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スイーツから廃墟まで。北の国からお送りする日常ゆるゆる探検。2009年から始めた前ブログの記事を再編、移植しています


全年全月28日の投稿5件]

2026年1月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

苔の洞門(閉鎖)

苔の洞門(閉鎖)

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子供の頃に連れられてきたことのある、支笏湖畔の苔の洞門。ここも樽前ガロー>>2と同じく樽前山系の噴火で形成されたゴルジュ地形である。こちらは樽前ガローと違い、川の流れがない。そのため以前はこの渓谷の間が遊歩道のようになっており、歩いて見物することが出来た。名の通り、苔の壁が作る洞窟のような神秘的な光景に身を置き楽しむことが出来るスポットだった。

その後しばらくして、洞門内で崩落が起きたため以前のように内部に入るのが制限されたというのを聞き、それから更に年を経た2009年に再訪してみた。変わらず洞門の奥には立入り出来ないとは聞いていたが、実際どのようになっているかが気になった。

20260127031041-admin.jpg洞門の入口、ネイチャーセンター。ここを通過して洞門への道へ出る。
建物の内部には周辺の見どころと動植物の写真が展示してあった。美笛の滝>>99の写真も展示されていた。

スタッフの方が洞門の風景写真も見せてくれた。やはり紅葉の名所なのだろう。
何処から来たのかを訊かれたものの、遠方ではなくほぼ地元からなのでなんだか申し訳なく思う。駐車していた他のクルマも地元ナンバーが多かったと思うが。やはり洞門内部に進むことは出来ないようだが、保全のための寄付を募っていたので、心ばかりを納めさせてもらい、洞門への道を進む。

202601270310411-admin.jpgこのような案内看板が行く先々に設置されていた。

202601270310412-admin.jpg小雨がぱらつき始めたので、センターで傘を貸し出してくれた。
各々傘を持ち、林道の遊歩道を歩く。一本道だが、微妙に勾配があるためいい運動になる。

202601270310413-admin.jpgネイチャー系の観光地には必須の看板。実際にこの周辺、支笏湖道路にも昨今のクマ騒動の以前から頻繁に出没するのだ。

202601270310414-admin.jpg大切なことだが、角ばった感の無い手作り感がなんだか良い。

202601270310415-admin.jpgここで必ず見られるわけでもないと思うが、別の地元の森林ではゴジュウカラやハシブトガラあたりはよく見られる。
この天気だったこともあって、この時は鳥の姿はほぼ見られなかった。

202601270310416-admin.jpg砂浜のような、開けた場所に出ると、洞門入口が近い。
突き当りに看板のようなものが見える。

2026012703104124-admin.jpgクランク状に曲がっている。台風か、積雪の影響だろうか。
緩やかに登っているのがわかるだろうか。

2026012703104123-admin.jpgこの一帯は広葉樹の樹林なのだそうだ。明治期の伐採や自然災害もあり新しく生成されたものらしく、樹齢はまだ若いものばかりらしい。近年も台風の被害にも遭っており、年輪を重ねるのが難しそうだが、豊かな森なのだろう。

202601270310417-admin.jpg洞門前の看板。洞門内部の写真が展示されている。子供の頃に見た光景がここにあった。

202601270310418-admin.jpgコケにも様々な種類がある。昔は人も多く、じっくり見比べる余裕は無かったが。我が家もそうだが当時苔の種類にまで関心を持つ人も限られていたのではないか。

一々看板を撮影していたが、ここに限らずその場で立ち止まってゆっくり読むのも気が引けてしまい、現地でちゃんと読んだ試しがないように思う。かといって、要らないものでは決してないのだが。帰宅して撮影したものをじっくり読むタイプの人間である。

202601270310419-admin.jpg洞門への入口、というより、入口を望む観覧台が設置されていた。
迫力すら感じる年季の入った看板だ。近隣の学校で作ったと思われる標語も掲げられている。

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2026012703104112-admin.jpgさすがに周辺の地形は険しい。

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2026012703104114-admin.jpg観覧台階段の脇のコケが美しかったもので。

2026012703104111-admin.jpg今見てみると結構高い。相当の段数を上ったようだ。

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2026012703104122-admin.jpgこれを上り切ったところが

2026012703104116-admin.jpg最上部、行き止まりだ。

柵の向こうに、洞門が口を開けている。この内部をかつては歩くことが出来たのだが…
途中に、崩落した岩盤が道を塞いでしまった箇所があり、崩落は今後も続くだろうとのことで、立入りが禁じられていた。

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2026012703104119-admin.jpg上ってきた方を振り返る。中々の険しさだ。

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2026012703104120-admin.jpg洞門の上部。木の根が剥き出しになっているが、いずれこの部分も崩れるのかもしれない。

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洞門内部に向けて撮影したものもあったのだが、ブレが酷く綺麗に撮れておらず、以前に処分してしまったようだ。

この状況ではあまり慰めにもならない状態だったが、遊歩道を再整備するのも現実的ではないだろうとは思った。
その後、大雨の影響で観覧台も被害に遭ったようで、それを機に完全閉鎖になったらしい。ネイチャーセンターも閉鎖されており、以来再開の兆しは見られない。自然保護を考えると、それで良いのだろう。

しかし、ここから風不死岳を挟んだ東側に同じような地形を見られる場所があり、まったく幻の景色というわけではない。
駐車場もなく、かなり歩くことになり観光地化されていない場所だが、筆者も近年訪れているので、また後日に上げることにする。

小出しに引っ張ってばかりで申し訳ない…
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#遊歩道 #林道

道央,千歳

2025年8月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

西芦別〜頼城 旧駅舎と旧校舎、坑夫像

西芦別〜頼城 旧駅舎と旧校舎、坑夫像

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炭鉱の痕跡を探す旅、当時頼りにしていた空知の炭鉱遺産マップをチェックしつつ回ってみたが、2009年当時で既に主だった炭鉱関係施設は解体撤去されていた。残っていても他の用途に転用されているものが多かった。

藪の中や奥地へ分け入ればまだ残っているものも多そうだが(現在、芦別市では「芦別炭鉱遺産マップ 」も公開されており、情報も詳しく記載されている)、現在は自身の探索意欲が落ち着き、再度の挑戦は全くの未定となってしまった。

2009年の初訪当時は先述のマップに載っていた、とあるアーチ形の橋台(具体的な名称は失念した)を目当てに探したものの見つけられず断念したため、町中を適当に回ってみたものである。当記事の写真はほぼ2009年、旧頼城小学校(星槎大学)のみ2016年のものである。

202508280057432-admin.jpg西芦別の郵便局から町中に入ると、突き当りに民間企業の倉庫がある。旧三井芦別鉄道「三井芦別駅」の駅舎だった建物である。
こちらはホーム側と思われるが、庇の形状など若干の名残があるように見える。

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20250828005743-admin.jpg反対側に回ってみると、駅舎らしい雰囲気が残っている。

202508280057433-admin.jpg奥の青い屋根は郵便局だが現在は建て替えられている。理容院の両脇の建物は現存していない。

しばらく進むと西芦別の炭住エリアが見え、そちらからは頼城橋>>77へ繋がる。
国道を更に南下すると炭山川橋から旧炭山川橋梁>>78が見える。

202508280057435-admin.jpg緑泉方面へ進むと、道沿いにポツリと佇む木造の建物。こちらも旧三井芦別鉄道「緑泉駅」の駅舎だった。腰折れ屋根(ギャンブレル)と板張りの壁が味わい深い。

202508280057434-admin.jpg廃止後は個人住宅として使われていたようだが、2019年に解体撤去されている。

20250828005811-admin.jpg更に進むと今は通信制の星槎大学キャンパスとなっている、「旧頼城小学校」の校舎がある。炭鉱時代当時のマンモス校らしく、裏手にはレンガ造りの長大な廊下の校舎が連なる。

過去には幾度か内部公開も行われていたが、現在こちらも「炭鉄港」の構成文化財に指定されており、炭鉄港のポータルサイト上で校舎内を内観 出来るようになっている。

202508280057436-admin.jpg頼城の市街地へ入ると、道沿いの小さな広場の隅に立てられている新しい「坑夫の像」。

元々は西芦別の三井鉱業所労務課外勤前庭に設置されていた「坑夫の像」が老朽化したため、こちらは1997年(平成9)に新たに作られたレプリカ像になる。原像は1944年(昭和19)に軍需省が派遣した軍需生産美術推進隊彫刻班の古賀忠雄(のちに日本彫刻家協会理事長)らによって制作されたもので、実在の坑夫がモデルになっており、原像の方が幾分スマートな作りだった。

このような坑夫像は北海道では北炭夕張や上砂川にもあり、戦時の増産体制の中、生産士気を高揚させるために全国的に制作され立てられたものである。
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#炭鉱 #古建築 #鉄道

道央,芦別

2024年10月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

炭鉱メモリアル森林公園(旧三菱美唄炭鉱跡)

炭鉱メモリアル森林公園(旧三菱美唄炭鉱跡)

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炭鉱遺産に興味を持ち、初めて訪れた場所がこちらの炭鉱メモリアル森林公園である。
元々は三菱美唄炭鉱の跡地で、1対2基の立坑櫓と、それらを操作する開閉所、原炭ポケット、そして封鎖された通洞坑が残されている。これらは炭鉱閉山後に美唄市へ譲渡され、遺産として公園整備されて残っている。施設群は外観のみだが自由に訪れ見学することが出来る。

あくまで森林公園なので、季節によって見やすさは変わる。今まで春、夏、秋と探訪したが、原炭ポケットや坑口などは夏は草木に埋もれて全景を見れないこともある。そんな状態でも自然に還る廃墟美的な魅力があるが、遺産として見物するならやはり春か秋だろう。


▼2009年6月

20241028011236-admin.jpg初探訪。市街地からはかなり離れた山間部の森林地帯になる。空知地方の炭山は内陸部のため、閉山し街も消えれば元の深山に戻る。
奥に見えるのは原炭ポケット。三井美唄二坑>>45のものに比べて形も異なれば規模も大きい。

202410280112361-admin.jpg横に目をやれば2つの赤い櫓が見える。
芝刈りの跡が見られるので、最低限公園としての整備はされている。

202410280112362-admin.jpg当時は公園の案内図があった。こちらは現存しない看板だ。

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202410280112364-admin.jpgビルのような大きさの原炭ポケット。北海道に現存するものでは最大級のものだそうだ。
この規模の建造物が草木に埋もれているのもまた圧巻ではある。

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2024102801123612-admin.jpg立坑櫓の横にある開閉所の建物。電気系統を制御、操作する場所だったが、設備は撤去され内部は空の状態である。普段は立ち入ることは出来ない。

202410280112366-admin.jpgすぐ横に設置してある看板。

202410280112367-admin.jpg炭鉱現役時の写真が掲載されている。
原炭ポケット、三菱のスリーダイヤの建物、当時の炭鉱駅だった常盤台駅など。右写真にはかろうじて立坑櫓らしき姿も見える。張り巡らされたベルトコンベアの建物など、この山間部がこんなに開けていたのかと只々驚く。

2024102801123611-admin.jpg立坑櫓から道なりに奥へ進むと、コンクリ製の物体が木々の間から覗く。

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2024102801123610-admin.jpg2連の坑口「通洞坑」である。左側には三菱のスリーダイヤが掲げられている。


▼2011年6月

202410280125247-admin.jpg何故かまた6月に来ていたらしい。

20241028012524-admin.jpg立坑はそれぞれ上風坑、下風坑と呼ばれていた。人員の出入りと排気は上風坑から行われていたらしい。入気は下風坑からか。
櫓は操業当時は緑色だったようだが、新築当時は赤色だったため元の色に戻し塗り替えたらしい。森の中では不自然なほどだが、それくらいの色でなければこの場所の存在をアピール出来ないかもしれない。

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202410280125243-admin.jpg原炭ポケットは、以前よりも更に緑に埋もれているように感じた。


▼2019年5月

202410280131422-admin.jpg春に来たのは初めてだ。晴れていたこともあって青い空に櫓の朱が映える。見通しも良い。

2024102801314212-admin.jpg市で建てられた新しい看板。実は2011年時点で既に掲げられていた。写真も交えてわかりやすくなっている。

202410280131424-admin.jpg原炭ポケットの足元が見えている。石垣のようなものもあったとは知らなかった。

202410280131423-admin.jpg公園内には桜の木もあったのだ。咲いているのを見て初めて知った。

202410280131425-admin.jpg写真下に上部分しか写っていないが、立坑櫓のふもとには安田侃作品の黒い『妙夢』(札幌駅にある白い彫刻と同型)が設置されており、より公園らしくなっていた。

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202410280131427-admin.jpg春の日差しを浴びて気高く立ち続ける。滑車(ヘッドシーブ)部分もよく見える。

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2024102801314210-admin.jpgこぶしの花も咲いていた。意外と花の名所なのかも知れない。

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202410280131421-admin.jpg通洞坑も全体がはっきりと見えた。三菱マークも健在だ。
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#公園 #花 #廃 #古建築 #炭鉱

道央,美唄

2024年8月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

苫小牧・有明の海

苫小牧・有明の海

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以下、2006年4月に撮影したものである。
この年、苫小牧沖で大型船が座礁し、その船がまだ沖に居るとのことで、野次馬根性を起こして見に行ったことがあった。
これらはその時の写真だったらしい。以前の当ブログにそう書いてあり、もう20年近くも経てばそんなエピソードは忘却の彼方である。
記録することでかろうじて思い出すことが出来ているのは、不幸中の幸いかもしれない。

その事故は、苫小牧港管理組合の2006年のニュース に記録がある。

○ 外航船人工リーフで座礁
 3月29日午前4時ころ、苫小牧沖で沖待ちをしていた貨物船が、強風を受け市内元町付近で人工リーフに乗り上げ座礁しました。
 ※人工リーフ=自然石などを使った人工的な暗礁・離岸提など。

おそらくこのことだろうと思われる。

先日も港でフェリーが座礁したり、過去にはイルカが打ち上げられたりなど、度々苫小牧の海ではなにかしら発生している。

元々、周辺の海は浜から遠くない場所で突然深くなるそうで、海水浴には向かないと言われている。
また、真偽の程は不明だが、港を造成してから波が荒くなったという話もあり、いずれにしても以前から遊泳は出来ない海だ。

海のある町で生まれ育った身分なのに、海に対する憧れが強い。
以前キャンプで行った、潮干狩りなど水遊びが出来る海や、夏の積丹のような美しい青い海が自分の中の手前勝手な理想なのだろうと思う。

撮影時からさらに以前に、なんの気まぐれか、母と一緒に同じこの浜に来たことがある。
当時は砂浜で、漂着ゴミや流木などが溢れていたが、波打ち際で足のみ浸したり、浜辺の大きな石が簡単に波に攫われていくのを見て自然の力に感心したりと、地元の浜でもそれなりに楽しんだこともあった。当時と同じ場所に久方ぶりに来た形になる。

砂浜はなだらかな消波ブロックで固められ、綺麗に舗装された遊歩道が整備されていた。流木らしきものは点在するが、ゴミは無くなっていた。すっかり変わった景色に驚かされた。
平成になってから、傾斜を緩やかにする護岸工事が入り、近辺の沖に人工リーフを設置したり(これが先の座礁の原因にもなっているようだが)と、荒天時の波や騒音を和らげたりという効果が期待されているらしい。

国土交通省北海道開発局 室蘭開発建設部 海岸保全施設の整備

砂浜が無くなったのは残念だが、波の穏やかな時は波打ち際まで下りられるようなので、より安全に海と地域の人との共存を目指しているといったところだろうか。

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202408281809472-admin.jpgちょうど中心に見えるのが座礁船。

202408281809475-admin.jpgこの橋は、Googleの航空写真を見るに今は無さそうだ。
写真だと看板の字が読めず、何のためのものかはよくわからなかった。

202408281809473-admin.jpg途中まで橋を下りてみたが、そのまま海に出る作りになっていた。

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近年、ふるさと海岸>>34やキラキラ公園も整備されたことで今までの苫小牧の海とは違う姿が見られそうだが、静かな場所の方が性に合っているためなかなか足を運べずにいる。


※写真のサイズが小さいものは、最初に使っていたamebloの仕様でアップ可能なサイズが限られていたためにリサイズしたものです。
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#海

道央,苫小牧

焼肉 金剛園

焼肉 金剛園

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苫小牧の老舗焼肉店。分店や系列店もいくつかあるが、当方、焼肉といえばたいていこの金剛園を利用している。
遡ると2009年の古い写真も残っていたので、グルメ記事としてこちらに上げておく。

記事とはいえ、グルメに関しては食べログやGoogleばりの詳細なレビューを書くつもりは無いので(書いたことも無い/大体「美味しい」で済ませてしまう)、筆者が個人的に懐かしんで反芻するためのものになる。情報は撮影当時のものになるため、もし興味を持たれることがあれば、最新情報 を確認願いたい。


▼2009年・金剛園 本店にて

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20240828025359-admin.jpg石焼ビビンバ。ランチメニュー。

202408280253591-admin.jpgおこげが美味しい。

202408280253592-admin.jpgデザートのシャーベット。

20240828025413-admin.jpg別の日に焼肉メインで。

202408280254131-admin.jpgピンボケしたがナムルとホルモン。
こちらのホルモンは比較的小粒で食べやすい。大粒が飲み込めない筆者には有り難い。

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▼2016年・初代牛タン 赤兵衛にて

本店の敷地内にある別棟のお店。
厚切りの牛タン定食が食べられる。

202408280254481-admin.jpg食べごたえのある牛タンと麦飯、テールスープ。

20240828025448-admin.jpgテーブル上の呼び鈴がおしゃれ。アイアンメイデンではない


▼2019年・金剛園 和み亭にて

有明町の分店。ランチでも利用したことがあるが、この時は時間限定食べ放題で利用した。
サラダバーの種類が豊富で、彩りよく美味しく食べられる。

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202408280254292-admin.jpg壺漬けカルビ。これは美味しかった。
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#飲食

道央,苫小牧