タグ「湧水」を含む投稿[6件]
オタモイ遊園地跡と唐門
オタモイ遊園地跡と唐門
2008年の訪問記である。
訪問したこと自体はよく覚えてはいるのだが、何がきっかけで知ったのかはもう覚えていない。ジブリ映画『千と千尋の神隠し』の舞台のモデルでは?ということで話題に上がっていたからだろうか。
当時の小樽の「かま栄」のサイトに、オタモイの往年の写真や来歴が紹介されていて、俄然行ってみたくなったことは覚えている。
※現在はサイトリニューアルなどで既にその記事は無くなっている。
その昔、とある料亭の店主が、「何も無い」といわれた小樽に客を呼び寄せたいと、オタモイ海岸の風光明媚であることを知り、出資の助けも得て一心発起で海岸の断崖上に豪華な宴会場や食堂などの御殿を建設し、一躍観光の目玉となり栄えた場所の跡地である。小樽の街外れ、国定公園に指定されているオタモイ園地に位置する。
ここから海岸近くへ下りていく。
現在地からは幅員の狭い強烈なヘアピンカーブを下っていく。おそらくこの看板は現存しないと思われるが、崖上の唐門の遊歩道も描かれており、遊園地が廃業後もオタモイ地蔵尊への参道として使われていたのだろう。
カーブ部分が赤く塗られているのは、一時通行止めだったこともあるのだろうか。
このカーブが、車両も通行は出来るのだがとにかく狭く、対向車とギリギリ離合出来るかという幅だった。
訪問当時は友人が同行していたのだが、「こんなところでパトカーに出くわしたら怖いねー」などと冗談交じりに話していたら、そのパトカーが前方に現れて凍りついた記憶がある。
特に止められたりすることもなくそのまま徐行で行き違い過ぎ去ったが、常に巡回していたのだろうか。
この頃から立入禁止となってはいたが、そんなこともあり、突破して遊歩道を進む気分にはなれず、無難に遠くから眺めるに留めてしまった。
多分この当時でも参道として使われてはいたと思うが、今思うと勿体ないことをした。
カーブを下りきったところは開けており、何台か休憩中のクルマが駐車していた。そこから眺めた海。曇り空だったのが残念だ。
この看板は今はリニューアルされ現存しない。[当代一を誇った夢の里、
オタモイ遊園地跡]
〈オタモイ〉
地名は、アイヌ語のオタモイ(砂の入り江の意)に由来する。
現在、小樽唯一のカタカナ表示の町名。
オタモイ海岸は、市の北部にあり、高島岬から塩谷湾までの約10kmに及ぶ海岸の一部で、付近には赤岩山(371m)など標高200m前後の急峻な崖と奇岩が連なっている。一帯は昭和38年ニセコ積丹小樽海岸国定公園に指定され、祝津・赤岩海岸とともに雄大な景観を誇り、訪れる人々を魅了している。
かつて、この景勝地に大リゾート基地が存在した。昭和初期、隆盛を誇った割烹「蛇の目」(花園1)の店主加藤秋太郎は小樽には見所がないという知人の言葉に奮起し、名所探勝の日々にあけくれる。そして、ついに、古来白蛇の谷と呼ばれたこの地を探し当て、昭和11年「夢の里オタモイ遊園地」を完成させた。
その規模は当代一を誇り、ブランコ、すべり台、相撲場等の遊園施設のほか、龍宮閣や辨天食堂といった宴会場や食堂を設けた。特に京都の清水寺を凌ぐといわれた龍宮閣は、切り立った岩と紺碧の海に囲まれ、まるで龍宮城のお伽の世界のようだったという。
最盛期には一日数千人の人々で賑わったこの施設も戦争が始まると贅沢とみなされ客足が遠のき、戦後、これからという昭和27年5月営業再開を目前に控えながら焼失した。
現在、遊園地の跡を偲ばせるものは断崖の上に残った龍宮閣の礎石と遊歩道トンネルの部分だけである。
また、オタモイには神威岬(積丹半島)が女人禁制の頃の悲恋にまつわる子授け地蔵尊の伝説があり、今でも多くの人々に信仰されている。
看板によると、現在地のこの駐車スペースに辨天食堂があったらしい。
リニューアルされた看板では説明文は少々簡略化され、地蔵尊については触れられていない。
この道を辿れば、あの唐門のトンネルへ繋がる。
唐門の奥にうっすら見える赤い柵、あれが龍宮閣のあった断崖になる。入り江に張り出すような崖の上に造られたそうだ。その更に先に、オタモイ地蔵尊の社があるが、守り人の方が近年亡くなられたことで堂の存続、また移設かの間で揺れているらしい。そのような中、昨年は例大祭も行われたという情報もある。
歴史的には遊園地よりも古い由来を持つ場所になるようだ。
道は整備されておらず、普通の遊歩道を想定して行くと進むのが躊躇われるような道だ。
道の脇に中華風の階段と欄干が残されている。階段は藪に埋もれてかろうじてわかる程度だが、これを発見しただけでも心が躍った。最近某有名企業がここオタモイを観光地として再開発する計画が浮上したが、やはりなと思っていた通り、資金面で開発中止となった。
現代の安全基準では、崩落が続く海岸の開発と維持には膨大な費用がかかるだろうと思われる。それだけの費用対効果が見込めなければ早々に放棄することになる。テーマパークも余程世界観がしっかり作り込まれていなければ、客の入りは一見で終わってしまう。
とはいえ、本当に現役当時のオタモイの賑わいとあの遊歩道が再現されたなら、ぜひ足を運んでみたかったとは思う。
いや、それとも昔の賑わいは昔のものとして、幻としておく方が良いのかもしれないが。
開業時から降雪や地滑りの事故はあったようだが、衰退の一因に戦争があるのが、なんとも言えない虚しさを覚える(直接の原因は失火)。
駐車スペースの片隅に湧き水があった。
クルマでヘアピンを戻り、道の脇に階段が延びていたので辿ってみる。
赤岩山を経由して、水族館方面へ抜ける遊歩道が延びる。興味はあるが、長距離を歩く準備はしていなかったのでパスした。
目的はこちらなので、上っていく。
街を見下ろせる高台に、あの唐門が設置されていた。
元々海岸の入口に建立されていたもので、こちらに移設されたものらしい。
ここから見えたのは海か崖か、はたまたお伽の世界だったのか。
色剥げがあるが、概ねまだ綺麗な方だと思う。移設時に修復されたのかもしれない。
街を望む。何事もなく現実の世界に戻れそうだ。畳む
#廃 #古建築 #海 #遊歩道 #湧水
三階滝公園と甘露法水
三階滝公園と甘露法水
伊達市大滝区(旧大滝村)にある定番の観光地、三階滝。観光バスも立ち寄る有名どころで、特にアウトドアの準備を要せず気軽に散策路の橋の上から見ることの出来る滝である。落差10m程度と小規模だが、すぐ近くで見られるため人気のスポットだ。
滝の形は特徴的で、三段形状の滝は各地にあれど、写真などで滝の姿を見れば大体この三階滝とわかるような形だと思う。
筆者にとっては近郊のスポットのため以前から馴染みの深い場所だが、ちゃんと撮影したのは2006年が初めてだった。
当時は画素数の荒い携帯電話のカメラ(写メなどとも呼ばれていたが、これは登録商標である)も使用していたが、コンデジも持ち始めたのがこの時期だったため、何処でも目にした景色をすべて写真に収めたいくらい外出や撮影に夢中だった。従来のフィルムカメラだと現像に出さなければならなかったが、その必要がないデジタルカメラはやはり画期的で魅力的だったのだ。
▼2006年9月

三階滝公園。滝はよく知っているが公園部分をじっくり見たことがなかったため、大きな池や水路、散策路も整備されていたのは初めて知った。覚えていなかったというべきか。
池の水は水路を経て、三階滝川へ注ぐ。川の名が滝の名由来とは、なんとも珍妙な感じがする。地名も元は徳舜瞥(とくしゅんべつ)村だったが、三階滝があることから大滝村と改称したのだとか。この川を下れば滝になるが、駐車場側へ戻って展望スペースとなっている橋の方へ進む。

こちらが三階滝。橋から見えるのは2段目までで、3段目は橋の陰になり見えづらい。二股に分かれたりと流れが特徴的。水量も多く飛沫も浴びれる勢いだ。


紅葉の季節だととても美しいのだろう。
橋を渡りきっても道は続くが、こちらは旧道の名残だ。昔は橋も車で渡れて、国道まで繋がっていたらしい。この当時には既に駐車場から奥は車両通行止めで、歩行者専用道路となっていた。
旧道を少し歩いてみたら、滝より下流の流れを望める場所があったが…
路肩が崩れており、道の先はバリケードで塞がれていた。徒歩でも危なそうなので引き返す。
途中にあった「甘露法水」の湧水場。ご利益もありそうだが人が多く、待機列を作っていたためこの時は横目に通り過ぎた。


橋の上から、下流側。
橋の下は、ゴツゴツとした岩の渓流となっている。それなりに高さもあって険しい地形だ。観光地整備がなければ、それなりに秘境だったのではないだろうか。
▼2008年4月
近くを通りがかったため寄ってみたが、午前9時頃だったのとまだオフシーズンだったのか、他に人の姿は無かった。これが滝見の橋。駐車場側に向かって、滝は左側になる。
時期的に草木が邪魔しなかったからか、フレームにまとまった形で撮れた。川上から、3段目まで綺麗に収まっているのではないだろうか。
春先とはいえ、まだ寒々しい雰囲気だった。これから新緑の季節を迎える。▼2013年8月
別の場所に行った帰りに見た虹。こんな綺麗なアーチは滅多に見ない。外側にもうっすら副虹が見える。くっきり見える方は主虹というらしい。
近くまで来たので、寄ってみた。とはいっても夕方17時を回っていたのと、雨模様だったためかまたもや他に人がいない。駐車場も空っぽだった。観光シーズンの夏場で有名どころでも、時間帯と天候でこんなに違うのか…
展望スペースを独り占め。
この頃にはデジタル一眼を入手していたため、絞り調整でこんな写真も撮れた(流水の表現)。
色んな場所で持て囃されているマイナスイオン。結局科学的根拠はあったのだろうか。普通に、水飛沫を浴びると納涼的に気持ちがいい、で良いと思うのだ…


無人の甘露法水。いつも水汲みの人で賑わっていたがこの時はそれすらも無かった。ので、この機会にちょこっといただいてみるが、冷たくてまろやかさがあった。このまろやかさが甘味を感じさせるのだろうか。「三八〇米余の金脈から流出し」とある。昭和13年、三階滝に徳竜金山が操業開始しているが、甘露法水のこの洞窟は形状からして金山の坑道だったのだろう。
現在、飲用する場合は煮沸するようにとの注意看板がある。エキノコックス症などのリスクは北海道民なら承知の上、自己責任で汲んでいるとは思うが、オーバーツーリズムの問題もあるこんにち仕方のないことなのかもしれない。実際煮沸するとなるとその場で飲みたい人はもちろん、大量に汲む場合も手間が余分にかかるのでここまで来る意味は薄れそうだ。
その場で飲むなら浄水器も役立つらしいが、よほどの湧水マニアでもない限り、それだけの手間と費用をかけるかどうか。




夕闇も押し迫ってきた。この時間帯はやはり山間部では"逢魔が時"だ。そろそろここを離れよう。

燃える夕闇の色。恐ろしくも美しい。畳む
#公園 #滝 #河川 #湧水 #鉱山
御前水の湧水
御前水の湧水
鹿肉缶詰製造所跡>>41から更に東へ50m程行くと、明治天皇行幸の際に供したと言われる湧水がある。
こちらも2009年に訪れたものである。
明治天皇行幸記念碑(御前水)の由緒
所在地 苫小牧市字美沢
所有者 苫小牧市
この史跡は明治14年9月3日 明治天皇行幸の際、御小休された箇所で往時、千歳、勇払の境をなす丘陵の道路に沿し湧水あり、良水なるをもって御膳に供され、尓後”御前水”と呼称されている。御巡幸当時は附近住民も開拓入地日浅く土着の基礎も不安定のため移転、離村する者後を絶たず聖跡も荒廃の一途を辿っていたが昭和4年6月、町費をもって記念碑を建て史跡として永遠に保護することとなった。碑文は北海道帝国大学総長男爵佐藤昌介博士の筆になる。
昭和47年8月1日
苫小牧市教育委員会
こちらの看板もリニューアルされ、現存しない。
新しい看板の方には、明治天皇行幸の行程が記されており興味深い。
開拓使10ヵ年計画が明治15年に終了するに伴い、ときの開拓使長官黒田清隆が明治天皇に視察を陳情し、北海道への行幸が行われた。
明治14年8月30日に小樽へ上陸、幌内鉄道で札幌へ向かい、開拓使庁(現・道庁)や農学校(現・北海道大学)を視察し、9月2日に千歳で一泊のち美々の缶詰製造所で休止、その際にここの井戸水が御膳に供されたとのこと。
その後はウトナイ、一本松、矢代町(旧樽前山神社があった)、宮前町で休止されたのち夕方には白老に発たれている。
これらは苫小牧市のホームページにも記載されている。
明治天皇行幸跡
昭和に入ってから建てられた碑。行幸から日が経って明治17年に缶詰工場が廃止されてからは人の流出も激しかっただろうと思われ、顧みられることもなかったのかもしれない。
もっとも、建立当時は皇民化教育が活発だった時代ということもあり、皇室顕彰の一環として縁のあった地を保存する向きになったのだろうと思う。
元々は井戸だったという。地面から滲み出すように水が湛えられている。
水草も繁茂している。透明度のある綺麗な水だが、現在は飲料水としては適さない水質らしく、飲用禁止の注意書きがある。
道路脇にぽつんと水場がある様は少し不思議な感じがするが、ここに人の営みがあった証でもある。畳む
#碑 #湧水
有珠の沢の湧水
有珠の沢の湧水
苫小牧の有珠川上流奥地にある湧水で、以前から有名な場所らしい。
初探訪は2009年、ちょうどここの元ブログを始めた年に、コメントを頂いていた方から教えていただき、訪れてみた。
住宅地から林道を約2km程進んだ先の個人の私有地にあるが、ご厚意で自由に水を汲めるように整備されている。初訪時は先客がおり、4lペットボトル数本に汲み入れているところだった。それなりに知られているようだ。筆者は汲みに来たというよりも、どのような場所かを知りたかっただけだったため、軽く手で掬って飲むに止めたが、ひんやりと冷たく、染み渡るような美味しさだった。
飲用出来るくらいなので水質はお墨付きらしいが、飲水や持ち帰った後の処置については自己責任である。
2012年に再訪した時は、500mlのペットボトルを用意して汲み、その足で樽前山へ登山に行き、乾いた喉をこの水で潤した。湧き水の地産地消である。
普通北海道ではエキノコックスの問題もあるため、このような贅沢は中々出来ない。
ここに上げる写真はその2012年時のものである。
現地までの道端に、小さな鳥居が点在していた。何かが祀られているのだろうか。あるいは不法投棄避けだろうか。
少し開けた場所に駐車スペースが数台分あり、汲み場へ降りる階段が設置されている。
汲み口は3ヶ所ある。
湧き水は有珠川へ流れていく。川霧が立ち込める幽玄な雰囲気だ。
水の流れる景色はずっと見ていられる。夏場だと恰好の涼み処である。
「不法投棄は犯罪です!!」この辺りは比較的目立つゴミもなく、綺麗な方だった。
整列する植林の様子。
帰り道すがら、少し下流側にほとりに出られる場所がある。奥に見えるのは高速道路の高架。
思えば、2009年に来た時も同じくここに立ち寄った。静かで水が綺麗で、ずっと居たい場所だった。畳む
#河川 #湧水
社台川の源流へ
社台川の源流へ子供の頃、馴染みの最寄りの川がどこから流れてくるのか、その源流を辿ってみたい衝動に駆られたことがあった。
一度、友人とそんな話をして盛り上がり、夏休みか休日に遠足よろしく途中で食べるおやつを買い出して、辿ってみようとしたのだが、幸か不幸かおしゃべりに夢中になりさほど歩きもせず、いつも遊んでいた周辺から離れず終わってしまった。今思えばまあそれで良かったと思えるエピソードだが。
最近それを思い出し、その川の源流は結局どこにあるのかと調べてみると、数十年越しながらもあっけなく解決した。行けなくもない場所にあるようで、今度機会があれば行ってみようと思う。
このように川の源流は身近な未知のスポットだが、当該の川とは違うものの、ここでそれを訪れることになるとはあまり考えてはいなかった。
前回>>91の続き、社台滝の上から川の方に向かってみる。2007年の記録である。
岸に足の踏み場はなく、川に入って進むしかなさそうだ。試しに裸足で浸かってみたが、信じられないほど水温が冷たく、数秒で足が痛くなった。
慌てて岸に上がったが、これは湧き出たばかりの水で日もあまり照らない場所だからなのだろうか。深さは無いものの川底もはっきりと見える透明度。汚染のない綺麗な水なのだろう。
靴のまま進むことも考えたが、川底は苔で滑りやすいとも聞いたので、落ち口まで進むのは断念した。
右に少し写っているのは同行者の手で、怪奇現象ではない。
岩の隙間の奥まった場所から湧き出ているのだろう。このあたりの岩は溶結凝灰岩といい、火山噴火の噴出物で形成されている。形成されたのは数万年前といい、地形的には大きな変化もなく在り続けているようだ。
一枚岩の水底が大理石のような光沢になっている。ところどころに穴が開いているが、これは岩から小さな滝となって流れ落ちていた時の滝壺なのだという。その小滝は今でも見られるといわれていたが、訪問当時は見られなかった。
この穴、見るからに深そうだったので、恐る恐る近づき、その辺にあった長い木の枝を差し込んでみたら軽く丸ごと浸かってしまった。背丈くらいの長さだったので、2m以上はある深いもののようだ。
この当時はクルマで来れたが、今はどうなっているかはわからない。
クマ出没の危険と、携帯の電波はほぼ圏外、数十kmのダートなど、滝上でもそれなりに難易度の高い場所になる。
そして低速でダートを長距離というのは、かなり神経を使う。復路も幸い無事に戻れ、満足感もあったがこの一件で疲れ果ててしまい短期間に何度も行く気にはなれなかった。
以来、滝の落ち口へのリベンジは果たせずにいるが、なんとこの数年後には滝の下を訪れることが出来た。
その時の記録はまた後日更新しようと思う。
畳む
社台滝の上に戻る
#河川 #湧水