、戦後は落ち込み、地区により寂れた場所もある。
昔ながらの味わいのあった建物も撤去されたり倒壊したりと、近年特に変化が著しいが、近代の歴史の趣もまだまだ感じられる街だ。

202601112345331-admin.jpg白鳥大橋も望める。この立体感よ。

202601112345332-admin.jpg製鉄系の工場群なので、鉄分要素は抜群だ。渋みがあって圧巻。

202601112345334-admin.jpg国道と新道。クジラ半島を望む。

これらの景色がパノラマ状態で見渡せる。
これより先に行くと、木々の中、ポツポツと道沿いに民家が現れるようになる。

やがてイタンキ浜近く、潮見公園のあたりまで下ると、左手に長大な古い建物が見えた。
病院か、学校か…? 気になって建物の近くまでお邪魔してみると、それは母の母校、室蘭市立鶴ヶ崎中学校だった。

202601112345338-admin.jpgここまで入ってきてしまって良かったんだろうか…
しかし、母も同乗していたものの、ここに来るまで気づかなかったとは。

母曰く、かつての通学路と別の道から来たのと、こんなに古びているとは思わず、別の何かの施設かと思った、らしい。
言ってはなんだが、確かに、道路からだと廃病院…っぽく見えて、ちょっと不気味ではあったのだが。
不気味なのにわざわざ近づいてみる我らも我ら、似たもの親子なのか…

母が通っていたのは昭和40年頃、その頃は旧校舎で外観も違っていたらしく、無理もないだろう。

202601112345339-admin.jpgL字型の校舎だが、横に長く、近くでは全景が撮れない。

2026011123453311-admin.jpgL字の向こう側。教室数がやけに多い。母の時代だと1学年に10クラス以上はあったということから、その頃に改築したマンモス校の名残なのだろう。この時は既に空き教室も多かったのではないだろうか。

2026011123453310-admin.jpgこの鶴ヶ崎中学校は、その後、2011年に市立東中学校と統合し市立翔陽中学校となり、閉校している。
現在は取り壊され、更地になってしまった。

そんな母の思い出話しに花が咲き、では小学校の方もなどとちょっと寄り道してみたが、そちらは学校そのものは健在だったものの校舎が変わっていたりグラウンドが移動していたりとまったく見る影もなくなったらしく、ピンと来るものがなかったようだ。
ちなみに小学校は市立大沢小学校で、こちらもその後2020年に閉校、跡地は別の施設に転用されているようだ。

2026011123453313-admin.jpgこの擁壁の存在は筆者も昔からよく覚えているが、ここは昔、防空壕として使われていた場所だったそうだ。
母が子供の頃はまだ穴があったらしく、よく中に入って遊んだという。

2026011123453312-admin.jpgその後潰され埋められてこのようになり、今は私有地のため柵より内側への立ち入りは出来なくなっている。
パイプは、水抜き用だと思われる。よもやガス抜きではないと思うが。

確かに危険ではあるのだが、こういう話を聞くと昭和の時代のおおらかさと逞しさを感じる。


▼2014年5月

これもトッカリショ浜2014年の帰りに、やはり観光道路を通っていたようだ。
今となっては写真の日付を見返して、この時に寄ったのかとやっと思い出せる程度になってきた。

一眼でちょっと気合いを入れて撮ったものだが、特別腕があるとも思わない。
しかしそれなりによく撮れたと思うので、ここからはキャプションなしで載せていく。

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特に最後6枚は、一目で惹かれた廃アパート群。日鉄関係の社宅だと思われる。
鶴ヶ崎中学校の裏手にあったが、前回は存在に気づかなかった。
この時には中学校も既に閉校しており、校舎だけが残っていたと思う。

生活の息遣いがまだ残っているように思われ、近い内に再訪してゆっくり撮りたいと考えていたが、自身の生活に追われあれよあれよと月日が経ってしまい、この3年後、父方の祖母の葬儀の席、参列者との久々の近況報告の中で、母方の親戚からこのアパート群が取り壊されたという話を聞いた。年月は流れ、身内も鬼籍に入ってゆき、気に入った場所も無くなっていく。

こちらは現在、新たに独身寮が建てられ、建物の形状がわずかにかつての面影を残すくらいである。
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#廃 #工場 #古建築

道央,室蘭

トッカリショ浜へ

トッカリショ浜へ

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地球岬>>86(2009年)に向かう途中の道で見た案内板に、逆方向に「トッカリショ」の文字を見つけて気になった。
母も同行だったのであちこちは寄れないだろうと思ったが、その母も気になっていたらしく、帰りに寄ってみようということになり立ち寄った。
好奇心が似た方向の者同士だと、こういう時は本当にありがたい。自分の家族に共通の趣味など無いと思っていたが、親子だと根本がやはり似るのだろうか。

室蘭出身の母でも知らなかった場所らしい。今ならクルマもありあちこち走れば気づいて寄れるが、生活範囲の行動だけだったり交通手段も限られれば、地元の人ほどその土地のことを知る機会も限られるのだと思う。


▼2009年8月

202601110420277-admin.jpg道の端に、展望スペースが整備されている。脇に2〜3台程の駐車スペースもある。

202601110420276-admin.jpg先程の地球岬と同じく、室蘭八景の一つ。
他六つは室蘭港の夜景、測量山の展望、大黒島、絵鞆岬、金屏風銀屏風、マスイチ浜、となるようだ。

20260111042027-admin.jpgこの地名由来版はリニューアルされ現存しない。2009年時点のものである。

トッカリショ

 原名トッカリショ、アザラシの岩という意味で、いまは岩ではなく漁場そのものを呼んでいる。
 冬季になるとアザラシが室蘭近海に群泳してきたが、なかでもこの辺には一番多く寄り集まったところから、トッカリショと呼ばれるようになったといわれる。
 かつては鮭の漁場であり、万延元年(一八六〇)ごろモロラン(崎守町)で旅人宿と漁業を営んでいた藤谷史吉が漁場を開いたのに始まる。
 神秘的な月明かりの夜、魔の神が、日の神が眠っているすきに盗んだ「光の衣」を着て夜空にあらわれたため、二つの月が光り輝いた。アイヌたちは異変が起こったと騒ぎたてた。これをみた文化の神オイナカムイは、魔の神の仕業と見破り、銀の弓で銀の矢を放ち魔の神を射落としたので、再び平和を取りもどしたというトッカリショにまつわる伝説がある。

現在の看板は「名勝ピㇼカノカ」として、アイヌ伝承や文化が色濃く残る景勝地に指定されたことなどが記されている。旧看板ではその伝承の内容が記されていたということになるだろうが、見比べてみると興味深い。
伝承は日食か月食のことかと思っていたが、改めて読んでみると、夜中に月とともに光り輝くとは、火球などの可能性もあるかもしれない。
※現看板については他者の写真からの概略に留め、筆者自身が撮影したものではないため文字起こしは控える。


トッカリショの地名を初めて見た時は、「どっこいしょ」っぽいなあなどとフザケていたが、トッカリがアザラシのことだと自分の中で定着するとなんのことはない、アザラシがたくさんいたのだなと自然に捉えられるようになった。言語に親しむとはこういうことなのだろうか。

202601110420272-admin.jpg展望台からの眺め。これは凄い景色だ。
奇岩が特徴的。カマボコを切り分けているような形。

奇岩の向こう、手前に見えるはクジラ半島、その奥に見えるもう一つのクジラっぽいものは鷲別岬らしい。
半島とは別にクジラ島というのもあるらしいが、この2ヶ所の間にあるもっと小さい岩場のようなものだそうだ。

クジラ島はなんとなく聞いたことがあったが、形からしてあの半島のことだと思っていた。

202601110420271-admin.jpg逆側、地球岬の方角になる。

202601110420273-admin.jpg崖上の草原もまた凄い。まるで絨毯だ。

202601110420275-admin.jpg地層がはっきり見えるのも、地球のスケール感があって素晴らしい。
海外だともっと凄いものが見れそうだが、国内、しかも自分の近所にもこういう景色があることに感動した。

右側奥に見えるのがイタンキ浜になる。

202601110420274-admin.jpg展望台前の道路は道道919号線、通称観光道路といわれている。草原の崖上を延々と延びる細道だが、この先は何処に繋がるのか皆目見当もつかず、当時あまりに気になったので帰路はこの通り進むことにした。次の記事>>88で記す。


▼2014年5月

20260111042047-admin.jpg春、桜を見に室蘭まで来て色々回ったついでに来てみた。

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202601110420472-admin.jpg季節が変われば景色の色も変わる。まだ枯れ草も残っており、緑の絨毯の色も薄い。

202601110420473-admin.jpg何故この時期に来たかといえば、2009年時の写真を見て鋭い方はお分かりかもしれないが、この下へ延びる道と階段があり、浜へ下りることが出来るのだ。道端の草が伸び切らない内の方が辿りやすそうだと思ったのだ。

前回は気づかなかったが、後日それを知り再訪して下りてみたいと思っていた。

先の展望スペース脇に分岐があり、クルマで下りられるためそこを辿って空きスペースに駐車し、下り階段を探し当てて下りてみる。
ここからでも浜を一望出来るが、下りられるなら下りてみようと思う。

尚、現在は分岐の地点から通行止めとなっており、立ち入りは出来ない模様だ。

202601110420474-admin.jpg赤錆た柵が続く。階段もかなり年季が入っていそうだ。

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202601110420476-admin.jpg下りている途中の奇岩の景色。

202601110420477-admin.jpg崖の方を見る。あの高さから下りてきている。

2026011104204712-admin.jpg途中で振り返ってみる。電柱が立っており、途中の電灯や下の家屋まで電気が引かれているらしい。

202601110420479-admin.jpg下まで下りきった。ここまで5分ほど。
奇岩はやはり上から望む方が迫力があるようだ。地層ははっきりと窺える。

2026011104204710-admin.jpg浜には漁師の番屋とみられる家屋がいくつかある。
看板によると幕末に開かれた鮭の漁場だったという。

この時は無人のようだったが、時期ではなかったのだろうか。

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2026011104204711-admin.jpgなんとなく人様のお宅にお邪魔させてもらっている感じがしたので、散策も程々に戻ることにした。
誰もいなかったので、ちょっとしたプライベートビーチ感を味わわせてもらった。

2026011104204713-admin.jpg戻り道、下りで5分とはいえ、全て階段である。上りはそれなりにきつい。

途中に電灯を見つけると、それだけでなんだか街の中の小路感があり、生活の場なのだなと認識する。

2026011104204714-admin.jpgこの時も、今では信じられないのだがまたもやサンダル履きで来てしまい、まあよくも無事に戻ってこられたものだ。若かったのか(そうでもない)、無駄に耐性があったのかはわからないが、まともな靴だったらもっと楽だったろうに、とは思う。

以前も記したかもしれないが、こういう無知な状態での未知に対しての行動が出来ていた頃が、とても楽しかったと思う。
今は知識も増え感性も変わったので、そういう楽しみ方はもう出来ないことが少し寂しい。

それならば違う楽しみを見出すだけなのだが。

奇岩の絶景は、展望スペースからの方が素晴らしいと感じた。
写真でも伝わらないので、ここはぜひ実際に足を運んでほしい景色だ。
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#海 #遊歩道

道央,室蘭