全年全月19日の投稿(時系列順)[3件]
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旧赤間炭鉱 選炭工場跡
旧赤間炭鉱 選炭工場跡
赤間炭鉱は、明治〜大正期に稼働していた中小炭山を北炭が買収して開鉱した炭鉱になる。住友赤平炭鉱>>55と同年の1938年(昭和13)に開鉱し、鉱区的にも隣り合う形で操業した。その後歌志内の空知炭鉱へ集約され、赤間は北炭から分社化していたためここでは単に赤間炭鉱とする。
住友赤平の立坑施設からJR赤平駅方面へ進むと、ちょうど駅の裏手に当たる位置に「日本一のズリ山階段>>57」の看板を掲げた駐車場があり、左手に見えるコンクリート製の建造物がこの赤間炭鉱選炭工場の一部施設である。炭鉱施設は閉山後市の所有となり、ほとんどは解体撤去されたが、産業遺産としての価値が見直されるに当たって、今は炭鉱遺産として整備されているズリ山と共に残されている。
初訪は2009年、上の写真が当時のものである。
2012年にはズリ山を登るために再訪した。以下はその時のものである。
2009年には無かった(と記憶している)、フットパスコースの看板が新設されていた。現在もあるかは不明。⑯赤間鉱の選炭工場跡
「選炭工場」では、採掘現場から産出された石炭に混じる不純物を取り除き、品質別に選別する作業を行います。
赤間の選炭工場は、1941(昭和16)年に空知川にかかる赤間橋(現存していません。)とあわせて建設されました。この工場は、選炭工場と貨車への積込施設が別々に配置され、その間をベルトコンベアーで結合していたのが特色でした。
北炭赤間炭鉱が、1973(昭和48)年に閉山(全坑員を空知炭鉱(歌志内市)に集中化)となったため、選炭工場はその役目を終えました。
その後、1999(平成11)年に解体され、現在は原炭ポケット(掘り出した石炭を一時保管するための施設)の一部を残すのみとなりました。
地図・空中写真閲覧サービス 1968/05/08(昭43)・赤平よりほぼ中央が赤間炭鉱の施設、すぐ上に赤平駅、左下がズリ山になるが、大変興味深い。
選炭工場はこのベルトコンベアー2基の施設で、現在残っている原炭ポケットの一部はトロッコ線を挟んだすぐ下の小さい施設だろうか。この施設にも小さいコンベアーのようなものが見える。
下部は漏斗型になっていたようだ。
原炭をコンベアーで揚げ入れて貯炭し、漏斗から積んで選炭過程へという流れだろうか。昔の写真と照らし合わせると、なんとなくどう使用されていたかが(正確に判明せずとも)わかるような感じで面白い。
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#廃 #炭鉱
2026年4月 この範囲を新しい順で読む この範囲をファイルに出力する
カフェはんず(閉店)
カフェはんず(閉店)
2009年の訪問記である。苫小牧の新中野町で長年地域に馴染んだ昔ながらの喫茶店だったが、いつしか閉店しており時代の波に抗えない寂しさも感じる。
2020年頃までは営業していたようだが、丁度コロナ禍の時期に当たるためそれをきっかけに、ということなのかもしれない。
当方の前ブログに、2009年の更に以前仕事中の食事で立ち寄ったという旨が記されており、自身は今ではそのことをすっかり忘れていたのだが実際この店に面する通りを行き来することが当時はあったため、通りがかればいつでもある店というイメージだっただけに閉店を知ると、ずいぶん年月が流れたのだなと改めて思う。
2009年時は日曜に営業しているカフェが少なく、この店が気になっていたという同行の友人のリクエストもあり訪れたところ幸い営業していたため入店した。

昭和レトロ感もありながらも、家庭的なカラーも感じる。喫煙席と禁煙席が分かれており、入口に近い場所(写真1枚目)が喫煙席で、当方らは奥側の禁煙席を選んだ。
落ち着いた雰囲気で、客層は年配やサラリーマン、一人客の姿もあった。
メニューはスパゲティが売りのようだったが、この時はデザートセットにした。ケーキはチーズケーキ・レアチーズ・アップルパイから、ドリンクはコーヒーと紅茶から選ぶ形だった。
昔よく食べてご無沙汰だったチーズケーキ。この機会に久々に選んでみた。みっちりとしていて濃厚。焼色もよく美味しかった。
多分この当時は自身がコーヒーが苦手な時期だったと見えて、紅茶を選んだのだったか。ポットでやってきて2杯分程、レモンも添えていただいてゆったりとしたティータイムを楽しむことが出来た。
これで700円程度と記憶しているが、思えば良心的な価格だった。
今となっては懐かしい思い出である。
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#飲食
ジョイランド樽前跡①
ジョイランド樽前跡①1975年に開園したレジャー施設で、当初は温泉施設として開業したが、翌々年には貸別荘(コテージ)などを増設、更に1979年には「北海道野生動物公園」を開園し、ライオン、トラ、シロクマ等の猛獣系をはじめ鳥類などの野生動物を展示し、アトラクションの遊具も設置された一大遊園地として周辺地域の脚光を浴びた。開園直後の年間入場者数は70万人と、入場に交通渋滞も起こるほどだったようだ。
しかし動物公園は開園当初からトラブルに見舞われ、動物受け入れの難航、檻が未完成での見切り開園など、安全面での批判も多かった。
1981年には越冬中の暖房不足によるライオンの大量死が起き、檻の狭さなど劣悪な飼育環境も問題となって評判を落とし、以後の入場者数は減少の一途を辿った。施設を増設したり、ボンゴなどの珍しい動物も導入することで再起を図ったが、1985年には電気料金の未納によるカニクイザルの大量死にも見舞われ、道からの処分や立入検査を受け休業となり、1987年に経営企業が倒産した。動物園としては8年程度の営業だった。
当時新聞広告で大々的に宣伝していたというのはよく覚えている。シロクマの横顔のマーク、有名歌手のショーイベント、そして珍獣ボンゴのお披露目等々…ボンゴの姿はシルエットにされていて、子供心にも「勿体ぶってるなぁ」という印象だったが、このような壮絶な舞台裏があったことは近年になってから知った。筆者自身はTBS樽前ハイランド>>3の方は訪れた記憶はあるが、こちらのジョイランドを訪れた記憶は無い。位置が共に苫小牧西部なので、何ならハイランドの別称とさえ思っていたくらいだ。
ずっと後になり、跡地が心霊スポットとして聞こえてきた時に、他サイトで現地の写真を色々と見たが、記憶を呼び起こさせるものは特に無かった。新聞広告で見たシロクママークと「北海道野性動物公園」の文字ロゴにのみ懐かしさを感じた。両親に聞いても名前は聞いたことある程度の反応だったので、個人的には地元であるにも関わらず未訪で終わったスポットだ。
それでも廃墟化しつつも残っているということで興味はあったため、2008年に初訪してみた。この数年前には不審火に見舞われ、残されていた建物がほぼ全焼し遺跡然となっており、かつての雰囲気を味わうには物足りなくなっていたのが悔やまれる。
※施設の来歴はWikipediaや個人サイト様のコンテンツ(ジョイランドレポート )を参考にさせていただきました。
▼2008年11月
紅葉との対比が美しくも物悲しい。
▼2009年5月
この時はたまたま市内某所を通りがかった時に見つけた、当時の看板である。
詳しい場所は失念したため、現存するかは不明。
※追記(2024.09.22):GoogleMap上で場所は判明したが、2011年の写真では倒壊し残骸状態となっており、最新2022年では支柱のみ残されている。
▼2019年4月
初訪から10年以上経ち、ふと思い出したため再訪してみた。
ちょうど春先でタイミングも良かったのと、初訪時には見つけられなかったシロクマ舎探索と、コテージ群をじっくり見たかったため、3度に分けて探訪した。
外部から投棄されたものもあるかもしれないが。
営業時に亡くなった動物は、敷地内に埋葬されたとも聞いているが…
近辺の企業の道沿いにも似たヒグマの像があるらしく、この像を移設して塗り替えられたものだという情報もあるが、真偽は如何に。
ちなみに開業当時で大人は1,000円だった。今だと1,600〜1,700円位になるだろうか。
ここを含め周辺の山中は不法投棄も多いようで、立入禁止箇所も増え年々アクセスしづらくなっているようだ。
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ジョイランド樽前跡② コテージ群編へ続く
ジョイランド樽前跡③ シロクマ舎編へ
#廃