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◆『蝦夷草紙』 最上徳内著 吉田常吉編 時事通信社 昭和40年
>>36の後半に記した時事通信社の『蝦夷草紙』を読了しました。出版は1965年なので60年前のものになりますが、おそらくこれが最も原書を解読出来る近道になるのかと思われます。
構成は「蝦夷草紙上巻」「蝦夷草紙下巻」「蝦夷草紙後篇」とそれらの解説、巻末に最上徳内略伝を掲載しています。巻頭によると、底本については、上下巻は東京大学史料編纂所 所蔵の近藤重蔵旧蔵本『正斎遺書』中の最上徳内自筆本、後篇は大友喜作氏校訂の『北門叢書』所収のものとあります。上下巻の徳内自筆本(近藤重蔵関係資料)といわれるものは編纂所のサイトから検索で閲覧可能です。徳内が自筆の本を近藤重蔵に贈ったものといわれており、平成4年度に重要文化財に指定されています。
上巻は松前や蝦夷地の風土や蝦夷(アイヌ)の習慣等について、下巻はエトロフやウルップ、カラフトの風土や各所の現地人や赤人(ロシア人)などから得た情報が記されており、天明5年(1785)から寛政元年(1789)の蝦夷地調査での見聞を記録したものになります。寛政元年にはあの寛政蝦夷蜂起(クナシリ・メナシの戦い)があったため、その発端についても記されています(「嫉妬の深き事」注釈が詳しい)。
翌年、政変により巡見隊の上司青島俊蔵に連座し入牢の身となり、保釈後に師の本多利明宅にて執筆した『蝦夷国風俗人情之沙汰』の改訂版がこの蝦夷草紙とされているようです。
また後篇については、下巻での書き漏らし(イジュヨらとのことは後篇に記されている)を含め再編し、更にその後寛政11年(1799)までの蝦夷地巡見での見聞について記されています。寛政10年(1798)は、徳内が近藤重蔵隊に付いてエトロフまで渡海し日本国の標柱を建てた年になり、それからロシアの南下や松前とアイヌの現状、カラフトへ及ぶ満洲の影響などを痛感し、蝦夷地の開発を強く意識しつつも、幕府の蝦夷地上地に伴う急速なアイヌの和人化などには抵抗を示す心情も見えます。ついには上司松平忠明と山道開発の件で衝突し免職となり、最後の章(「世間取沙汰の事」)には判読不明な文字が多々あるものの(文字の乱雑さか原本の虫損かは不明)、かえってそれが上のやり方に対する激しい憤りの心情が現れているようにも感じられます。
各段落毎に編者の注釈があるので、わかりやすいと思います。原文も比較的読みやすい方だとは思うのですが、現代文の解説や注釈無しに全て理解するにはやはり難しいので(少なくとも自分のレベルでは)、今では研究も進み内容も古くなっている部分がある(かもしれない)とはいえこういう本の存在は有り難いものです。
色々な作品で見知った最上徳内の業績の原典に触れられるという、今となっては貴重な本かもしれません。
巻末の最上徳内の略伝については、もう少し後に出版された人物叢書>>26と合わせて読むのがいいのかとは思いますが、蝦夷地での業績を知るためだけでもこれで十分過ぎるほどのページ数となっています。
#最上徳内 #近藤重蔵
>>36の後半に記した時事通信社の『蝦夷草紙』を読了しました。出版は1965年なので60年前のものになりますが、おそらくこれが最も原書を解読出来る近道になるのかと思われます。
構成は「蝦夷草紙上巻」「蝦夷草紙下巻」「蝦夷草紙後篇」とそれらの解説、巻末に最上徳内略伝を掲載しています。巻頭によると、底本については、上下巻は東京大学史料編纂所 所蔵の近藤重蔵旧蔵本『正斎遺書』中の最上徳内自筆本、後篇は大友喜作氏校訂の『北門叢書』所収のものとあります。上下巻の徳内自筆本(近藤重蔵関係資料)といわれるものは編纂所のサイトから検索で閲覧可能です。徳内が自筆の本を近藤重蔵に贈ったものといわれており、平成4年度に重要文化財に指定されています。
上巻は松前や蝦夷地の風土や蝦夷(アイヌ)の習慣等について、下巻はエトロフやウルップ、カラフトの風土や各所の現地人や赤人(ロシア人)などから得た情報が記されており、天明5年(1785)から寛政元年(1789)の蝦夷地調査での見聞を記録したものになります。寛政元年にはあの寛政蝦夷蜂起(クナシリ・メナシの戦い)があったため、その発端についても記されています(「嫉妬の深き事」注釈が詳しい)。
翌年、政変により巡見隊の上司青島俊蔵に連座し入牢の身となり、保釈後に師の本多利明宅にて執筆した『蝦夷国風俗人情之沙汰』の改訂版がこの蝦夷草紙とされているようです。
また後篇については、下巻での書き漏らし(イジュヨらとのことは後篇に記されている)を含め再編し、更にその後寛政11年(1799)までの蝦夷地巡見での見聞について記されています。寛政10年(1798)は、徳内が近藤重蔵隊に付いてエトロフまで渡海し日本国の標柱を建てた年になり、それからロシアの南下や松前とアイヌの現状、カラフトへ及ぶ満洲の影響などを痛感し、蝦夷地の開発を強く意識しつつも、幕府の蝦夷地上地に伴う急速なアイヌの和人化などには抵抗を示す心情も見えます。ついには上司松平忠明と山道開発の件で衝突し免職となり、最後の章(「世間取沙汰の事」)には判読不明な文字が多々あるものの(文字の乱雑さか原本の虫損かは不明)、かえってそれが上のやり方に対する激しい憤りの心情が現れているようにも感じられます。
各段落毎に編者の注釈があるので、わかりやすいと思います。原文も比較的読みやすい方だとは思うのですが、現代文の解説や注釈無しに全て理解するにはやはり難しいので(少なくとも自分のレベルでは)、今では研究も進み内容も古くなっている部分がある(かもしれない)とはいえこういう本の存在は有り難いものです。
色々な作品で見知った最上徳内の業績の原典に触れられるという、今となっては貴重な本かもしれません。
巻末の最上徳内の略伝については、もう少し後に出版された人物叢書>>26と合わせて読むのがいいのかとは思いますが、蝦夷地での業績を知るためだけでもこれで十分過ぎるほどのページ数となっています。
#最上徳内 #近藤重蔵
◆『伊能忠敬 日本を測量した男』 童門冬二 河出書房新社 2014年
積読をある程度解消したタイミングで、こちらを読んでみようと、読了したので記しておきます。
一言にいえば、伊能についてのことなら、こちらを真っ先に読んだ方が良かったのではないかと。
童門先生の作品はやはり読みやすく、途中の解説も親切に感じます。
佐原の名主時代、天文方への弟子入り、蝦夷地測量から日本全土の測量までの大方のあらましが書かれています。物語小説というよりは伊能の全生涯の解説本といった方が適当かもしれません。
残された日記や手紙などから心情の部分も推測して書かれていますが、割と驚いたのが、師である高橋至時と子午線一度を出す時に軽く諍いがあったということ。年下の師といつも和気藹々という訳でもなかったのだなと。
あとは二次測量以降の各藩での悶着やトラブルは何故、どのような行き違いで起こったのかというのも著者の想像も交えつつわかりやすく解説されています。
互いの疑心暗鬼と幕府の無理解、身分制度の弊害の側面が大きいものの、伊能の半ば強引な態度もやはりプライドを持った職人気質の頑固者という一面が見られて、彼のキャラクターがリアリティをもって見えてくるようです。セカンドライフを充実させた中高年の星、時には聖人君子的に見られがちだけど、むしろ酸いも甘いも噛み分けた中高年だからこそ頑固さが際立つのかも。よく、性格的には厳格なパワハラモラハラ気質と言われますが、そんな人間臭さの部分にも触れていて、中々面白かったです。当時の身分制度にも楯突くというのは、感性的には現代人に近いものがあり当時としても革新的というか、厄介な変わり者ではあったのだろうなと。
だからこそ、あれだけのことを成し遂げられたのでしょうが。
文章は平易で読みやすく、さすが童門冬二だなと。
若かりし頃に歴史関係の著書をいくつか読んだ記憶があり、親しみやすい文章と、未熟な頭でも理解出来たために著者の名前はよく覚えていました。
そんな童門先生も最近鬼籍に入られてしまい、時代の流れを感じます。
#伊能忠敬
積読をある程度解消したタイミングで、こちらを読んでみようと、読了したので記しておきます。
一言にいえば、伊能についてのことなら、こちらを真っ先に読んだ方が良かったのではないかと。
童門先生の作品はやはり読みやすく、途中の解説も親切に感じます。
佐原の名主時代、天文方への弟子入り、蝦夷地測量から日本全土の測量までの大方のあらましが書かれています。物語小説というよりは伊能の全生涯の解説本といった方が適当かもしれません。
残された日記や手紙などから心情の部分も推測して書かれていますが、割と驚いたのが、師である高橋至時と子午線一度を出す時に軽く諍いがあったということ。年下の師といつも和気藹々という訳でもなかったのだなと。
あとは二次測量以降の各藩での悶着やトラブルは何故、どのような行き違いで起こったのかというのも著者の想像も交えつつわかりやすく解説されています。
互いの疑心暗鬼と幕府の無理解、身分制度の弊害の側面が大きいものの、伊能の半ば強引な態度もやはりプライドを持った職人気質の頑固者という一面が見られて、彼のキャラクターがリアリティをもって見えてくるようです。セカンドライフを充実させた中高年の星、時には聖人君子的に見られがちだけど、むしろ酸いも甘いも噛み分けた中高年だからこそ頑固さが際立つのかも。よく、性格的には厳格なパワハラモラハラ気質と言われますが、そんな人間臭さの部分にも触れていて、中々面白かったです。当時の身分制度にも楯突くというのは、感性的には現代人に近いものがあり当時としても革新的というか、厄介な変わり者ではあったのだろうなと。
だからこそ、あれだけのことを成し遂げられたのでしょうが。
文章は平易で読みやすく、さすが童門冬二だなと。
若かりし頃に歴史関係の著書をいくつか読んだ記憶があり、親しみやすい文章と、未熟な頭でも理解出来たために著者の名前はよく覚えていました。
そんな童門先生も最近鬼籍に入られてしまい、時代の流れを感じます。
#伊能忠敬
◆『六つの村を越えて髭をなびかせる者』 西條奈加 PHP研究所 2022年
著名な時代作家さんが書かれる最上徳内の小説です。中々取り上げられることのない人物を書いて下さるのはとても嬉しいです。作者の方、北海道出身だったのですね。
この作品では主に、徳内が蝦夷地探索中に同行させたアイヌの少年フリゥーエンやアッケシの長イコトイら、また上司青島俊蔵らとの交流に焦点を当てています。クナシリ・メナシの戦いについても描かれますが、あくまで徳内の足跡と視点に沿っているため、乱の凄惨さ(目の当たりにはしていない)よりも、松前藩の差配の欠陥による飛騨屋商人の横暴と、それによりアイヌたちが置かれた不幸な境遇に心を痛める様子が重点的に書かれています。
かなりの松前憎しで物語は展開していきます(まあそうなるでしょうが)。実際当時の松前の場所請負制等のアイヌ政策には色々思うところはありますが、一応注意したいのは、徳内はあくまでも幕府側の人間であり(後の時代の松浦武四郎などに関してもですが)、幕府側にも良かれ悪しかれ思惑あっての蝦夷地政策ではあったということを念頭に置く必要はあるかと思います。その辺りは当書の最後の方でも、幕府側の自分(徳内)たちが動くことが本当にアイヌのためになるのか、和語を覚えさせ農業を奨励することが、結局は彼ら独自の文化を捨てさせることになり和人寄りの同化政策になってしまうのではないかと思い悩む様も書かれていたりします。これは作者本人の煩悶でもあるのでしょうし、北海道の歴史を齧った者(和人)なら必ず突き当たる悩みなのではないでしょうか。そのようなのっぴきならない想いは、当時懸命に探索に回り当事者に触れた末端の役人にもあったのだろうと思います。
(個人的にも昨今の開き直るような歴史修正(改竄)主義の同化政策正当化や、特にマイノリティ側がマジョリティ側に寄せる発言を聞くやいなやマジョリティ側がそれに甘えて正当化する風潮には疑問を持っています)
特に田沼から松平へ変わる幕府政治に翻弄された結果の青島俊蔵の末路は、何度関連書籍を読んでも辛いものがあります。主要人物との交流と心情をきっちり表現されている中、特に青島と徳内との関係性が、理想的な上司と部下の温かみのあるものに描かれているので、尚更です(『風雲児たち』の仲良しこよし関係を彷彿とさせる)。情のある者が理不尽に追いやられるのは、今の世も変わらないような気がします。
現地に赴くことで血の通った声が聞けるものの、どこまで情をかけるべきなのかという匙加減、またある意味では間者として見られるという意識の狭間でどう動くべきかというスリリングな展開も見られます。
当書に書かれているのは蝦夷地渡海3回目までで、実際はこの先も徳内の北方探索はまだまだ続くのですが、この人物を物語として切り取って編集、構成するには功績が多すぎてやはり難しそうです。エピソードが度々前後したりと進行を把握するのに少々手間取ることがありましたが、それぞれの人物がいい味を出していて良かったです。イタクニップやフルウ、イコトイ、ツキノエ、シラヌカの馬吉さん、上役の山口鉄五郎、音羽塾の鈴木彦助、小人目付の常磐屋笠原などなど、また松前藩の浅利も小憎たらしい悪人として味わい深かった(笑)キャラ立ちしている人物とのやりとりはやはり面白く読み進めることが出来ました。
そして徳内の容貌を「里芋に黒豆を張りつけたような」というのには妙に納得してしまいました。肖像画もそうですがやはり『風雲児たち』が目に浮かぶ…
#最上徳内 #アイヌ
著名な時代作家さんが書かれる最上徳内の小説です。中々取り上げられることのない人物を書いて下さるのはとても嬉しいです。作者の方、北海道出身だったのですね。
この作品では主に、徳内が蝦夷地探索中に同行させたアイヌの少年フリゥーエンやアッケシの長イコトイら、また上司青島俊蔵らとの交流に焦点を当てています。クナシリ・メナシの戦いについても描かれますが、あくまで徳内の足跡と視点に沿っているため、乱の凄惨さ(目の当たりにはしていない)よりも、松前藩の差配の欠陥による飛騨屋商人の横暴と、それによりアイヌたちが置かれた不幸な境遇に心を痛める様子が重点的に書かれています。
かなりの松前憎しで物語は展開していきます(まあそうなるでしょうが)。実際当時の松前の場所請負制等のアイヌ政策には色々思うところはありますが、一応注意したいのは、徳内はあくまでも幕府側の人間であり(後の時代の松浦武四郎などに関してもですが)、幕府側にも良かれ悪しかれ思惑あっての蝦夷地政策ではあったということを念頭に置く必要はあるかと思います。その辺りは当書の最後の方でも、幕府側の自分(徳内)たちが動くことが本当にアイヌのためになるのか、和語を覚えさせ農業を奨励することが、結局は彼ら独自の文化を捨てさせることになり和人寄りの同化政策になってしまうのではないかと思い悩む様も書かれていたりします。これは作者本人の煩悶でもあるのでしょうし、北海道の歴史を齧った者(和人)なら必ず突き当たる悩みなのではないでしょうか。そのようなのっぴきならない想いは、当時懸命に探索に回り当事者に触れた末端の役人にもあったのだろうと思います。
(個人的にも昨今の開き直るような歴史修正(改竄)主義の同化政策正当化や、特にマイノリティ側がマジョリティ側に寄せる発言を聞くやいなやマジョリティ側がそれに甘えて正当化する風潮には疑問を持っています)
特に田沼から松平へ変わる幕府政治に翻弄された結果の青島俊蔵の末路は、何度関連書籍を読んでも辛いものがあります。主要人物との交流と心情をきっちり表現されている中、特に青島と徳内との関係性が、理想的な上司と部下の温かみのあるものに描かれているので、尚更です(『風雲児たち』の仲良しこよし関係を彷彿とさせる)。情のある者が理不尽に追いやられるのは、今の世も変わらないような気がします。
現地に赴くことで血の通った声が聞けるものの、どこまで情をかけるべきなのかという匙加減、またある意味では間者として見られるという意識の狭間でどう動くべきかというスリリングな展開も見られます。
当書に書かれているのは蝦夷地渡海3回目までで、実際はこの先も徳内の北方探索はまだまだ続くのですが、この人物を物語として切り取って編集、構成するには功績が多すぎてやはり難しそうです。エピソードが度々前後したりと進行を把握するのに少々手間取ることがありましたが、それぞれの人物がいい味を出していて良かったです。イタクニップやフルウ、イコトイ、ツキノエ、シラヌカの馬吉さん、上役の山口鉄五郎、音羽塾の鈴木彦助、小人目付の常磐屋笠原などなど、また松前藩の浅利も小憎たらしい悪人として味わい深かった(笑)キャラ立ちしている人物とのやりとりはやはり面白く読み進めることが出来ました。
そして徳内の容貌を「里芋に黒豆を張りつけたような」というのには妙に納得してしまいました。肖像画もそうですがやはり『風雲児たち』が目に浮かぶ…
#最上徳内 #アイヌ
◆『北冥の白虹(オーロラ)』 乾浩 新人物往来社 2003年
最上徳内の全生涯について描かれた小説です。とはいえ、やはり業績が豊富なので、晩年のシーボルトとの交流などは大まかに駆け足になってしまっていますが、9度の蝦夷地渡海をメインに、資料に基づいてみっちり描かれています。蝦夷地探査に関わった人物はこの時代にも沢山いて、まあ山のように役職や人名が出てきます。ある程度、ロシアの南下政策や寛政蝦夷蜂起(クナシリ・メナシの戦い)などの予備知識を入れておかないと、スムーズに読み進めることは難しいかもしれませんが、巻末に参考資料一覧があり、淡々とした史実の記録の中にも冒険譚的に人物を活写しようという意欲が感じられる作品になっています。
とても唸らされたのは、近藤重蔵に対する心情なのですが、役目に燃えるあまり脱落した部下を置いてさっさと先へ進んでしまう近藤はその傲慢さもあって周りからの評判が良くなかったものの、徳内にはそのような悪口を叩く部下たちの意識が低く見え、むしろ自分が近藤を支えなければとの意欲に燃えたというのがかなり印象的でした。松前藩の圧政に虐げられるアイヌたちには情を寄せる徳内でも、武士の身分に甘んじながら、理不尽とはいえ上役に不平不満を垂れる部下たちの姿は見苦しいものだったというのになるほどなと思ったら、その後の探索では自分の上役になる松平忠明とやりあったりと、おやおや?となる場面もあるのですが、一貫しているのは、アイヌに対する上役の対応の良し悪しの部分なのかなと。近藤は「大日本恵登呂府」の標柱に、和人のみならずアイヌ従者の名(和名に改名されてはいたが)も書き入れ、自分に付いてきた者は区別なく証人として取り上げたというのは近藤の業績の中でも有名な話です(もっとも、当初はアイヌ従者の間でも強引な近藤に不満を持っており、そこを徳内が近藤を取りなしつつ隊の調和を図っていたといわれている)。
ちなみに近藤に置いていかれた部下の一人が村上島之允なのですが、徳内の村上に対する同情の念もなるほどな、と思いました。絶対村上は近藤のことが嫌いだろうと思っている自分の次元が低く恥ずかしいです…(苦笑)考え改めるべきか
作者の近藤に対する思い入れが強いのか、好意的に書かれているのが興味深いのですが、同じ作者の小説で近藤を主人公にしたものがあり、以前読んで面白かったのでいずれ再読して紹介しようと思います。
北辺の択捉島やウルップ島の自然の豊かさに一個人として感激しつつも、ロシアや諸外国の手が伸びる前にいち早く開発するべきという役人としての使命感の狭間で懊悩する様子も度々描かれ、そうだよそういうことなんだよなと。資源開発と自然保護は相性がとことん悪い。
国か、人々の生活か、環境か…イジュヨとのエピソードにしろ、世の中の様々な課題が包括されている作品にも感じられました。
#最上徳内 #近藤重蔵
最上徳内の全生涯について描かれた小説です。とはいえ、やはり業績が豊富なので、晩年のシーボルトとの交流などは大まかに駆け足になってしまっていますが、9度の蝦夷地渡海をメインに、資料に基づいてみっちり描かれています。蝦夷地探査に関わった人物はこの時代にも沢山いて、まあ山のように役職や人名が出てきます。ある程度、ロシアの南下政策や寛政蝦夷蜂起(クナシリ・メナシの戦い)などの予備知識を入れておかないと、スムーズに読み進めることは難しいかもしれませんが、巻末に参考資料一覧があり、淡々とした史実の記録の中にも冒険譚的に人物を活写しようという意欲が感じられる作品になっています。
とても唸らされたのは、近藤重蔵に対する心情なのですが、役目に燃えるあまり脱落した部下を置いてさっさと先へ進んでしまう近藤はその傲慢さもあって周りからの評判が良くなかったものの、徳内にはそのような悪口を叩く部下たちの意識が低く見え、むしろ自分が近藤を支えなければとの意欲に燃えたというのがかなり印象的でした。松前藩の圧政に虐げられるアイヌたちには情を寄せる徳内でも、武士の身分に甘んじながら、理不尽とはいえ上役に不平不満を垂れる部下たちの姿は見苦しいものだったというのになるほどなと思ったら、その後の探索では自分の上役になる松平忠明とやりあったりと、おやおや?となる場面もあるのですが、一貫しているのは、アイヌに対する上役の対応の良し悪しの部分なのかなと。近藤は「大日本恵登呂府」の標柱に、和人のみならずアイヌ従者の名(和名に改名されてはいたが)も書き入れ、自分に付いてきた者は区別なく証人として取り上げたというのは近藤の業績の中でも有名な話です(もっとも、当初はアイヌ従者の間でも強引な近藤に不満を持っており、そこを徳内が近藤を取りなしつつ隊の調和を図っていたといわれている)。
ちなみに近藤に置いていかれた部下の一人が村上島之允なのですが、徳内の村上に対する同情の念もなるほどな、と思いました。絶対村上は近藤のことが嫌いだろうと思っている自分の次元が低く恥ずかしいです…(苦笑)考え改めるべきか
作者の近藤に対する思い入れが強いのか、好意的に書かれているのが興味深いのですが、同じ作者の小説で近藤を主人公にしたものがあり、以前読んで面白かったのでいずれ再読して紹介しようと思います。
北辺の択捉島やウルップ島の自然の豊かさに一個人として感激しつつも、ロシアや諸外国の手が伸びる前にいち早く開発するべきという役人としての使命感の狭間で懊悩する様子も度々描かれ、そうだよそういうことなんだよなと。資源開発と自然保護は相性がとことん悪い。
国か、人々の生活か、環境か…イジュヨとのエピソードにしろ、世の中の様々な課題が包括されている作品にも感じられました。
#最上徳内 #近藤重蔵
◆『国境の人 間宮林蔵』 髙橋大輔 草思社 2024年
これらは同じ著者の書籍ですが、後者の『国境の人〜』は前者の内容を改訂の上、その後2014年にTV番組の企画としてサハリン、間宮海峡への探索行などを追加収載したものになるため、ここでは2冊同時に取り上げることにします。もし間宮林蔵に興味があってこれから手にしたい場合は、後者のみでも十分なのですが、個人的に間宮にハマった決定打が吉村昭の小説>>22読了後に前者の『〜探検家一代』を読んだことだったので、こちらも一緒に紹介しておこうと思います。
前者は、著者が林蔵の樺太〜沿海州の探検の追体験のため、初回はサハリンへ、2度目は研究者などの伝手の協力を仰ぎ小型船でアムール川を下って満州仮府デレンの跡地を探索した記録をメインに、林蔵の故郷に伝わる彼の生い立ちから業績、シーボルト事件の火種となった彼自筆とされる樺太地図が収蔵されているオランダのライデンへも足を運んだりと、主に樺太探検と地図の行方を追跡した内容となっています。
こちらを初読したのは2015年頃と記憶しているので、かれこれ10年経ち後者の『国境の人〜』を読むことで再読の形になっているわけですが、当初読んだ時より著者の探索が本当に大変だったと感じられるのは、自分も年齢を経て生活の経験値がそれなりに上がったからかもしれません。
初回のサハリンでは、ホテルスタッフとの行き違いで鍵を渡されなかったために部屋に入れず、廊下で凍えながら一夜を明かしたりと、この時点で過酷な旅となっており、アムール川では船の燃料調達に難儀し漂流しかけるなど、こちらもハラハラする程の探検行は誰にでも出来ることではなく、またネット情報も今ほど手に入らなかったであろう中での手探り感も相まってとても興味深い紀行なのですが、林蔵の探検から2世紀経った今でも楽に安全に移動できる場所ではないのだということを思い知らされます。
また、ウィルタやニヴフ、ウリチ・ナナイなど各地の人々との交流もされていますが、最終章では林蔵にアイヌの妻子がいたところまで突き止め、その子孫の方々にも取材しています。当時の蝦夷地のアイヌを取り巻く状況を念頭に想像し、綴られた物語に切なくなりました。そのこともあり、林蔵の人間的な部分も知ることが出来たこの本には個人的に思い入れがあったりします。
吉村昭の小説では、アイヌ女性との交際は伝承として把握していたものの執筆当時は信憑性の点で採用しなかったとのことだったので、これが事実と解明されたことに驚きもしました。
後者の『国境の人〜』については、間宮の探検の目的や意義、晩年の海岸や島嶼巡見など隠密的任務のこともあり、また昨今ロシアのウクライナ侵攻などの世界情勢につき、再編にあたって「国境」というワードを抜きにしては語れないため、このようなタイトルとなったのではと思います。実際、前書きには前著には無かった、当時の日本の鎖国の状況と国境の概念が確立されていく過程と歴史が解説されています。そして島根まで赴き、林蔵が関わったとされる浜田藩の「竹島一件」についても調査されています。
前著の探検と調査の再掲に加え、その後2014年にサハリン西海岸を辿った間宮海峡(タタール海峡最狭部)までの探索については、現地で興味深いことを調査されており、最初に海峡を確認したとされる松田伝十郎が樺太西海岸のラッカで確認した「アムール川の河口」は本当にそれだったのか?という疑問を解消しています。
そもそも松田と間宮の探検以前から、現地民への聞き取りにより樺太と大陸との間の海峡の存在は知られていたことなので、巷で海峡の発見者は松田か間宮か論争を繰り広げてもいささかナンセンスなのかなと思います。
前著では未知の世界への探検家として、『国境の人〜』は隠密としての国防任務の要素を加え、同じ探検家の視点で間宮林蔵の全生涯の足跡を追った力作および労作といえるでしょう。著者ならではの動機や視点、また解釈が信頼性のあるものとなっており、紀行や探検モノに興味ある方にもよろしいのではないでしょうか。
ただ正直に言えば、この改訂出版の流れは、間宮の全生涯のように未知への探究心はいづれ最終的にはナワバリを死守することに集約され、個々の情熱は全て一国に尽きると感じてしまい、特に今の世界の情勢がそうさせるものではありますが何とも言えない気分もあります。
#間宮林蔵