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	<title><![CDATA[ 検索語「〔$pi=12; or $pi=11; or $pi=10; or $pi=9; or $pi=8; or $pi=7; or $pi=6;〕」の検索結果［7件］ - れきそう 歴史創作ネタLog ]]></title>
	<link>https://yurutan.net/rekisou/</link>
	<description><![CDATA[ 江戸期の北方探検家で歴史創作。絵・漫画・設定・調べ物などゆるゆるっとな。 ]]></description>
	<language>ja</language>
	<copyright>Copyright 2026</copyright>
	<lastBuildDate>Mon, 06 Apr 2026 02:20:02 +0900</lastBuildDate>
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	<title><![CDATA[ 今年のNHK大河『光る君へ』で、道長がまひろ（紫式部）に扇を… ]]></title>
	<description><![CDATA[ 今年のNHK大河『光る君へ』で、道長がまひろ（紫式部）に扇を贈る場面があり、そこには幼き日に出会った2人の姿が描かれていたという、あのシーンはグッと来たわけなのですが。<br />
最近、源氏物語を読み返したら、親しい者同士で扇を交換したり〜という趣旨の記述が出てきて、ああこの時代はそんな雅な習慣があったのだなーとか、これがあの脚本に活かされているのかなとか、ドラマと照らし合わせても中々興味深かった。<br />
初めて読んだのは小学生の頃（児童向けの日本の古典シリーズで）だったので、流石に完全理解出来るほどおませではなかったな…<br />
<br />
ところで間宮の蝦夷地測量の頃、彼と交際（婚姻？）していたアシメノコというアイヌ女性の存在が伝えられているのですが、2人の間に生まれた子供を祖先とする家系の家紋（イトッパもしくはシロシと呼ぶ）が、アイヌの他家にはない扇形のものが伝えられているといわれ、これは間宮がいつも持っていた扇子をモチーフにしたということらしい。扇はアイヌの道具ではなく、和人のものであるため、その系統に和人の存在があったことの証とも言えるのだとか。<br />
<br />
『旭川市史小話』（昭和38年発行）に扇形のイトッパのことが記され、近年では秋葉實氏（故人）により松浦武四郎の記録も精査されてその辺りの輪郭が描かれつつあるようで。アイヌ側の伝承と間宮の故郷の伝承、そして松浦の断片的な記録をつなぎ合わせると、信憑性があることなのではと言われています。<br />
<br />
結納とか結婚式では扇子はおなじみだけど、やはりそういうことなのでしょうかね。アイヌ式の婚礼なら扇子は関係ないはずだけど。<br />
もしや間宮が平安時代のノリでアシメノコさんに贈っていたのだとしたら、意外と風流でキザな事をやってるな？と、なんだか光源氏と被って見えて感心したり面白みがあったり、まあこれは妄想になりますね…<br />
<br />
この辺りのプライベートエピソード、わたし、気になります！（元ネタはミリしら）<br />
 -- Posted by shinozakitakato 〔810文字〕 No.12 ]]></description>
	<link>https://yurutan.net/rekisou/?postid=12</link>
	<guid>https://yurutan.net/rekisou/?postid=12</guid>
	<category>memo</category>
	<pubDate>Wed, 06 Nov 2024 22:57:39 +0900</pubDate>
</item>
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<item>
	<title><![CDATA[ mstdn.yurutan.net 2024年10月16日 … ]]></title>
	<description><![CDATA[ <a class="url labeledlink" href="https://mstdn.yurutan.net/@shinozakitakato/113317180000628583">mstdn.yurutan.net 2024年10月16日 21:49</a> <br />
<br />
<q class="decorationQ" style="display:block;">そういえばひまわりの里で栽培されている品種の名前が「りん蔵」だという話はしましたっけ。販売元がホクレンなのでもしや由来は北海道ということであの人かなと思ったりもしているけど真相は如何に</q><br />
<br />
北竜町のひまわりの里の栽培品種が「春りんぞう」「夏りんぞう」というので（北竜町ポータル参照）あの方の名前じゃね？と気づいて調べてみた。<br />
<br />
<q class="decorationQ" style="display:block;">春りん蔵というのが春蒔き夏開花で背の高い種、夏りん蔵が夏蒔き秋開花で背が低めの種、らしい。花りん蔵というのもあるけどこちらはあまり情報が出てこなかった</q><br />
<br />
普通にググっただけで深入りするつもりもないのだけど、ヒマワリ栽培では割とポピュラーな品種だった。<br />
<br />
ひまわり畑を探検するまみりんの姿が見えますね（気の迷い） -- Posted by shinozakitakato 〔356文字〕 No.11 ]]></description>
	<link>https://yurutan.net/rekisou/?postid=11</link>
	<guid>https://yurutan.net/rekisou/?postid=11</guid>
	<category>zatudan</category>
	<pubDate>Thu, 17 Oct 2024 00:22:21 +0900</pubDate>
</item>
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<item>
	<title><![CDATA[ No.10 ]]></title>
	<description><![CDATA[ <img class="embeddedimage " width="1200" height="872" src="https://yurutan.net/rekisou/images/20240930024346-admin.jpg" alt="20240930024346-admin.jpg"><br />
<img class="embeddedimage " width="1500" height="1061" src="https://yurutan.net/rekisou/images/202409300243461-admin.jpg" alt="202409300243461-admin.jpg"><br />
そろそろこれを上げておこうかと。以前Twitterやっていた時に上げたもの。最近はMastodonとかでも上げたかな。<br />
描いてて大変だったけど楽しかったキャラ設定。あくまでも人物を借りた個人の創作ということで。<br />
<br />
全身描いたのはそれぞれの身長差を確認したかったというのもあるけど、身長についての記録や言い伝え（と推測）があるのはまみりんとイノー先生とコンドウ、そしてたけちゃんだけだと思う。あとはあくまでイメージです。<br />
とくないさんは小柄な感じがする。コンドウは六尺（一尺は約30cm）あったという記録があるのででかいね！ 当時だと尚更大男。うん、そんな感じはする。<br />
<br />
個人的に一番勝手にウケてるのは、シマ先生とコンドウの関係性かな。シマ先生がコンドウに付いて択捉島へ渡ろうとした時、体調を崩して寝込んだシマ先生をコンドウがおちょくってさっさと置いて行ってしまったということがあって、これは多分シマ先生はコンドウのことが苦手でしょって思った。そんな傲慢なコンドウをとくないさんが嗜める、までがワンセット。<br />
ちなみにまみりんより少し前の年代の話。まみりんのマントみたいなのは郷里に残された（つくばみらいの記念館に展示されている）蝦夷毛布をモデルにしているよ！ 樺太探検の時ではなく、蝦夷の測量時に使っていたものらしいけど。<br />
<br />
それぞれのキャラをクローズアップしてビジュアル絵としても小話としても描きたいわね…<br />
<br />
<a href="https://yurutan.net/rekisou/?tag=%e9%96%93%e5%ae%ae%e6%9e%97%e8%94%b5" class="taglink" title="間宮林蔵">#間宮林蔵</a> <a href="https://yurutan.net/rekisou/?tag=%e4%bc%8a%e8%83%bd%e5%bf%a0%e6%95%ac" class="taglink" title="伊能忠敬">#伊能忠敬</a> <a href="https://yurutan.net/rekisou/?tag=%e6%9d%be%e6%b5%a6%e6%ad%a6%e5%9b%9b%e9%83%8e" class="taglink" title="松浦武四郎">#松浦武四郎</a> <a href="https://yurutan.net/rekisou/?tag=%e6%9d%91%e4%b8%8a%e8%b2%9e%e5%8a%a9" class="taglink" title="村上貞助">#村上貞助</a> <a href="https://yurutan.net/rekisou/?tag=%e8%bf%91%e8%97%a4%e9%87%8d%e8%94%b5" class="taglink" title="近藤重蔵">#近藤重蔵</a> <a href="https://yurutan.net/rekisou/?tag=%e6%9d%91%e4%b8%8a%e5%b3%b6%e4%b9%8b%e5%85%81" class="taglink" title="村上島之允">#村上島之允</a> <a href="https://yurutan.net/rekisou/?tag=%e6%9c%80%e4%b8%8a%e5%be%b3%e5%86%85" class="taglink" title="最上徳内">#最上徳内</a> <a href="https://yurutan.net/rekisou/?tag=%e4%bb%8a%e4%ba%95%e5%85%ab%e4%b9%9d%e9%83%8e" class="taglink" title="今井八九郎">#今井八九郎</a> <a href="https://yurutan.net/rekisou/?tag=%e6%9d%be%e7%94%b0%e4%bc%9d%e5%8d%81%e9%83%8e" class="taglink" title="松田伝十郎">#松田伝十郎</a> -- Posted by shinozakitakato 〔664文字〕 No.10 ]]></description>
	<link>https://yurutan.net/rekisou/?postid=10</link>
	<guid>https://yurutan.net/rekisou/?postid=10</guid>
	<category>illust</category>
	<pubDate>Mon, 30 Sep 2024 03:10:40 +0900</pubDate>
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<item>
	<title><![CDATA[ No.9 ]]></title>
	<description><![CDATA[ <img class="embeddedimage nolisted" width="1000" height="662" src="https://yurutan.net/rekisou/images/20240930023205-admin.jpg" alt="20240930023205-admin.jpg"><br />
函館山展望台のイノー先生のレリーフ。<br />
函館山を基点として測量を始めたので最初の地、なのだけど、蝦夷地に上陸した時の場所が道南の福島町吉岡であり、そこから函館（箱館）までも測量を行っていることがわかったため、今では開始の地が吉岡となっている。最近銅像も建てられたのは<a href="https://yurutan.net/rekisou/?postid=4" class="postidlink">&gt;&gt;4</a>で触れたとおり。<br />
<br />
<a href="https://yurutan.net/rekisou/?tag=%e4%bc%8a%e8%83%bd%e5%bf%a0%e6%95%ac" class="taglink" title="伊能忠敬">#伊能忠敬</a>  -- Posted by shinozakitakato 〔152文字〕 No.9 ]]></description>
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	<guid>https://yurutan.net/rekisou/?postid=9</guid>
	<category>travel</category>
	<pubDate>Mon, 30 Sep 2024 02:32:05 +0900</pubDate>
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	<title><![CDATA[ 以前五稜郭公園の箱館奉行所に行った時、資料展示コーナーに歴代… ]]></title>
	<description><![CDATA[ 以前五稜郭公園の箱館奉行所に行った時、資料展示コーナーに歴代の箱館奉行の年表に『函府人名録』が展示（写真・部分）されていて、何の気無く眺めていたら、見覚えのある名前がぽつぽつあって、思わず撮影してしまった。有料の施設のため、撮った写真は自分用としてここには挙げずにおく。<br />
<br />
○箱館奉行<br />
・堀織部正<br />
・村垣淡路守（村垣定行は御庭番家で有名な間宮の上司。人名録は安政4年頃なので範正に代替わりしている）<br />
<br />
○組頭勤方<br />
・安間純之進<br />
<br />
○調役<br />
・向山栄五郎（松浦武四郎と共に樺太・宗谷を調査し現地で亡くなった向山源太夫の養子）<br />
<br />
○調役並<br />
・間宮鉄次郎（間宮林蔵の士分を継いだ養子）<br />
<br />
○調役下役元締<br />
・梨本弥五郎（神威岬の女人禁制を撤廃させた）<br />
<br />
など、これまで北方関連の本を読んできた中で馴染みのある人名が見られて興奮してしまった。<br />
これらは奉行所に所属する役人で、明治以前の北海道史でも重要な位置にある人物だと思う。<br />
<br />
あと、調役に「村上愛助」と、調役下役に「最上徳三郎」という名も見えるのだけど、村上貞助や最上徳内の縁者だろうか。<br />
名前が似ているのと、蝦夷地絡みなもので、可能性はありそうだが確証が持てない。<br />
<br />
村上愛助は実際箱館奉行の役人として名前が出てくる書物は沢山あるが、続柄についての情報はざっと調べた限り出てこない。<br />
<br />
最上徳内の子孫に熊三郎という人物がおり、安政の年代に調役下役だったらしく、のち樺太の探索を行い調役並に昇格して名前を先人と同じく「徳内」と名乗った。元は徳三郎といったのかまたは誤字かも知れないが、同一人物の可能性はある。（参考：北海道史人名字彙 下）<br />
<br />
ともあれ、あの人物達の次世代の人達も活躍していた形跡を思わぬ場所で目に出来て、胸を熱くした。 -- Posted by shinozakitakato 〔739文字〕 No.8 ]]></description>
	<link>https://yurutan.net/rekisou/?postid=8</link>
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	<category>memo</category>
	<pubDate>Wed, 25 Sep 2024 20:40:59 +0900</pubDate>
</item>
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	<title><![CDATA[ そういえば吉村小説を読み終えてまずやったのはGoogleMa… ]]></title>
	<description><![CDATA[ そういえば吉村小説を読み終えてまずやったのはGoogleMapでサハリンの地図を写真で確認したことですね。北部って本当に湿地帯で無数の沼地があるのですが、間宮の描いた地図にもちゃんと多数の沼地が描かれていて、それは現地の人の話も確認しているのだろうけど、高所に登った感じで（現地周辺に山のような高所は存在しないらしい）俯瞰で描かれているのは地味にすごいことなのではと思ったり。Map見てちゃんと現在でもその沼地が変わらずにあるというのが確認できて、感動してしまった。<br />
<br />
サハリンを取材した相原氏も著作で、彼には鳥の目が備わっているというようなことが書かれていたと記憶しているけど、測量術を身に付けた人が体得できる能力なのだろうか。距離感覚に優れていないと出来ないことだよなと思う。 -- Posted by shinozakitakato 〔340文字〕 No.7 ]]></description>
	<link>https://yurutan.net/rekisou/?postid=7</link>
	<guid>https://yurutan.net/rekisou/?postid=7</guid>
	<category>memo</category>
	<pubDate>Sat, 21 Sep 2024 03:40:57 +0900</pubDate>
</item>
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<item>
	<title><![CDATA[ 年明けくらいから吉村昭の『間宮林蔵』を読み返そうと途中まで来… ]]></title>
	<description><![CDATA[ 年明けくらいから吉村昭の『間宮林蔵』を読み返そうと途中まで来て、年表化しつつ読み進めたいと思い直して幾星霜。ぼちぼちやりたいな…<br />
とはいえ史実に忠実とはいえ小説なので、人物叢書とかも参考にしつつやることになるかな。何故か島之允先生が登場したところで思い立った。蝦夷地御用掛雇とか役職もムズカシイね！会社とかもそうだけど役職とか組織図とか苦手過ぎ。幕府だともうさっぱりですわ…まあ下っ端だったということだけはわかる。<br />
それにしても吉村間宮を初めて読んだ時のあの興奮やワクワク感は、二度目以降はもう味わえないのだろうなと思うと少し寂しい。また違う感想や知見が得られるのかな…だといいな…<br />
 -- Posted by shinozakitakato 〔292文字〕 No.6 ]]></description>
	<link>https://yurutan.net/rekisou/?postid=6</link>
	<guid>https://yurutan.net/rekisou/?postid=6</guid>
	<category>memo</category>
	<pubDate>Sat, 21 Sep 2024 03:16:32 +0900</pubDate>
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