No.25, No.24, No.23, No.22, No.21, No.20, No.19[7件]
ジョイランド樽前跡③ シロクマ舎編
ジョイランド樽前跡③ シロクマ舎編ジョイランド樽前跡② コテージ群編より

ジョイランドの見どころは、もう一つ、この白熊牧場だった。
開園の1979年にオープンし、登別クマ牧場と並ぶようなシロクマ(ホッキョクグマ)の繁殖基地にすべく、オープン時は30頭飼育されていたようだ。しかし、1985年には飼育数4頭となっており、他へ移動や輸出の可能性もあるが、他動物の大量死もあったことから気候や環境が合わず命を落とした個体もいたものと思われる。
白熊牧場跡は、レストラン跡や駐車場跡からは離れた位置にひっそりと残されていた。以前は営業当時の様子が窺えるシロクマの畜舎棟も残っていたようだが、2019年4月の探訪時には既に建物は無く、どうやら解体されてしまったようだ。火災による延焼は免れているが、焼けたレストランや温泉棟の解体後にこちらもあえなく解体となったらしい。残っていたのは、畜舎の壁、アオコにまみれた人工池と擁壁、コンクリート製の岩山くらいであった。
奥の方に長く伸びた施設だったようだ。
壁と岩山。
壊しにくい部位のみ残して全て解体した感じになっていた。

当時の面影はかろうじて、池と擁壁だけが残してくれている。
シロクマの遊び場だったのかも知れない。
池はさすがにもう少し水位があったと思われる。
アオコの中に、浮き玉らしきものが浮かんでいた。クマの玩具だったのではないだろうか。
ところどころに岩山を設けてそれなりに自然の造形を表していたのだろう。
しかし、ここに30頭は厳しそうだ…




見物客用のトイレだろうか。
魚眼で全体を捉える。
頭数が少なければ快適だったかも知れないが、牧場とするにはどうだったろう。畜舎の具体的な広さも今となってはわからないが。
畜舎より手前の岩山。

ほぼ更地に近い状態だったので生々しさはさほど感じられなかったが、来歴を知ると、生き物で商売をすることの難しさと業の深さを感じずにはいられない。当時はまだ比較的動物に対する福祉の概念や生命倫理が緩かったとはいえ。
当時、此処で犠牲になった動物たちの碑もあると聞き、探してみた。
これでこちらの探索は締めにしようと思った。
シロクマ舎から遠くない場所、駐車場跡の片隅に鎮座する獣魂碑。裏側には平成3年の建立と、当時の経営会社の名が記されていた。驚くことに、色褪せていない真新しい造花が献花されていた。お参りが時折あるのだろうか。
造花の陰から、一匹のクモが姿を見せた。生命は、姿を変えつつ継承するのだろうか。年月は流れ、世代も変わればここに動物園があったことも人々の記憶から忘れ去られるのかも知れないが。同じ轍を踏むことの無いよう、心霊云々関係なしにどういったことが起こったのかは知っておくべきだろう。
せめて動物たちの眠りが安らかであることを祈りたい。
畳む
ジョイランド樽前跡①
ジョイランド樽前跡② コテージ群編
#廃
ジョイランド樽前跡② コテージ群編
ジョイランド樽前跡② コテージ群編ジョイランド樽前跡①より

レストラン棟や浴場から東側奥に、コテージの廃屋群がある。こちらはジョイランドでも開業当初に建築されていたものだ。
貸別荘の開設は1977年とされているが、1975年の空中写真では既にコテージらしき建物が点在していることから、オープン当初から計画され建築されていたことが窺える。山の斜面に沿って造成され、大小様々な家屋が建てられた。街灯も所々に立てられ、それぞれの家屋に行き来できる通路も作られていたのだろう。上部の大きなコテージからの眺めは、当時の整備されていたであろう環境ならばそれなりに良かったのではないだろうか。
但し、大きな家屋は別荘に相応しい木造の小綺麗な作りに対して、他の点在する中小の家は屋根も壁もトタン張りの、当時としては普通の家屋といった印象である。貸し別荘だとこんなものかも知れないが、当時の外観や、どのくらいの需要があったのかは気になるところである。
始めは奥へ続く道路を辿ってみた。外灯の位置的に道幅はもう少し広かったのではないだろうか。
道路からコテージ群を見上げる。見た限り、右端(西側)に位置する中央の家屋が一番大きなコテージである。
斜面に建てられているため、経年で基礎が剥き出しになっている家屋も見られる。
コテージ間に立つ街灯。ここに通路があったようだが、今では踏み跡さえ無い笹薮だ。ここに来る間に、動物の死骸の頭部に出合ってしまい変な声が出た。写真もあるが出すのは控える。
上記の、一番大きな家にお邪魔してみる。
バルコニーは木造で傷んでいるため、先へは進まなかったが眺めは悪くはない。
当時としては洒落た内装だったことが窺える。
別棟の内部。ペチカがあったようだ。
上まで登って見下ろす。
上にも錆びついた街灯があった。
最上部には倒壊した家が多かったが、もしかしたら木造の上等な家が全て倒れたのだろうか。
残っているのはトタン張りの家ばかりなので、なんだかんだと丈夫なのかもしれない。
こちらはトタン壁で大破している。


降雪量が少ない地域だが、幾冬も越えると屋根は錆びつくか潰れるかだ。
比較的無傷な家もあるが、内部は知れている感じがするため一々覗くのはやめた。玄関まで近づくのが、見た目より一苦労なのである。
斜面のアップダウンが意外と激しく、体力が尽きてきた。元からこの状態だったのか、基礎が上がっている。地盤が下がってきているのだろう。

大木の横に、街灯が立っている。当時の様子が見たかった。
家屋横の青色灯油タンクは、寒冷地ならでは。
何棟建っているかは把握出来なかったが、意外と沢山ありすべては回りきれなかった。家から家へと駆け回って体力が限界に達しそうだったので、道路の方に降りることにする。
いっとき、方向感覚を失い沼地に突入しそうになった。ぬかるみにハマったら詰んでしまうので、足元に注意しつつ歩みを進める。
無事に道路へ出て、見上げたところ。かつての別荘地は、自然に還りつつある。畳む
ジョイランド樽前跡③ シロクマ舎編へ続く
ジョイランド樽前跡①へ戻る
#廃
ジョイランド樽前跡①
ジョイランド樽前跡①
1975年に開園したレジャー施設で、当初は温泉施設として開業したが、翌々年には貸別荘(コテージ)などを増設、更に1979年には「北海道野生動物公園」を開園し、ライオン、トラ、シロクマ等の猛獣系をはじめ鳥類などの野生動物を展示し、アトラクションの遊具も設置された一大遊園地として周辺地域の脚光を浴びた。開園直後の年間入場者数は70万人と、入場に交通渋滞も起こるほどだったようだ。
しかし動物公園は開園当初からトラブルに見舞われ、動物受け入れの難航、檻が未完成での見切り開園など、安全面での批判も多かった。
1981年には越冬中の暖房不足によるライオンの大量死が起き、檻の狭さなど劣悪な飼育環境も問題となって評判を落とし、以後の入場者数は減少の一途を辿った。施設を増設したり、ボンゴなどの珍しい動物も導入することで再起を図ったが、1985年には電気料金の未納によるカニクイザルの大量死にも見舞われ、道からの処分や立入検査を受け休業となり、1987年に経営企業が倒産した。動物園としては8年程度の営業だった。
当時新聞広告で大々的に宣伝していたというのはよく覚えている。シロクマの横顔のマーク、有名歌手のショーイベント、そして珍獣ボンゴのお披露目等々…ボンゴの姿はシルエットにされていて、子供心にも「勿体ぶってるなぁ」という印象だったが、このような壮絶な舞台裏があったことは近年になってから知った。筆者自身はTBS樽前ハイランド>>3の方は訪れた記憶はあるが、こちらのジョイランドを訪れた記憶は無い。位置が共に苫小牧西部なので、何ならハイランドの別称とさえ思っていたくらいだ。
ずっと後になり、跡地が心霊スポットとして聞こえてきた時に、他サイトで現地の写真を色々と見たが、記憶を呼び起こさせるものは特に無かった。新聞広告で見たシロクママークと「北海道野性動物公園」の文字ロゴにのみ懐かしさを感じた。両親に聞いても名前は聞いたことある程度の反応だったので、個人的には地元であるにも関わらず未訪で終わったスポットだ。
それでも廃墟化しつつも残っているということで興味はあったため、2008年に初訪してみた。この数年前には不審火に見舞われ、残されていた建物がほぼ全焼し遺跡然となっており、かつての雰囲気を味わうには物足りなくなっていたのが悔やまれる。
※施設の来歴はWikipediaや個人サイト様のコンテンツ(ジョイランドレポート )を参考にさせていただきました。
▼2008年11月
成吉思汗(ジンギスカン)コーナーと美容健康センターの看板。元は一つの看板だったようだが真ん中は破損してしまったようだ。元々温泉施設として開業しているため、温浴コーナーが美容健康センターとなっていたのではないだろうか。
メインのモニュメント、シロクマ像。台座にジョイランドのシロクママークが見える。
レストラン棟のレンガ壁。こちらもこの遺跡を代表するモニュメントとなってしまった。成吉思汗コーナーはここだった模様。謎の落書き「SKATE PARK」。廃墟化してからはサバゲーの舞台としても使われていたようだ。
建物はレンガ壁を残し、全て燃えてしまった。木造だったと思われる床部分は黒く煤けてしまっている。
レストラン屋内の支柱の土台。
雄々しく立つシロクマ像が哀愁を漂わせる。
ミニサファリとして、野生動物が放し飼いにされており、バスで見物するエリアもあったようだ。小屋のペイントがわずかにそれを物語る。
昭和のデパートなどに見られたアラベスク柄の床。火事の影響かボロボロになっている。
ボイラーなどの浴場施設になるのだろうか。
浴場跡らしい。
タイル張りは比較的綺麗に残っている。
時計は生活や活動の証。廃墟に残されたものは悲哀を感じさせる。紅葉との対比が美しくも物悲しい。
▼2009年5月
この時はたまたま市内某所を通りがかった時に見つけた、当時の看板である。
詳しい場所は失念したため、現存するかは不明。
※追記(2024.09.22):GoogleMap上で場所は判明したが、2011年の写真では倒壊し残骸状態となっており、最新2022年では支柱のみ残されている。
すっかり色褪せたシロクママークの案内板。文字部分は既に判読が難しい。
帰路側にはお礼の挨拶が。▼2019年4月
初訪から10年以上経ち、ふと思い出したため再訪してみた。
ちょうど春先でタイミングも良かったのと、初訪時には見つけられなかったシロクマ舎探索と、コテージ群をじっくり見たかったため、3度に分けて探訪した。
駐車場跡。
踏み跡を辿ると、前回は見られなかった2棟の建物が見えてきた。
管理事務所が、ここにあったのだ。建物らしい建物が残っていたとは…
さすがに内部はボロボロなのだが、電灯や事務所的な生活用品が散乱しつつも残っていた。外部から投棄されたものもあるかもしれないが。
もう一方は動物園に関する看板などが残され、倉庫のような雰囲気だった。
右側に動物の骨のようなものが見られるが、外から他の動物が咥えてきたものかもしれない。営業時に亡くなった動物は、敷地内に埋葬されたとも聞いているが…

エントランスの時計柱も健在だった。
レンガ壁と煙突も立ち続けている。
「SKATE PARK」の落書きは雨風のせいか消えていた。
藪に佇むシロクマ像。
台座がだいぶ傷んできた。張り子状で作られていたようだ。近辺の企業の道沿いにも似たヒグマの像があるらしく、この像を移設して塗り替えられたものだという情報もあるが、真偽は如何に。

サファリペイントの小屋はまだ色褪せも少ない様子。
魚眼で。焼け跡はまだ色濃い。
樽前山を横に望む。営業時はそれなりに風光明媚なテーマパークだったのだろう。
煙突はレンガ壁の裏手(写真2つ上)と、奥のこの建物と2つある。
内壁のペイントに、当時の賑わいを見る。
入場券と、のりもの券の綴り。入場券は小人500円だった。ちなみに開業当時で大人は1,000円だった。今だと1,600〜1,700円位になるだろうか。

浴槽は、タイルは健在だが形が壊れつつあった。
少し離れた場所にあったトイレの便槽跡。
ゴーカートコース近くの看板。サビが酷く、何が書かれてあったかも判別出来ない。
幅は意外と広い。タイヤは今でも綺麗に整列しコースの所在を示している。
ここを含め周辺の山中は不法投棄も多いようで、立入禁止箇所も増え年々アクセスしづらくなっているようだ。
畳む
ジョイランド樽前跡② コテージ群編へ続く
ジョイランド樽前跡③ シロクマ舎編へ
#廃
お菓子の家 ポムメリィ
お菓子の家 ポムメリィ
はじめにお断りしておくが、2009年に訪れた時の記録である。
苫小牧西部のお店で、現在はランチ等の食事メニューはなく、ケーキ等のお菓子のみを扱っているそうだ。新型コロナ禍を境に営業形態が変わっているようだが、最近ではアフタヌーンティーセットも提供されており、お洒落で可愛らしい内装も変わらずに今でも美味しいメニューに出合えると思う。
お菓子の家 ポムメリィ
ここで挙げた写真は2009年当時のものであることをご承知願いたい。
以前の職場の同僚が連れて行ってくれたお店で、ランチがちょうどよい量で美味しかったのと、写真映え(画質を抜きにすれば)もするプレートメニューで眠らせてしまうには勿体なかったため、ここで上げてみる。
看板も外観も「お菓子の家」っぽく可愛らしい。雨天だったため車内からの撮影で失礼。
数種類あったランチメニューの中から、ベーグルサンドセットを注文。サラダも上のパリパリ(ジャガイモのフライでしょうか)が歯ごたえ良く、気に入ってしまった。ドリンクはコーヒーと選べたが、紅茶にしてもらった。
ベーグルが外側カリッとしており、食べごたえがあった。
運ばれてきた時に思わず「かわいい〜」と声が漏れてしまった。「とりとりシュークリーム」といい、テイクアウトメニューでもあったが、今も作られているだろうか…家庭の手作り感あふれる懐かしく優しい味だった。
同僚とは久々だったので話が弾んでしまい、追加でシナモンティーを注文。
そして、更にいちごの生ジュースを追加し、積もる話に花咲かせたのだった。どれだけ喋ることがあったのか、今となってはそんな時もあったなと思い返すだけだが、追加オーダーをしてまで長居し他人と話し込むということがもう最近では無くなった。あの頃だったから楽しかったのだろうし、過去の共通の知人のことも忘れつつあり、その辺りの話にも乗れないだろうという要らぬ自信も出てきた。ただ、皆元気で居てくれれば何よりと思うだけである。
こちらのお店では、ケーキのテイクアウトも出来るので、後日しばらくしてから近くに行った際に思い出し、タルトとキッシュを買って帰ったこともある。写真が残っていないのが残念だが、タルトはブルーベリーだったことを覚えており、これも美味だった。
畳む
#飲食
とある公園の夜桜
とある公園の夜桜
2009年は、個人的には失業中で鬱々としていた時期だった。
その一方、前職で疲弊した心身をしばらく休めるべく、自由になってみようとも腹を括った時期でもあった。
ブログを始めたのも、この年からだった。当初は日常のどうということはない出来事を綴っていたが、引きこもっているのも気が塞ぐため、かと言って遠出出来るほど経済的には余裕もなかったため、地元などの近場を観光・探索してそれもブログネタにしていた。のちに炭鉱廃墟に夢中になり北海道内を様々巡るようになるが、当初は近場でも面白い場所を必死に求めて駆け回っていたような気がする。
こちらは、地元の新聞に夜桜スポットとして載っていた公園である。ネット上では情報が無いため場所の詳細は伏せるが、夜桜こそ実際に見たことはなかったのと、このような小さな公園でもこんなことをやっているのかと興味が湧き、訪れてみた。ちなみにこの時は運動不足解消を兼ねて、物置にしまってあった家族の自転車を拝借した。
まだコンデジの頃で、夜の撮影には不慣れだったので(三脚などは無い)ブレが酷いが、新しいものを見ようとする高揚感には溢れていた記録ということで…
数本ある桜の木のうちの、特に1本をライトアップしている感じだったが、他の淡く光が当たっている木も妖しい雰囲気で素敵だった。





提灯が張られているということは、祭りかイベントがあったのだろうか。筆者が着いた時には他には誰も居なかったが、しばらくすると近所の方や子供連れもやってきて、夜の花見に興じていた。
現在もライトアップが行われているのかは不明だが、知らないだけで意外と近場でも変わった催しが行われているのかも知れない。
地域で親しまれる催しは、観光地のそれとは違った風情があって微笑ましい。
畳む
#公園 #花
龍雲閣
龍雲閣
二十間道路桜並木>>18の終点に位置する、御料牧場時代に建築された貴賓舎である。
御料馬を生産し、日露戦争にも軍馬として供出したこの牧場には、皇族などの高位高官が訪れることが多かったため、当時の韓国皇太子が臨場するのを機会に、前年の明治41年に客舎の建築に取り掛かった。翌年完成し、以後は歴代の皇族方や、近年では平成18年に現上皇・上皇后も臨場されている。
一部が二階建ての御殿造となっている。元々は楢の柾葺屋根だったそうだが、昭和47年に修復された際には後の耐久性も考慮して銅板葺としたらしい。
柾葺は北海道では開拓期の家屋によく見られ、エゾマツなどの針葉樹が使われていたが、手間もかかる上寒冷地では耐久性に乏しいため、昭和に入ってからはトタン葺に取って代わられ、今では滅多に見ることがない。薄くした木の皮を張り瓦のように葺いていく手法で、古い家屋の解体でトタン屋根を剥がすと、下に柾葺が現れることもしばしばあるようだ。
この龍雲閣は、桜まつりの期間のみ一般公開されている。見学料は無料。
訪れたのは2012年、この時は母を連れていたので共に見学したが、スタッフの方が建築の説明をし、柾葺の話になると母が反応し上のような会話を交わしていたのを思い出した。母は昭和20年代の戦後の生まれだが、当時はまだ柾葺が見られた時代だったようだ。
見学者の出入りが多く混雑していたため、内部の撮影は控えたが、1階部分には記念館的に食器類や馬具など生活の備品、旧式のカメラ等ゆかりの品、伊藤博文揮毫の書も展示されている。現在も有志により保存活動が進められている。
入れ代わり立ち代わり見学者が訪れる。靴を脱いで上がる。※一部加工しています
2階廊下から。小さな社が見える。生馬神社といい、御料牧場の神社である。
御料牧場の旧事務所。牧場は現在、家畜改良センター新冠牧場となっている。大正9年築で昭和44年までは使用されていた。こちらも屋根を一部改築しているらしいが、窓の造形はモダンで味わいがある。こちらの建物も保存活動の対象となっている。

木の廊下が美しいが、北の環境では木造建築は劣化も早く、保存が大変そうだ。
井戸だろうか。詳細は不明。内部も見学出来る貴重な歴史的建造物である。老朽で見られなくなることも可能性としては有り得るため、花見と共にこちらも是非見られたし。
畳む
#古建築
カフェ&ダイニング アンジェラ
カフェ&ダイニング アンジェラこちらのお店も苫小牧では老舗になりつつある。個人的なことだが高校卒業後くらいの頃(ここも記憶が曖昧だ)にオープンし、互いに社会人に成りたての友人らとよく利用していたカフェだ。
カフェとはいえ、イタリアンやライス付きのメニューなども取り揃えてあるダイニングレストランでもある。パフェやワッフル等のデザートもあり、どれを注文しても外れなく美味しかった。外装はレンガ壁で、内装も広く席数も多めの、おしゃれな、いわゆる女子会に合う雰囲気だ。
この近辺に以前暮らしていたことがあるのだが、その時は入口横の数段下りた窓際のカウンター席(写真上)で景色を眺めつつ書き物をしながらお茶をさせてもらっていたこともある。一人でも利用しやすいのはありがたい。
以前は夜0時近くまで営業し、お酒のメニューもあったように記憶しているが、今は夕方には閉店してしまうようだ。
最近経営者も変わったようで、メニューにも若干変化はあるが内装などは大きく変化はないようだ。
Cafe & Dining Angera
パフェを食べられるお店が近年はぐっと減ったように感じる。食べたい時に探してもチェーン店の他には意外と見つからないため、こちらのお店は貴重かも知れない。出来れば夜も営業していただきたいが、コロナ禍もあったため仕方のない部分もあるだろうか。
数年前、夜に営業していた頃に訪れた時のもの。
一人だったため、お気に入りの窓際カウンター席に座ろうとすると、寒いですからとすぐ後ろのテーブル席を案内して下さり、親切にしていただいた。
この時は冬だった。
また、久々にパフェをいただきに訪れたい。
畳む
#飲食