全年8月28日の投稿(時系列順)[3件]
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苫小牧・有明の海
苫小牧・有明の海
以下、2006年4月に撮影したものである。
この年、苫小牧沖で大型船が座礁し、その船がまだ沖に居るとのことで、野次馬根性を起こして見に行ったことがあった。
これらはその時の写真だったらしい。以前の当ブログにそう書いてあり、もう20年近くも経てばそんなエピソードは忘却の彼方である。
記録することでかろうじて思い出すことが出来ているのは、不幸中の幸いかもしれない。
その事故は、苫小牧港管理組合の2006年のニュース に記録がある。
○ 外航船人工リーフで座礁
3月29日午前4時ころ、苫小牧沖で沖待ちをしていた貨物船が、強風を受け市内元町付近で人工リーフに乗り上げ座礁しました。
※人工リーフ=自然石などを使った人工的な暗礁・離岸提など。
おそらくこのことだろうと思われる。
先日も港でフェリーが座礁したり、過去にはイルカが打ち上げられたりなど、度々苫小牧の海ではなにかしら発生している。
元々、周辺の海は浜から遠くない場所で突然深くなるそうで、海水浴には向かないと言われている。
また、真偽の程は不明だが、港を造成してから波が荒くなったという話もあり、いずれにしても以前から遊泳は出来ない海だ。
海のある町で生まれ育った身分なのに、海に対する憧れが強い。
以前キャンプで行った、潮干狩りなど水遊びが出来る海や、夏の積丹のような美しい青い海が自分の中の手前勝手な理想なのだろうと思う。
撮影時からさらに以前に、なんの気まぐれか、母と一緒に同じこの浜に来たことがある。
当時は砂浜で、漂着ゴミや流木などが溢れていたが、波打ち際で足のみ浸したり、浜辺の大きな石が簡単に波に攫われていくのを見て自然の力に感心したりと、地元の浜でもそれなりに楽しんだこともあった。当時と同じ場所に久方ぶりに来た形になる。
砂浜はなだらかな消波ブロックで固められ、綺麗に舗装された遊歩道が整備されていた。流木らしきものは点在するが、ゴミは無くなっていた。すっかり変わった景色に驚かされた。
平成になってから、傾斜を緩やかにする護岸工事が入り、近辺の沖に人工リーフを設置したり(これが先の座礁の原因にもなっているようだが)と、荒天時の波や騒音を和らげたりという効果が期待されているらしい。
国土交通省北海道開発局 室蘭開発建設部 海岸保全施設の整備
砂浜が無くなったのは残念だが、波の穏やかな時は波打ち際まで下りられるようなので、より安全に海と地域の人との共存を目指しているといったところだろうか。

ちょうど中心に見えるのが座礁船。
この橋は、Googleの航空写真を見るに今は無さそうだ。写真だと看板の字が読めず、何のためのものかはよくわからなかった。
途中まで橋を下りてみたが、そのまま海に出る作りになっていた。
近年、ふるさと海岸>>34やキラキラ公園も整備されたことで今までの苫小牧の海とは違う姿が見られそうだが、静かな場所の方が性に合っているためなかなか足を運べずにいる。
※写真のサイズが小さいものは、最初に使っていたamebloの仕様でアップ可能なサイズが限られていたためにリサイズしたものです。
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#海
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西芦別〜頼城 旧駅舎と旧校舎、坑夫像
西芦別〜頼城 旧駅舎と旧校舎、坑夫像
炭鉱の痕跡を探す旅、当時頼りにしていた空知の炭鉱遺産マップをチェックしつつ回ってみたが、2009年当時で既に主だった炭鉱関係施設は解体撤去されていた。残っていても他の用途に転用されているものが多かった。
藪の中や奥地へ分け入ればまだ残っているものも多そうだが(現在、芦別市では「芦別炭鉱遺産マップ 」も公開されており、情報も詳しく記載されている)、現在は自身の探索意欲が落ち着き、再度の挑戦は全くの未定となってしまった。
2009年の初訪当時は先述のマップに載っていた、とあるアーチ形の橋台(具体的な名称は失念した)を目当てに探したものの見つけられず断念したため、町中を適当に回ってみたものである。当記事の写真はほぼ2009年、旧頼城小学校(星槎大学)のみ2016年のものである。
西芦別の郵便局から町中に入ると、突き当りに民間企業の倉庫がある。旧三井芦別鉄道「三井芦別駅」の駅舎だった建物である。こちらはホーム側と思われるが、庇の形状など若干の名残があるように見える。

反対側に回ってみると、駅舎らしい雰囲気が残っている。
奥の青い屋根は郵便局だが現在は建て替えられている。理容院の両脇の建物は現存していない。しばらく進むと西芦別の炭住エリアが見え、そちらからは頼城橋>>77へ繋がる。
国道を更に南下すると炭山川橋から旧炭山川橋梁>>78が見える。
緑泉方面へ進むと、道沿いにポツリと佇む木造の建物。こちらも旧三井芦別鉄道「緑泉駅」の駅舎だった。腰折れ屋根(ギャンブレル)と板張りの壁が味わい深い。
廃止後は個人住宅として使われていたようだが、2019年に解体撤去されている。
更に進むと今は通信制の星槎大学キャンパスとなっている、「旧頼城小学校」の校舎がある。炭鉱時代当時のマンモス校らしく、裏手にはレンガ造りの長大な廊下の校舎が連なる。過去には幾度か内部公開も行われていたが、現在こちらも「炭鉄港」の構成文化財に指定されており、炭鉄港のポータルサイト上で校舎内を内観 出来るようになっている。
頼城の市街地へ入ると、道沿いの小さな広場の隅に立てられている新しい「坑夫の像」。元々は西芦別の三井鉱業所労務課外勤前庭に設置されていた「坑夫の像」が老朽化したため、こちらは1997年(平成9)に新たに作られたレプリカ像になる。原像は1944年(昭和19)に軍需省が派遣した軍需生産美術推進隊彫刻班の古賀忠雄(のちに日本彫刻家協会理事長)らによって制作されたもので、実在の坑夫がモデルになっており、原像の方が幾分スマートな作りだった。
このような坑夫像は北海道では北炭夕張や上砂川にもあり、戦時の増産体制の中、生産士気を高揚させるために全国的に制作され立てられたものである。
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#炭鉱 #古建築 #鉄道
焼肉 金剛園
焼肉 金剛園苫小牧の老舗焼肉店。分店や系列店もいくつかあるが、当方、焼肉といえばたいていこの金剛園を利用している。
遡ると2009年の古い写真も残っていたので、グルメ記事としてこちらに上げておく。
記事とはいえ、グルメに関しては食べログやGoogleばりの詳細なレビューを書くつもりは無いので(書いたことも無い/大体「美味しい」で済ませてしまう)、筆者が個人的に懐かしんで反芻するためのものになる。情報は撮影当時のものになるため、もし興味を持たれることがあれば、最新情報 を確認願いたい。
▼2009年・金剛園 本店にて
こちらのホルモンは比較的小粒で食べやすい。大粒が飲み込めない筆者には有り難い。
▼2016年・初代牛タン 赤兵衛にて
本店の敷地内にある別棟のお店。
厚切りの牛タン定食が食べられる。
アイアンメイデンではない▼2019年・金剛園 和み亭にて
有明町の分店。ランチでも利用したことがあるが、この時は時間限定食べ放題で利用した。
サラダバーの種類が豊富で、彩りよく美味しく食べられる。
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#飲食