◆『間宮林蔵・探検家一代』 髙橋大輔 中央公論新社 2008年 ◆『国境の人 間宮林蔵』 髙橋大輔 草思社 2024年 これらは同じ著者の書籍ですが、後者の『国境の人〜』は前者の内容を改訂の上、その後2014年にTV番組の企画としてサハリン、間宮海峡への探索行などを追加収載したものになるため、ここでは2冊同時に取り上げることにします。もし間宮林蔵に興味があってこれから手にしたい場合は、後者のみでも十分なのですが、個人的に間宮にハマった決定打が吉村昭の小説>>22読了後に前者の『〜探検家一代』を読んだことだったので、こちらも一緒に紹介しておこうと思います。 前者は、著者が林蔵の樺太〜沿海州の探検の追体験のため、初回はサハリンへ、2度目は研究者などの伝手の協力を仰ぎ小型船でアムール川を下って満州仮府デレンの跡地を探索した記録をメインに、林蔵の故郷に伝わる彼の生い立ちから業績、シーボルト事件の火種となった彼自筆とされる樺太地図が収蔵されているオランダのライデンへも足を運んだりと、主に樺太探検と地図の行方を追跡した内容となっています。 こちらを初読したのは2015年頃と記憶しているので、かれこれ10年経ち後者の『国境の人〜』を読むことで再読の形になっているわけですが、当初読んだ時より著者の探索が本当に大変だったと感じられるのは、自分も年齢を経て生活の経験値がそれなりに上がったからかもしれません。 初回のサハリンでは、ホテルスタッフとの行き違いで鍵を渡されなかったために部屋に入れず、廊下で凍えながら一夜を明かしたりと、この時点で過酷な旅となっており、アムール川では船の燃料調達に難儀し漂流しかけるなど、こちらもハラハラする程の探検行は誰にでも出来ることではなく、またネット情報も今ほど手に入らなかったであろう中での手探り感も相まってとても興味深い紀行なのですが、林蔵の探検から2世紀経った今でも楽に安全に移動できる場所ではないのだということを思い知らされます。 また、ウィルタやニヴフ、ウリチ・ナナイなど各地の人々との交流もされていますが、最終章では林蔵にアイヌの妻子がいたところまで突き止め、その子孫の方々にも取材しています。当時の蝦夷地のアイヌを取り巻く状況を念頭に想像し、綴られた物語に切なくなりました。そのこともあり、林蔵の人間的な部分も知ることが出来たこの本には個人的に思い入れがあったりします。 吉村昭の小説では、アイヌ女性との交際は伝承として把握していたものの執筆当時は信憑性の点で採用しなかったとのことだったので、これが事実と解明されたことに驚きもしました。 後者の『国境の人〜』については、間宮の探検の目的や意義、晩年の海岸や島嶼巡見など隠密的任務のこともあり、また昨今ロシアのウクライナ侵攻などの世界情勢につき、再編にあたって「国境」というワードを抜きにしては語れないため、このようなタイトルとなったのではと思います。実際、前書きには前著には無かった、当時の日本の鎖国の状況と国境の概念が確立されていく過程と歴史が解説されています。そして島根まで赴き、林蔵が関わったとされる浜田藩の「竹島一件」についても調査されています。 前著の探検と調査の再掲に加え、その後2014年にサハリン西海岸を辿った間宮海峡(タタール海峡最狭部)までの探索については、現地で興味深いことを調査されており、最初に海峡を確認したとされる松田伝十郎が樺太西海岸のラッカで確認した「アムール川の河口」は本当にそれだったのか?という疑問を解消しています。 そもそも松田と間宮の探検以前から、現地民への聞き取りにより樺太と大陸との間の海峡の存在は知られていたことなので、巷で海峡の発見者は松田か間宮か論争を繰り広げてもいささかナンセンスなのかなと思います。 前著では未知の世界への探検家として、『国境の人〜』は隠密としての国防任務の要素を加え、同じ探検家の視点で間宮林蔵の全生涯の足跡を追った力作および労作といえるでしょう。著者ならではの動機や視点、また解釈が信頼性のあるものとなっており、紀行や探検モノに興味ある方にもよろしいのではないでしょうか。 ただ正直に言えば、この改訂出版の流れは、間宮の全生涯のように未知への探究心はいづれ最終的にはナワバリを死守することに集約され、個々の情熱は全て一国に尽きると感じてしまい、特に今の世界の情勢がそうさせるものではありますが何とも言えない気分もあります。 #間宮林蔵 いいね ありがとうございます! 2026.3.12(Thu) 05:42:00 関連本
◆『国境の人 間宮林蔵』 髙橋大輔 草思社 2024年
これらは同じ著者の書籍ですが、後者の『国境の人〜』は前者の内容を改訂の上、その後2014年にTV番組の企画としてサハリン、間宮海峡への探索行などを追加収載したものになるため、ここでは2冊同時に取り上げることにします。もし間宮林蔵に興味があってこれから手にしたい場合は、後者のみでも十分なのですが、個人的に間宮にハマった決定打が吉村昭の小説>>22読了後に前者の『〜探検家一代』を読んだことだったので、こちらも一緒に紹介しておこうと思います。
前者は、著者が林蔵の樺太〜沿海州の探検の追体験のため、初回はサハリンへ、2度目は研究者などの伝手の協力を仰ぎ小型船でアムール川を下って満州仮府デレンの跡地を探索した記録をメインに、林蔵の故郷に伝わる彼の生い立ちから業績、シーボルト事件の火種となった彼自筆とされる樺太地図が収蔵されているオランダのライデンへも足を運んだりと、主に樺太探検と地図の行方を追跡した内容となっています。
こちらを初読したのは2015年頃と記憶しているので、かれこれ10年経ち後者の『国境の人〜』を読むことで再読の形になっているわけですが、当初読んだ時より著者の探索が本当に大変だったと感じられるのは、自分も年齢を経て生活の経験値がそれなりに上がったからかもしれません。
初回のサハリンでは、ホテルスタッフとの行き違いで鍵を渡されなかったために部屋に入れず、廊下で凍えながら一夜を明かしたりと、この時点で過酷な旅となっており、アムール川では船の燃料調達に難儀し漂流しかけるなど、こちらもハラハラする程の探検行は誰にでも出来ることではなく、またネット情報も今ほど手に入らなかったであろう中での手探り感も相まってとても興味深い紀行なのですが、林蔵の探検から2世紀経った今でも楽に安全に移動できる場所ではないのだということを思い知らされます。
また、ウィルタやニヴフ、ウリチ・ナナイなど各地の人々との交流もされていますが、最終章では林蔵にアイヌの妻子がいたところまで突き止め、その子孫の方々にも取材しています。当時の蝦夷地のアイヌを取り巻く状況を念頭に想像し、綴られた物語に切なくなりました。そのこともあり、林蔵の人間的な部分も知ることが出来たこの本には個人的に思い入れがあったりします。
吉村昭の小説では、アイヌ女性との交際は伝承として把握していたものの執筆当時は信憑性の点で採用しなかったとのことだったので、これが事実と解明されたことに驚きもしました。
後者の『国境の人〜』については、間宮の探検の目的や意義、晩年の海岸や島嶼巡見など隠密的任務のこともあり、また昨今ロシアのウクライナ侵攻などの世界情勢につき、再編にあたって「国境」というワードを抜きにしては語れないため、このようなタイトルとなったのではと思います。実際、前書きには前著には無かった、当時の日本の鎖国の状況と国境の概念が確立されていく過程と歴史が解説されています。そして島根まで赴き、林蔵が関わったとされる浜田藩の「竹島一件」についても調査されています。
前著の探検と調査の再掲に加え、その後2014年にサハリン西海岸を辿った間宮海峡(タタール海峡最狭部)までの探索については、現地で興味深いことを調査されており、最初に海峡を確認したとされる松田伝十郎が樺太西海岸のラッカで確認した「アムール川の河口」は本当にそれだったのか?という疑問を解消しています。
そもそも松田と間宮の探検以前から、現地民への聞き取りにより樺太と大陸との間の海峡の存在は知られていたことなので、巷で海峡の発見者は松田か間宮か論争を繰り広げてもいささかナンセンスなのかなと思います。
前著では未知の世界への探検家として、『国境の人〜』は隠密としての国防任務の要素を加え、同じ探検家の視点で間宮林蔵の全生涯の足跡を追った力作および労作といえるでしょう。著者ならではの動機や視点、また解釈が信頼性のあるものとなっており、紀行や探検モノに興味ある方にもよろしいのではないでしょうか。
ただ正直に言えば、この改訂出版の流れは、間宮の全生涯のように未知への探究心はいづれ最終的にはナワバリを死守することに集約され、個々の情熱は全て一国に尽きると感じてしまい、特に今の世界の情勢がそうさせるものではありますが何とも言えない気分もあります。
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