全年全月15日の投稿[5件]
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2024年10月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
北竜町ひまわりの里
北竜町ひまわりの里
初訪は2006年だが、2013年7月に再訪した時のものを主に上げる。
北竜町ひまわりの里の「ひまわりまつり」は、毎年7月中旬から8月中旬に開催される。見時は8月上旬のようだが、2013年は7月29日に訪れたところ、写真の通りにかなりの満開で見応えがあった。まつり期間は観光センターで食事の提供があったり、ひまわりの里内ではひまわり迷路やアイガモ牧場、ぐるっと巡回するトラクター観覧車など、子供から大人まで楽しめる様々な催しが行われる。
北竜町ひまわりの里は発祥が1979年と、それなりに歴史がある。農協職員が視察先の旧ユーゴスラビアのひまわり畑に触発され、町で栽培を始めたのが始まりで、ひまわりまつりは1987年に初開催された。ひまわり油製造や、ひまわりブランドを冠した減農薬米「ひまわりライス」の生産などを経て、年々作付面積を増やし、現在では約23haに200万本という、日本最大級のひまわり畑となった。また、街の外灯もひまわりモチーフの装飾だったり、施設にひまわりの名が付いていたりと、すっかり町の顔となっている。
一面の花畑は惹かれる風景の一つだが、ヒマワリという花に関しては、素朴だが存在感が大きいだけにピークを過ぎた辺りの外見がとても物悲しく、子供時代の「過ぎゆく夏休み」のような切なさも感じる。そんなヒマワリの海は力強い生命力と壮大な郷愁という相反する要素が同居する風景でもあると思う。毎年見に行きたいような、行きたくないような、複雑な感情が絡み合う。
しかし一旦その中に身を投じれば、只々圧倒されつつ夢中でファインダーを覗くことになるのだが。






2006年に訪れた時にはダチョウ牧場があったが、2013年もあった。
ダチョウもヒマワリを眺めているのだろうか。
二重まぶたのせいか、目が綺麗だと思う。
同じ個体かはわからないが、どことなく2006年に見た時より大人しい。
正面顔は滑稽な感じだが、心を鷲掴みにされそうだ。2006年時のダチョウの写真があったので上げておく。
当時100円で餌やり体験が出来たので、興味があったのでさせてもらった。

オスは体の羽毛が黒く、くちばしが赤い。

こちらはメス。結構ガッツガツいっている。
割と仲が良さそうだった。オス1頭メス2頭くらいで飼育されていた。まつりの期間だけ幌延から移送して飼育展示されていたようで、元々ここで飼われていたわけではなくヒマワリとの関係性も特に無さそうだった。
現在はまつりのマップにもプログラムにもダチョウ牧場の記載はないため(昨年までは2つの迷路の内の1つに「ダチョウ迷路」という名が付いていたが)、ダチョウ牧場は過去の催しとなってしまったようだ。
アイガモ牧場の方は2006年にも見たが、現在も続いている。




しばらく観察していると、大変社会性のある生態のように感じる。愛らしいが妙に生活感がある。
地元の中学生が栽培しているという、世界のひまわりのコーナー。様々な色合いのものがあって興味深いが、真っ赤や黒に近い赤さのものは燃える炎のようで、よりサンフラワーと呼ぶに相応しい。
ヒマワリの蕾はこんな感じ。

なかなか壮観である。
「ひまわり号」を添えておとぎの国のような風景。

整列して栽培されているのがわかる図。

「夏休み」というものに会いたくなったら、また来よう。
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#イベント #公園 #鳥類 #花
2024年9月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
お菓子の家 ポムメリィ
お菓子の家 ポムメリィ
はじめにお断りしておくが、2009年に訪れた時の記録である。
苫小牧西部のお店で、現在はランチ等の食事メニューはなく、ケーキ等のお菓子のみを扱っているそうだ。新型コロナ禍を境に営業形態が変わっているようだが、最近ではアフタヌーンティーセットも提供されており、お洒落で可愛らしい内装も変わらずに今でも美味しいメニューに出合えると思う。
お菓子の家 ポムメリィ
ここで挙げた写真は2009年当時のものであることをご承知願いたい。
以前の職場の同僚が連れて行ってくれたお店で、ランチがちょうどよい量で美味しかったのと、写真映え(画質を抜きにすれば)もするプレートメニューで眠らせてしまうには勿体なかったため、ここで上げてみる。
看板も外観も「お菓子の家」っぽく可愛らしい。雨天だったため車内からの撮影で失礼。
数種類あったランチメニューの中から、ベーグルサンドセットを注文。サラダも上のパリパリ(ジャガイモのフライでしょうか)が歯ごたえ良く、気に入ってしまった。ドリンクはコーヒーと選べたが、紅茶にしてもらった。
ベーグルが外側カリッとしており、食べごたえがあった。
運ばれてきた時に思わず「かわいい〜」と声が漏れてしまった。「とりとりシュークリーム」といい、テイクアウトメニューでもあったが、今も作られているだろうか…家庭の手作り感あふれる懐かしく優しい味だった。
同僚とは久々だったので話が弾んでしまい、追加でシナモンティーを注文。
そして、更にいちごの生ジュースを追加し、積もる話に花咲かせたのだった。どれだけ喋ることがあったのか、今となってはそんな時もあったなと思い返すだけだが、追加オーダーをしてまで長居し他人と話し込むということがもう最近では無くなった。あの頃だったから楽しかったのだろうし、過去の共通の知人のことも忘れつつあり、その辺りの話にも乗れないだろうという要らぬ自信も出てきた。ただ、皆元気で居てくれれば何よりと思うだけである。
こちらのお店では、ケーキのテイクアウトも出来るので、後日しばらくしてから近くに行った際に思い出し、タルトとキッシュを買って帰ったこともある。写真が残っていないのが残念だが、タルトはブルーベリーだったことを覚えており、これも美味だった。
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※2026.4.19追記:「2025年11月に豊川町から緑町へ移転」(号外NET苫小牧市) の情報を確認しました。
#飲食
とある公園の夜桜
とある公園の夜桜
2009年は、個人的には失業中で鬱々としていた時期だった。
その一方、前職で疲弊した心身をしばらく休めるべく、自由になってみようとも腹を括った時期でもあった。
ブログを始めたのも、この年からだった。当初は日常のどうということはない出来事を綴っていたが、引きこもっているのも気が塞ぐため、かと言って遠出出来るほど経済的には余裕もなかったため、地元などの近場を観光・探索してそれもブログネタにしていた。のちに炭鉱廃墟に夢中になり北海道内を様々巡るようになるが、当初は近場でも面白い場所を必死に求めて駆け回っていたような気がする。
こちらは、地元の新聞に夜桜スポットとして載っていた公園である。ネット上では情報が無いため場所の詳細は伏せるが、夜桜こそ実際に見たことはなかったのと、このような小さな公園でもこんなことをやっているのかと興味が湧き、訪れてみた。ちなみにこの時は運動不足解消を兼ねて、物置にしまってあった家族の自転車を拝借した。
まだコンデジの頃で、夜の撮影には不慣れだったので(三脚などは無い)ブレが酷いが、新しいものを見ようとする高揚感には溢れていた記録ということで…
数本ある桜の木のうちの、特に1本をライトアップしている感じだったが、他の淡く光が当たっている木も妖しい雰囲気で素敵だった。





提灯が張られているということは、祭りかイベントがあったのだろうか。筆者が着いた時には他には誰も居なかったが、しばらくすると近所の方や子供連れもやってきて、夜の花見に興じていた。
現在もライトアップが行われているのかは不明だが、知らないだけで意外と近場でも変わった催しが行われているのかも知れない。
地域で親しまれる催しは、観光地のそれとは違った風情があって微笑ましい。
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#公園 #花
2024年8月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
苫小牧西部の沼
苫小牧西部の沼
苫小牧の地名はアイヌ語の「トー・マコマ・ナイ(沼・後ろ・川)」「トー・マコマイ(沼の・マコマイ川(旧苫小牧川>>33か))」等諸説あるが、いずれも沼にちなんだと思われるとおり、市街地の周辺には有名無名の沼地が点在する。ちなみに西部地区にはかつて佐羽内沼があり、市民の憩いの場でもあったが、苫小牧川の治水工事のため埋め立てられた。現在は山手町の宅地になっている。
2008年頃は地元周辺を様々ドライブしていた。ちょうど自分自身の仕事などに不安を抱えており、そんなストレスをかき消すかのごとくインターネットで様々な情報を得ることが楽しかった時期でもあった。その頃に出会った個人運営のサイトはどれも刺激的で面白く、新鮮だった。特に北海道内、地元の周辺を探検して情報を綴っているサイトには大いに興味を引かれた。
しかし今ではそれらのサイトの多くは既に閲覧不可(または更新停止)となっている。
苫小牧の沼に関しては、無難に行けそうな西側の4ヶ所ほどに足を運ぶことが出来、写真も残っていたのでここに載せておく。
※錦大沼は別のエントリーで紹介予定。
▼2008年9月 口無沼
当時口無沼へは、支笏湖通と呼ばれる国道276号から、丸山遠見への入口看板がある分岐へ入るルートが最も知られていた。
この時もそのルートで辿り着いたが、現在は丸山遠見も望楼には立ち入れないためか、いつ通っても入口分岐はゲートが閉じられているので車で辿り着くのは今では難しくなってしまった。
二輪もしくは歩いて行けないこともなさそうだが、国道から3km程になるのと何よりクマの出没が怖い。
支笏湖通以外にも沼へ繋がる林道はあるが、どこも入口ゲートは閉じられているようだ。

桟橋がある静かな佇まいの沼だった。流入出する川が無いことから、口無沼と呼ばれる(実際には北側の湧水から流れ込んでいるらしい)。
▼2008年10月 マッカ沼
樽前SAと、オートリゾートArtenの間に位置する沼だが、夏場は道路から沼の姿を確認するのが困難なのではないか。地図で見ると、沼の一部が苫小牧の市章の形になっている。昭和の頃に観光開発の手が入っていたが、頓挫したようだ。
探訪当時は秋だったので少しの藪漕ぎで見ることが出来たが、家電が投棄され、水面に藻が繁茂し水質も濁って見えてお世辞にも綺麗とは言い難かった。

向こう岸の紅葉は美しかっただけに、残念。
市章の部分。釣り堀になる予定だったようだ。▼2009年1月 観音沼
2009年の樽前ガロー>>2の帰りに、よく分からず道沿いの看板が気になって立ち寄ったら、へら鮒の釣り場となっている沼が見えた。
ここは近くに観音寺があることから、観音沼(または地蔵沼)と呼ばれている。

冬なのであいにく釣り客の姿も無かったが、暖かい季節も良い景色の行楽地になるのだろう。▼2009年4月 タネト沼
こちらは春先に訪れたが、笹薮が深く探索ビギナーとしてはそれなりに苦労した。
よくよく思えば、ここはかつてのレジャー施設、TBS樽前ハイランドの跡地なのである。以前もハイランド跡地に行けないかと調べていたが、入口の柵の向こうは管理されており防犯設備もあるということで、無茶はしていなかった。それだけのリスクを冒してまでも見るべきものはなさそうだったというのもあるが。
そもそも柵の向こうにはゴルフ場の施設もあるので(元々は同じくTBS系が開業している)、ガードが固いのは当然といえば当然なのだが。
藪漕ぎの末に眼前に現れた広大な沼に、子供の頃に見たピンクフラミンゴの群れを重ね合わせた。そして沼のほとりに巡らされた舗装路は、ゴーカートコースだ。樽前ハイランドは、タネト沼とその周辺に施設を展開させていたのである。
※追記(2024.09.16):空中写真閲覧サービスの1975年のタネト沼周辺を見ると、タネト沼の南側に遊園地があり、ワカサギ沼の方に施設を展開していた様子が見られる。フラミンゴの居た沼は、ワカサギ沼の方ではないかとも思われるので、念のため記しておく。
沼目当てが、予てより行きたかった場所に無意識に辿り着いていたという、個人的に印象深い探索だった。

この道なき道を進んだ。笹以外の枯れ草の道は比較的歩きやすかったが。
こちらにも柵が巡らされていたが、ゴルフ場との境界だったのかも知れない。
この建物がランドマークだったが、今でもあるのだろうか。
見えてきた。
沼の南岸の道。ここで大きなオスジカに遭遇して驚いたのを覚えている。
樽前山をバックに、とても美しい沼の景色が広がっていた。TBS系列の企業が展開していた施設らしく、TVCMで沼に躍るフラミンゴの映像が度々流されていたのを覚えている。

ゴーカートコースの舗装路。沼が目的だったので深追いしなかったが、これを辿るとアーチの遺構も見られたらしいので今思えばもう少し欲張ればよかったかも知れない。畳む
#湖沼 #廃
トーテムポールの丘(三階滝公園)
トーテムポールの丘(三階滝公園)>>72三階滝公園を散策していた時に見つけた、エスニック調の木彫。2006年の記録である。
1989年、旧大滝村の時に姉妹提携したカナダのレイク・カウチン村(現在は町)との友好の印として、カナダ木材を輸入し、建設されたのがこのトーテムポール群とのこと。作られたポールは大滝区内の優徳友情公園と三階滝公園に設置されたとあるが、前者の友情公園は今も存在するものの詳細情報はネット上にはほぼ出てこない。三階滝駐車場の道路を挟んだ向かい側も公園地で丘になっており、そちらにも多くのポールが設置されているとのことなので立ち寄ってみた。
Googleのストリートビューだと見当たらないため、現在は撤去されているものと思われる。
トーテムポールは北米大陸の北西海岸部の先住民(カナダではファーストネーションズと呼ばれる)が作っていたもので、近年は各地で類似のものや独自のものが作られているが、発祥は先のアラスカ、カナダ、アメリカ北部のインディアン(この呼びは今では差別的とされているが、当人らの中には堂々と自称する人もいるそう)である。ポールは神仏像のような信仰の対象ではなく、部族それぞれの氏族にまつわる神話や伝説、生活の出来事などを人や動物の形に表現した「家紋」のようなもの、だという。一族の家系や精神史を表示する意味合いもあるのかもしれないが、現代日本に住む我々には完全に理解するのは難しそうだ。しかし、日本でも盆や正月等の年中行事や冠婚葬祭等何らかのイベントや式典を行うことを考えると通じるものはあるのかもしれない。刻まれた人や動物たちのデフォルメもどこか漫画的で、親しみやすい感じがする。
個人的なトーテムポールのイメージが、郊外の学校や昔の観光施設、アイヌコタンなどにも同様のものがあり、それらは彩色が施されていない木の地色という認識だったため、着色されているのが意外だったが実はこれが正式なものだとは、初めて知った。もしかすると自分が目にしたものも色落ちして古びたものだった可能性もあるが。
この公園内に立っているものは模倣やレプリカではなく本場の本物で、看板の説明には木材をカナダから輸入して作ったとあることから制作者もカナダから来訪したのだと思われるが、その辺りの詳しい説明が無かったのは残念だ。
それぞれ表情に独特な愛嬌がある。説明するようなものではないのかもしれないが、どんな動物でどういった意味があるのか、解説が欲しいところだ。
マップに最近の写真が投稿されているのを見ると、これらのポールも大分年季が入って色落ちしつつあるものも増えているようだ。それはそれで味わい深いが思えばこの訪問から20年、設置されてからだと30年以上経つのだ。トーテムポールは修復や新調するものではなく、建てたらあとは朽ちようが倒れようが自然に任せるものらしい。この丘のポール群もそのようにして自然に還っていくのかもしれない。
滝見の際に散策しつつ異文化に触れてみるのも、面白いと思う。
※以下のサイトを参考にさせていただきました。
・FIRSTNATIONS /カナダインディアンの文化
・なぜ作られたのか? アメリカ先住民の謎多き「トーテムポール」の世界 (サライ)
上のサイトによると「はずかしめのポール」というものもあるらしくウワーッ!となった。これはキビシイね!
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#公園 #文化施設