全年全月22日の投稿(時系列順)[6件]
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2024年9月 この範囲を新しい順で読む この範囲をファイルに出力する
カフェ&ダイニング アンジェラ
カフェ&ダイニング アンジェラ
こちらのお店も苫小牧では老舗になりつつある。個人的なことだが高校卒業後くらいの頃(ここも記憶が曖昧だ)にオープンし、互いに社会人に成りたての友人らとよく利用していたカフェだ。
カフェとはいえ、イタリアンやライス付きのメニューなども取り揃えてあるダイニングレストランでもある。パフェやワッフル等のデザートもあり、どれを注文しても外れなく美味しかった。外装はレンガ壁で、内装も広く席数も多めの、おしゃれな、いわゆる女子会に合う雰囲気だ。
この近辺に以前暮らしていたことがあるのだが、その時は入口横の数段下りた窓際のカウンター席(写真上)で景色を眺めつつ書き物をしながらお茶をさせてもらっていたこともある。一人でも利用しやすいのはありがたい。
以前は夜0時近くまで営業し、お酒のメニューもあったように記憶しているが、今は夕方には閉店してしまうようだ。
最近経営者も変わったようで、メニューにも若干変化はあるが内装などは大きく変化はないようだ。
Cafe & Dining Angera
パフェを食べられるお店が近年はぐっと減ったように感じる。食べたい時に探してもチェーン店の他には意外と見つからないため、こちらのお店は貴重かも知れない。出来れば夜も営業していただきたいが、コロナ禍もあったため仕方のない部分もあるだろうか。
数年前、夜に営業していた頃に訪れた時のもの。
かなり以前に友人と訪れた時、友人が注文していたチーズチキンカツが突然食べたくなったので、まだメニューにあるかと足を運んだ。あの時と変わらず注文出来て、美味しくいただくことが出来た。一人だったため、お気に入りの窓際カウンター席に座ろうとすると、寒いですからとすぐ後ろのテーブル席を案内して下さり、親切にしていただいた。
この時は冬だった。
また、久々にパフェをいただきに訪れたい。
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#飲食
2024年10月 この範囲を新しい順で読む この範囲をファイルに出力する
開拓使美々鹿肉缶詰製造所跡
開拓使美々鹿肉缶詰製造所跡
2009年に訪れたものである。
当時同行していた友人の情報で、昔苫小牧に鹿肉の缶詰工場があったというのを聞き、その跡地を見に行こうと探訪した。千歳市との境界すれすれの、国道沿いガソリンスタンドから東方向へ入ってすぐの場所にある。クルマで通ると見落としそうである。
缶詰工場については小学生の頃の郷土史の教科書『のびゆく苫小牧』にも記載されていたという話なのだが、はてさてそうだったか、いまいち記憶にない(現在も使われているのだろうか、のびゆく苫小牧)。北方警備の八王子千人隊のことなら勇払に碑があり、その当時見学に行ったこともあるためよく覚えているのだが。
以降開拓の歴史を齧るようになってからは、缶詰工場があったことくらいはそれほど不思議な話でもないと感じるが、友人の話を聞いた当初は、明治の時代に鹿肉の缶詰というのが妙に現代的に感じて繋がりづらく、そのような昔に工場というのもイメージしづらかったため、意外な話と驚いたものだ。
逆に無知だからこそ、興味深く探索出来るのかも知れない。
思えばこの頃から身近な史跡に興味を持ち出したような気がする。

史跡 開拓使美々鹿肉罐詰所の跡
明治初期頃までのこの地方は鹿の棲息数も多くことに積雪が少ないため石狩、札幌方面の鹿も食を求めて大挙群衆していた。
明治七年開拓使は、美々鹿肉燻製所を設置し、同十一年十月には、鹿肉罐詰所および脂肪製造所が同所に設けられた。更に翌十二年三月鹿の臓腑、血液などをもって人造硝石床製造所も併設され、建物や設備の増築充実もたびたび行われ、当時の産業の先駆的事業として大きな役割を果している。
また、これらの製造技術を修得させるための生徒養成所および寄宿舎なども附設され、軍艦「比叡」「筑波」の海外渡航に際しては、この罐詰の製品試験も実施して好成績を収め輸出化を図る時、時の開拓使がこの事業発展のため少なからぬ努力を払っていた。
当時の記録によると工場の規模は敷地二〇〇〇坪(六六一一平方米)建物総坪数二六〇坪(六五九平方米)製造所、搾粕所器械室、脂肪室、倉庫の外駐人舎、生徒舎を有し夫々各一棟となっている。
以上のように当時は、産業開発の重要部門として盛業をきわめていたが、鹿の乱獲と大雪による食料難からの飢死、鉄道の開道による開拓などで次第に鹿の激減をきたし禁猟区域を設定して保護対策に当ったが絶滅寸前に等しい状態となり、遂に製造を中止し明治十七年六月十二日をもって廃止されるに至った。
なお、明治十四年九月三日、明治天皇の御巡幸に際しては、生徒舎を御休所に当てられており、現在の記念碑と御前水の中間の地点にあった。
また、この生徒舎は黒田開拓長官のロシア視察の結果、寒地建築として本道に移したため、「校倉造」といわれている。
昭和四十三年十月二十七日
開道百年開基九十五年記念建立
苫小牧市教育委員会
この看板も今ではリニューアルされており、現存しないと見える。
開拓使が道内の産業振興のため、官営事業として様々な事業を行った内の一つが鹿肉の缶詰だった。
この辺りは元々鹿が多く、そのため予てより鹿肉の燻製所があったところに缶詰所や脂肪の製造所、そして鹿の内臓や血液から火薬の原料である硝石を製造する施設も設けられたが、乱獲やまれにみる大雪と寒気に見舞われ、頭数が激減して立ち行かなくなったということらしい。缶詰製造はわずか6年程度の操業だった。
環境保全や自然保護の概念がまだ希薄だった時代のことだが、このようなことは現代において教訓となっているのだろうか。
工場の詳細は苫小牧のホームページにある。
鹿肉缶詰のレプリカは、美術博物館にも展示されている。
開拓使美々鹿肉缶詰製造所跡
「御駐蹕(ちゅうひつ)之碑」明治天皇がこの地に巡幸された際、缶詰工場の生徒舎を休息所に充てたとのこと。
この時に、ここの井戸水が御膳に供されたという。御前水については次項にて>>42。
横に立つ大木は、天皇の行幸や工場の行末を見ていたのだろうか。畳む
#碑
御前水の湧水
御前水の湧水
鹿肉缶詰製造所跡>>41から更に東へ50m程行くと、明治天皇行幸の際に供したと言われる湧水がある。
こちらも2009年に訪れたものである。
明治天皇行幸記念碑(御前水)の由緒
所在地 苫小牧市字美沢
所有者 苫小牧市
この史跡は明治14年9月3日 明治天皇行幸の際、御小休された箇所で往時、千歳、勇払の境をなす丘陵の道路に沿し湧水あり、良水なるをもって御膳に供され、尓後”御前水”と呼称されている。御巡幸当時は附近住民も開拓入地日浅く土着の基礎も不安定のため移転、離村する者後を絶たず聖跡も荒廃の一途を辿っていたが昭和4年6月、町費をもって記念碑を建て史跡として永遠に保護することとなった。碑文は北海道帝国大学総長男爵佐藤昌介博士の筆になる。
昭和47年8月1日
苫小牧市教育委員会
こちらの看板もリニューアルされ、現存しない。
新しい看板の方には、明治天皇行幸の行程が記されており興味深い。
開拓使10ヵ年計画が明治15年に終了するに伴い、ときの開拓使長官黒田清隆が明治天皇に視察を陳情し、北海道への行幸が行われた。
明治14年8月30日に小樽へ上陸、幌内鉄道で札幌へ向かい、開拓使庁(現・道庁)や農学校(現・北海道大学)を視察し、9月2日に千歳で一泊のち美々の缶詰製造所で休止、その際にここの井戸水が御膳に供されたとのこと。
その後はウトナイ、一本松、矢代町(旧樽前山神社があった)、宮前町で休止されたのち夕方には白老に発たれている。
これらは苫小牧市のホームページにも記載されている。
明治天皇行幸跡
昭和に入ってから建てられた碑。行幸から日が経って明治17年に缶詰工場が廃止されてからは人の流出も激しかっただろうと思われ、顧みられることもなかったのかもしれない。
もっとも、建立当時は皇民化教育が活発だった時代ということもあり、皇室顕彰の一環として縁のあった地を保存する向きになったのだろうと思う。
元々は井戸だったという。地面から滲み出すように水が湛えられている。
水草も繁茂している。透明度のある綺麗な水だが、現在は飲料水としては適さない水質らしく、飲用禁止の注意書きがある。
道路脇にぽつんと水場がある様は少し不思議な感じがするが、ここに人の営みがあった証でもある。畳む
#碑 #湧水
2026年1月 この範囲を新しい順で読む この範囲をファイルに出力する
Doremo LeTAO(ドレモルタオ)
Doremo LeTAO(ドレモルタオ)
オープンしたて(確か)の頃に訪れた2007年の写真が発掘されたので、上げておく。
外観や内装はほぼ変わりないが、メニューはまったく変わっているようなので、あらかじめおことわりしておく。
以前はこんなメニューもあったのだというくらいに留めていただければ。
現在はパンケーキやパフェ、パスタなど、またセットに看板商品のドゥーブルフロマージュも提供されており、色々と選べるようで充実しているようだ。
小樽に本店を持つ菓子舗LeTAO(ルタオ)が千歳に出店したということで、パン工房とカフェを併設している。
同行者のリクエストで、足を運んでみた。
土曜に訪れたが、警備員を配置するほどに駐車場が賑わっていた。建物が2棟並んでおり、手前がショップ、奥(写真)がパン工房とカフェの棟になる。
訪れた時間がお昼近かったので、軽く昼食も兼ねて利用した。
席は適度に空いていて座れたが、程なくして続々と席が埋まり、満席になった。
天井が高く、明るいおしゃれな空間だ。
当時はそれほどメニューが多くなかったような気がする。ランチに最適な、パンとスープのセットをいただいた。パンはライ麦とバターロール、トマトの冷製スープ、サラダもついてきた。
同行者は温かいスープを選んでいたので、何種か選べるようになっていたと思う。
変わり種を選びがち。正直美味しいのかわからない謎メニューを選ぶくらいのノリで注文した。スプーンにドライパセリが盛られており、食前に振りかける。小ねぎもトッピングされていた。
スープはコンソメベースなのだろうか。トマトペーストではなく、丸ごと入っているのが見た目に涼しげ。
肝心のお味は、トマトの酸味とパセリのアクセントが合っていて、とてもさっぱりして美味しい。おかわりが欲しいくらいだった。パンも美味だったがこのスープの印象が強い。今はさすがにメニューにはなく、残念だ。
折角お菓子屋さんに来たのだったら、ケーキもいただきたいと、紅茶とセットで追加オーダー。この頃は、よく食べたなぁ〜と感心してしまう。
紅茶には、抽出方法などが書かれていた紙が置かれていた(内容は覚えていない…)。
苺のミルフィーユ。カスタードと生クリーム、サクサク感が良い。
パン工房と、隣のお菓子棟にも寄り、絶対にギフト用であろうマカロンを自分用に購入した。この頃からマカロン好きだったな…
LeTAOは元々鳥取の企業が小樽に進出したものだというのを最近知った。他所から来た企業は他にも沢山あるため別にそれが理由ではないのだが、小樽の本店の方は、店舗の外観が目立つのでランドマークとしては利用するものの買い物をしたことが意外とない。
おしゃれではあるけれど、道産の原料を使用しているにもかかわらず、あまり北海道色を出していないように感じて目が滑るというか…似通ったラインナップに感じてしまうのだ。小樽に来てまでわざわざ買うまでもないかとも思ってしまう。個人の感想ということで勘弁してほしい。
そもそも本店の店舗に行ったのもこれまた以前のことなので、現在の状況もあまりわかっていないのだが。
小樽に行った時は菓子よりも、かま栄のかまぼこに行ってしまう庶民の戯言である…>>5
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#飲食
苫小牧・金太郎の池
苫小牧・金太郎の池過去と現在の姿がこれほど変わった公園施設はないだろうと思う。
とはいえ、当方は以前の写真を持っておらず、またざっと検索してみても見つからなかったため、ここで比較は出来ないのだが。
隣接する緑ヶ丘公園>>11と並ぶ市民の憩いのスポットである。厳密に言えば、金太郎の池は緑ヶ丘公園の一部であり、更に奥の森林区域に遊歩道が伸びる高丘森林公園>>7と併せて一帯が広大な公園施設となっている。
個人的には、子供の頃の遠足などレクリエーションで利用したのはもっぱら緑ヶ丘公園の方で、横幅の広いジャンボ滑り台が有名だったため知名度も圧倒的にそちらの方が優勢だった。今では展望台も設置され、支笏湖通からもその姿を確認出来るランドマークである。
片や金太郎の池は、元々は森林区域の奥にひっそりと佇む池で、知る人ぞ知るスポットだったような気がする。学校の遠足スポットだったという話もあるが、筆者の学校では記憶にない。筆者自身は小学生の頃、同級生数名で連れ立ち、筆者の父がクルマを出して皆で乗り合わせて訪れたことがあった。記憶に間違いなければ駐車場から5分程、林道のような道を歩くと池に辿り着き、秘密基地のように感じられ心が躍った。1980年代のことである。
それからしばらくして、幹線道路から長いアクセス路が伸び多くの台数を収容出来る駐車場も出来、ひっそり池は外周約1kmの、手漕ぎボートも漕ぎ出せる広大な池へと変貌した。子供向け遊具や丘の斜面を利用した滑り台、BBQのレストハウスなどが作られ、緑ヶ丘公園同様多くの市民が訪れる憩いの場となった。
なんだかんだと今では筆者も時々訪れ、ウォーキングコースとして利用しているが、あの頃のひっそり池の姿が見られなくなったことに少し寂しさを覚えていた。しかし実は、池の奥の方にこれまたひっそりと以前の姿を止めて残されていたのである。
▼2005年8月
池が今の姿になってから、この時初めて撮影した。
▼2022年9月
池の奥の存在に気づいたので、じっくり見てみようと再訪した。
スマホの撮影で、コントラストを強めに設定してある。
かつての池がこのような雰囲気で、おそらくそのまま残され南側に今の池が拡張されたのだと思われる。
懐かしさで胸が一杯になった。
地図・空中写真閲覧サービス でこの辺りの1970〜80年代の写真を見ると、霊園の南西に湿地のような川があり、その太くなっている部分が元々の金太郎の池だと思われる。地形的にその川を拡張して今の形と広さに造成したのだろう。
元の池の雰囲気が好きだったので、残っていた(残してくれていた)のは嬉しい。
▼2023年5月
池の南東側から競技場、野球場方面へ伸びる遊歩道が桜並木となっている。
ちょうどGWでお花見シーズンだったので、足を運んでみた。
ちなみにこの池には鯉もいるのだが、なかなかのコラボレーションだ。
かつての奥地の池は、四季を通じて様々な景色を見せてくれる場所になっていた。
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#公園 #湖沼 #鳥類 #花