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スイーツから廃墟まで。北の国からお送りする日常ゆるゆる探検。2009年から始めた前ブログの記事を再編、移植しています


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ルンビニフードカフェ苫小牧店

ルンビニフードカフェ苫小牧店

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2023年に初訪。出先帰りにスタバ末広店に寄ろうとしていたのだが、その向かいのお店が気になり調べてみると本格カレーのお店だったため、これはぜひナンカレーをいただきたいと喜び勇んで入店。
エスニック系のBGMが流れていて雰囲気があるものの、店内はスッキリと明るい。カウンター席も2列(全8席ほど)あって互いに背中合わせのため、1人でも入りやすいのは嬉しい。

平日限定のランチセットがリーズナブルで量的にもちょうど良さそうだったため、バターチキンカリーのBセットを注文(写真上)。初めてのお店だったので用心し辛さは中辛にした記憶。ナンはほんのり甘くて優しいお味。

個人的な体質で本格カレーはスパイスの相性が合わないとお腹がゆるくなる危険性があるのだけど、こちらのカレーはまったく問題なく、バターのコクもあり美味くいただけた。辛口でもいけそうだ。

公式サイト によるとシェフはネパール人で、2021年に千歳のアークス内で営業していたルンビニグループの店舗が独立してこちらに移転オープンしたとのこと。


20250811032008-admin.jpg翌2024年、出先で少し遅めの昼を取ろうと、ちょうど近くまで来たので再訪。
車で来店の場合は、駐車スペースが店舗向かって左側面と、右側には60mほど離れた場所にあるため、指定以外の場所に停めないよう注意。この時は離れの方に停めて入店。

14時過ぎで時間的に空いていたからか、テーブル席に案内してくれた。

この日は日曜でランチメニューが無かったため、ルンビニセットを注文。
エビカリーとチキンチーズカリー、ライスとナンという欲張りセットだ。辛さを指定した記憶が曖昧だが結局中辛にしたのだったか。食べきれるかな…

セットドリンクはアイスチャイを選んだのだが、この日は3月3日のひな祭りということで、いちごラッシーもサービスで付けてくれた。嬉しい。
※2024年当時のサービスになります。

けどチャイも飲めるかな…(笑)チャイの代わりにそっちでもよかったけど、セットだしそうなるとサービスにならないですもんね…

特にエビカリー(丸い器の方)が好みだった。それぞれ小分けの器で食べやすいものの、カリーが見た目よりボリュームがあり完食する頃には満腹。
いちごラッシーも美味しかった。次回はラッシーにしたい。

202508110320081-admin.jpgあとからアイスチャイも来て、食後のドリンク的にゆっくりいただいた。

大満足のランチだった。これからもリピートしたいお気に入りのお店だったりする。
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#飲食

道央,苫小牧

王子製紙苫小牧工場周辺さんぽ(旧道側)

王子製紙苫小牧工場周辺さんぽ(旧道側)

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普段はクルマ移動の人間なのだが、ここ数年春から秋にかけては休日に意識して歩くことにしている。とはいえ、目的地で折り返す往復は嫌気が差すため、往路はバスで、復路はウォーキングよろしく徒歩で帰って来るというパターンが多いが。

最近は夏が酷暑のため無理せず、気が向いた時のみなのだが…

2023年と2024年の5月に、昔から馴染み深いランドマークだった王子製紙の工場近くを散歩した。
徒歩でなければなかなか味わえない景色だと思う。

▼2023年5月

20250810155745-admin.jpgまずは腹ごしらえ。コメダ珈琲店が地元に来た時は嬉しくてかなりの頻度で利用していた。当時は夜遅くまで営業しており程よく居心地も良く、積読本を消化したい目的もあった。
コロナ禍を境に営業時間が短縮されてしまい、滅多に足を運べなくなったのと、ここのメニューのボリュームを完食出来る自信が最近はめっきり無くなってしまったというのもあり。

この時はピザトーストを久々にガッツリ食べたい強い意志が湧いたため足を運び、帰り道は歩こうと考えた。

202508101557451-admin.jpg西若葉門横から見える赤煉瓦の建物。変電所で大正期の建築らしい。そういえば三笠の幌内炭鉱の変電所も煉瓦造りで同時期の建築だったな、と思い出す。この建物は、小学生の頃に写生会でほぼこの位置にクラス全員陣取って、描いたことがある。懐かしい。

炭鉱のことはまあまあ縁があったので結構調べて勉強したが、地元のこちらのことは意外と知らない。身内や親戚、友人など周りに製紙業関係者が居れば身近に感じられたのかもしれないが、不思議と誰一人として繋がりがあるという人に会ったことがない。住んでいた地区の違いか、身内の職業など特に話す必要がないといわれればそうなのだが。

余談だが、かなり以前に短期間ここの構内への配送の仕事をしていたことがある。工場など、関係者以外立入禁止という場所へ入る仕事は、ここに限らず妙な高揚感と独特のアウェー感がある。

202508101557452-admin.jpg踏切を渡って線路沿いを歩く。踏切の手前の線路沿いは旧道と呼ばれていた。国道が整備される前のメイン通りだったと聞く。

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202508101557454-admin.jpg紅白の巨大煙突。そして(写真には無いが)樽前山は、予てより市を象徴する風景である。

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202508101557456-admin.jpg送木水路。線路の下を潜って構内へ伸びる。紙の元となるパルプの原料の材木はこの水路に投入され、工場内へと流され運ばれる。水路を遡った道路を挟んだ向かい(北側)は木場町といい、その名の通り材木の保管場所となる。
昔は材木を運ぶのも人力で、苫小牧銘菓「よいとまけ」の名はその労働の際の掛け声が由来である。

202508101557457-admin.jpgJR北海道苫小牧運転所。

202508101557458-admin.jpgJR苫小牧駅の構内にある「苫小牧構内神社」。
一般人・乗客は立ち入れず、駅北口の自転車置き場越しに、社殿の背面を見ることが出来る。正面は駅の改札を抜けホームからズームで見るしかないと思われる。

JR駅構内にある道内唯一の神社「苫小牧構内神社」の社殿が、十月二十二日の例大祭までに改修されることになった。苫小牧駅の線路脇にある高さ約二メートルの小社殿で、道内最大の貨物駅だった半世紀前 、作業中の事故が相次ぎ、安全祈願のため一九六三年に建立されたが、老朽化が進んでいた。  神社は敷地面積約三十平方メートルで、一般の乗客は入れない。高さ約五十センチのコンクリートの土台の上に、約一・五メートルの社殿が立つ。木材の腐食が激しくなってきたため、JR北海道が改修を決めた。  同社などによると、一九五〇年代の苫小牧駅には王子製紙苫小牧工場で加工する丸太が道内各地から運ばれてきた。青函連絡船で届いた生活必需物資を旭川や日高など方面別に振り分ける役割も担い、駅職員は現 在の十六倍の約四百人もいた。  しかし、連結・切り離し作業を急いだ職員が貨車にはねられる事故が多発。毎年のように死者が出たため、旧国鉄が神社を建てた。以後毎年、「鉄道の日」の十月十四日前後に例大祭が行われる。少なくともJR誕生の八 七年以降、死亡事故は起きていないという。
(「駅見守り45年 老朽化で社殿改修へ JR苫小牧「構内神社」」 2008年9月7日 北海道新聞) ※中川木材産業株式会社 木材、木工ニュースアーカイブより

この構内神社を最近知り、散歩の途中で探してみようと通ってみたら案外近くにあり、今まで気づかなかったのが不思議なくらいだった。
地元の人ほど地元を知らないとは、自分に限ればまったく当たっていると思う。


▼2024年5月

202508101559261-admin.jpgこの時もコメダ珈琲店に行き、近くのホームセンターに寄ってからのスタート。
そのホームセンターに隣接する形で、この空き地と説明板があった。

20250810155926-admin.jpg説明の写真のとおり、この狭く細長い区画は校地の一部で、現在のホームセンターと隣のスーパーなどの区画が全体の跡地になるだろう。

実は筆者の母校の隣の校区になり、聞き馴染みはかなりあった。もっとも、青臭い縄張り意識なのか屈折した地域愛がそうさせるのか、田舎の中学生などは近隣の学校の生徒とはいがみ合うものでもあったため、よほどのことが無い限りは他所の校舎を訪れることも無かったのだが。

それでも、都市部で自分が知っている学校が廃校になるとは思わず、このような碑(昔は石碑が多かったが)を見ると寂寞の思いもある。

202508101559262-admin.jpg構内の変電所の赤煉瓦はずっと健在だ。いつまで残ってくれるだろうか。

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息づく工場と、代謝を繰り返す自分と街の景色を眺めつつ、帰途についた。
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#工場 #飲食 #古建築 #碑 #鉄道 #神社

道央,苫小牧

櫻珈琲煎房柏丘本店(現・花論珈琲茶房真駒内柏丘店)

櫻珈琲煎房柏丘本店(現・花論珈琲茶房真駒内柏丘店)

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2007年に真駒内方面を通りがかった時に、おしゃれな外観に惹かれて立ち寄った。

現在は、外観は大きく変わらないものの店名を変えて営業を続けている。
かなり年数も経過し、経営も変わり内観やメニューにも変更があると思われるので、当時の記録ということでご留意いただきたい。

2025071313591711-admin.jpgシックで落ち着いた外観と、可愛らしい木の人形。

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202507131359171-admin.jpg少し暗めの照明と、向かい側の窓から差す柔らかな自然光。
壁の奥の席が秘密のスペース感があって興味深い。一人で訪れた時はここに座ってみたい。
さすがに内装が変わっていると思うので、叶わない夢なのだが。

202507131359172-admin.jpg各テーブルにはオレンジの灯り。窓際の席に通された。
窓の外は林と谷になっており、下を真駒内川が流れる。

202507131359176-admin.jpgメニューは当時はコーヒーとケーキ系のデザートが数種。厳選的。
ケーキセットを注文した。

202507131359175-admin.jpgブルーベリーヨーグルトケーキ。下地がビスケット生地のタルト系ケーキだった。

202507131359174-admin.jpgホワイトコーヒー。ミルクコーヒーにホワイトチョコレートとマシュマロをトッピング。

私ごと、今でこそコーヒーはブラックで飲むが、当時は体調の関係であまりコーヒー系が飲めなかったため、このようなソフトな甘味ばかり注文していた。
そのくせ、カフェはこの頃から好きだったなと…こういうメニューもあったのは有り難かった。

202507131359177-admin.jpg今となってはめずらしくもないが、このようなおしゃれな手洗い場は当時の自分にとっては新鮮だった。
下にペダルがあって、踏むと水が出る仕組み。銅製の受け皿が渋い。

202507131359179-admin.jpg当時はバルコニーがあり、外に出ることも出来た。
ブランコに座らせてもらってゆったり。晴れていたので風も心地よかった。今はこのバルコニーが開放されているかは不明。

202507131359178-admin.jpg可愛らしい巣箱。この下の方に真駒内川がある。


20250713135946-admin.jpg翌2008年にも立ち寄らせてもらった。
このときもケーキセットで、アップルパイを注文した。コーヒーはおそらくラテ系だったような。

20250713135958-admin.jpegおまけにこちらは2013年、同じ櫻珈琲でもこの柏丘本店ではなく、札幌市民ホール店のもの。
現在は既に市民ホール(現・カナモトホール)からは撤退しているが、赤を基調とした看板サインと、変わらず落ち着いた雰囲気が居心地良かった。

キッシュも美味しかった。自分、この頃にはコーヒーを飲めるようになっていたらしい(笑)
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#飲食

道央,札幌

旧赤間炭鉱ズリ山階段

旧赤間炭鉱ズリ山階段

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「ズリ山」とは、掘り出した石炭を選別するときに出た屑石を堆積した山のことである。炭鉱施設や遺構近くに円錐状のこんもりとした山があれば、それはズリ山だった可能性が高い。ちなみに、九州地方の炭鉱では「ボタ山」と呼ばれている。

赤平の旧赤間炭鉱のズリ山は炭鉱遺産として保全されており、「日本一のズリ山階段」として777段の段数を誇る。階段は上りやすく整備され、頂上までほぼ一直線のルートだが、実際上ってみると中々きつい。筆者の場合は上りは休憩を入れて約30分ほどだったが、下りは下りでとにかく膝に来るので、時間に余裕を持って挑むのが良いだろう。

季節によって眺めは変わると思うが、苦労しただけの達成感はあるかと思う。
近年はヒグマの目撃情報のため立ち入り制限の時期もあったようだ。念の為クマ避け鈴等対策もした方が良いかもしれない。

20250320024531-admin.jpg2009年に登ろうと訪れたものの、美唄や歌志内など色々回ってここまで来た時には18時近くになってしまったため断念。2012年10月にようやく登ることが出来た。その記録になる。

バックに見えるのが赤間の選炭工場跡。昼を越して夕方近かったためか逆光になってしまった。

202503200245311-admin.jpg階段までの道。薄暗いとちょっと不気味。現在だともう少し雰囲気が変わっているかもしれないが。

202503200245312-admin.jpg登り口。ここからスタート。

202503200245313-admin.jpg段差が揃っていて上りやすいが、勾配はそこそこ急なので100段を越えるともう息が切れてくる。

段毎の柱には、全国から公募したプレートの名付け親の名前が記されている。

202503200245314-admin.jpg振り返って見たところ。
秋口だったがまだ緑が茂って暖かかった。暑くも寒くもなく丁度良い時季だったかもしれない。

202503200245315-admin.jpg途中、いくつか休憩スペースがある。200段程上って休憩。
ベンチがあるのは有り難い。

202503200245316-admin.jpg眺望と言うにはまだもう一息。夏場だと草木が生い茂って見えづらいかもしれない。
屑石の人工山でも、年月が経つと自然の山に変わっていくようだ。

202503200245317-admin.jpgポコポコと。ホコリタケか、シバフタケか…あらゆる所で見かけるキノコだ。

202503200245318-admin.jpg大分眺望らしくなってきた。

202503200245319-admin.jpg頂上が見えているような気がするがまだあと200段近くある。

横に見えるパイプのようなものは、「あかびら火まつり」で灯される火文字である。炭鉱斜陽期に街の灯を消すまいと、京都の大文字焼きにヒントを得たものだそうだ。

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2025032002453111-admin.jpgもう少し、もう少し…

2025032002453112-admin.jpgラストスパート、あと70段。

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2025032002453117-admin.jpg頂上に到着!
公園らしい広場になっている。ここからパノラマビューを堪能する。

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2025032002453114-admin.jpgかつての炭住らしき赤と青の屋根の住宅が見える。空知川のほとりのヤマの街というのがよくわかる。
右側奥、彼方に見える白い線状のものは芦別大観音。

2025032002453115-admin.jpgイルムケップ山方面を望む。駅前の直線道路は赤平中心部の特徴だと思う。

2025032002453118-admin.jpg市役所方面。すぐ裏手に空知川が見える。

2025032002453119-admin.jpg色づき始めた秋のヤマの街の眺望を堪能できた。
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#炭鉱 #公園 #山

道央,赤平

旧赤間炭鉱 選炭工場跡

旧赤間炭鉱 選炭工場跡

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赤間炭鉱は、明治〜大正期に稼働していた中小炭山を北炭が買収して開鉱した炭鉱になる。住友赤平炭鉱>>55と同年の1938年(昭和13)に開鉱し、鉱区的にも隣り合う形で操業した。その後歌志内の空知炭鉱へ集約され、赤間は北炭から分社化していたためここでは単に赤間炭鉱とする。

住友赤平の立坑施設からJR赤平駅方面へ進むと、ちょうど駅の裏手に当たる位置に「日本一のズリ山階段>>57」の看板を掲げた駐車場があり、左手に見えるコンクリート製の建造物がこの赤間炭鉱選炭工場の一部施設である。炭鉱施設は閉山後市の所有となり、ほとんどは解体撤去されたが、産業遺産としての価値が見直されるに当たって、今は炭鉱遺産として整備されているズリ山と共に残されている。

初訪は2009年、上の写真が当時のものである。
2012年にはズリ山を登るために再訪した。以下はその時のものである。

202503190238321-admin.jpg2009年には無かった(と記憶している)、フットパスコースの看板が新設されていた。現在もあるかは不明。
⑯赤間鉱の選炭工場跡
 「選炭工場」では、採掘現場から産出された石炭に混じる不純物を取り除き、品質別に選別する作業を行います。
 赤間の選炭工場は、1941(昭和16)年に空知川にかかる赤間橋(現存していません。)とあわせて建設されました。この工場は、選炭工場と貨車への積込施設が別々に配置され、その間をベルトコンベアーで結合していたのが特色でした。
 北炭赤間炭鉱が、1973(昭和48)年に閉山(全坑員を空知炭鉱(歌志内市)に集中化)となったため、選炭工場はその役目を終えました。
 その後、1999(平成11)年に解体され、現在は原炭ポケット(掘り出した石炭を一時保管するための施設)の一部を残すのみとなりました。


20250319230702-admin.png地図・空中写真閲覧サービス 1968/05/08(昭43)・赤平より
ほぼ中央が赤間炭鉱の施設、すぐ上に赤平駅、左下がズリ山になるが、大変興味深い。
選炭工場はこのベルトコンベアー2基の施設で、現在残っている原炭ポケットの一部はトロッコ線を挟んだすぐ下の小さい施設だろうか。この施設にも小さいコンベアーのようなものが見える。

202503190238322-admin.jpg下部は漏斗型になっていたようだ。

20250319023832-admin.jpg原炭をコンベアーで揚げ入れて貯炭し、漏斗から積んで選炭過程へという流れだろうか。

昔の写真と照らし合わせると、なんとなくどう使用されていたかが(正確に判明せずとも)わかるような感じで面白い。
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#廃 #炭鉱

道央,赤平