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お菓子の家 ポムメリィ
お菓子の家 ポムメリィ
はじめにお断りしておくが、2009年に訪れた時の記録である。
苫小牧西部のお店で、現在はランチ等の食事メニューはなく、ケーキ等のお菓子のみを扱っているそうだ。新型コロナ禍を境に営業形態が変わっているようだが、最近ではアフタヌーンティーセットも提供されており、お洒落で可愛らしい内装も変わらずに今でも美味しいメニューに出合えると思う。
お菓子の家 ポムメリィ
ここで挙げた写真は2009年当時のものであることをご承知願いたい。
以前の職場の同僚が連れて行ってくれたお店で、ランチがちょうどよい量で美味しかったのと、写真映え(画質を抜きにすれば)もするプレートメニューで眠らせてしまうには勿体なかったため、ここで上げてみる。
看板も外観も「お菓子の家」っぽく可愛らしい。雨天だったため車内からの撮影で失礼。
数種類あったランチメニューの中から、ベーグルサンドセットを注文。サラダも上のパリパリ(ジャガイモのフライでしょうか)が歯ごたえ良く、気に入ってしまった。ドリンクはコーヒーと選べたが、紅茶にしてもらった。
ベーグルが外側カリッとしており、食べごたえがあった。
運ばれてきた時に思わず「かわいい〜」と声が漏れてしまった。「とりとりシュークリーム」といい、テイクアウトメニューでもあったが、今も作られているだろうか…家庭の手作り感あふれる懐かしく優しい味だった。
同僚とは久々だったので話が弾んでしまい、追加でシナモンティーを注文。
そして、更にいちごの生ジュースを追加し、積もる話に花咲かせたのだった。どれだけ喋ることがあったのか、今となってはそんな時もあったなと思い返すだけだが、追加オーダーをしてまで長居し他人と話し込むということがもう最近では無くなった。あの頃だったから楽しかったのだろうし、過去の共通の知人のことも忘れつつあり、その辺りの話にも乗れないだろうという要らぬ自信も出てきた。ただ、皆元気で居てくれれば何よりと思うだけである。
こちらのお店では、ケーキのテイクアウトも出来るので、後日しばらくしてから近くに行った際に思い出し、タルトとキッシュを買って帰ったこともある。写真が残っていないのが残念だが、タルトはブルーベリーだったことを覚えており、これも美味だった。
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#飲食
龍雲閣
龍雲閣
二十間道路桜並木>>18の終点に位置する、御料牧場時代に建築された貴賓舎である。
御料馬を生産し、日露戦争にも軍馬として供出したこの牧場には、皇族などの高位高官が訪れることが多かったため、当時の韓国皇太子が臨場するのを機会に、前年の明治41年に客舎の建築に取り掛かった。翌年完成し、以後は歴代の皇族方や、近年では平成18年に現上皇・上皇后も臨場されている。
一部が二階建ての御殿造となっている。元々は楢の柾葺屋根だったそうだが、昭和47年に修復された際には後の耐久性も考慮して銅板葺としたらしい。
柾葺は北海道では開拓期の家屋によく見られ、エゾマツなどの針葉樹が使われていたが、手間もかかる上寒冷地では耐久性に乏しいため、昭和に入ってからはトタン葺に取って代わられ、今では滅多に見ることがない。薄くした木の皮を張り瓦のように葺いていく手法で、古い家屋の解体でトタン屋根を剥がすと、下に柾葺が現れることもしばしばあるようだ。
この龍雲閣は、桜まつりの期間のみ一般公開されている。見学料は無料。
訪れたのは2012年、この時は母を連れていたので共に見学したが、スタッフの方が建築の説明をし、柾葺の話になると母が反応し上のような会話を交わしていたのを思い出した。母は昭和20年代の戦後の生まれだが、当時はまだ柾葺が見られた時代だったようだ。
見学者の出入りが多く混雑していたため、内部の撮影は控えたが、1階部分には記念館的に食器類や馬具など生活の備品、旧式のカメラ等ゆかりの品、伊藤博文揮毫の書も展示されている。現在も有志により保存活動が進められている。
入れ代わり立ち代わり見学者が訪れる。靴を脱いで上がる。※一部加工しています
2階廊下から。小さな社が見える。生馬神社といい、御料牧場の神社である。
御料牧場の旧事務所。牧場は現在、家畜改良センター新冠牧場となっている。大正9年築で昭和44年までは使用されていた。こちらも屋根を一部改築しているらしいが、窓の造形はモダンで味わいがある。こちらの建物も保存活動の対象となっている。

木の廊下が美しいが、北の環境では木造建築は劣化も早く、保存が大変そうだ。
井戸だろうか。詳細は不明。内部も見学出来る貴重な歴史的建造物である。老朽で見られなくなることも可能性としては有り得るため、花見と共にこちらも是非見られたし。
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#古建築
二十間道路桜並木
二十間道路桜並木
最初に訪れた時の失敗が妙に思い出深く、記憶に残り続けて馴染みの名所になる。ここは筆者にとってはそんな場所である。
かつての御料牧場の中央道路に、皇族が視察する際の行啓道路として桜を植樹したのがここの桜並木の始まりである。幅が二十間(1間約1.82m*20=約36m)あったことから二十間道路と呼ばれるようになった。桜はエゾヤマザクラが7割を占め、毎年4月下旬〜5月上旬の満開時には圧巻の桜の並木道となる。本州のソメイヨシノと比べるとヤマザクラは葉も目立ち、またここでは松の木と混在するため、緑とのコントラストを楽しむ形となる。そのため意外と撮影が難しいかもしれないが。
初訪は2007年、桜を目当てに名所に行ったことがないことに気づき、近郊の有名な場所はといえばと静内へクルマを走らせた。
静内と言ったが、この前年に静内町と三石町が合併して新ひだか町となっている。「静内二十間道路」「しずない桜まつり」の呼称が馴染み深いため、未だにこちらのことは静内と呼んでしまう。現在でも字名として呼ばれているため間違いではないのだが。
二十間道路エントランスのトイレ併設の駐車場に停め、そこで咲いていた桜を堪能しつつ、そのまま散歩がてらまつり会場まで行けるかと延々と歩き続け、ついには3km程でようやく会場に着き、結果往復7km程歩いてしまった。当然会場近くには道路脇に駐車スペースが設けられているため、特に歩く必要は無かったのだが、ウォーキング目当てでもなく、しかも足元はミュールという出で立ちの如何にも無鉄砲の無知無謀さであった。当然足は痛み、運動不足もあって体はガタガタ、若さ故(すでにさほど若くもなかったので年甲斐もなく)出来た無茶である。せめてスニーカーだったら問題無かっただろうが、当時は洒落っ気がまだ残っており「ヒールのない靴は靴ではない!」と内心豪語していたのである。
誰しもビギナーの時期はあるとはいえ、今思えば我ながら愚かしい。崩壊寸前の足を引きずり、そのあとレ・コードの湯に寄ってヒーヒー言いつつ湯に浸かり、露天風呂から馬を眺めたことも今や懐かしい。
そんな初の二十間道路は散々であったが、以降GWの予定が空く度に赴くようになった。近年は主に母のリクエストにより筆者がハンドルを握り連れて行くという、ほぼ毎年定番の花見スポットとなっている。
▼2007年5月
問題のミュールウォーキングとなった初訪時。
さくら名所100選の地。静内町だった当時のもの。
日本の道100選の一でもある。エントランス駐車場からこれらの碑を見て、歩き始める。


馬産地のため、周りは厩舎や牧場になる。桜越しに見える馬の姿がのどかだ(事故防止のため柵には近づかないこと)。
かなりの老木に見える。これでも咲き続ける生命力に感嘆する。
緑からピンクのグラデーションは、北国ならではかも知れない。



てくてくと歩きつつ、初めての景色なので夢中になる。

桜を間近でちゃんと見たのも初めてかも知れない。
色褪せた道100選の看板。ほとんどがクルマやバスで通り過ぎるため、歩く人はまず居ないと思われる。

遠目にはスカスカに見えても、密に咲いている木も結構ある。
まつり会場は人が多いので、こうやって歩くとゆっくり堪能出来た。が、距離は長いのでウォーキングしたい方以外にはおすすめはしない。
▼2009年5月
この年は母が行きたがったので、連れて行った。
例年より開花が遅かったようで、まつりはGW明けから5月中旬まで開催されていたようだ。
案の定渋滞だったので、並び待ちで車窓から眺めていた並木。数百m間隔でトイレが設置されていたが、エントランス駐車場の綺麗なトイレもあるため需要は謎だった。現在は板張りされ封鎖されている。
見事な枝振りの木もある。
道100選の看板が綺麗にリニューアルされていた。
▼2018年5月5日
その間何度か訪れた年もあったが、行き慣れるとさほど撮影はしなくなる。
この時には一眼で撮っていたため、例年よりも綺麗に撮りたかった。







ホワイトバランスやソフトフォーカスなど、設定を色々弄って撮影に専念した。
機械のおかげが大きいが、上達はしたのだろうか。
▼2022年5月4日
この時はスマホだけにしている。
この頃の体調のせいか、一眼が重く感じられて、持ち歩くのが地味に苦痛な時期だった。

桜のトンネルの終点地点。まつり露店の終点地点でもある。この先は農場になるため立入禁止。

露店の様子。新型コロナの影響で遠のいた客足も徐々に戻りつつある頃。
油そばだったか、食事用の席が少なく空きがなかったため、車内でいただく。
▼2024年5月1日
今年も訪れた。持っていた単焦点レンズを使いこなそうと、それ縛りで撮ってみた。


色合いがくっきりしている。彩度が強い。
今年は開花が早く、まつりもきっかりGW期間中の開催だった。最終日が5月3日。桜並木どっとこむ の記録によると、ここ数年開花は早まっているようだ(まつりも開花に合わせて開催される)。
今年もクルマに持ち込みで。焼きおにぎり。
つぶ焼き(というかボイル)は実はここに来た時には必ず食べている。何故だか食べたくなる。

エントランス駐車場に立ち寄ってトイレタイム。駐車場に隣接するのは、「桜舞馬公園(オウマイホースパーク)」。歴代の名馬が眠る墓地公園となっている。
そのような名前の公園だったとは、今年初めて知った。Oh!

競馬やお馬さん自体に詳しいわけではないのだが、やはりこういう場所は神妙になる。
単焦点の雰囲気が、気に入りつつある。こうして見ると、撮影(方法)の変遷を見ているようで、我ながら興味深い。
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#花 #イベント #飲食 #公園
和食処とんでん 苫小牧店
和食処とんでん 苫小牧店
昔から家族で外食に行く時は、こちらを利用することが多かった。過去に身内が働いていたことも理由の一つだが。寿司や刺身、そばうどん、天ぷらなど、和食系ならメニューに一通り揃っている上、お膳で分量もしっかり食べられるのが大きいと思う。小分けで種類色々食べられるお膳メニューも有り良い。
北海道が発祥のチェーン店だというのは知っていたが、関東方面にも"かなりの数"が出店しているのを今サイト を見て知った。
札幌の国道36号を通る度に気になる程度で利用したことは無いのだが、つきさむ温泉も同系列のようだ。

そばかうどんが選べるが、当時はうどんを選ぶことが多かった。そばが嫌いとかアレルギーではないのだが、もっちりしたものが好みだったようだ。
手まり寿司。たまに可愛いメニューもある。
セットメニューのデザート。
2020年8月。ホッキの時期だったのでお刺身。名物とはいえお値段的には滅多に食卓に上がらないのでここでいただく。個人的には加熱するより生の方が歯応えあって好み。
2022年5月。春のメニューになっていた。湯葉の握りもある。
ちゃんとこの通りに頂いた。すっかり食が細くなった今はこの量は十分満腹レベルになり、家族が帰省してきた時に行くくらいになったが、食後に温かいお茶を出してくれたりと親切なお店だ。
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#飲食
ジョイランド樽前跡①
ジョイランド樽前跡①1975年に開園したレジャー施設で、当初は温泉施設として開業したが、翌々年には貸別荘(コテージ)などを増設、更に1979年には「北海道野生動物公園」を開園し、ライオン、トラ、シロクマ等の猛獣系をはじめ鳥類などの野生動物を展示し、アトラクションの遊具も設置された一大遊園地として周辺地域の脚光を浴びた。開園直後の年間入場者数は70万人と、入場に交通渋滞も起こるほどだったようだ。
しかし動物公園は開園当初からトラブルに見舞われ、動物受け入れの難航、檻が未完成での見切り開園など、安全面での批判も多かった。
1981年には越冬中の暖房不足によるライオンの大量死が起き、檻の狭さなど劣悪な飼育環境も問題となって評判を落とし、以後の入場者数は減少の一途を辿った。施設を増設したり、ボンゴなどの珍しい動物も導入することで再起を図ったが、1985年には電気料金の未納によるカニクイザルの大量死にも見舞われ、道からの処分や立入検査を受け休業となり、1987年に経営企業が倒産した。動物園としては8年程度の営業だった。
当時新聞広告で大々的に宣伝していたというのはよく覚えている。シロクマの横顔のマーク、有名歌手のショーイベント、そして珍獣ボンゴのお披露目等々…ボンゴの姿はシルエットにされていて、子供心にも「勿体ぶってるなぁ」という印象だったが、このような壮絶な舞台裏があったことは近年になってから知った。筆者自身はTBS樽前ハイランド>>3の方は訪れた記憶はあるが、こちらのジョイランドを訪れた記憶は無い。位置が共に苫小牧西部なので、何ならハイランドの別称とさえ思っていたくらいだ。
ずっと後になり、跡地が心霊スポットとして聞こえてきた時に、他サイトで現地の写真を色々と見たが、記憶を呼び起こさせるものは特に無かった。新聞広告で見たシロクママークと「北海道野性動物公園」の文字ロゴにのみ懐かしさを感じた。両親に聞いても名前は聞いたことある程度の反応だったので、個人的には地元であるにも関わらず未訪で終わったスポットだ。
それでも廃墟化しつつも残っているということで興味はあったため、2008年に初訪してみた。この数年前には不審火に見舞われ、残されていた建物がほぼ全焼し遺跡然となっており、かつての雰囲気を味わうには物足りなくなっていたのが悔やまれる。
※施設の来歴はWikipediaや個人サイト様のコンテンツ(ジョイランドレポート )を参考にさせていただきました。
▼2008年11月
紅葉との対比が美しくも物悲しい。
▼2009年5月
この時はたまたま市内某所を通りがかった時に見つけた、当時の看板である。
詳しい場所は失念したため、現存するかは不明。
※追記(2024.09.22):GoogleMap上で場所は判明したが、2011年の写真では倒壊し残骸状態となっており、最新2022年では支柱のみ残されている。
▼2019年4月
初訪から10年以上経ち、ふと思い出したため再訪してみた。
ちょうど春先でタイミングも良かったのと、初訪時には見つけられなかったシロクマ舎探索と、コテージ群をじっくり見たかったため、3度に分けて探訪した。
外部から投棄されたものもあるかもしれないが。
営業時に亡くなった動物は、敷地内に埋葬されたとも聞いているが…
近辺の企業の道沿いにも似たヒグマの像があるらしく、この像を移設して塗り替えられたものだという情報もあるが、真偽は如何に。
ちなみに開業当時で大人は1,000円だった。今だと1,600〜1,700円位になるだろうか。
ここを含め周辺の山中は不法投棄も多いようで、立入禁止箇所も増え年々アクセスしづらくなっているようだ。
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ジョイランド樽前跡② コテージ群編へ続く
ジョイランド樽前跡③ シロクマ舎編へ
#廃