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旧北炭幌内炭鉱布引坑 火薬庫
旧北炭幌内炭鉱布引坑 火薬庫
布引坑には、>>106の翌年、2010年に個人的に再訪している。その際に、アートプロジェクトでは未見の遺構も見ることが出来たが、更に後の2021年に訪れた時には、今まで見れなかった遺構を発掘するかのように新たに見つけることが出来た。季節が違うと見られる景色もだいぶ変わってくるため、訪れる度に新しい発見があるように思う。
幌内炭鉱自体がそうだが、比較的近年まで稼働していたこともあり、ここの炭鉱跡には多くの遺構が残されている。
そのため、遺構ごとにまとめて上げていくことにする。
上の写真はアートプロジェクトでも見た火薬庫で、2010年10月のものである。
▼2021年5月
5月だとまだ周りの草木も伸び切らず、上の2010年とは印象が変わる。意外と縦長の小屋なのだ。鉄扉の重厚さが収めていたものの性質を物語る。
屋根は新緑葺き、ではなくレンガの間に芽吹いているらしい。丈夫そうに見えても確実に劣化はしている。
近辺の沢に何やら架け渡されていた橋状のものがあったが、積雪の重みのためかぐにゃりと撓んでいる。
この対岸の急斜面に、先程の火薬庫より大きめのレンガ造りがいくつか建っている。
あの小さな火薬庫は、その日使う分のダイナマイトが保管されていたそうなので、こちらはその大もとの保管場所だったのだろうか。
先程の沢からなんとか対岸によじ登って、近づいてみた。レンガの積み方が美しい。イギリス積みだろうか。

入口と屋根部分は抜けてしまっている。
苔むす壁も美しいが…
屋根部分は劣化している。屋根と壁部分の繋ぎ目は、コンクリで固めてある。開口部の天井にあたる部分になる。
プランターと化していた。先程の小屋の屋根もこうなっているのかもしれない。右上にカタツムリ、おわかりだろうか。思わぬ場所に隠れている小動物は味わい深い。
(よく見ると一つ上の写真にもいる)
こちらの内側もかなり年季が入っている。積んでいる隙間から滲出するように生えてくるようだ。外壁の造りに比べ、内側は凹凸が多いのはそういう造りなのか、あるいは粗雑なのか、経年劣化のせいなのか。
木の板が収まっている箇所もあったが、どういう造りだったのだろうか。どのような状態でダイナマイトが保管されていたのだろう。
廃材を一時的に保管していただけなのかもしれないが。
建物の周りは道らしい道がないため、特に沢側は足場も限られる。本当に斜面の中腹の狭い空間に建てられている。
下の沢を見ると、先程見たひしゃげた橋のような梯子のようなものを見下ろす形になる。
こちらの火薬庫へのアプローチとして架けられていたのだろうか。または足場にしては心許ないので何かしらのパイプなどを渡していたのだろうか。こちらはこの時初めて知ったものなので、やはり春先だと視界が開けて色々なものを見つけやすい。
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#廃 #古建築 #炭鉱
幌内布引アートプロジェクト(2009年)
幌内布引アートプロジェクト(2009年)
三笠市幌内の山中に、旧幌内炭鉱の支坑だった布引坑の跡地がある。
その炭鉱跡地を利用したアートやインスタレーションの展示イベントが2009年に開催されており、訪れた時の記録である。
主催はNPO法人炭鉱の記憶推進事業団 で、炭鉱跡地でのアートプロジェクトは2004年の赤平から定期的に開催されており、他には奔別や夕張でも開催された経歴がある。2020年以降は中断しているようだが、アートプロジェクト以外にも「炭鉄港」関連の取り組みや街歩きイベント、奔別炭鉱跡地の見学等が現在も催されている。
炭鉱跡に興味を持ってから、関連イベントへの参加はこれが初めてだった。三笠の炭鉱跡では奔別が有名で当時既に知ってはいたが、こちらの布引アートプロジェクトも周りで話題に上がっており、知人にも足を運ぶ人が多かった。
期間中は土日のみ、幌内炭鉱景観公園前の特設受付所から1日5便、布引跡地へのスタッフ送迎の車が運行しており、この時間に合わせるため奔別は素通りして真っ直ぐ現地に向かった。
合法的に廃墟や遺構が見られるという点でも貴重な催しであり、ちょっとした探検気分も味わえる、当時の自分のようなビギナーにも面白いイベントだった。
※以下、展示物の説明等は「そらち炭鉱の記憶アートプロジェクト」内の過去のアートプロジェクトの記録 、幌内布引アートプロジェクトの報告書PDFを参考にさせていただいた。
集まった人数が相当数だったため、スタッフの車数台に分乗して現地まで5分程度、林道のようなダートと所々ぬかるんだ道を走り、駐車スペースの広場で降車して歩く。エントランスとなっているポイントで出迎えるアート作品。
坑夫が必ず身につけていた手ぬぐいを数列に亘って並べてフラッグのように掛け、観覧者を迎え入れる道しるべのようになっている。

入口付近から現れる遺構。レンガ造りの小屋は火薬庫で、坑内で使うダイナマイトを保管していた。この小屋ではその日使う分の量が保管されており、有資格者がここから取り出してから入坑していたという。
坑夫の待機や休憩所だった繰込所の外壁。この古い建造物を目にしただけで心が躍る。
逆の方向には、巨大な土管かパイプのような風洞が口を開けている。後ほどそちらにも向かう。
閉塞された風洞トンネルの分岐。
色づき始めた木々に覆われたレンガ壁の大きな建物。こちらが立坑櫓の巻き上げ室で、布引坑跡のメイン遺構となる。大正末期の建築になるらしい。
あっと息を呑む美しさ。外壁はレンガだが、内部はコンクリート造りで天井が高く、伽藍堂となっている。窓にはステンドグラスのようにカラフルなアクリル板が嵌めてあるが、これはアート作品としてのアレンジである。
ここで働いてきた先人と、炭鉱で栄えた時代を讃える聖堂に見立てたものだそうだ。

立坑櫓は、幌内炭鉱閉山の1989年(平成元)に撤去され、巻き上げ機を設置していた建物だけが残されている形になる。巻き上げ機も撤去され、それらが設置されていた台座や基礎には針金で作られた動物たちのオブジェも展示されていたが、人が多くじっくり見ることが出来なかったため、撮影はしていない。
繰込所は巻上室のすぐ隣にある。坑夫たちが一服してから捜検(火気持込の取締り)を受け、すぐ入坑出来る位置関係になる。


廃材が吊るされ宙に浮いているように見えるのも、アート作品。時の経過と物語を想起させる表現となっている。






巻上室の正面に隣接する形で、閉塞された立坑がある。この当時はよくわからず見学していたが、巻上室の傍には立坑の跡もあるとわかったのはだいぶ後になってから。密閉された穴にはガス抜き管がある、なども。
見返して、立坑跡の写真あった!と一人で盛り上がっている。

ここまで綺麗に残っている炭鉱遺構も、珍しいように思う。
風洞トンネルの脇を進む。この苔むし具合にまた気分が上がる。
様々な年齢層、この時は総勢20名くらいは参加していたように記憶しているが、賑やかであってもいつクマが出てもおかしくない山の中である。スタッフの方が熊鈴を鳴らしたり時々ホイッスルを吹いたりと、対策を念入りに行なっていた。
風洞の途中の切れ目に吊るしてある羽毛のようなものは、繭の毛羽なのだそうだ。もちろんこちらもアート作品。風の流れを視覚化したものだそうだが、内部から観覧することを前提としていると後で知って、ちょっと勿体ないことをした。
ここから風洞の内部に入っていく。
風洞の出口(排気口)の手前に水を張り、水面に映る外光を月に見立てている。中々綺麗に撮れなかったのが残念だが、このインスタレーションが最も印象的だった。
そのまま排気口へ進む。京都の寺院(源光庵)にある悟りの窓のようだ。
風洞の外へ出た。人物との対比で、かなり大きなものだ。この風洞は、坑内の汚れた空気を排気するためのトンネルであった。
巻上げのワイヤードラムも残されていた。これも今見ると貴重なものに思える。
風洞トンネルの上を歩き、そこから見下ろす巻上室と立坑。こう見ると位置関係がわかる。
向こうに見えるのは繰込所か。
風洞に何故か立て掛けられている梯子。特にこれを使って昇降したわけではないのだが。
先程の毛羽が吊るされた場所の奥には風洞の斜坑が見える。
穴の向こうは、閉塞されている。
風洞から下りる。おそらくこの時のために踏み固められた階段状の道だが、こういうのもワクワクする。
風洞斜坑の下部。
ガス抜き管の下の奥に密閉された斜坑があり、その空間にもアート作品として可愛らしいお地蔵様が展示されていたのだが、この時点でカメラのバッテリーが切れたため、以降の写真は撮れていない。厳密に言えばこのあとも携帯電話のカメラ(当時はまだスマホは無くガラケー)で苦し紛れに撮ったは撮ったのだが、やはり日暮れに差し掛かっていたこともあり画質が良くなく、のちにデータ整理の時に処分してしまったようで、見当たらなかった。
そのため、この時の写真はここまで。
携帯カメラのシャッター音をパシャパシャ響かせつつ復路を辿っていると、駐車場の方でタイムアップを知らせる(多分)クラクションが鳴り出したので、急ぎ足で戻ることになった。
山中に眠る、この規模の遺構を初めて見学することが出来、主催の方やアーティスト、スタッフの方に只々感謝だった。
帰りの車内で、ドライバーのスタッフの方と他の産業遺産、特に室蘭の工場やタウシュベツ川橋梁の話で盛り上がったのもいい思い出だ。
やはり、炭鉱遺構界隈、好みや興味の場所が被るらしい。
この布引坑跡については、翌年2010年以降何度か再訪しているので、別記事でそちらも上げようと思う。
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#廃 #古建築 #炭鉱 #イベント
幌内炭鉱布引坑 繰込所跡
幌内炭鉱布引坑 繰込所跡坑夫が入坑する前の待機所や休憩室として使われた繰込所。
布引坑では外形を保ちつつ、現存している。
アートプロジェクト>>106以降は2010年、2016年、2021年と再訪した。
少しずつ風化はしているが、まだ廃墟美を堪能することは出来るだろうと思われる。
▼2010年10月
アートプロジェクト時の展示物はぶら下がったままのようだった。
▼2016年7月
だいぶ間が空いての再訪。夏場だったこともあってか、ここまで辿り着くのがやや困難になっていた。
ダートも緑に埋もれ、これまでより少し前の地点でクルマを停めて歩くことにした。
窓の外は緑に埋もれかけている。やはり夏の探索は過酷だ。
経年のせいか、或いは片付けられたのか、内部がかなりスカスカになっている分、広さも感じる。
そこに生活や人の営みがあったことの証でもある。
▼2021年5月
順番的に火薬庫>>107の次に見ることになる。
春に来たのは初めてだがやはり緑が伸び切らない内だと見やすくてよい。
「火気厳禁」の看板も普段は埋もれていてよく見えなかったが、元から立っていたものだ。
人工物はこのように分解されていくのかと、興味深くもあるが脅威も感じる。
実際に目にしているわけではないが、初めて見た時になんとなく感じられた現役時の活気も、こうして写真で見比べていると次第に薄れていくように思えて少し切ない。
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#廃 #古建築 #炭鉱