No.75, No.74, No.73, No.72, No.71, No.70, No.69[7件]
日本料理 こぶし
日本料理 こぶし
2023年にランチで来訪。苫小牧のグランドホテルニュー王子内にある日本料理店で、身内がこの年に結婚するため両家の顔合わせ場所の予約のため赴き、ついでに食事をした。
地元の名産、樽前湧水豚のとんかつ定食も気になったが、13時近かったためか既に品切れになっていた。それ目当てなら早い時間に席の予約をした方がいいのか、もしかするといつでも提供できるわけではないのかもしれない。
ランチメニューで、彩り豊かな「華かご膳」に惹かれ、そちらをいただくことにした。
公式からメニューをクリックすると楽天ぐるなびのサイトに飛ぶが、そちらによると華かご膳は個室でのメニューで予約制になっている。2023年では普通に通された席で予約無しで注文できた。
かご膳の他にご飯、お新香、お茶を出してくれた。天ぷらとお刺身、茶碗蒸しもいただける。小鉢に少しずつ、色々食べられるタイプの料理は、少食じみて来たくせに欲張りな自分には有り難い。
かご膳はこちらに限らず、ちょっとおしゃれな小料理屋などで見かけるが、ランチでもちょっと贅沢したいときには足を運んでも良さそうだ。後日、顔合わせでは中規模くらいの個室で季節の会席料理をいただいたが、そちらも美味しく見事だった。
両家互いに初対面の中ではさすがに料理の撮影は控えたため、載せられないのが残念だ。
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#飲食
トーテムポールの丘(三階滝公園)
トーテムポールの丘(三階滝公園)
>>72三階滝公園を散策していた時に見つけた、エスニック調の木彫。2006年の記録である。
これは心惹かれる。鮭と鷲かな?
人の頭部みたいなのを持ってる??
この角度だとかっこいい。
上の鮭の像の横にも。絶妙な造形だ。
逆側の横にはこちら。狐と人っぽいな? 曲線的な丸みもあって優美にも感じる。
なんとこれらはトーテムポールの木彫のようだ。1989年、旧大滝村の時に姉妹提携したカナダのレイク・カウチン村(現在は町)との友好の印として、カナダ木材を輸入し、建設されたのがこのトーテムポール群とのこと。作られたポールは大滝区内の優徳友情公園と三階滝公園に設置されたとあるが、前者の友情公園は今も存在するものの詳細情報はネット上にはほぼ出てこない。三階滝駐車場の道路を挟んだ向かい側も公園地で丘になっており、そちらにも多くのポールが設置されているとのことなので立ち寄ってみた。

道路に面した階段の上、エントランス的な場所に大きな看板。これも木製だろうか(かなりの重量になりそうだ)。Googleのストリートビューだと見当たらないため、現在は撤去されているものと思われる。
トーテムポールは北米大陸の北西海岸部の先住民(カナダではファーストネーションズと呼ばれる)が作っていたもので、近年は各地で類似のものや独自のものが作られているが、発祥は先のアラスカ、カナダ、アメリカ北部のインディアン(この呼びは今では差別的とされているが、当人らの中には堂々と自称する人もいるそう)である。ポールは神仏像のような信仰の対象ではなく、部族それぞれの氏族にまつわる神話や伝説、生活の出来事などを人や動物の形に表現した「家紋」のようなもの、だという。一族の家系や精神史を表示する意味合いもあるのかもしれないが、現代日本に住む我々には完全に理解するのは難しそうだ。しかし、日本でも盆や正月等の年中行事や冠婚葬祭等何らかのイベントや式典を行うことを考えると通じるものはあるのかもしれない。刻まれた人や動物たちのデフォルメもどこか漫画的で、親しみやすい感じがする。
個人的なトーテムポールのイメージが、郊外の学校や昔の観光施設、アイヌコタンなどにも同様のものがあり、それらは彩色が施されていない木の地色という認識だったため、着色されているのが意外だったが実はこれが正式なものだとは、初めて知った。もしかすると自分が目にしたものも色落ちして古びたものだった可能性もあるが。
この公園内に立っているものは模倣やレプリカではなく本場の本物で、看板の説明には木材をカナダから輸入して作ったとあることから制作者もカナダから来訪したのだと思われるが、その辺りの詳しい説明が無かったのは残念だ。

階段を上ったところにある鮮やかな像。ポールというより像の造形だ。躍動感がある。
黒・赤・青・黄とカラフルだ。そして大きい。単焦点のコンデジでは収まりきらなかった(もっと離れよう)。
左側は鮭、右はシャチのように見えるがはたして…?
一番上の動物は、その氏族の由来になるという。
歯が出ているので、げっ歯類っぽいな…ネズミかリスか
シャケをカジカジしている像。個人的なお気に入り。
持っているだけではなく、とてもカジカジしている…
下の人みたいなのは、何を表しているのだろう。
意味がわかると凄く面白そうなのだけど…
キツネかな? 内股がなんだか可愛い。
子供を抱いている? 上の動物(鳥?)から守っているとかかな。
絶妙なバランス。横から見ると下のは動物の頭?それぞれ表情に独特な愛嬌がある。説明するようなものではないのかもしれないが、どんな動物でどういった意味があるのか、解説が欲しいところだ。
マップに最近の写真が投稿されているのを見ると、これらのポールも大分年季が入って色落ちしつつあるものも増えているようだ。それはそれで味わい深いが思えばこの訪問から20年、設置されてからだと30年以上経つのだ。トーテムポールは修復や新調するものではなく、建てたらあとは朽ちようが倒れようが自然に任せるものらしい。この丘のポール群もそのようにして自然に還っていくのかもしれない。
滝見の際に散策しつつ異文化に触れてみるのも、面白いと思う。
※以下のサイトを参考にさせていただきました。
・FIRSTNATIONS /カナダインディアンの文化
・なぜ作られたのか? アメリカ先住民の謎多き「トーテムポール」の世界 (サライ)
上のサイトによると「はずかしめのポール」というものもあるらしくウワーッ!となった。これはキビシイね!
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#公園 #文化施設
三階滝公園と甘露法水
三階滝公園と甘露法水
伊達市大滝区(旧大滝村)にある定番の観光地、三階滝。観光バスも立ち寄る有名どころで、特にアウトドアの準備を要せず気軽に散策路の橋の上から見ることの出来る滝である。落差10m程度と小規模だが、すぐ近くで見られるため人気のスポットだ。
滝の形は特徴的で、三段形状の滝は各地にあれど、写真などで滝の姿を見れば大体この三階滝とわかるような形だと思う。
筆者にとっては近郊のスポットのため以前から馴染みの深い場所だが、ちゃんと撮影したのは2006年が初めてだった。
当時は画素数の荒い携帯電話のカメラ(写メなどとも呼ばれていたが、これは登録商標である)も使用していたが、コンデジも持ち始めたのがこの時期だったため、何処でも目にした景色をすべて写真に収めたいくらい外出や撮影に夢中だった。従来のフィルムカメラだと現像に出さなければならなかったが、その必要がないデジタルカメラはやはり画期的で魅力的だったのだ。
▼2006年9月

三階滝公園。滝はよく知っているが公園部分をじっくり見たことがなかったため、大きな池や水路、散策路も整備されていたのは初めて知った。覚えていなかったというべきか。
池の水は水路を経て、三階滝川へ注ぐ。川の名が滝の名由来とは、なんとも珍妙な感じがする。地名も元は徳舜瞥(とくしゅんべつ)村だったが、三階滝があることから大滝村と改称したのだとか。この川を下れば滝になるが、駐車場側へ戻って展望スペースとなっている橋の方へ進む。

こちらが三階滝。橋から見えるのは2段目までで、3段目は橋の陰になり見えづらい。二股に分かれたりと流れが特徴的。水量も多く飛沫も浴びれる勢いだ。


紅葉の季節だととても美しいのだろう。
橋を渡りきっても道は続くが、こちらは旧道の名残だ。昔は橋も車で渡れて、国道まで繋がっていたらしい。この当時には既に駐車場から奥は車両通行止めで、歩行者専用道路となっていた。
旧道を少し歩いてみたら、滝より下流の流れを望める場所があったが…
路肩が崩れており、道の先はバリケードで塞がれていた。徒歩でも危なそうなので引き返す。
途中にあった「甘露法水」の湧水場。ご利益もありそうだが人が多く、待機列を作っていたためこの時は横目に通り過ぎた。


橋の上から、下流側。
橋の下は、ゴツゴツとした岩の渓流となっている。それなりに高さもあって険しい地形だ。観光地整備がなければ、それなりに秘境だったのではないだろうか。
▼2008年4月
近くを通りがかったため寄ってみたが、午前9時頃だったのとまだオフシーズンだったのか、他に人の姿は無かった。これが滝見の橋。駐車場側に向かって、滝は左側になる。
時期的に草木が邪魔しなかったからか、フレームにまとまった形で撮れた。川上から、3段目まで綺麗に収まっているのではないだろうか。
春先とはいえ、まだ寒々しい雰囲気だった。これから新緑の季節を迎える。▼2013年8月
別の場所に行った帰りに見た虹。こんな綺麗なアーチは滅多に見ない。外側にもうっすら副虹が見える。くっきり見える方は主虹というらしい。
近くまで来たので、寄ってみた。とはいっても夕方17時を回っていたのと、雨模様だったためかまたもや他に人がいない。駐車場も空っぽだった。観光シーズンの夏場で有名どころでも、時間帯と天候でこんなに違うのか…
展望スペースを独り占め。
この頃にはデジタル一眼を入手していたため、絞り調整でこんな写真も撮れた(流水の表現)。
色んな場所で持て囃されているマイナスイオン。結局科学的根拠はあったのだろうか。普通に、水飛沫を浴びると納涼的に気持ちがいい、で良いと思うのだ…


無人の甘露法水。いつも水汲みの人で賑わっていたがこの時はそれすらも無かった。ので、この機会にちょこっといただいてみるが、冷たくてまろやかさがあった。このまろやかさが甘味を感じさせるのだろうか。「三八〇米余の金脈から流出し」とある。昭和13年、三階滝に徳竜金山が操業開始しているが、甘露法水のこの洞窟は形状からして金山の坑道だったのだろう。
現在、飲用する場合は煮沸するようにとの注意看板がある。エキノコックス症などのリスクは北海道民なら承知の上、自己責任で汲んでいるとは思うが、オーバーツーリズムの問題もあるこんにち仕方のないことなのかもしれない。実際煮沸するとなるとその場で飲みたい人はもちろん、大量に汲む場合も手間が余分にかかるのでここまで来る意味は薄れそうだ。
その場で飲むなら浄水器も役立つらしいが、よほどの湧水マニアでもない限り、それだけの手間と費用をかけるかどうか。




夕闇も押し迫ってきた。この時間帯はやはり山間部では"逢魔が時"だ。そろそろここを離れよう。

燃える夕闇の色。恐ろしくも美しい。畳む
#公園 #滝 #河川 #湧水 #鉱山
Jyunapapan(閉店)
Jyunapapan(閉店)
2010年に初訪し、料理も雰囲気も気に入っていたお店だった。
当時は苫小牧のしらかば町にあり、その後2014年に同澄川町に移転した。
イタリアン系のダイニングレストランで、「ジュナパパン」と読む。惜しくも今年2025年4月に閉店となった。
▼2010年3月

2階建ての店舗兼アパートの1階で営業していたため、それほど広くはなかったがちょっとレトロな雰囲気が素敵だった。このお店を選んだ経緯は忘れたが、友人と一緒だったので店の佇まいが気になって入ってみた、という感じだったかもしれない。
前菜のシーザーサラダ。
たっぷりフカフカのマルゲリータピザ。
そして、オムライス。
シェフのマスターが、給仕したその場でナイフを入れてくれて、半熟のとろふわ卵あふれる演出。初めて見たので友人と大感激した。こういう本格的なものは当時のわが町ではなかなか味わえないものだったので(単に無知だったとは思うが)、新鮮だった。
トマトソースでいただいた。

コーヒーサイフォンがおしゃれ。
マスター一人で切り盛りしていたようだったが、とても物腰が柔らかく感じの良い接客だった。どの料理も美味しく、店内も落ち着いた感じが気に入っていた。
▼2013年12月
再訪。オムレツのあのふわふわ感と演出が忘れられず、今度はきのこのオムライスを。ナイフを入れる時のワクワク感と、期待を裏切らないトロトロ感はたまらない。
イタリアンレストランということで、やはりパスタが看板メニューなのだろうなと、サーモンのクリームパスタを。平麺ということは、生麺を選んだのだろう。こちらも良かった。▼2023年5月
2014年に移転オープンしたという話を聞いていたが、更に西側への移転だったため自宅からは遠くなり、またそちら方面に行く機会も少なくなったのでいつかいつかと思いながら時が過ぎてしまった。
お店の雰囲気も変わったようで、一人で行くにはどうなのかと思いつつも、帰りにウォーキングすることを思い立ち、行ってみることにした。
行きはバスだったので、バス停から徒歩5分くらいで着いた。駐車場側にはよく吠える看板犬が繋がれているとのことだったが、そちらを通らなかったので合わずに入店した。朝11時過ぎに着いたが、開店間もなかったようで他に客はおらず、一番乗りだったようだ。
1人入店はやはりめずらしいと見えた。広々とした空間に複数名用テーブル席が7〜8席ほど。カウンター席は無かったようで、やや奥の3名ほどが座れるテーブル席に通された。外光で明るいが、ラグジュアリーにも感じる空間に1人は、かなり緊張し落ち着かなかった。
看板メニューが牛タンシチューのオムライスのようだったので、それではと。+αでスープとサラダプレート、ドリンクも注文出来たので、それにした。写真はスープとサラダプレート。彩りが良い。
そして牛タンシチューのオムライス。オムライスということは、目の前でナイフを入れてくれるのかと期待したが、シチューメニューだと客席では無理なのか、この状態での提供だった。残念だったが、料理は変わらず美味しく、タンも柔らかく口溶けよかった。ただ、自分の舌が肥えたのか、初訪で感動した時のインパクトが強すぎるのか、割と淡々と食べ切ってしまった感じがする。
店の雰囲気的にはフォーマルとまでいかなくとも、割と改まったシーンで利用するお店という感じにも思えた。ご時世のためかお値段もそこそこ高めで、以前のように色々食べたいがために数品注文出来るレベルの価格ではなくなっていた。
しかしウニのパスタも気になり、値段が値段なのでいつかまた奮発して次は誰かを誘って再訪したいと思っていた。が、残念ながら閉店となってしまった。
オープンは2004年で、20年程続いたお店になるが、そんな長期に亘る飲食店も今や数少なくなった。
あのとろふわオムライスの感動を噛み締めつつ、有り難うございます。そしてお疲れ様でした。
おまけに。帰りは徒歩だったので、近隣の遊歩道を歩いてみた。

カササギはすっかりこの地元に居着いているようだ。
「木もれびの道」という、幹線道路沿いのウォーキングコースなのだが、スマホの電池が消耗してしまいあまり写真を撮れていなかったので、また歩きに行きたいと思う。畳む
#飲食 #遊歩道 #鳥類
ルンビニフードカフェ苫小牧店
ルンビニフードカフェ苫小牧店
2023年に初訪。出先帰りにスタバ末広店に寄ろうとしていたのだが、その向かいのお店が気になり調べてみると本格カレーのお店だったため、これはぜひナンカレーをいただきたいと喜び勇んで入店。
エスニック系のBGMが流れていて雰囲気があるものの、店内はスッキリと明るい。カウンター席も2列(全8席ほど)あって互いに背中合わせのため、1人でも入りやすいのは嬉しい。
平日限定のランチセットがリーズナブルで量的にもちょうど良さそうだったため、バターチキンカリーのBセットを注文(写真上)。初めてのお店だったので用心し辛さは中辛にした記憶。ナンはほんのり甘くて優しいお味。
個人的な体質で本格カレーはスパイスの相性が合わないとお腹がゆるくなる危険性があるのだけど、こちらのカレーはまったく問題なく、バターのコクもあり美味くいただけた。辛口でもいけそうだ。
公式サイト によるとシェフはネパール人で、2021年に千歳のアークス内で営業していたルンビニグループの店舗が独立してこちらに移転オープンしたとのこと。
翌2024年、出先で少し遅めの昼を取ろうと、ちょうど近くまで来たので再訪。車で来店の場合は、駐車スペースが店舗向かって左側面と、右側には60mほど離れた場所にあるため、指定以外の場所に停めないよう注意。この時は離れの方に停めて入店。
14時過ぎで時間的に空いていたからか、テーブル席に案内してくれた。
この日は日曜でランチメニューが無かったため、ルンビニセットを注文。
エビカリーとチキンチーズカリー、ライスとナンという欲張りセットだ。辛さを指定した記憶が曖昧だが結局中辛にしたのだったか。食べきれるかな…
セットドリンクはアイスチャイを選んだのだが、この日は3月3日のひな祭りということで、いちごラッシーもサービスで付けてくれた。嬉しい。
※2024年当時のサービスになります。
けどチャイも飲めるかな…(笑)チャイの代わりにそっちでもよかったけど、セットだしそうなるとサービスにならないですもんね…
特にエビカリー(丸い器の方)が好みだった。それぞれ小分けの器で食べやすいものの、カリーが見た目よりボリュームがあり完食する頃には満腹。
いちごラッシーも美味しかった。次回はラッシーにしたい。
あとからアイスチャイも来て、食後のドリンク的にゆっくりいただいた。大満足のランチだった。これからもリピートしたいお気に入りのお店だったりする。
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#飲食
王子製紙苫小牧工場周辺さんぽ(旧道側)
王子製紙苫小牧工場周辺さんぽ(旧道側)
普段はクルマ移動の人間なのだが、ここ数年春から秋にかけては休日に意識して歩くことにしている。とはいえ、目的地で折り返す往復は嫌気が差すため、往路はバスで、復路はウォーキングよろしく徒歩で帰って来るというパターンが多いが。
最近は夏が酷暑のため無理せず、気が向いた時のみなのだが…
2023年と2024年の5月に、昔から馴染み深いランドマークだった王子製紙の工場近くを散歩した。
徒歩でなければなかなか味わえない景色だと思う。
▼2023年5月
まずは腹ごしらえ。コメダ珈琲店が地元に来た時は嬉しくてかなりの頻度で利用していた。当時は夜遅くまで営業しており程よく居心地も良く、積読本を消化したい目的もあった。コロナ禍を境に営業時間が短縮されてしまい、滅多に足を運べなくなったのと、ここのメニューのボリュームを完食出来る自信が最近はめっきり無くなってしまったというのもあり。
この時はピザトーストを久々にガッツリ食べたい強い意志が湧いたため足を運び、帰り道は歩こうと考えた。
西若葉門横から見える赤煉瓦の建物。変電所で大正期の建築らしい。そういえば三笠の幌内炭鉱の変電所も煉瓦造りで同時期の建築だったな、と思い出す。この建物は、小学生の頃に写生会でほぼこの位置にクラス全員陣取って、描いたことがある。懐かしい。炭鉱のことはまあまあ縁があったので結構調べて勉強したが、地元のこちらのことは意外と知らない。身内や親戚、友人など周りに製紙業関係者が居れば身近に感じられたのかもしれないが、不思議と誰一人として繋がりがあるという人に会ったことがない。住んでいた地区の違いか、身内の職業など特に話す必要がないといわれればそうなのだが。
余談だが、かなり以前に短期間ここの構内への配送の仕事をしていたことがある。工場など、関係者以外立入禁止という場所へ入る仕事は、ここに限らず妙な高揚感と独特のアウェー感がある。
踏切を渡って線路沿いを歩く。踏切の手前の線路沿いは旧道と呼ばれていた。国道が整備される前のメイン通りだったと聞く。
紅白の巨大煙突。そして(写真には無いが)樽前山は、予てより市を象徴する風景である。
送木水路。線路の下を潜って構内へ伸びる。紙の元となるパルプの原料の材木はこの水路に投入され、工場内へと流され運ばれる。水路を遡った道路を挟んだ向かい(北側)は木場町といい、その名の通り材木の保管場所となる。昔は材木を運ぶのも人力で、苫小牧銘菓「よいとまけ」の名はその労働の際の掛け声が由来である。
JR北海道苫小牧運転所。
JR苫小牧駅の構内にある「苫小牧構内神社」。一般人・乗客は立ち入れず、駅北口の自転車置き場越しに、社殿の背面を見ることが出来る。正面は駅の改札を抜けホームからズームで見るしかないと思われる。
JR駅構内にある道内唯一の神社「苫小牧構内神社」の社殿が、十月二十二日の例大祭までに改修されることになった。苫小牧駅の線路脇にある高さ約二メートルの小社殿で、道内最大の貨物駅だった半世紀前 、作業中の事故が相次ぎ、安全祈願のため一九六三年に建立されたが、老朽化が進んでいた。 神社は敷地面積約三十平方メートルで、一般の乗客は入れない。高さ約五十センチのコンクリートの土台の上に、約一・五メートルの社殿が立つ。木材の腐食が激しくなってきたため、JR北海道が改修を決めた。 同社などによると、一九五〇年代の苫小牧駅には王子製紙苫小牧工場で加工する丸太が道内各地から運ばれてきた。青函連絡船で届いた生活必需物資を旭川や日高など方面別に振り分ける役割も担い、駅職員は現 在の十六倍の約四百人もいた。 しかし、連結・切り離し作業を急いだ職員が貨車にはねられる事故が多発。毎年のように死者が出たため、旧国鉄が神社を建てた。以後毎年、「鉄道の日」の十月十四日前後に例大祭が行われる。少なくともJR誕生の八 七年以降、死亡事故は起きていないという。
(「駅見守り45年 老朽化で社殿改修へ JR苫小牧「構内神社」」 2008年9月7日 北海道新聞) ※中川木材産業株式会社 木材、木工ニュースアーカイブより
この構内神社を最近知り、散歩の途中で探してみようと通ってみたら案外近くにあり、今まで気づかなかったのが不思議なくらいだった。
地元の人ほど地元を知らないとは、自分に限ればまったく当たっていると思う。
▼2024年5月
この時もコメダ珈琲店に行き、近くのホームセンターに寄ってからのスタート。そのホームセンターに隣接する形で、この空き地と説明板があった。
説明の写真のとおり、この狭く細長い区画は校地の一部で、現在のホームセンターと隣のスーパーなどの区画が全体の跡地になるだろう。実は筆者の母校の隣の校区になり、聞き馴染みはかなりあった。もっとも、青臭い縄張り意識なのか屈折した地域愛がそうさせるのか、田舎の中学生などは近隣の学校の生徒とはいがみ合うものでもあったため、よほどのことが無い限りは他所の校舎を訪れることも無かったのだが。
それでも、都市部で自分が知っている学校が廃校になるとは思わず、このような碑(昔は石碑が多かったが)を見ると寂寞の思いもある。
構内の変電所の赤煉瓦はずっと健在だ。いつまで残ってくれるだろうか。



息づく工場と、代謝を繰り返す自分と街の景色を眺めつつ、帰途についた。
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#工場 #飲食 #古建築 #碑 #鉄道 #神社
エスコンフィールドHOKKAIDO
エスコンフィールドHOKKAIDO>>74の最後に記した親族の婚約顔合わせの儀を終え、翌日に当方の一家総出でその年(2023年)開業したばかりのエスコンフィールドへ行くことにした。顔合わせの主役、弟夫妻の要望である。
筆者といえば地元日ハムの勝敗をチェックして一喜一憂する程度の軽すぎるライトファン層に過ぎず、また混み合う場所も苦手なのでこういった機会でもなければまず行かないと思うのだが、これもまたいい経験と同行させてもらうことにした。
GW真っ只中で、訪れた日は試合は無かったが、それでも真新しい球場には目を引くものが沢山あった。しかし人出も大変多く、撮影はごくごく一部の場所のみに留めた。
※写真に写っている降雪のようなものは、当時使用していたカメラアプリのフィルター加工である。フィルター設定を変え忘れ、スマホの小さい画面では撮影中でも気づかなかった。実際には雪は降っておらず空ももう少し明るかったのでお断りを入れておく。
エントランスの階段までもそこそこ歩く。エスカレーターは設置されているが、階段の片側(駅方面側)のみなのは厳しい。逆側(駐車場奥側)にもあるといい。無理なく歩ける我々には難はないが、我々親世代の年寄りには辛そうだった。
写真は階段を登りきった3rd BASE GATE(現F NEOBANK GATE)前の広場から。ここは普段は試合日のみの入場口だが、この日はGWでイベントも行われていたためか無料開放されていた。
入場は手荷物検査があった。飲食物(缶・ペットボトル)持ち込みは不可で、持っていた人は没収されていた。
場内にウォーターサーバーはあるのだが、歩く先々にという訳ではなくそこそこ歩き回らなければ見つけられず、しかも見つけた時にはすでに水が切れていた。マイボトルに飲料を入れたものは持ち込みOKらしいが、そこを把握していなければ服薬が必要な持病のある人は詰むことになる。筆者の父のことである。自販機くらいはあると思っていたのだが、真面目にどこにも置かれていない。これはフードコートで高いお茶を買うことで切り抜けたが。
ちなみに場内はすべてキャッシュレス決済である。来た人各自で支払うとなると老齢の現金派は詰むことになる。筆者の両親のことである。結局筆者がまとめて決済した。
1Fをしばらく見て歩くが、足の悪い筆者の母が疲れを覚えてきた。人工股関節を入れていることもありあまり無理させたくなかったので、出来れば車椅子を貸してもらおうとしてゲートの受付に尋ねるもバイトスタッフだったのか答えを得られず、何処へ行ったら良いのか足の利く者でぐるぐる探し回り、インフォメーションセンターで貸出していることがわかってやっと借りることが出来た。
ゲートの側に車椅子が何台かあったため、それをすぐ貸してもらえるのかと思っただけに勝手がわからないとかなりキツい。空いている時ならすぐにスタッフを捕まえるなどで解決出来そうだが、混んでいる時ほど詳しいスタッフがどれだけいるのかわからず、逆に尋ねづらさがある。
観覧席に持ち込んで食べたが、膝の上に乗せつつこぼさないようにと気をつけてさっさと食べてしまったようだ。写真が残っていない。選手(誰かは覚えていなくてすまない)のコラボカツカレーだった記憶がある。まあまあ美味しかったがお値段も張るのでね…
他にもデザート類等、惹かれるお店やメニューはあったが、気軽に手を出せる値段ではない。それだけを食べたいならともかく、あれもこれもとなると厳しい。
弟夫妻はTower11の温泉とサウナに入るとのことで(試合日は入浴しながら観戦出来るらしい)、ここで筆者と両親はひと足早く帰宅することにした。
施設の広さなりに仕方ない面もあるが、歩き回らなければならない分老齢の両親にはやはり大分厳しそうだった。そもそもここに限らず都市部の込み入った場所すらもう面倒臭がってしまい、そのような場所自体もう行けることも無さそうだが。
個人的にはもう少し空いている時に再度見て回りたいかもしれない。駐車場やチケットの心配せず気まぐれにふらっと寄って、回れるくらいならいいのだが(移り気激しいので思い立った時に行けなければしばらく行かない確率が高い)。
ちなみにFビレッジ、ボールパーク、エスコンフィールドを混同してしまいがちだが、球場そのものは「エスコンフィールドHOKKAIDO」、周辺施設を含めたエリアが「北海道ボールパークFビレッジ」となるようだ。Fビレッジの名は地名にも登録されており、ボールパーク全エリアの住所が「北広島市Fビレッジ1番地」となっている。
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#文化施設