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地球岬とチキウ岬灯台
地球岬とチキウ岬灯台
室蘭の代表的な景勝地である。
個人的に室蘭は母方の故郷なので、幼少時から何度も訪れていて馴染みのある街だが、意外と岬にはちゃんと訪れたことがなかった。
記憶もおぼろげな頃にはイタンキ浜に連れて行ってもらったことがあるらしいのだが。
高校時代に部活の行事のついでに連れてきてもらったのが、自分にとっては地球岬の最初である。
母にとっては、結婚前に訪れて以来ご無沙汰だったということで。
2009年、墓参の帰り道に母を連れて寄った時の記録になる。
▼2009年8月
クルマで訪れたが、岬周辺の道の脇のアジサイが満開でとても綺麗だった。
ハンドルを握っていたのが自分だったため、写真に収められなかったのは残念だ。
そう、本当に美しい風景ほど写真には撮れない、撮る猶予を与えてはくれないのだ。
弧を描く水平線。地球の雄大さを感じられるから地球岬…と言っても信じてもらえそうな景色だ。
大分年季が入ってしまった案内板。今はさすがにリニューアルされている。運が良ければクジラやイルカの姿も見られるらしい。
名前の由来は、アイヌ語「ポロ・チケㇷ゚」(大きい/親・断崖)からチケㇷ゚の部分がチキウなどに転訛し「地球」の字を当てたとされる。ちなみに岬の名前は「地球岬」だが、灯台の名前は「チキウ岬灯台」になるらしい。
灯台は普段は立入禁止だが、毎年海の日などに一般公開も行われているようだ。
盆時ということもあってか、中々の賑わいだった。展望台に上る。
吸い込まれそうな感覚に陥る。
見える海も雄大なら、この急峻な陸地も中々のものだ。
測量山を望む。
坂の街というのがよくわかる。親戚の家も急坂の地区にあり、冬場に訪れた時はクルマでも難儀したことを思い出す。上りの途中で止まってしまうとスリップして上れなくなるかもしれない恐怖との戦いだった。
まさしくポロ・チケㇷ゚なのである。
眺めの良い景勝地なら割と見かける「幸福の鐘」。カップル向けなのだろうが、鳴らしたかどうかがもう記憶にない。ここで母を撮った写真が出てきたので一緒に鳴らしたのかも。
その写真は家族の思い出としてしまっておこう。



先程の看板と、灯台へのアプローチ。こういう小路は大好物だ。封鎖されていなければとりあえず辿ってみたくなる。
とても綺麗な灯台だと思う。大正時代に造られたのだとか。
どの角度から撮っても画になる、佳い景色だ。
駐車場から一段上にある地球の電話ボックス。今では電話ボックスは無くなって、外側の地球オブジェだけになっているようだ。時代の流れを感じる。
こちらは地球岬名物「炎の毒まんじゅう」。土産物屋の前を通りがかった時に若干気になりつつも通り過ぎたが、帰り際に母が購入していて爆笑した。
まんじゅう版ロシアンルーレットといったところで、6個のこしあん饅頭の中に1個だけ、唐辛子入りが紛れている。
何故ここでこれなのか、岬と関連はなさそうだが、かれこれこの後も長らく販売しており、訪れる客に愛されたヒット商品だったようだ。正真正銘ここでしか購入できない名物だったそうで。
2020年に、販売していた土産物店が閉店したため今では購入は叶わない。
帰宅後家族でいただいたが、毒は見事に筆者が引き当てたそうな…(辛くも美味しくいただいた)
▼2015年8月
しばらくぶりに、こちら方面をドライブしたときに立ち寄った。今度は単独だったが、また8月。夏に来たくなる場所ではある。
カメラを新調してからは初なので、撮り方など試行錯誤していたかもしれない。

生憎の曇りと、霧がかかってしまってはいたが。

灯台と水平線は変わらず美しかった。畳む
#飲食 #海 #岬 #灯台
オタモイ遊園地跡と唐門
オタモイ遊園地跡と唐門
2008年の訪問記である。
訪問したこと自体はよく覚えてはいるのだが、何がきっかけで知ったのかはもう覚えていない。ジブリ映画『千と千尋の神隠し』の舞台のモデルでは?ということで話題に上がっていたからだろうか。
当時の小樽の「かま栄」のサイトに、オタモイの往年の写真や来歴が紹介されていて、俄然行ってみたくなったことは覚えている。
※現在はサイトリニューアルなどで既にその記事は無くなっている。
その昔、とある料亭の店主が、「何も無い」といわれた小樽に客を呼び寄せたいと、オタモイ海岸の風光明媚であることを知り、出資の助けも得て一心発起で海岸の断崖上に豪華な宴会場や食堂などの御殿を建設し、一躍観光の目玉となり栄えた場所の跡地である。小樽の街外れ、国定公園に指定されているオタモイ園地に位置する。
ここから海岸近くへ下りていく。
現在地からは幅員の狭い強烈なヘアピンカーブを下っていく。おそらくこの看板は現存しないと思われるが、崖上の唐門の遊歩道も描かれており、遊園地が廃業後もオタモイ地蔵尊への参道として使われていたのだろう。
カーブ部分が赤く塗られているのは、一時通行止めだったこともあるのだろうか。
このカーブが、車両も通行は出来るのだがとにかく狭く、対向車とギリギリ離合出来るかという幅だった。
訪問当時は友人が同行していたのだが、「こんなところでパトカーに出くわしたら怖いねー」などと冗談交じりに話していたら、そのパトカーが前方に現れて凍りついた記憶がある。
特に止められたりすることもなくそのまま徐行で行き違い過ぎ去ったが、常に巡回していたのだろうか。
この頃から立入禁止となってはいたが、そんなこともあり、突破して遊歩道を進む気分にはなれず、無難に遠くから眺めるに留めてしまった。
多分この当時でも参道として使われてはいたと思うが、今思うと勿体ないことをした。
カーブを下りきったところは開けており、何台か休憩中のクルマが駐車していた。そこから眺めた海。曇り空だったのが残念だ。
この看板は今はリニューアルされ現存しない。[当代一を誇った夢の里、
オタモイ遊園地跡]
〈オタモイ〉
地名は、アイヌ語のオタモイ(砂の入り江の意)に由来する。
現在、小樽唯一のカタカナ表示の町名。
オタモイ海岸は、市の北部にあり、高島岬から塩谷湾までの約10kmに及ぶ海岸の一部で、付近には赤岩山(371m)など標高200m前後の急峻な崖と奇岩が連なっている。一帯は昭和38年ニセコ積丹小樽海岸国定公園に指定され、祝津・赤岩海岸とともに雄大な景観を誇り、訪れる人々を魅了している。
かつて、この景勝地に大リゾート基地が存在した。昭和初期、隆盛を誇った割烹「蛇の目」(花園1)の店主加藤秋太郎は小樽には見所がないという知人の言葉に奮起し、名所探勝の日々にあけくれる。そして、ついに、古来白蛇の谷と呼ばれたこの地を探し当て、昭和11年「夢の里オタモイ遊園地」を完成させた。
その規模は当代一を誇り、ブランコ、すべり台、相撲場等の遊園施設のほか、龍宮閣や辨天食堂といった宴会場や食堂を設けた。特に京都の清水寺を凌ぐといわれた龍宮閣は、切り立った岩と紺碧の海に囲まれ、まるで龍宮城のお伽の世界のようだったという。
最盛期には一日数千人の人々で賑わったこの施設も戦争が始まると贅沢とみなされ客足が遠のき、戦後、これからという昭和27年5月営業再開を目前に控えながら焼失した。
現在、遊園地の跡を偲ばせるものは断崖の上に残った龍宮閣の礎石と遊歩道トンネルの部分だけである。
また、オタモイには神威岬(積丹半島)が女人禁制の頃の悲恋にまつわる子授け地蔵尊の伝説があり、今でも多くの人々に信仰されている。
看板によると、現在地のこの駐車スペースに辨天食堂があったらしい。
リニューアルされた看板では説明文は少々簡略化され、地蔵尊については触れられていない。
この道を辿れば、あの唐門のトンネルへ繋がる。
唐門の奥にうっすら見える赤い柵、あれが龍宮閣のあった断崖になる。入り江に張り出すような崖の上に造られたそうだ。その更に先に、オタモイ地蔵尊の社があるが、守り人の方が近年亡くなられたことで堂の存続、また移設かの間で揺れているらしい。そのような中、昨年は例大祭も行われたという情報もある。
歴史的には遊園地よりも古い由来を持つ場所になるようだ。
道は整備されておらず、普通の遊歩道を想定して行くと進むのが躊躇われるような道だ。
道の脇に中華風の階段と欄干が残されている。階段は藪に埋もれてかろうじてわかる程度だが、これを発見しただけでも心が躍った。最近某有名企業がここオタモイを観光地として再開発する計画が浮上したが、やはりなと思っていた通り、資金面で開発中止となった。
現代の安全基準では、崩落が続く海岸の開発と維持には膨大な費用がかかるだろうと思われる。それだけの費用対効果が見込めなければ早々に放棄することになる。テーマパークも余程世界観がしっかり作り込まれていなければ、客の入りは一見で終わってしまう。
とはいえ、本当に現役当時のオタモイの賑わいとあの遊歩道が再現されたなら、ぜひ足を運んでみたかったとは思う。
いや、それとも昔の賑わいは昔のものとして、幻としておく方が良いのかもしれないが。
開業時から降雪や地滑りの事故はあったようだが、衰退の一因に戦争があるのが、なんとも言えない虚しさを覚える(直接の原因は失火)。
駐車スペースの片隅に湧き水があった。
クルマでヘアピンを戻り、道の脇に階段が延びていたので辿ってみる。
赤岩山を経由して、水族館方面へ抜ける遊歩道が延びる。興味はあるが、長距離を歩く準備はしていなかったのでパスした。
目的はこちらなので、上っていく。
街を見下ろせる高台に、あの唐門が設置されていた。
元々海岸の入口に建立されていたもので、こちらに移設されたものらしい。
ここから見えたのは海か崖か、はたまたお伽の世界だったのか。
色剥げがあるが、概ねまだ綺麗な方だと思う。移設時に修復されたのかもしれない。
街を望む。何事もなく現実の世界に戻れそうだ。畳む
#廃 #古建築 #海 #遊歩道 #湧水
羅臼海岸の野湯
羅臼海岸の野湯
>>65フレペの滝を見たあと、いよいよ羅臼側へ。
昨晩から何度往復したのだろう、知床峠>>64を再度横断し、羅臼の海岸沿いを北上した。ひかりごけの洞窟を見たかったのだが、なんとなく走っていると見落としてスルーしてしまったため、それならこのまま果てまで走ろうと上の写真の位置まで来た。
相泊(あいどまり)という地区で、漁港を通り過ぎるとクルマが進める地点はここで終了。ここから先は浜辺に漁業関係の番屋や小屋が並ぶ。海岸トレッキングで徒歩で向かう人もいるらしい。
ウトロ側だとクルマで入れるスポットは、カムイワッカ湯の滝より先の知床大橋までだが(時期による)、緯度的にはこちらの方が北側、奥地となる。
橋を渡った地点でUターンし、来た道を戻る。以下2006年の記録である。
先程の相泊漁港の方向を眺める。
ここは相泊温泉の駐車スペース。温泉が何処にあるかというと…
浜に降りた下に、こんなブルーシートの囲いがある。この囲いの中に湯船があるらしい。一応男女の仕切りはあるようだが、海側からは見えてしまうようだ。
入浴するつもりはなかったので覗きに行くのも控えたが、浜辺に湧く露天風呂で、湯温は熱め。海が時化ると海水を被ったり玉砂利で湯船が埋まって使えなくなるため、地元漁師の方が常に整備・管理をしているとのこと。
無料で入浴できるが先の理由で入れないこともあり、入浴期間は夏季のみで限定的だと思われる。場合によっては囲いも無い本当の露天(野天)風呂となり、通行人に見られることになりそうだ。
元々地域住民のための温泉なので、利用するならそのつもりで臨む必要がある。
目の前が海なのに、直ぐ側では熱い湯が湧くとはなんとも不思議。
漁業関係の番屋や小屋、住宅が点在する。漁師町の色が濃く、自然環境と人の営みが融合した生々しさが感じられる。観光客に媚びない強さというか、ある意味これも自然の姿。どちらが良い悪いではないが、ウトロ側の、雄大で美しい自然を前面に出したイメージとは対照的で、大変興味深い。
しばらく進むと海岸に海とは違う質の水溜りが。これも温泉だろうか。
駐車スペースの外れには温泉の歌碑がある。
こちらも海辺の露天風呂。瀬石(セセキ)温泉である。地元漁師の方が管理している。
湯船は2つほどあるようだが、入浴できるのはこの右側のみのようだ。混浴温泉である。こちらも相泊と同様、熱い湯だが、満潮時には海水で埋まってしまう。ここは囲いが一切無いため、入浴の心理的ハードルは一気に上がる。しかし360°の海と陸、空とのパノラマの中の湯浴みは素晴らしいものだろうと思う。
無料となっているが個人所有の温泉のため、管理者に断った上、お気持ちを渡して入浴するのがよいだろう。
濱澤水産/瀬石温泉
『北の国から2002 遺言』のロケ地として使用されたことでも有名な温泉だ。
当時はこのような野趣あふれる温泉が大変めずらしく、全国的にも注目を浴びたものと思われる。
改めて、険しい地形だ。限られた平地に道と生活の場が開かれている。
向こうに国後島が見える。泊山になるのだろうか。遥かクナシリに白夜は明ける。左側にはオッカバケ漁港の灯台。
この辺りの代表的な海産物は昆布、鮭、ウニとのこと。
『熊の入った家』ネタではなく、本当のことである。40年ほど前にこの家にヒグマが侵入、家財や食料品を荒らされた。住人家族が就寝中だったがそれに気付き全員2階に避難、幸い死傷者はなかったが1時間ほど居座られ恐怖の時間を味あわされたという。現場には空になった酒の一升瓶が転がっており、クマがラッパ飲みしたのではと言われている。
隣に同名の民宿があり、許可を得れば家の内部を見学出来るそうだ。
本当に熊が入った家
上の写真は2006年時だが、今はこれより老朽しているかもしれない。
熊害事件は開拓時には三毛別事件などもあり多発していた印象だが、その後はワンゲル部事件の他は死傷事件はあまり聞かなかった。現在また頻発しており、しかも死亡事件が多い。東北地方では、比較的大人しいと言われていたツキノワグマですら、である。
椿事ではなくなりつつあるのがとても怖い。
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#海 #温泉
ウトロ夕陽台の湯と夕暮れ
ウトロ夕陽台の湯と夕暮れ
>>62知床五湖のあと、ちょうど夕暮れを見るのによい時間なのではないかと、あらかじめチェックしていたウトロの夕陽台展望台に向かおうとしたのだが、どうもキャンプ場の奥に位置するらしく、駐車場も無料なのか有料なのかがわからず、もしやキャンプ客しか行けない場所なのかと思い込み、諦めてしまった。今では図々しく停めて歩いていくところだが(実際キャンプ場入口には停めることが出来る)、当時は小心者ゆえ勝手のわからない場所に飛び込んでいくことが出来なかったのである。今では考えられないが…そんな2006年時の記録である。
ウトロ市街へ戻る途中のフレペの自然センター付近で見かけた。
毛並みの綺麗なエゾシカである。今や北海道内の方方を走り回れば嫌と言うほどシカには遭遇するので、一々止まって撮影することもないのだが。ただこのシカ、翌日にも同じ場所で見たので、観光客からの餌を期待してそこにいるのかなという感じだった。2022年から、国立公園や国定公園内でのヒグマへの接近や餌やりは、違法行為となっている。
他の野生動物に対しても、同様の行為は規制対象となるので、注意されたい。
上の写真はズームで撮ったものだが、それでも距離的には近い方かもしれない。
以前のこととはいえ、車内からの撮影も渋滞や事故を引き起こす原因になるので、走行に注意しつつ程々にしたいと思う。
上記のとおり、展望台を断念し、近くにあった夕陽台の湯で入浴することに決めた。
施設や浴場そのものは小さめだったが、早めの時間だったためか運良く浴室を独り占め出来た。露天も数名入れば満員という大きさだったが、夕陽、とまではいかずとも暮れかけの空を堪能出来た。木々が遮るので見晴らしが良いわけではないが、ウトロ港の海を望むことが出来る。
泉質は、ナトリウム-塩化物・炭酸水素塩泉(等張性弱アルカリ性高温泉)。
上がって浴室を出たところで、ポツポツとキャンプ客と思われる人が入ってきた。
やはりキャンプ客が多く利用する浴場らしい。
周辺で食事を取ろうとしたのだが、観光客御用達のお店はほとんどが19時には店じまいをしてしまい、出遅れてしまった。
当時はウトロ市街にはコンビニはなく、ここで途方に暮れることになる。
そして車中泊でと決めていたので、その駐車場所も決めなければならなかった。
今ではコンビニも道の駅もあり、とても便利になって有り難い一方、やはり自然遺産とは…というジレンマが湧く。
実に勝手なものだ。
ひとっ風呂浴びて気分も良くなったところで、とりあえず海沿いを走る。良い色に暮れてゆく。
こんな景色を見ることが出来たのだから、満足とするべきなのだ。そのまま成り行きで、知床峠を走り、翌日行くつもりだった羅臼側へ。そこでようやくコンビニを見つけ、車内で急ぎ食事を取るものの、当時は体調にすぐれないことが多く胃痛を覚えてしまった。そして駐車場所もかなり悩んだ記憶がある。羅臼の道の駅は駐車場もさほど広くないため満車状態、知床峠の駐車場も妙に落ち着かず、今思えばもっとも落ち着かないのではないかと思われる、峠羅臼側入口の湯の沢というパーキングに停めることにした。灯りもほぼ無いに等しく、設置されているトイレも衛生的にどうなのか。クマも出そうな雰囲気だった。
そして極めつけは道路を挟んだ向かいに、あの「知床観光ホテル」があった。昭和に建てられた老舗ホテルで、廃校のような外観だったため界隈では有名な場所だったが、2006年当時はまだ営業していたらしい。設備は老朽化していたが、安価で温泉は好評だったという。後年は観光玄人やライダー向けだったようだが、2010年に廃業し、今では更地になってしまった。翌朝明るくなってから気づいたくらい、ホテルの灯りも点いていたのかわからずまるで存在を感じられなかった。
そんなホテルのすぐ側で車中泊していたとは、今となっては少し勿体ない感じもするが、当時はまだ明確な廃墟趣味は無く、如何にもという場所に単独で泊まるのは無料か有料かわからない場所に入り込むよりももっと怖かった、のだろう。どう見ても不気味な外観ではあった。
そもそも当時は車中泊ビギナーで、就寝する時につけるべきカーテンやシェードなどの目隠しがなく、それが何処へ行っても落ち着かない原因だったのではと思う。何度でも言うが今では考えられない。
誰もがビギナーの時期はあったさと、恥ずかしながらも懐かしく思う。
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#温泉 #海
トッカリショ浜へ
トッカリショ浜へ地球岬>>86(2009年)に向かう途中の道で見た案内板に、逆方向に「トッカリショ」の文字を見つけて気になった。
母も同行だったのであちこちは寄れないだろうと思ったが、その母も気になっていたらしく、帰りに寄ってみようということになり立ち寄った。
好奇心が似た方向の者同士だと、こういう時は本当にありがたい。自分の家族に共通の趣味など無いと思っていたが、親子だと根本がやはり似るのだろうか。
室蘭出身の母でも知らなかった場所らしい。今ならクルマもありあちこち走れば気づいて寄れるが、生活範囲の行動だけだったり交通手段も限られれば、地元の人ほどその土地のことを知る機会も限られるのだと思う。
▼2009年8月
他六つは室蘭港の夜景、測量山の展望、大黒島、絵鞆岬、金屏風銀屏風、マスイチ浜、となるようだ。
現在の看板は「名勝ピㇼカノカ」として、アイヌ伝承や文化が色濃く残る景勝地に指定されたことなどが記されている。旧看板ではその伝承の内容が記されていたということになるだろうが、見比べてみると興味深い。
伝承は日食か月食のことかと思っていたが、改めて読んでみると、夜中に月とともに光り輝くとは、火球などの可能性もあるかもしれない。
※現看板については他者の写真からの概略に留め、筆者自身が撮影したものではないため文字起こしは控える。
トッカリショの地名を初めて見た時は、「どっこいしょ」っぽいなあなどとフザケていたが、トッカリがアザラシのことだと自分の中で定着するとなんのことはない、アザラシがたくさんいたのだなと自然に捉えられるようになった。言語に親しむとはこういうことなのだろうか。
奇岩が特徴的。カマボコを切り分けているような形。
奇岩の向こう、手前に見えるはクジラ半島、その奥に見えるもう一つのクジラっぽいものは鷲別岬らしい。
半島とは別にクジラ島というのもあるらしいが、この2ヶ所の間にあるもっと小さい岩場のようなものだそうだ。
クジラ島はなんとなく聞いたことがあったが、形からしてあの半島のことだと思っていた。
海外だともっと凄いものが見れそうだが、国内、しかも自分の近所にもこういう景色があることに感動した。
右側奥に見えるのがイタンキ浜になる。
▼2014年5月
前回は気づかなかったが、後日それを知り再訪して下りてみたいと思っていた。
先の展望スペース脇に分岐があり、クルマで下りられるためそこを辿って空きスペースに駐車し、下り階段を探し当てて下りてみる。
ここからでも浜を一望出来るが、下りられるなら下りてみようと思う。
尚、現在は分岐の地点から通行止めとなっており、立ち入りは出来ない模様だ。
奇岩はやはり上から望む方が迫力があるようだ。地層ははっきりと窺える。
看板によると幕末に開かれた鮭の漁場だったという。
この時は無人のようだったが、時期ではなかったのだろうか。
誰もいなかったので、ちょっとしたプライベートビーチ感を味わわせてもらった。
途中に電灯を見つけると、それだけでなんだか街の中の小路感があり、生活の場なのだなと認識する。
以前も記したかもしれないが、こういう無知な状態での未知に対しての行動が出来ていた頃が、とても楽しかったと思う。
今は知識も増え感性も変わったので、そういう楽しみ方はもう出来ないことが少し寂しい。
それならば違う楽しみを見出すだけなのだが。
奇岩の絶景は、展望スペースからの方が素晴らしいと感じた。
写真でも伝わらないので、ここはぜひ実際に足を運んでほしい景色だ。
畳む
#海 #遊歩道