No.12, No.11, No.10, No.9, No.8, No.7, No.6[7件]
苫小牧・緑ヶ丘公園
苫小牧・緑ヶ丘公園
かつて緑ヶ丘公園といえば、こちらのエリアのことを指していたと思う。
>>6で記したとおり、個人的には子供の頃はこちらの方が馴染みがあり、ジャンボ滑り台があることで有名だった。
当時、クルマや自転車だと支笏湖通からのアクセスが一般的だったが、高台に位置するため特に自転車だと往路の上り道がキツかった。小学生の頃の行事や、または友人数名で、バスや自転車で何度か訪れたが、自転車の時は途中で降りて息を切らして押して上った記憶がある。
子供という生き物は時にイレギュラーな行動を取るもので、そのまま道路を行けばいいものを、ショートカットのつもりで道を逸れ森林の中を突っ切って自転車を押しながら上ったことも覚えている。大人の感覚だとさほどの傾斜は無いはずだが、まだ小柄な子供の低い視界だと、少しよろけるとそのまま下まで落ちるのではないかと感じられ必死で自転車のハンドルを握りつつ、そんな中、手に止まった蚊を追い払えずに吸血されながらやっとの思いで上がりきったことも鮮明に思い出す。今振り返れば冷や冷やモノ、いやそもそも家から数km離れた場所まで子供たちだけでよく行ったものだが、そんな冒険を経て大人になったことは意義のあることなのだろうと思っている。
そしてジャンボ滑り台も、天気の良い日だと熱せられて尻や脚が焦げそうになったりなど、中々リスキーなシロモノだったが、皆で一斉に滑って笑い合ったりと楽しかった思い出ばかりが残っている。その滑り台も今は撤去されて類似のものに替わったようだが、金太郎の池の方にも長いローラー滑り台が出来たり、またこちらには展望台が新設されたりと変わらぬ賑わいを見せている。
成人してからはこちら側の公園はすっかりご無沙汰だったが、展望台が出来てしばらく経った2006年にやっと再訪した。
▼2006年5月・展望台からの景色
展望台前広場の噴水池。
内部の螺旋階段。
昔と比べてすっかり様変わりして綺麗になった。
本幸町にあった市立病院の新病棟。当時はまだ新築中だった。
こちらは2009年の移転済み病院。
病院の庭。以前の本幸の旧病院に通院していたこともあったが(ちなみに筆者が誕生した病院でもあった)、病棟が古くて薄暗く、怖いくらいの味わいがあった。新病棟には庭もあり、当然ながらとても綺麗で明るい。
これらの景色も、今では既に建て替えや取り壊しなどで現存しない建物もあり、徐々に変わっていっている。


展望台は1998年に建てられた。人の往来が多く外観の写真が撮れていないので、指定管理者運営のホームページ をご参考に。
直線的な外観が自然の景観にアンマッチだという批判も当時あったように記憶しているが、今となっては無料で利用出来、21時まで開放しており夜景も堪能出来るとはこれはこれで悪くない施設だと感じる。
▼2013年5月・桜
こちら側でも桜が見られるということで、足を運んだが、5月も下旬だったため一足遅かったように思う。
苫小牧では街路樹や宅地の公園など、例年5月中旬くらいまでは見られることが多いため油断していた。もっとも、緑ヶ丘公園の桜と言えば金太郎の池側の桜並木>>6のことを指すのかも知れないが。
こぶしの花が咲いていた。
密度は疎らになっていた。
花びらがそこかしこに。
葉桜になりつつある。

新しめの遊歩道が公園内様々に伸びている。歩いたことのない場所もありそうだ。
奥の方にも咲いているのが見える。
振り返って見ていると、色々な道がある。改めて散策に行きたくなる。


おそらくエゾヤマザクラなのだろうが、正式名称がオオヤマザクラなのだそうだ。大ぶりの葉の中にひょっこり咲いているのを見つけると、宝探しをしているようで面白さもある。
畳む
#公園 #花
とある廃屋
とある廃屋
以前から、かれこれ20年以上経つが、気になっている廃屋がある。
初めて見た時は、まだ屋根もありちゃんと家の形をしていたが、撮影当時の2006年時点では既に屋根は落ちていた。外壁は丈夫なのか、家だったのだろうと判る程度の外観である。
玄関ドア、ポーチの外灯がかなりの古さを感じさせる。
家の真ん中あたりを貫く煙突。昭和の家屋の仕様だ。社宅のようにも感じる。
現役当時は壁も綺麗に塗られていたのだろうが、風雨に晒されてかつての面影は無いだろう。
側面部分にはこの家のものだったのか不明だが、廃棄物様のものが積まれていた。小窓や勝手口らしきものがあり、部屋はいくつかあったのだろう。
窓にも板張りされているが、意味を成さない程に崩壊している。
隙間から失礼してみるが…
内部は崩壊と経年のためか、生活感は全く失われていた。障子や内部ドアを除き、家具など残置物はほぼ無いだろうと思われる。
今の状態をストリートビューで見てみると、廃棄物は無くなっていたが玄関ドアは更に朽ち、外灯も落ち、窓部分は板張りごと無くなり内部が丸見えになっている。煙突は一本、まだ立ち続けている。さすがに取り壊されていると思ったのだが。
過去の写真が数パターン見ることが出来、建物が劣化していく過程がわかるのだが、どこから種が運ばれたものか、玄関先と窓の奥の屋内にマーガレットらしき花が群生しているのを見つけた。
自然界における人の世の無常を、PCモニタから感じ取る今日この頃である。
※一部画像を加工しています
畳む
#廃
苫小牧・有明の海
苫小牧・有明の海
以下、2006年4月に撮影したものである。
この年、苫小牧沖で大型船が座礁し、その船がまだ沖に居るとのことで、野次馬根性を起こして見に行ったことがあった。
これらはその時の写真だったらしい。以前の当ブログにそう書いてあり、もう20年近くも経てばそんなエピソードは忘却の彼方である。
記録することでかろうじて思い出すことが出来ているのは、不幸中の幸いかもしれない。
その事故は、苫小牧港管理組合の2006年のニュース に記録がある。
○ 外航船人工リーフで座礁
3月29日午前4時ころ、苫小牧沖で沖待ちをしていた貨物船が、強風を受け市内元町付近で人工リーフに乗り上げ座礁しました。
※人工リーフ=自然石などを使った人工的な暗礁・離岸提など。
おそらくこのことだろうと思われる。
先日も港でフェリーが座礁したり、過去にはイルカが打ち上げられたりなど、度々苫小牧の海ではなにかしら発生している。
元々、周辺の海は浜から遠くない場所で突然深くなるそうで、海水浴には向かないと言われている。
また、真偽の程は不明だが、港を造成してから波が荒くなったという話もあり、いずれにしても以前から遊泳は出来ない海だ。
海のある町で生まれ育った身分なのに、海に対する憧れが強い。
以前キャンプで行った、潮干狩りなど水遊びが出来る海や、夏の積丹のような美しい青い海が自分の中の手前勝手な理想なのだろうと思う。
撮影時からさらに以前に、なんの気まぐれか、母と一緒に同じこの浜に来たことがある。
当時は砂浜で、漂着ゴミや流木などが溢れていたが、波打ち際で足のみ浸したり、浜辺の大きな石が簡単に波に攫われていくのを見て自然の力に感心したりと、地元の浜でもそれなりに楽しんだこともあった。当時と同じ場所に久方ぶりに来た形になる。
砂浜はなだらかな消波ブロックで固められ、綺麗に舗装された遊歩道が整備されていた。流木らしきものは点在するが、ゴミは無くなっていた。すっかり変わった景色に驚かされた。
平成になってから、傾斜を緩やかにする護岸工事が入り、近辺の沖に人工リーフを設置したり(これが先の座礁の原因にもなっているようだが)と、荒天時の波や騒音を和らげたりという効果が期待されているらしい。
国土交通省北海道開発局 室蘭開発建設部 海岸保全施設の整備
砂浜が無くなったのは残念だが、波の穏やかな時は波打ち際まで下りられるようなので、より安全に海と地域の人との共存を目指しているといったところだろうか。

ちょうど中心に見えるのが座礁船。
この橋は、Googleの航空写真を見るに今は無さそうだ。写真だと看板の字が読めず、何のためのものかはよくわからなかった。
途中まで橋を下りてみたが、そのまま海に出る作りになっていた。
近年、ふるさと海岸>>34やキラキラ公園も整備されたことで今までの苫小牧の海とは違う姿が見られそうだが、静かな場所の方が性に合っているためなかなか足を運べずにいる。
※写真のサイズが小さいものは、最初に使っていたamebloの仕様でアップ可能なサイズが限られていたためにリサイズしたものです。
畳む
#海
焼肉 金剛園
焼肉 金剛園
苫小牧の老舗焼肉店。分店や系列店もいくつかあるが、当方、焼肉といえばたいていこの金剛園を利用している。
遡ると2009年の古い写真も残っていたので、グルメ記事としてこちらに上げておく。
記事とはいえ、グルメに関しては食べログやGoogleばりの詳細なレビューを書くつもりは無いので(書いたことも無い/大体「美味しい」で済ませてしまう)、筆者が個人的に懐かしんで反芻するためのものになる。情報は撮影当時のものになるため、もし興味を持たれることがあれば、最新情報 を確認願いたい。
▼2009年・金剛園 本店にて

石焼ビビンバ。ランチメニュー。
おこげが美味しい。
デザートのシャーベット。
別の日に焼肉メインで。
ピンボケしたがナムルとホルモン。こちらのホルモンは比較的小粒で食べやすい。大粒が飲み込めない筆者には有り難い。


▼2016年・初代牛タン 赤兵衛にて
本店の敷地内にある別棟のお店。
厚切りの牛タン定食が食べられる。
食べごたえのある牛タンと麦飯、テールスープ。
テーブル上の呼び鈴がおしゃれ。▼2019年・金剛園 和み亭にて
有明町の分店。ランチでも利用したことがあるが、この時は時間限定食べ放題で利用した。
サラダバーの種類が豊富で、彩りよく美味しく食べられる。


壺漬けカルビ。これは美味しかった。畳む
#飲食
高丘森林公園
高丘森林公園
緑ヶ丘公園>>11、金太郎の池>>6から支笏湖通沿いに北の方角へ伸びる森林区域は苫小牧の市有林であり、遊歩道や東屋が設けられているハイキングスポットとなっている。遊歩道とはいえ、トレッキングコースのように未舗装路区間もあり、森林浴や自然観察にももってこいの場所だが、人の賑わいは緑ヶ丘公園や金太郎の池に集中し、そこから離れて遊歩道に入れば喧騒から遠ざかり、木々のざわめきや鳥のさえずりを除けば森閑な環境に身を置くことになる。
鳥の他にもシカ、リスなどの野生動物に出合うこともある。管理の出入りもあるためそう多くはないと思うが、クマも例外ではないので鈴などはあった方がいいかもしれない。他、スズメバチ注意の看板も所々にあるため、用心は必要だ。尚、公衆トイレもいくつかあるが、綺麗さは期待しないほうがいいだろう。
市のホームページ には、「昭和51年から「生活環境保全林」として整備された」とあるので、それなりに長く親しまれている公園になる。これも小学生の頃、同級生(特にアウトドア派の男子児童)の間で、森林公園の奥にある「トンギョの池」がにわかに話題となり、傍で聞いていた筆者も密かに興味を惹かれた。先の記事>>6のように、当時の金太郎の池には行けたものの、更に奥にあるという池にはさすがにひ弱っ子筆者の足では無理と悟って欲を起こさず(連れて行けと頼むのも、引っ込み思案っ子にとってはハードルが高かった)、そのまま忘れ去られ年月が経った。いい加減な大人になった2005年にふと思い出し、久々の金太郎の池と一緒に思い切って散策がてら探索し、おっとり気味ではあるが長年の夢が叶うこととなった。
登山ほどではないが、近場で手っ取り早く山歩きしたい時には、格好の場所でもある。
▼2005年8月
一番大きな森林公園の全体図。右端に展望台のある緑ヶ丘公園がある。ここでは金太郎の池の現在地から、高速道路の向こう側エリアへ行くことになる。
森林公園には各広場があり、このような看板が立っている。看板は当時のもので、現在は地図部分がリニューアルされているものもあるようだ。
池の北西側から伸びる遊歩道に入ってみる。階段が設けられているが、この時はあまり人通りが無かったのか、草が生え放題になっていた。
この前年2004年の台風18号の影響で、支笏湖や樽前山麓の広範囲の森林の木がなぎ倒されるなどの甚大な被害が出た。木は根ごと抉られ倒れているものが多く、この周辺ももれなく爪痕が色濃く残る散策路となっていた。
しばらく進むと展望広場に着くが、特別開けていたり眺めが良いわけではなかった。
高速道路にかかる橋。昔から高速をクルマで通るたびに、時折見かける上方の細い橋はどんな風になっているのだろうと気になっていたが、今ここでそういった橋を渡ろうとしている。俄然探検感が増してきた。
トレッキングコースのような細道が続く。
植えられている樹木の種類なのか、木の名前の広場が点在する。マカバは、寒冷地の広葉樹で、テーブルの天板や建築材に用いられているらしい。
チップが敷き詰められた遊歩道。ふかふかして歩きやすい。倒れている木があちこちにある。
それぞれ看板が新旧あるのか、色合いが違う。アオダモは、野球バットの木で有名。
階段を下り、管理道路へ降りる。
シラカバ広場へ。ここまで来ればもう少し。
シラカバ広場の周りに、再生植樹したばかりなのか、囲いがいくつもあった。
いよいよトンギョの池。
新しめの綺麗な東屋だが、クモの巣まみれで近づけなかった。
その後ろに広がる池。小さめの、かつての金太郎の池を彷彿とさせる。

静かで良い雰囲気だが、水が綺麗なのかは判断つかなかった。魚の姿もこの時は見られなかった。トンギョとは、イトヨやトミヨなどのトゲウオ科の魚を指す北海道方言とのこと。
あの時の同級生は、トンギョの姿を見ただろうか。どんな池かが知ることが出来、満足気味に後にする。
おそらくもっと鬱蒼としていたのだろうと思うが、倒れた木がそこここに一纏めにされて、開けた地になっている。
夏のカエデも美しい。
その名も、カエデ広場。樹木に詳しければもっと楽しめると思う。
アジサイの仲間、ノリウツギ。
開けた広場になっている。ここにも趣向の違う東屋がある。
中央広場のようだ。倒れてしまったのか看板は寝かせてあった。もっと奥にも広場はいくつかあるが、この辺りでそろそろ戻ることにする。
被害の痕跡があちこちに。
先程の中央広場から1km程も歩いたようだ。
今度は高速の下を通る。往路とは別の道を歩く。
ツリガネニンジン。可愛らしい花だが食用にも生薬にもなるらしい。約2時間、ゆっくり撮影したりで4kmくらい歩き、金太郎の池の北側に出てきてゴール。
この時は体力もまだあまり無かったので、中央広場あたりで疲れが出てきてやっと戻れたという感じだった。
長年の謎が解けたようで、充実した探索だった。
▼2022年11月
近年の記録だが、秋深まる頃の景色も良い。
この頃は、大病で入院手術を経た後で、リハビリと称して山歩きがしたかったため、足を運んだ。
金太郎の池、秋景色。スマホ撮影なので、色合いは鮮やか目に。
渡れない八つ橋。今はもっぱらカモメの止まり木となっている。
上の2005年の時は、池の北西のここから入ったが、この時はシカ捕獲罠を設置のために立入禁止となっていた。後ろの倒れた木は、そのままになっている。
逆側の池の北、長い階段を上った遊歩道へ入ることにした。
あまり奥へは行くつもりはなかったのでしばらく歩いて引き返し、開けたところを覗いたら、高丘霊園だった。区域的には隣接しているので当然なのだが、かなり近い場所からお墓が見えて驚いた。
池方面へ戻る長い階段を降りようとすると、神々しいシカに会った。ヒトの姿を見ても、なかなかその場から動かないのはどこのシカもそうだが、このときばかりは美しくて、しばらく眺めていた。
去ってからゆっくり階段を降りてシカのいた場所を見ると、生活の営みの証である。先程は、こちらが邪魔してしまったようだ。

枯れ葉の道なき道を進むと、なんとなく視線が気になって見上げたら、いるわいるわ。まだ沢山いたが、全員こっちに注目し、さっと散っていった。
先程の立入禁止看板が頭をよぎる。
増えすぎると樹木の食害などもあるため、再生中の森林事業にとっては頭の痛い存在だろう。
しばらく歩くと、遊具と滑り台の広場へ出た。平日の昼間は、とても静かだった。
▼2024年6月
最近はウォーキングを積極的にしようと金太郎の池にもちょくちょく寄るのだが、この時は気まぐれにまた森林の遊歩道を歩こうと、池の北側を真っ直ぐ突っ切って歩くことにした。
管理道路を歩く形になるので、こんな可愛い標識が所々に立っている。
好天で歩きやすい。暑いくらいだ。種類は分からないが、鳥の鳴き声がひっきりなしに聞こえていた。心地よい。
エゾリスがひょこっとこんにちは。餌やり場なのか、食事中の模様。


動きが軽やかだが、結構筋肉質だと思う。
高速道路の下を潜る。2005年に通った場所とは別の場所。近年苫小牧中央インターが開通したためか、心なしか設備が整って新しく見える。
この坂が、地味にキツかった。
2005年と同じ、マカバ広場に着いた。看板も変わっていて(2つあるのかも知れない)、ベンチもあり広場らしくなっていた。
しかし、クマには注意なのだ…
あの歩きやすいチップの道を進むと、アオダモ広場。やっぱり看板が変わっている。
右側の木が、アオダモなのではないだろうか。
そして、これも2005年と同じ木の階段。こちらは変わらず綺麗に保たれていて、管理が有り難い。
しかし、クマ鈴も持たず、それほど長距離を歩くつもりもなかったため、この辺で引き返すことに。
支笏湖通に出る一番端のミズナラ広場にも行ってみたいが、最近はどうしてもクマが怖いので、二の足を踏んでいる。
不安を少しでも感じたら、無理せず引き返すことにしている。
心に余裕が出来たら、装備を整えた上でチャレンジしてみたい。
畳む
#公園 #湖沼 #遊歩道 #花
苫小牧・金太郎の池
苫小牧・金太郎の池
過去と現在の姿がこれほど変わった公園施設はないだろうと思う。
とはいえ、当方は以前の写真を持っておらず、またざっと検索してみても見つからなかったため、ここで比較は出来ないのだが。
隣接する緑ヶ丘公園>>11と並ぶ市民の憩いのスポットである。厳密に言えば、金太郎の池は緑ヶ丘公園の一部であり、更に奥の森林区域に遊歩道が伸びる高丘森林公園>>7と併せて一帯が広大な公園施設となっている。
個人的には、子供の頃の遠足などレクリエーションで利用したのはもっぱら緑ヶ丘公園の方で、横幅の広いジャンボ滑り台が有名だったため知名度も圧倒的にそちらの方が優勢だった。今では展望台も設置され、支笏湖通からもその姿を確認出来るランドマークである。
片や金太郎の池は、元々は森林区域の奥にひっそりと佇む池で、知る人ぞ知るスポットだったような気がする。学校の遠足スポットだったという話もあるが、筆者の学校では記憶にない。筆者自身は小学生の頃、同級生数名で連れ立ち、筆者の父がクルマを出して皆で乗り合わせて訪れたことがあった。記憶に間違いなければ駐車場から5分程、林道のような道を歩くと池に辿り着き、秘密基地のように感じられ心が躍った。1980年代のことである。
それからしばらくして、幹線道路から長いアクセス路が伸び多くの台数を収容出来る駐車場も出来、ひっそり池は外周約1kmの、手漕ぎボートも漕ぎ出せる広大な池へと変貌した。子供向け遊具や丘の斜面を利用した滑り台、BBQのレストハウスなどが作られ、緑ヶ丘公園同様多くの市民が訪れる憩いの場となった。
なんだかんだと今では筆者も時々訪れ、ウォーキングコースとして利用しているが、あの頃のひっそり池の姿が見られなくなったことに少し寂しさを覚えていた。しかし実は、池の奥の方にこれまたひっそりと以前の姿を止めて残されていたのである。
▼2005年8月
池が今の姿になってから、この時初めて撮影した。
木々の木陰が色濃い夏景色。
八つ橋が健在だった頃。
ここには色々な鳥がいるが、特にカモメの姿が目立つ。

カモも数種類いる。
橋と東屋。すっかり綺麗な公園の姿になった。
木を囲む円形ベンチ。
足はピンクだけど、目つきが鋭いのでウミネコかも知れない。
カルガモ親子が可愛らしい。
様々な鳥が共生している。▼2022年9月
池の奥の存在に気づいたので、じっくり見てみようと再訪した。
スマホの撮影で、コントラストを強めに設定してある。

池の周囲はウォーキングやランニングコースになっている。
八つ橋は、その後傷んでしまったらしく現在は板が外され渡れない。安全性を鑑みて修復はしないだろうと思われる。
池北西側の小橋の奥が、水源なのかひっそりと存在する。かつての池がこのような雰囲気で、おそらくそのまま残され南側に今の池が拡張されたのだと思われる。

時期的にか藻や水草が繁茂していた。囲いの他は手付かずなのかも知れない。
昔、皆で遊んだ池の風景がまさしくこんな感じだった。懐かしさで胸が一杯になった。


地図・空中写真閲覧サービス でこの辺りの1970〜80年代の写真を見ると、霊園の南西に湿地のような川があり、その太くなっている部分が元々の金太郎の池だと思われる。地形的にその川を拡張して今の形と広さに造成したのだろう。
元の池の雰囲気が好きだったので、残っていた(残してくれていた)のは嬉しい。



なんにせよ、憩える公園があることは、街にとって素晴らしいことだと思う。▼2023年5月
池の南東側から競技場、野球場方面へ伸びる遊歩道が桜並木となっている。
ちょうどGWでお花見シーズンだったので、足を運んでみた。



鯉のぼりが泳いでいた。子供も多く訪れるので、素敵な取り組みだ。ちなみにこの池には鯉もいるのだが、なかなかのコラボレーションだ。
桜並木はちょうど見頃を迎えていた。
全長は500m程度なのだが、こんな名所になっているとは思わなかった。

この時期に来たのは初めてだったので、近所なのにちょっと感動してしまった。かつての奥地の池は、四季を通じて様々な景色を見せてくれる場所になっていた。
畳む
#公園 #湖沼 #鳥類 #花
インクラの滝
インクラの滝2006年の探訪記録である。
その頃から、駐車場近くの展望台から滝までは崖崩れのため立入禁止だった。現在どうなっているかを調べてみると、滝の少し手前に第二展望台が新設され、元々ある展望台を第一展望台としてそちらまでは行けるようになったらしいが、第二展望台から先、滝壺までは変わらず立入禁止となっているようだ。
白老の国道36号線沿い、小さな神社の脇に掲げられている「インクラの滝入口まで10km」の看板は昔から気になる存在だった。
日本の滝100選に選ばれていたためか知名度はあったと思うが、肝心の滝の姿は知らなかったので、カメラを手にして色々巡り始めたこの機会に行ってみようと調べてみると、やはり先の台風の影響で滝周辺が崩落したため、近づくことは出来ない、となっていた。
それでも一か八か、看板通りに道なりに進み、別々川沿いに途中ダートになる細道を延々と走ると、ようやく駐車スペースと展望台に到着した。
この時は、他にクルマが停まっており、先客が展望台の先に入っていくのが見えたため行けることを確信したが、既に夕方になっていたので仕切り直しで後日、友人を誘って再訪した。
展望台からの眺望は、目を凝らせばうっすら滝の姿を確認出来る程度だったため、やはり近づけるものなら間近で見たかったのだ。
川辺りの踏み跡をひたすらトレースし、右手に急峻な崖が迫る中、岩を乗り越え軽くアスレチックばりに40分程で目の前に姿を現した滝は、大きな直瀑で迫力があった。遠巻きに展望台から見た方が、景色に溶け込む滝全体の姿がわかりやすくていいのかも知れないが。
当時は皆普通に立ち入っていたが、自己責任の上で観賞していたようだ。我々も同じ形になったが、岩盤が脆く徐々に地形が変わっていることもあり、古い写真になるがそれなりに貴重な記録になるのかも知れない。
眺望は遥か向こうにうっすらと滝の白い筋が見える程度だった。この時は日が沈みかけていたため、一旦帰宅し再訪することにした。
かつて一帯が御料林だったため、木材を伐り出すインクライン(運搬用ケーブルカー)が設置されていたことから「インクラの滝」と呼ばれるようになった。
この日も、家族連れなどポツポツと訪れる人がおり、適度に賑やかだったため怖さはさほど無かった。
この時は川に近い方を選んだ。
滝の落差は44mほどあるらしい。
モアイか、ラシュモア山か…
現在の滝の姿とはさほど変わりはないようだが、崩落の危険はこの先も続くと思われるので、大きく変わる時もやってくるかも知れない。
昔行きたかった場所が今は行けなかったり、消滅や変化した場所も多々あるため、記録することの重要性を強く思う。
畳む
#滝 #河川