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スイーツから廃墟まで。北の国からお送りする日常ゆるゆる探検。2009年から始めた前ブログの記事を再編、移植しています


2026年8月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

旧北炭幌内炭鉱布引坑 火薬庫

旧北炭幌内炭鉱布引坑 火薬庫

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布引坑には、>>106の翌年、2010年に個人的に再訪している。その際に、アートプロジェクトでは未見の遺構も見ることが出来たが、更に後の2021年に訪れた時には、今まで見れなかった遺構を発掘するかのように新たに見つけることが出来た。季節が違うと見られる景色もだいぶ変わってくるため、訪れる度に新しい発見があるように思う。

幌内炭鉱自体がそうだが、比較的近年まで稼働していたこともあり、ここの炭鉱跡には多くの遺構が残されている。
そのため、遺構ごとにまとめて上げていくことにする。

上の写真はアートプロジェクトでも見た火薬庫で、2010年10月のものである。

▼2021年5月

202608200053371-admin.jpg5月だとまだ周りの草木も伸び切らず、上の2010年とは印象が変わる。
意外と縦長の小屋なのだ。鉄扉の重厚さが収めていたものの性質を物語る。

20260820005337-admin.jpg屋根は新緑葺き、ではなくレンガの間に芽吹いているらしい。
丈夫そうに見えても確実に劣化はしている。

2026082000533713-admin.jpg近辺の沢に何やら架け渡されていた橋状のものがあったが、積雪の重みのためかぐにゃりと撓んでいる。

2026082000533714-admin.jpgこの対岸の急斜面に、先程の火薬庫より大きめのレンガ造りがいくつか建っている。

2026082000533715-admin.jpgあの小さな火薬庫は、その日使う分のダイナマイトが保管されていたそうなので、こちらはその大もとの保管場所だったのだろうか。

2026082000533712-admin.jpg先程の沢からなんとか対岸によじ登って、近づいてみた。
レンガの積み方が美しい。イギリス積みだろうか。

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2026082000533710-admin.jpg入口と屋根部分は抜けてしまっている。

202608200053379-admin.jpg苔むす壁も美しいが…

202608200053375-admin.jpg屋根部分は劣化している。
屋根と壁部分の繋ぎ目は、コンクリで固めてある。開口部の天井にあたる部分になる。

202608200053374-admin.jpgプランターと化していた。先程の小屋の屋根もこうなっているのかもしれない。
右上にカタツムリ、おわかりだろうか。思わぬ場所に隠れている小動物は味わい深い。
(よく見ると一つ上の写真にもいる)

202608200053373-admin.jpgこちらの内側もかなり年季が入っている。積んでいる隙間から滲出するように生えてくるようだ。
外壁の造りに比べ、内側は凹凸が多いのはそういう造りなのか、あるいは粗雑なのか、経年劣化のせいなのか。

202608200053372-admin.jpg木の板が収まっている箇所もあったが、どういう造りだったのだろうか。
どのような状態でダイナマイトが保管されていたのだろう。
廃材を一時的に保管していただけなのかもしれないが。

202608200053376-admin.jpg建物の周りは道らしい道がないため、特に沢側は足場も限られる。
本当に斜面の中腹の狭い空間に建てられている。

202608200053378-admin.jpg下の沢を見ると、先程見たひしゃげた橋のような梯子のようなものを見下ろす形になる。

202608200053377-admin.jpgこちらの火薬庫へのアプローチとして架けられていたのだろうか。または足場にしては心許ないので何かしらのパイプなどを渡していたのだろうか。

こちらはこの時初めて知ったものなので、やはり春先だと視界が開けて色々なものを見つけやすい。
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#廃 #古建築 #炭鉱

道央,三笠

幌内布引アートプロジェクト(2009年)

幌内布引アートプロジェクト(2009年)

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三笠市幌内の山中に、旧幌内炭鉱の支坑だった布引坑の跡地がある。
その炭鉱跡地を利用したアートやインスタレーションの展示イベントが2009年に開催されており、訪れた時の記録である。

主催はNPO法人炭鉱の記憶推進事業団 で、炭鉱跡地でのアートプロジェクトは2004年の赤平から定期的に開催されており、他には奔別や夕張でも開催された経歴がある。2020年以降は中断しているようだが、アートプロジェクト以外にも「炭鉄港」関連の取り組みや街歩きイベント、奔別炭鉱跡地の見学等が現在も催されている。

炭鉱跡に興味を持ってから、関連イベントへの参加はこれが初めてだった。三笠の炭鉱跡では奔別が有名で当時既に知ってはいたが、こちらの布引アートプロジェクトも周りで話題に上がっており、知人にも足を運ぶ人が多かった。
期間中は土日のみ、幌内炭鉱景観公園前の特設受付所から1日5便、布引跡地へのスタッフ送迎の車が運行しており、この時間に合わせるため奔別は素通りして真っ直ぐ現地に向かった。

合法的に廃墟や遺構が見られるという点でも貴重な催しであり、ちょっとした探検気分も味わえる、当時の自分のようなビギナーにも面白いイベントだった。

※以下、展示物の説明等は「そらち炭鉱の記憶アートプロジェクト」内の過去のアートプロジェクトの記録 、幌内布引アートプロジェクトの報告書PDFを参考にさせていただいた。

2026081602173939-admin.jpg集まった人数が相当数だったため、スタッフの車数台に分乗して現地まで5分程度、林道のようなダートと所々ぬかるんだ道を走り、駐車スペースの広場で降車して歩く。

エントランスとなっているポイントで出迎えるアート作品。
坑夫が必ず身につけていた手ぬぐいを数列に亘って並べてフラッグのように掛け、観覧者を迎え入れる道しるべのようになっている。

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2026081602173937-admin.jpg入口付近から現れる遺構。レンガ造りの小屋は火薬庫で、坑内で使うダイナマイトを保管していた。
この小屋ではその日使う分の量が保管されており、有資格者がここから取り出してから入坑していたという。

2026081602173936-admin.jpg坑夫の待機や休憩所だった繰込所の外壁。この古い建造物を目にしただけで心が躍る。

2026081602173935-admin.jpg逆の方向には、巨大な土管かパイプのような風洞が口を開けている。後ほどそちらにも向かう。

2026081602173934-admin.jpg閉塞された風洞トンネルの分岐。

2026081602173933-admin.jpg色づき始めた木々に覆われたレンガ壁の大きな建物。
こちらが立坑櫓の巻き上げ室で、布引坑跡のメイン遺構となる。大正末期の建築になるらしい。

2026081602173932-admin.jpgあっと息を呑む美しさ。外壁はレンガだが、内部はコンクリート造りで天井が高く、伽藍堂となっている。

窓にはステンドグラスのようにカラフルなアクリル板が嵌めてあるが、これはアート作品としてのアレンジである。
ここで働いてきた先人と、炭鉱で栄えた時代を讃える聖堂に見立てたものだそうだ。

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2026081602173930-admin.jpg立坑櫓は、幌内炭鉱閉山の1989年(平成元)に撤去され、巻き上げ機を設置していた建物だけが残されている形になる。
巻き上げ機も撤去され、それらが設置されていた台座や基礎には針金で作られた動物たちのオブジェも展示されていたが、人が多くじっくり見ることが出来なかったため、撮影はしていない。

2026081602173929-admin.jpg繰込所は巻上室のすぐ隣にある。
坑夫たちが一服してから捜検(火気持込の取締り)を受け、すぐ入坑出来る位置関係になる。

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2026081602173927-admin.jpg廃材が吊るされ宙に浮いているように見えるのも、アート作品。
時の経過と物語を想起させる表現となっている。

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2026081602173919-admin.jpg巻上室の正面に隣接する形で、閉塞された立坑がある。

この当時はよくわからず見学していたが、巻上室の傍には立坑の跡もあるとわかったのはだいぶ後になってから。密閉された穴にはガス抜き管がある、なども。

見返して、立坑跡の写真あった!と一人で盛り上がっている。

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2026081602173918-admin.jpgここまで綺麗に残っている炭鉱遺構も、珍しいように思う。

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2026081602173915-admin.jpg風洞トンネルの脇を進む。
この苔むし具合にまた気分が上がる。

2026081602173914-admin.jpg様々な年齢層、この時は総勢20名くらいは参加していたように記憶しているが、賑やかであってもいつクマが出てもおかしくない山の中である。スタッフの方が熊鈴を鳴らしたり時々ホイッスルを吹いたりと、対策を念入りに行なっていた。

2026081602173913-admin.jpg風洞の途中の切れ目に吊るしてある羽毛のようなものは、繭の毛羽なのだそうだ。もちろんこちらもアート作品。
風の流れを視覚化したものだそうだが、内部から観覧することを前提としていると後で知って、ちょっと勿体ないことをした。

ここから風洞の内部に入っていく。

2026081602173912-admin.jpg風洞の出口(排気口)の手前に水を張り、水面に映る外光を月に見立てている。中々綺麗に撮れなかったのが残念だが、このインスタレーションが最も印象的だった。

2026081602173911-admin.jpgそのまま排気口へ進む。京都の寺院(源光庵)にある悟りの窓のようだ。

2026081602173910-admin.jpg風洞の外へ出た。人物との対比で、かなり大きなものだ。

この風洞は、坑内の汚れた空気を排気するためのトンネルであった。

202608160217399-admin.jpg巻上げのワイヤードラムも残されていた。
これも今見ると貴重なものに思える。

202608160217398-admin.jpg風洞トンネルの上を歩き、そこから見下ろす巻上室と立坑。こう見ると位置関係がわかる。

202608160217397-admin.jpg向こうに見えるのは繰込所か。

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202608160217395-admin.jpg風洞に何故か立て掛けられている梯子。特にこれを使って昇降したわけではないのだが。

202608160217394-admin.jpg先程の毛羽が吊るされた場所の奥には風洞の斜坑が見える。

202608160217393-admin.jpg穴の向こうは、閉塞されている。

202608160217392-admin.jpg風洞から下りる。おそらくこの時のために踏み固められた階段状の道だが、こういうのもワクワクする。

202608160217391-admin.jpg風洞斜坑の下部。

20260816021739-admin.jpgガス抜き管の下の奥に密閉された斜坑があり、その空間にもアート作品として可愛らしいお地蔵様が展示されていたのだが、この時点でカメラのバッテリーが切れたため、以降の写真は撮れていない。

厳密に言えばこのあとも携帯電話のカメラ(当時はまだスマホは無くガラケー)で苦し紛れに撮ったは撮ったのだが、やはり日暮れに差し掛かっていたこともあり画質が良くなく、のちにデータ整理の時に処分してしまったようで、見当たらなかった。

そのため、この時の写真はここまで。


携帯カメラのシャッター音をパシャパシャ響かせつつ復路を辿っていると、駐車場の方でタイムアップを知らせる(多分)クラクションが鳴り出したので、急ぎ足で戻ることになった。
山中に眠る、この規模の遺構を初めて見学することが出来、主催の方やアーティスト、スタッフの方に只々感謝だった。

帰りの車内で、ドライバーのスタッフの方と他の産業遺産、特に室蘭の工場やタウシュベツ川橋梁の話で盛り上がったのもいい思い出だ。
やはり、炭鉱遺構界隈、好みや興味の場所が被るらしい。

この布引坑跡については、翌年2010年以降何度か再訪しているので、別記事でそちらも上げようと思う。
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#廃 #古建築 #炭鉱 #イベント

道央,三笠

北海道秘宝館(閉館)

北海道秘宝館(閉館)

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2009年、当時の知己と半ばオフ会のような形で訪れたのがこちら。
仲間内では廃墟をはじめ、ちょっとアングラなB級スポットなどが話題に上がっていた時期だった。

国道230号線沿い、定山渓温泉街の外れに位置していたスポットだ。
ストリップ劇場などもそうだが、いわゆる大人向けの娯楽場は温泉街には必ずと言っていいほど併設されていた。
こちらもその一つ、北海道ではおそらく唯一の秘宝館だったのではないだろうか。

昭和の時代の豪勢さとおおらかさの残り香を感じるが、時代の流れにより全国にあったこのような施設は次第に姿を消してゆき、現在、秘宝館に関しては熱海秘宝館のみが国内で唯一営業している施設となる。

この北海道秘宝館は、2009年当時から上のような外観で、営業しているのかが謎と言われていた物件だったが、アポなしで訪れてみたところ営業しており、見学することが出来たが、この頃には不定期営業となっていたようだ。

そこそこの人数で訪れたため、団体料金が適用された上、内部の装置に不具合が多いということで特別料金としてくださった。また、本来内部撮影禁止だったのにもかかわらず、撮影も快諾してくださった。

こちらは翌年2010年の閉館が決まっていたようで、そのためでもあったのかもしれない。
閉館後建物は解体撤去され、国道の拡幅工事が行われている。

20260814015405-admin.jpg白状してしまえば、自分は当時さほどコレ系には興味はなく、ここが閉まっていた場合は第二候補として某洞窟(岩戸観音堂か?)が上がっていたので、密かにそちらを期待していたのだが…笑

この看板のフォントはちょっと欲しいかも(使い道)

2026081401540545-admin.jpg敷地内にそびえ立つ「御涙観音」。TV番組内で証明されたという俗っぽさがアレだが建立のいきさつが気になる。いや、そんなに深い由来はないのかもしれないが。

この観音様は、閉館解体後は何処へ行かれたのだろうか。

202608140154051-admin.jpg2階は焼肉やラーメンなどを提供していたレストランだったらしい。
看板文字のよたり具合がなんとなくポップだ。

202608140154052-admin.jpg入館窓口のすぐ隣に入口がある。一応テーマ毎に展示物が分けられている。

ここからは、ディープな展示物写真を載せていくので、閲覧は自己責任で願いたい。
お子様や性的なアレコレが苦手な方は、閲覧注意。

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202608140154058-admin.jpgこの辺はまあ序の口

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202608140154056-admin.jpgはい、来ましたね。
割と素通り気味に撮影したけど、説明などは今となってはちゃんと読んでみたかった気がする。為にはならないと思うけど。

202608140154054-admin.jpgカジュラホのミトゥナ像のレプリカ。

202608140154055-admin.jpg右側、アクロバティックすぎん?
現地の実物にもこういうのがあるみたい。

2026081401540511-admin.jpg実物を検索して見てみたら、やっぱり本家の方が肉感的で生き生きしていた。こちらはレリーフ状というのもあるのだろうけど。
光る職人技だけど、何考えて造っていたんだろうな…

ヒンズーのシャクティ信仰の具現でもあるのだろう。

2026081401540512-admin.jpgこっちが本家に近いクオリティ。

2026081401540510-admin.jpg模様がソレに見えるという、天然石の展示。

2026081401540513-admin.jpgうーん、やっぱりあったね。

2026081401540514-admin.jpgおそらく上に結びつけてあるおみくじは、これだったのだろう。
残念ながら、使用中止となっていた。

2026081401540515-admin.jpgかわいい(アレな)人形コーナーかと思いきや

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2026081401540516-admin.jpgうん…覗くよな(アレな方はどうなっていたんだろうな…)

2026081401540519-admin.jpgこの看板は下の山王様についての説明だけど、左のアレ、一円玉とかが挟んであってこんなことになってる。痛そう?

2026081401540518-admin.jpgM字かいky

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2026081401540521-admin.jpg各地にいろんな性神様がおられるのな。その隣には…

2026081401540520-admin.jpg脈絡ある?

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2026081401540525-admin.jpg派手さはないけど、そこまでの実用品ではないだけに妙に贅を凝らしているものに感じる。

2026081401540526-admin.jpg今となってはこちらもちゃんと読んでおきたかった。民俗学的には為になりそう。

2026081401540527-admin.jpg水子供養のことまで展示されていて、なんというかソフトからハードまで意外ときっちり展示されているなという印象。水子信仰は比較的新しい時代のものらしいが。これも読んでおきたかった。

2026081401540528-admin.jpgなんすかねこれ?
本来なら床がグラグラと動く仕組みだったらしい。よろめいて掴んだ手すりがよく見ると…といった趣旨。

…いやこれだけ見ると普通にキモいというかグロいというか…とんでもねえセンスだなぁおい

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2026081401540530-admin.jpg彼はここの名物ダンサー。スローペースで回りながら辿々しいニホンゴでなにやらエロっちいサービストークをしていた。

閉館後、ここはしばらく廃墟になっていたらしいが、その間彼は何者かによって盗難されたという話を伝え聞いたが真相のほどは…
…いや、何のために持っていくのよ…売るのか?売れるのか??失業して売られていく巨◯ダンサー…世の無常を見た(見てない)

この舞台の周りに観覧席があって、そこに座って見る形なのだが座面がマッサージ器のごとくうねるという仕掛け。バカだなー

2026081401540531-admin.jpgこれも乗ると震えるというね。バカだなー

2026081401540532-admin.jpgこれ、実際にやってみたかったけど、こちらも故障で水は出なかった。

2026081401540533-admin.jpgので、すでに拝めるようになっている。いやバカだなー

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2026081401540539-admin.jpg動物の剥製があちこちにある。

2026081401540535-admin.jpgセクシー&メルヘンなマネキンコーナー。
手前のハンドルを高速で回すと、風が発生してモンロー現象を起こす…というアレ。

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2026081401540540-admin.jpgいやー、オトナって、バカだよねーーー\(^o^)/
へんだよねーへんだよねー だれかがへんだよねー(=・∞・=)(by ぼ◯ぼの)

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2026081401540543-admin.jpg貴重といえば貴重なのかもしれないが、一般的に動物愛護や福祉の概念が形成された今日ではもう作れないであろう剥製群。

2026081401540544-admin.jpg展示コーナーを出ると「アダルトコーナー」という物販スペースが。なのにソレ系の商品はほぼ無かった。
のたうちコーナーの隣(写真左側)は「ウッフンアッハンコーナー」で、キ◯ィちゃんのぬいぐるみが売られていたのは大いに謎だった。

写真右下は、蝶の翅で彩られた絵画。調べたところ、蝶翅画というジャンルがあり、東南アジアなど外国で見られるものだそうだ。現在ではモルフォ蝶などがよく使われるらしい。材料が材料なので好き嫌いは分かれそうだが、よく作られている。だから何故コレが「のたうちコーナー」にあるのよ。

出口近くの部屋では、AなVが流されておりその音声が漏れ聞こえてくる、最後までなんともシュールな空間だった。

自分一人なら、絶対来ることのなかった場所なので、ある意味貴重な体験だったと思う。
こういう、ゲラゲラ笑いながら突っ込み入れつつ楽しむバカバカしさ、の割に費用が掛かっていそうな娯楽施設は、あの時代だから作れたのだろうなと思うと、これはこれで妙に寂しさも覚える。

大分以前の記録となってしまった。訪れた直後のリアルタイムでは控えめにチョイスして前ブログに載せていたが、年月も過ぎたのでこちらでは折角なので撮影したすべてを掲載した。

途中お粗末な口調になったのは、こんなもん真面目くさって観るものではないからさ!畳む

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#古建築 #文化施設

道央,札幌

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丸山遠見望楼(閉鎖)

丸山遠見望楼(閉鎖)

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支笏湖へ向かう道沿い、左手林道分岐にかつて「口無沼」>>3と「丸山遠見望楼」を示す看板が立っていた。
現在は望楼が老朽化のため立ち入ることが出来ず、そのせいか看板も撤去され林道ゲートも通年閉まっておりそちらへ進むことは出来ないようだが、2008年時は看板が健在でほぼゲートも開いていたため高い確率で沼と望楼へクルマを走らせることが出来た。

林道を南下すると口無沼へ、北上すると望楼へ辿り着く。「丸山」はこの地区の字名であり、望楼のある場所はひときわ小高い丘になっており、遠く樽前山>>93や恵庭岳などの山岳や広大な森林を一望出来るため「遠見」、望楼に関しては明治期に建てられた簡易的な見張りやぐらが始まりだったそうだ。それからは森林の管理のため使用されていたということらしい。一般にも解放されていたが、2019年に階段部分が倒壊したらしく、以来立入禁止となっている。

この望楼が昔から気になっており、2008年に訪れることが出来た。もっとも、これが最初で最後の訪問になってしまったのが残念だが。

20260423013905-admin.jpg望楼への道は近くになると螺旋を描くような上り道になる。
クルマが息絶え絶えのように辿り着いた頂上の駐車場から見た景色。

202604230139052-admin.jpg木々の間から覗く苫小牧の街並み。港の工場群になる。

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丸山遠見望楼

 丸山遠見は、樽前山があたかも大鳥が翼を拡げるように穏やかな傾斜を見せて、太平洋に接するほぼ中間に位置する標高三二一メートルの小丘陵です。この地一帯の森林は、昭和二九年の洞爺丸台風で想像を絶する大量の風倒木が発生し、壊滅的な被害を受けましたが、多くの人達の長年にわたる努力により現在は見事な樹海がよみがえっています。
 この丘陵地は樽前山、風不死岳を背に紋別岳、恵庭岳を傍らにみて果てしなく拡がる樹海を一望できることから「遠見」と称されています。
 丸山遠見望楼の歴史は古く、明治中期に簡単なヤグラ建の見張り所がおかれたことに始まり、その後改築を繰り返しながら、今日まで百年余り森林火災防止や森林造成の推進に大きな役割を果たしてきました。
 国有林は国民共通の財産として、土砂崩壊防止や水源かん養などの「水土保全林」と、優れた自然環境の保全や余暇活動への利用などの「森林と人との共生林」を柱とする公益林の拡充に重点を置いた管理経営を行っています。
 今後もこの望楼が訪れる人々に森林とのふれあいを通じて自然の素晴らしさ、森林の大切さを実感できる場となればと考えています。


概要

1 構造 全高 13m 基礎コンクリート 木造4階建
2 主要資材 カラマツ材10㎥ スギ材9㎥ 鋼材100kg
3 沿革 ・昭和17年 2階建望楼完成
     ・昭和29年 洞爺丸台風被害を受け改築
     ・昭和54年 老朽化により4階建望楼(13m)新築
     ・平成12年 老朽化により望楼及び看板新築

平成12年10月 北海道森林管理局 胆振東部森林管理署


202604230139054-admin.jpg森林の中に相応しい味わいのある望楼だ。平成12年、2000年に新たに新築されているものなのでこの時点で8年経っていたようだ。2004年(平成16)にも台風被害があったので、もしかしたらその後も改築しているのかもしれない。

階段は結構怖かった。それなりにしっかりした作りではあったが複数名いっぺんに登るとぐらつくような感じがして、同行者が1階づつ上りきってからゆっくり上った。なので登っている途中の撮影は余裕がなく、していない。階段の隙間から下が見えるので、カメラを構える姿勢を取るのが不安だったのだ。

202604230139055-admin.jpg登りきった最上階からの眺め。窓は開閉可能だったので綺麗に撮れた。
こちらは苫東と千歳方面。

202604230139056-admin.jpg左からモーラップ山、恵庭岳、右側が紋別岳。
ここでは見えないが山の向こうに支笏湖がある。

202604230139057-admin.jpg逆光の風不死岳。日が傾きかけていた。

202604230139058-admin.jpg左側が樽前山。風不死岳とのツーショット。

202604230139059-admin.jpg樽前山の裾野。災害から4年経っていたが、ここから見る限りではそんなことを感じさせない雄大さだ。

2026042301390510-admin.jpg苫小牧市街方面と、手前の二筋は右側が国道276号と、左は王子製紙専用鉄道の「山線」跡になる。

紙の原料の木材を伐り出し工場まで運んだ森林鉄道だが、温泉があった支笏湖方面へ行き来する旅客も便乗させたという。安全の保証は無かったが、幸い事故も起こらずに済んだらしい。車もまだ一般には普及しておらず、道路が開かれる以前のことである。

望楼の最上階の屋内には四方にそれぞれ見える山や景色の絵図も掲げられていた。
屋内はそれほど広くないため、あまりうろうろすると階段から落ちそうだったので、そちらの写真も撮らずに終わった。広角レンズがあればよかったのだが。
Googleマップは有り難い。様々な写真を撮ってくれている方が沢山おられる。こういうのは貴重な記録だなと最近はつくづく思う。

2026042301390511-admin.jpg駐車場を見下ろす。ぐるっと回る上り道が結構な急坂だった。

後からカメラを手にした人が来たりと、それなりに知られたスポットだったようだ。

202604230139053-admin.jpgあれから約10年で幾度目かの老朽の時を迎えたようだが、もう新築はしないのだろうか。

今振り返ると、無くすのは惜しく思えるスポットだ。
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#林道 #古建築 #鉄道 #山

道央,苫小牧

苫小牧 市民文化公園(現・出光カルチャーパーク)

苫小牧 市民文化公園(現・出光カルチャーパーク)

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>>34の最後の方に文化公園の噴水の広場を上げたが、2008年に文化公園を散策した時の写真を発掘したのでこちらも上げておく。
現在はネーミングライツで「出光カルチャーパーク」の名で呼ばれるが、敷地内に市の図書館や美術博物館を擁する広い公園で、人工だが池や川がある自然豊かな市民の憩いの場となっている。敷地の施設の種からしてまさしく文化公園の名に相応しいスポットだと思う。
広めの駐車場もあるので用事のついでにふらっと立ち寄って散歩するのにも良い場所だ。手軽に自然を満喫しつつ軽いウォーキングにも良いかもしれない。

只、近年は時期になると蜂の巣も作られるようで被害に遭うケースも聞かれるため、散策には注意が必要だ。

2026042200425017-admin.jpg背丈の高い木が沢山植わっている。奥は歩道と図書館の建物になる。
博物館寄りには大きな人工の池と噴水があり、家族連れや主に子供の遊び場になっている。

2026042200425018-admin.jpg綺麗に剪定されているものもある。ポコポコと可愛い。

202604220042502-admin.jpgどんぐりを拾ったりしていた。たまにこのような公園に来ると童心に還ってしまう。

202604220042503-admin.jpg訪れたのが秋口だったのでトンボが飛んでいたのだが、偶々手に止まった。これは今見ると貴重では…?

202604220042504-admin.jpgよくこれだけ撮らせてくれたものだ。地味に昆虫観察が好き。

20260422004250-admin.jpgオンコ(イチイ)の木。公園や植え込みでよく見かける。

「オンコ」は北海道での通称だが由来は不明だそう。東北の「アカギッコ」の転訛説やアイヌ語由来説もあるがいづれも疑わしいのだそうだ。
(イチイの木はアイヌ語では「ラㇽマニ」「クネニ(意訳:弓になる木)」などと呼ばれる)

202604220042501-admin.jpg秋になると実をつけるが、子供の頃は遊びの途中で見つけると2〜3粒ほど摘み取って食べていたりした。甘みがあって見つける度に口にしていたが、赤い実の部分以外は種を含め全て毒があると知り、なかなかスリリングな遊びをしていたものだ。幸い種は硬かったので吐き出し、実の部分だけ味わっていた。逞しかったな、あの頃は。

202604220042505-admin.jpgカエデは緑色でも綺麗だと思う。

202604220042506-admin.jpg散策路を進むと、人工の小川が見えてくる。

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202604220042508-admin.jpg川底も舗装されているので、水が綺麗。

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2026042200425010-admin.jpg滝も作られている。
せせらぎの音と流水の景色は、心地よい。

すぐ近くが国道や住宅地とは思えない景色。
子供の頃、池など水辺のある公園には特別感があり、密かにお気に入りの場所だった。

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2026042200425012-admin.jpg9月だったが、色づいている葉もあり。

2026042200425013-admin.jpgナナカマドもよく見る木だが、これは大きなものだと思う。

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2026042200425015-admin.jpg栗の木も近年では意外と多いのではないだろうか。

子供の頃はあまり見かけなかったが、後年引っ越してからは近所の植え込みが栗の木で、途端に馴染みの木になった。

都市開発などで植え始め、年数が経って大きく育ったため認識されてきたということなのかもしれない。

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栗はかなり大きく生長するため場所によってはデメリットがある木だが(匂いもよく言われるが個人的にはよくわからない・慣れてしまったのか?)、近所でも秋に子供たちが実を拾いに来る様子は毎年の風物詩になっている。


撮影時から20年近く経ってしまったが、今もほぼ変わらない公園の景色だ。
移り変わりの激しい世の中、こういう場所の有り難みをふつふつと感じてしまう。
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#公園

道央,苫小牧