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ラルマナイの滝
ラルマナイの滝
2007年に恵庭方面の山中をドライブ中にたまたま見つけた場所。
道道117号、恵庭岳公園線に展開する恵庭渓谷には、漁川の支流であるラルマナイ川が流れ、川沿いに3つの滝の名所がある。
その内の1つ、ラルマナイの滝に立ち寄った。
▼2007年9月
「ラルマナイの滝駐車公園」の看板につられて、駐車場にクルマを停め、散策路を進むと展望出来る橋があった。
カーブを描いて滑り落ちる流れ。ウォータースライダーのようだ。
水勢がよくそれなりに見応えはあるが…
逆の下流側。突然切り立っているのだがこれはもしかして、ここは滝上なのでは?
上流側を遠巻きに。これを滝と呼ぶには落差が小さすぎる。来た道を戻り、道道へ出て清水橋を渡った先、ラルマナイ郷橋の途中に半円形の展望スペースがあるのでそこから眺めてみる。
橋の柵の装飾が可愛らしい。紅葉の名所でもあるようだ。
展望スペースからの眺め。木々の間にうっすら見えるのが本当のラルマナイの滝なのだが全体が見えない。この真下に何やら整備された円形状の広場があるのだが、どうやったら行けるのだろう…?
橋の周辺を見回すと、車道を挟んで向かいに下り階段があるのを見つけた。
少し急な階段だが、下りた先に遊歩道があったので辿ってみる。
脇を流れるラルマナイ川。
遊歩道は川を渡って道道の橋の下へ繋がる。
渓谷の川の趣がある。水が綺麗。
橋の下に出た。あの広場に辿り着いた。
先程の半円の展望スペースを下から眺める。
広場には2ヶ所程、テーブルとベンチがあり休憩も出来るようになっていた。
「ラルマナイ」とは、水無沢と訳される。切り立った深い渓谷の急流は水無しになるのだろうか。語源は諸説あるらしい。あるいは治水が行われる以前は流れも違ったのだろうか。
広場から見える滝。かなり近くに見えるがやはりこの時期はまだまだ藪が深い。展望スペースを設けていても周辺を刈ったり整地はしない方針なのだろうか。自然環境的にはこれでいいのかもしれないが。
時期を選んで来いということで…
川の縁の切り立った崖。地名の由来に納得。いやこれを見て由来を推測した可能性も…折角なのでベンチに腰掛けゆったり休憩。時々橋の上の展望スペースに人がやってきて滝とこちらを一瞥していく。特に案内板もないせいか、この広場まで来る人はおそらく少ない。
ヒナバッタや、
柵の片隅に大ぶりのカタツムリ。どこにでもいる種類だと思っていたが、準絶滅危惧種のサッポロマイマイに似ている。
当時立ち寄ったのはこのラルマナイの滝のみだったが、近辺にあと2ヶ所、白扇の滝と三段の滝もある。それらと合わせて2014年に再訪した。先の2ヶ所は後日別に上げることとして、ラルマナイの滝のみ以下に上げておく。
▼2014年9月
上から7年経って久々に訪れたので、広場への下り方を忘れかけている。橋の上の展望スペースから。
結局前回と同じく9月に訪れてしまったが、かろうじて二筋の流れが確認出来た。
俯瞰でラルマナイ川と例の広場を。くねくねと曲線を描いて流れる川だ。滝の方の支流の名は滝の沢というらしい。広場はあまり手が入っていないのか、幾分廃れて見える。
車道の端に下り口を見つけ、思い出して辿ってみる。
階段を下りたところ。向こうへ続く遊歩道を進む。
脇を流れる川を振り返って見る。向こうに見えるのが先程下りてきた階段。

川を渡り、道道の橋脚部分(橋の真下)で振り返ったところ。
来てみれば、前回と変わりないように感じるが…
周りの手入れは前回から特にされていないように見える。
今度は、やっとまともに滝が見られた。左側はもう少し幅がありそうな気もするが、はっきりと二股に分かれて落ちる姿が確認出来た。
右側の滝。水量が多く勢いがある。この時は小雨がちということも影響していたのかもしれない。上の方に橋が見える。前回の最初に眺めた滝上の場所だ。
あそこにも再訪してみる。
来た道を戻り、階段地点の逆側にも道が続いていたので少し辿ってみた。こちらは人通りも無いのか、踏み跡も見えず獣道然としている。
凄い雰囲気。風景としては好みだが薄暗いのでやっぱり不気味。柵で封鎖されすぐに行き止まりとなった。おそらく、今の道道が開通する前の旧道(もしくは林道)だったのではないだろうか。遊歩道にしては広く、車1台分は通れる幅だ。新たに遊歩道のためだけに開削するとは思えないので、林道を遊歩道に転用したものと思われる。
戻って道道へ階段を上がり、駐車場を経由して上の橋へ。

天候もあってか、水量が多い。倒木がところどころにある。最近では大規模な倒木があったらしく、この流れを遮っていたようで、現在の状態が気になる。
割と気軽に滝上と滝下を見られるタイプの滝だと思う。
滝上の橋を渡った先は、通行止めとなっていた。おそらく、先程の鬱蒼とした下の道と繋がっていたように思う。どのくらい道が現存しているかは不明だが、崖の地形のために倒木や崩落も多いのだろう。実際に通行不能になっているものと思われる。
現在の様子をGoogleマップで確認すると、道道から下りる階段は封鎖されており、下の広場へは行けなくなっているようだ。
航空写真で見ると、広場が既に跡地然としており、少しもの悲しく感じた。
もう整備はされないのだろうか。今や滝の姿は道道の展望スペースからしか望めないようになっているらしい。
それほど落差もなく美しい滝というわけでもないのだが、名所が減っていくように感じて寂しい限りだ。
■参考:恵庭岳公園線(1)-滝をめぐる道の昔と今(道道資料北海道)
旧道について参考にさせていただきました。
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#公園 #河川 #遊歩道 #滝
社台川の源流へ
社台川の源流へ
子供の頃、馴染みの最寄りの川がどこから流れてくるのか、その源流を辿ってみたい衝動に駆られたことがあった。
一度、友人とそんな話をして盛り上がり、夏休みか休日に遠足よろしく途中で食べるおやつを買い出して、辿ってみようとしたのだが、幸か不幸かおしゃべりに夢中になりさほど歩きもせず、いつも遊んでいた周辺から離れず終わってしまった。今思えばまあそれで良かったと思えるエピソードだが。
最近それを思い出し、その川の源流は結局どこにあるのかと調べてみると、数十年越しながらもあっけなく解決した。行けなくもない場所にあるようで、今度機会があれば行ってみようと思う。
このように川の源流は身近な未知のスポットだが、当該の川とは違うものの、ここでそれを訪れることになるとはあまり考えてはいなかった。
前回>>91の続き、社台滝の上から川の方に向かってみる。2007年の記録である。
駐車した周辺にあった水溜り。源流近くなので滲み出しているのかもしれない。
川の畔に続く踏み跡を見つけたので辿ってみる。定期的に人が通るのか、若干道らしくなっている。
出た。曇りがちだったせいか鬱蒼としていて怖いくらいだ。
この奥へ進むと、滝上に出られるのだが…岸に足の踏み場はなく、川に入って進むしかなさそうだ。試しに裸足で浸かってみたが、信じられないほど水温が冷たく、数秒で足が痛くなった。
慌てて岸に上がったが、これは湧き出たばかりの水で日もあまり照らない場所だからなのだろうか。深さは無いものの川底もはっきりと見える透明度。汚染のない綺麗な水なのだろう。
靴のまま進むことも考えたが、川底は苔で滑りやすいとも聞いたので、落ち口まで進むのは断念した。
古い取水槽らしきものがある。
水源の方へ向かってみるが、苔むした岩と不規則に曲がったり倒れている木などが行く手を阻む。
足場もないので草むらの中を突っ切って進む。右に少し写っているのは同行者の手で、怪奇現象ではない。



水は綺麗だが、山奥の不気味な趣がある。だからこそ綺麗に保てるのかもしれないが。
ここが行き止まり、源流部になる。岩の隙間の奥まった場所から湧き出ているのだろう。このあたりの岩は溶結凝灰岩といい、火山噴火の噴出物で形成されている。形成されたのは数万年前といい、地形的には大きな変化もなく在り続けているようだ。
源流点を示しているのだろうか。右側最奥に台形のような石が置かれている。
左側の不自然にツートンカラーになっている部位も気になるが、何らかの理由で穿ったものを埋めたとかだろうか。水が染みて変色しているのかもしれない。一枚岩の水底が大理石のような光沢になっている。ところどころに穴が開いているが、これは岩から小さな滝となって流れ落ちていた時の滝壺なのだという。その小滝は今でも見られるといわれていたが、訪問当時は見られなかった。
この穴、見るからに深そうだったので、恐る恐る近づき、その辺にあった長い木の枝を差し込んでみたら軽く丸ごと浸かってしまった。背丈くらいの長さだったので、2m以上はある深いもののようだ。
鏡面のような水面。美しいがその冷たさが恨めしい。
しかし、河川の源流というものを初めて確認出来たのはとても良かったと思う。この当時はクルマで来れたが、今はどうなっているかはわからない。
クマ出没の危険と、携帯の電波はほぼ圏外、数十kmのダートなど、滝上でもそれなりに難易度の高い場所になる。
そして低速でダートを長距離というのは、かなり神経を使う。復路も幸い無事に戻れ、満足感もあったがこの一件で疲れ果ててしまい短期間に何度も行く気にはなれなかった。
以来、滝の落ち口へのリベンジは果たせずにいるが、なんとこの数年後には滝の下を訪れることが出来た。
その時の記録はまた後日更新しようと思う。
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社台滝の上に戻る
#河川 #湧水
社台滝 滝上への道
社台滝 滝上への道
2007年8月時の記録である。
以前から滝が好きなので、とりあえず行先で見かけたら行ける範囲で見に行っていた。
2006年にはインクラの滝>>12に行っているが、行く際に下調べなどをしていた時に知った近辺のもう一つの滝が「社台滝」だった。
インクラの展望台傍にあった看板にも写真が載っていたが、水量は少なそうだが巨大な岩盤を滑り落ちる滝と、何よりもこの岩盤の「悪魔の顔」と呼ばれる容貌の凶悪さに惹かれてしまった。
そして滝上からの眺望も、先達の探索者の写真を見るとまるで密林の景観で、これにも圧倒されてしまった。
落差、幅共に100m近くはあると云われている。下から悪魔の顔を見るには、入渓地点から社台川を5km程遡る必要がある。当然平地ではなく、大岩が立ちはだかる箇所もある。遊歩道などは一切整備されていない。自分の体力やスキルでは間違いなく無理なので、ならばせめて滝上だけでも行ってみたい。滝上にはクルマでも行けるようだが、林道をかなりの距離走ることにはなる。
一度試しに、林道ゲートの開いている間に途中まで走ったのだが、ショートカット出来ると思われる直線の道を進んだところで悪路になり、スタックの危険を感じたのと、思ったより長距離を走ったために中途半端に入っていたガソリンを消費してしまいガス欠の恐れもあったため、引き返していた。
後日、地図を購入するなどして違う道を選ぶことにし、態勢を立て直して再アタックした。
カーナビは、当時筆者のクルマに搭載されていなかった。今行くとしても地形図があった方がよいだろう。
尚、当時は林道が何処の所有管轄かなど、あまり考えてはいなかった。
また、開いているゲートでも、悪天候などで突然閉められて出られなくなる可能性もありえる。
予め通行する林道の状況を調べ、ゲートの注意書きを熟読した上、必要なら入林申請など届け出をしてから通行するのがベストだと思う。
現在は公式のサイトも充実しており調査も容易になっているので、以前に比べ通行可否の情報も手にしやすいかもしれない。
林道は社台横断林道になる。樽前ガローの近くの湧水>>2地点にゲートがあり、そこから入る。しばらく走ると上のような樽前川を渡るポイントを通過する。
柵や車止めは無いので、通行には注意。
砂防ダムになっている。轟々と水量が多くちょっとした滝のようだ。
この川も釣りスポットになっているそうだ。
しばらく走ると大きな絶壁の道が現れる。悪天候時にはポロポロと崩れそうでちょっと怖い。
道からの景色。背丈以上のイタドリが視界を遮る。延々と続くダートはほぼ平地だが、幅は1台分しかない。ところどころに退避スペースがある。
それなりに登っては来ているらしく、架かっている橋も端が崩れ崖になっている箇所もあり、緊張を強いられる。
このような道なので、20km/h以上はとても出せずノロノロと進む。道の状態が悪く、振動が凄い。
オフロード車でなければ中々ハードだが車体が大きくても難儀しそうだ。
もうどれくらい進んだろうか。地形に沿って大回りで道が続くため、地図上の直線距離よりも何倍もの距離がある。
道の脇に、朽ちた木材が堆積されていた。橋として使われていたものだろうか。

すぐそばに川がある。そちらの岸に架けられていたものだろうか。
かなり古びている。今の林道以前のものかもしれない。更に進むと、右手にピンクテープの目印になるものが見える。その分岐を右に入る。
これまでに合った動物はシカが多く、またこの近辺の開けた場所では野ウサギも見た。かなり大きく、イヌと見間違えたくらいだ。
すぐ逃げていったので撮ることは叶わなかった。
以前のようなダートとは違い、踏み跡然とした草の道が続く。轍が付いているので、管理のためか同好の士なのか入っていく車もあるようだ。
草の道を進んで突き当りはこれも背丈以上の笹原だ。ここまでゲートから約1時間。20kmは確実に走っているが30km近くになるかもしれない。この向こうに社台川の源流部と、近くに滝上があるはずなのだが…
かなり奥地まで来てしまったので、クマが出てもおかしくない。
用心しつつ分け入り道を探して少し歩くと、木々のざわめきの中、茂みの少し開けた場所から水の落ちる音がかすかに聞こえる。
間違いない。
やはり実際に見ると違う。水量が少ないので滝にというよりは、地形のスケールに感動しっぱなしだ。滝下と、滝上の落ち口を出来る限りズームしてみた。ここからでは「悪魔の顔」を見ることは出来ない。そして落ち口を目にした途端に寒気がした。
あそこまで行くのはなんだか怖い。足を滑らせたら間違いなく一巻の終わりだ。
ここまでの道のりについては準備してきたが、迂闊ながら長靴の準備など川に入る想定はしていないことに気づいた。
滝上のどこまで進めるのかは未知数だったが、とりあえず源流の方へ向かうことにした。
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社台川源流へ
#滝 #河川 #林道
頼城橋(廃橋)
頼城橋(廃橋)
西芦別と東頼城地区を結ぶ橋。初訪は2009年、地図を頼りに炭鉱町の名残を求めて、見つけたのがこの古い人道橋だった。もう住む人も少ないであろうかつての炭住区から、川の方へ下る道を歩くと辿り着く。
三井芦別炭鉱が、社有地だった西芦別と東頼城を繋ぐために1943年(昭和18)に架けた木造橋だったが、その後芦別川の氾濫のために2度流され、1967年(昭和42)に今の形に架け替えられた。戦時中は近辺に朝鮮人労務者の宿舎もあり、終戦直後に橋近くで乱闘が起こるなど時代の激変を見つめた橋でもあった。2022年頃には老朽化のため床板が剥がされ、現在では両岸の渡口が封鎖され廃橋となっている。
地区の人口が激減し、車両が通行出来ないこの橋の需要がほぼ無くなったということだろう。
炭鉱操業時や戦争、災害などの歴史の遺産が、またひとつ消えようとしている。
▼2009年7月

西芦別側の橋に近いエリアの炭住はおそらくこの時にはほぼ空き家だったと思われるが、菜園の手入れがされている場所もあった。
平成17年、2005年から車両通行止めということは、それ以前は車も通行出来たということだろうか。だとしたら、その頃から老朽化が懸念されていたということなのだろう。補修工事も視野に入れていたのだろうか。
夏場の草木でこんもりした遊歩道のような道を下っていく。
川向うの東頼城地区を望む。小雨の霧模様は物寂しさを際立たせる。
石が並ぶ法面。デザイン的に味わい深い。
消火栓や外灯がある。この辺りにも民家があったことの名残かもしれない。
川の増水注意の看板。「危ない!!」ではなく「危い!!」なのは、限られた文字スペースで効率的に危険を知らせるため、あるいは「な」の曲線的な描写に限界があるという理由もあるようだが、このような看板の場合は幼年・若年層にも向けてより直感的に注意を促す目的があるのだろう。
渡口に到着。車止めがある歩行者・自転車専用の橋だ。
幅は車がギリギリ通れる程度はあるが、床板の補強がかつては車両も通行出来たものなのかもしれない。
小雨だったが川の流れが速い。氾濫が度々起こったというのも納得してしまう。
欄干の錆も年月を思わせる。橋脚の形に合わせた退避スペースがある。
一番外側の木材の腐食が激しい。むやみに近づけない。
進んだ場所には橋脚をそのまま利用した待避所もある。
下を見ると、何やら大きなコンクリートの塊が水没している。形状的にこの待避所兼橋脚のようだ。新築されてから2度、うち昭和40年代に氾濫のため橋脚が流される事故があり、昭和42年に架け直されて今の形になったとある。撤去処分するにも費用がかかるためそのまま放置されたのだろう。
対岸、東頼城へ渡りきったところ。普通に歩いて渡る分には問題なかったが、川が増水しているせいか多少のスリルと不安感もあった。▼2016年7月
7年ほど経って傍を通りがかったため、国道の炭山川橋上から眺めてみた。中央が頼城橋である。初訪と同じく7月だったが、こんなに森林然とした場所に架かっていたのかと驚く。芦別川の姿がそもそも見えない。
▼2017年3月
翌年、まだ雪深い時期だった。連なる山の向こうに芦別岳、更に遥か向こうには200名山の一つ夕張岳がある。
中央左上が頼城橋だが、こうしてみると他にも小ぶりの橋や橋脚らしきものがいくつかある。手前の小川は芦別川の支流、炭山川である。
頼城橋。この頃既に通行止めのバリケードが設置されており、除雪もされていない状態だった。▼2017年4月
翌月、春めいてきた時期に再訪した。ひと月しか経っていないが雪は消えており、草花が芽吹いてきた。適度に暖かくまだ木々の見通しが良い最適の時期だった。石の法面が美しい。
初訪時に見た赤い消火栓。その手前に黒いのもあったとはわからなかった。北海道では消火栓の色は大別して黄色と赤があるが、赤いのは豪雪地で目立つようにとのことらしい。しかし黒いのはよくわからない。元々黄色かったのを黒く塗っているように見え、消火栓の看板も赤い方だけにあるので、黒いのは廃止の意味なのだろうか。
健在の危い看板。こちらも変わっていなさそうだ。
渡口に着いた。やはりあれから10年近く、傷みが激しいのがここからでもわかる。
近くで見るとかなりのものだ。寒暖の差と積雪もあり、劣化も速い。木材部分は自然に還っていくのだろう。
トラスの鉄筋部分が見えてしまっている。さすがにもうこれだけで渡る気分にはなれない。
木々が生い茂る前なので、川辺に降りることが出来た。ここから眺める橋も味わいがある。
下部のトラス部分に銘板があった。1967の年号がうっすら確認出来る。もっと遠景で撮ったのだが写真を見て初めて気づいた。わかっていればこちらをメインにズームで撮影していた。文字を確認したかったのだが残念である。

退避部分。橋脚から浮いて設置されており、張り出し部分の床に鉄筋が入っていない。これは危険だった。
鉄骨に木材を並べて床が作られていたようだ。
放置された橋脚があった。
隣にももう1体、橋脚らしき構造物がある。これらは放棄されて50年ほど経つ。建造物としてはそれ以上だが。



後に調べてみると、今の橋に架け替えられる前の終戦時のことだが、この周辺で三井芦別炭鉱に徴用されていた朝鮮人労働者と中国人労働者の間で乱闘騒ぎが起こり、双方に各1名の死者を出していることがわかった。直接の原因は朝鮮人慰安所に中国人が入店したことだったが、先に徴用されていた朝鮮人と後になって徴用された中国人の間に給与や待遇による格差があり、日頃の鬱憤が溜まり爆発したと見られる。
戦局が悪化し、人員も不足していたため労働者確保で連合国軍捕虜も徴用したが、捕虜の待遇の悪化や、特に中国人に関しては労働以前に連行時の船中環境の劣悪さで命を落とす人が多かったといわれる。

どこからかキツネがやってきた。人の歴史や営みの傍らで変わらず命を繋いで生きている。野生動物に触れることはご法度なので、遠くで見守った。こちらに寄ってくることもなく、そのまま立ち去っていった。
西芦別側の炭住の隅、ちょうど橋へ向かう道の傍らには地蔵が立っている。
芦別川の氾濫時の犠牲者を弔うために立てられた。そのため川の方向を向いている。傍らに何故かもう一つ地蔵の頭部が置かれていたが、これは以前に像の頭部のみが盗難に遭ったため新しく修復されたものの、のちに頭部が発見されたものだそうだ。
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#廃 #炭鉱 #古建築 #河川 #橋梁
美笛の滝
美笛の滝きのこ王国>>89からの帰り道、美笛峠の国道453号沿いに立つ「美笛の滝入口」の看板が通るたびに気になっていて、近いうちに行ってみたいと思っていた。
2009年の10月に友人を伴って訪れた。入口の分岐から林道を車で数分、駐車スペースからは15〜20分程歩くと辿り着くことが出来た。小川には簡易の橋が架けられて遊歩道が整備されていたが、踏み跡は途中ところどころ水が浸かっており足元を濡らす箇所もあった。
その数年後には遊歩道が崩れ、滝まで行くのは困難との情報があった。現在辿り着くには相当の装備が必要になるかもしれない。滝入口の看板も、ストリートビューで確認すると2018年には既に撤去されていたようで、現存しない。
クマ対策さえすれば、森林浴をしながら散策レベルで辿り着け、しかも見事な滝という中々無いスポットだったので、至極残念である。
ちなみに美笛は「びふえ」と読む。
検索していたらAI要約の読みが「びてき」と出てきたので、違う、そうじゃないとルビを記しておく。
目的は滝なので、このまま真っ直ぐ進む。
3〜4台は停まっており、先客がいたようだ。
何組かの先客とすれ違った。袋いっぱいにシメジのようなキノコを摂っていた人もいた。左側にたくさんあったと我々に教えてくれたが、キノコの知識が無いため軽く礼を言うに留めておいた。滝の他に山菜やキノコ目的の人も多いのかもしれない。
難所は一切無かったが、それなりに高度を上げているようで息が上がってくる。
ここまで来ると、道がほぼ踏み跡状態になっている。
綺麗な流れではあるけれどこれだけ…?と思ったら…
廃れかかっているがきちんと滝の銘板がある。
足場は、滑滝付近に平たい大きな岩があったので、そこでしばらく眺めていた。
しばらくして後から別の見物客が来たので、場所を譲って戻ることにした。
これらの遊歩道は現在どこまで残っているのだろうか。
滝は変わらずそこにあるのだろうが、いつまでも容易に姿を見られるわけではないという自然の厳しさを見せつけられているようだ。
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#河川 #遊歩道 #滝 #林道 #鉱山