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	<title><![CDATA[ 検索語「〔$pi=10; or $pi=9; or $pi=8; or $pi=7; or $pi=6; or $pi=5; or $pi=4;〕」の検索結果［7件］ - れきそう 歴史創作ネタLog ]]></title>
	<link>https://yurutan.net/rekisou/</link>
	<description><![CDATA[ 江戸期の北方探検家で歴史創作。絵・漫画・設定・調べ物などゆるゆるっとな。 ]]></description>
	<language>ja</language>
	<copyright>Copyright 2026</copyright>
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	<title><![CDATA[ No.10 ]]></title>
	<description><![CDATA[ <img class="embeddedimage " width="1200" height="872" src="https://yurutan.net/rekisou/images/20240930024346-admin.jpg" alt="20240930024346-admin.jpg"><br />
<img class="embeddedimage " width="1500" height="1061" src="https://yurutan.net/rekisou/images/202409300243461-admin.jpg" alt="202409300243461-admin.jpg"><br />
そろそろこれを上げておこうかと。以前Twitterやっていた時に上げたもの。最近はMastodonとかでも上げたかな。<br />
描いてて大変だったけど楽しかったキャラ設定。あくまでも人物を借りた個人の創作ということで。<br />
<br />
全身描いたのはそれぞれの身長差を確認したかったというのもあるけど、身長についての記録や言い伝え（と推測）があるのはまみりんとイノー先生とコンドウ、そしてたけちゃんだけだと思う。あとはあくまでイメージです。<br />
とくないさんは小柄な感じがする。コンドウは六尺（一尺は約30cm）あったという記録があるのででかいね！ 当時だと尚更大男。うん、そんな感じはする。<br />
<br />
個人的に一番勝手にウケてるのは、シマ先生とコンドウの関係性かな。シマ先生がコンドウに付いて択捉島へ渡ろうとした時、体調を崩して寝込んだシマ先生をコンドウがおちょくってさっさと置いて行ってしまったということがあって、これは多分シマ先生はコンドウのことが苦手でしょって思った。そんな傲慢なコンドウをとくないさんが嗜める、までがワンセット。<br />
ちなみにまみりんより少し前の年代の話。まみりんのマントみたいなのは郷里に残された（つくばみらいの記念館に展示されている）蝦夷毛布をモデルにしているよ！ 樺太探検の時ではなく、蝦夷の測量時に使っていたものらしいけど。<br />
<br />
それぞれのキャラをクローズアップしてビジュアル絵としても小話としても描きたいわね…<br />
<br />
<a href="https://yurutan.net/rekisou/?tag=%e9%96%93%e5%ae%ae%e6%9e%97%e8%94%b5" class="taglink" title="間宮林蔵">#間宮林蔵</a> <a href="https://yurutan.net/rekisou/?tag=%e4%bc%8a%e8%83%bd%e5%bf%a0%e6%95%ac" class="taglink" title="伊能忠敬">#伊能忠敬</a> <a href="https://yurutan.net/rekisou/?tag=%e6%9d%be%e6%b5%a6%e6%ad%a6%e5%9b%9b%e9%83%8e" class="taglink" title="松浦武四郎">#松浦武四郎</a> <a href="https://yurutan.net/rekisou/?tag=%e6%9d%91%e4%b8%8a%e8%b2%9e%e5%8a%a9" class="taglink" title="村上貞助">#村上貞助</a> <a href="https://yurutan.net/rekisou/?tag=%e8%bf%91%e8%97%a4%e9%87%8d%e8%94%b5" class="taglink" title="近藤重蔵">#近藤重蔵</a> <a href="https://yurutan.net/rekisou/?tag=%e6%9d%91%e4%b8%8a%e5%b3%b6%e4%b9%8b%e5%85%81" class="taglink" title="村上島之允">#村上島之允</a> <a href="https://yurutan.net/rekisou/?tag=%e6%9c%80%e4%b8%8a%e5%be%b3%e5%86%85" class="taglink" title="最上徳内">#最上徳内</a> <a href="https://yurutan.net/rekisou/?tag=%e4%bb%8a%e4%ba%95%e5%85%ab%e4%b9%9d%e9%83%8e" class="taglink" title="今井八九郎">#今井八九郎</a> <a href="https://yurutan.net/rekisou/?tag=%e6%9d%be%e7%94%b0%e4%bc%9d%e5%8d%81%e9%83%8e" class="taglink" title="松田伝十郎">#松田伝十郎</a> -- Posted by shinozakitakato 〔664文字〕 No.10 ]]></description>
	<link>https://yurutan.net/rekisou/?postid=10</link>
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	<category>illust</category>
	<pubDate>Mon, 30 Sep 2024 03:10:40 +0900</pubDate>
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<item>
	<title><![CDATA[ No.9 ]]></title>
	<description><![CDATA[ <img class="embeddedimage nolisted" width="1000" height="662" src="https://yurutan.net/rekisou/images/20240930023205-admin.jpg" alt="20240930023205-admin.jpg"><br />
函館山展望台のイノー先生のレリーフ。<br />
函館山を基点として測量を始めたので最初の地、なのだけど、蝦夷地に上陸した時の場所が道南の福島町吉岡であり、そこから函館（箱館）までも測量を行っていることがわかったため、今では開始の地が吉岡となっている。最近銅像も建てられたのは<a href="https://yurutan.net/rekisou/?postid=4" class="postidlink">&gt;&gt;4</a>で触れたとおり。<br />
<br />
<a href="https://yurutan.net/rekisou/?tag=%e4%bc%8a%e8%83%bd%e5%bf%a0%e6%95%ac" class="taglink" title="伊能忠敬">#伊能忠敬</a>  -- Posted by shinozakitakato 〔152文字〕 No.9 ]]></description>
	<link>https://yurutan.net/rekisou/?postid=9</link>
	<guid>https://yurutan.net/rekisou/?postid=9</guid>
	<category>travel</category>
	<pubDate>Mon, 30 Sep 2024 02:32:05 +0900</pubDate>
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	<title><![CDATA[ 以前五稜郭公園の箱館奉行所に行った時、資料展示コーナーに歴代… ]]></title>
	<description><![CDATA[ 以前五稜郭公園の箱館奉行所に行った時、資料展示コーナーに歴代の箱館奉行の年表に『函府人名録』が展示（写真・部分）されていて、何の気無く眺めていたら、見覚えのある名前がぽつぽつあって、思わず撮影してしまった。有料の施設のため、撮った写真は自分用としてここには挙げずにおく。<br />
<br />
○箱館奉行<br />
・堀織部正<br />
・村垣淡路守（村垣定行は御庭番家で有名な間宮の上司。人名録は安政4年頃なので範正に代替わりしている）<br />
<br />
○組頭勤方<br />
・安間純之進<br />
<br />
○調役<br />
・向山栄五郎（松浦武四郎と共に樺太・宗谷を調査し現地で亡くなった向山源太夫の養子）<br />
<br />
○調役並<br />
・間宮鉄次郎（間宮林蔵の士分を継いだ養子）<br />
<br />
○調役下役元締<br />
・梨本弥五郎（神威岬の女人禁制を撤廃させた）<br />
<br />
など、これまで北方関連の本を読んできた中で馴染みのある人名が見られて興奮してしまった。<br />
これらは奉行所に所属する役人で、明治以前の北海道史でも重要な位置にある人物だと思う。<br />
<br />
あと、調役に「村上愛助」と、調役下役に「最上徳三郎」という名も見えるのだけど、村上貞助や最上徳内の縁者だろうか。<br />
名前が似ているのと、蝦夷地絡みなもので、可能性はありそうだが確証が持てない。<br />
<br />
村上愛助は実際箱館奉行の役人として名前が出てくる書物は沢山あるが、続柄についての情報はざっと調べた限り出てこない。<br />
<br />
最上徳内の子孫に熊三郎という人物がおり、安政の年代に調役下役だったらしく、のち樺太の探索を行い調役並に昇格して名前を先人と同じく「徳内」と名乗った。元は徳三郎といったのかまたは誤字かも知れないが、同一人物の可能性はある。（参考：北海道史人名字彙 下）<br />
<br />
ともあれ、あの人物達の次世代の人達も活躍していた形跡を思わぬ場所で目に出来て、胸を熱くした。 -- Posted by shinozakitakato 〔739文字〕 No.8 ]]></description>
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	<guid>https://yurutan.net/rekisou/?postid=8</guid>
	<category>memo</category>
	<pubDate>Wed, 25 Sep 2024 20:40:59 +0900</pubDate>
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	<title><![CDATA[ そういえば吉村小説を読み終えてまずやったのはGoogleMa… ]]></title>
	<description><![CDATA[ そういえば吉村小説を読み終えてまずやったのはGoogleMapでサハリンの地図を写真で確認したことですね。北部って本当に湿地帯で無数の沼地があるのですが、間宮の描いた地図にもちゃんと多数の沼地が描かれていて、それは現地の人の話も確認しているのだろうけど、高所に登った感じで（現地周辺に山のような高所は存在しないらしい）俯瞰で描かれているのは地味にすごいことなのではと思ったり。Map見てちゃんと現在でもその沼地が変わらずにあるというのが確認できて、感動してしまった。<br />
<br />
サハリンを取材した相原氏も著作で、彼には鳥の目が備わっているというようなことが書かれていたと記憶しているけど、測量術を身に付けた人が体得できる能力なのだろうか。距離感覚に優れていないと出来ないことだよなと思う。 -- Posted by shinozakitakato 〔340文字〕 No.7 ]]></description>
	<link>https://yurutan.net/rekisou/?postid=7</link>
	<guid>https://yurutan.net/rekisou/?postid=7</guid>
	<category>memo</category>
	<pubDate>Sat, 21 Sep 2024 03:40:57 +0900</pubDate>
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	<title><![CDATA[ 年明けくらいから吉村昭の『間宮林蔵』を読み返そうと途中まで来… ]]></title>
	<description><![CDATA[ 年明けくらいから吉村昭の『間宮林蔵』を読み返そうと途中まで来て、年表化しつつ読み進めたいと思い直して幾星霜。ぼちぼちやりたいな…<br />
とはいえ史実に忠実とはいえ小説なので、人物叢書とかも参考にしつつやることになるかな。何故か島之允先生が登場したところで思い立った。蝦夷地御用掛雇とか役職もムズカシイね！会社とかもそうだけど役職とか組織図とか苦手過ぎ。幕府だともうさっぱりですわ…まあ下っ端だったということだけはわかる。<br />
それにしても吉村間宮を初めて読んだ時のあの興奮やワクワク感は、二度目以降はもう味わえないのだろうなと思うと少し寂しい。また違う感想や知見が得られるのかな…だといいな…<br />
 -- Posted by shinozakitakato 〔292文字〕 No.6 ]]></description>
	<link>https://yurutan.net/rekisou/?postid=6</link>
	<guid>https://yurutan.net/rekisou/?postid=6</guid>
	<category>memo</category>
	<pubDate>Sat, 21 Sep 2024 03:16:32 +0900</pubDate>
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<item>
	<title><![CDATA[ No.5 ]]></title>
	<description><![CDATA[ <img class="embeddedimage nolisted" width="724" height="1024" src="https://yurutan.net/rekisou/images/20240909030329-admin.jpg" alt="20240909030329-admin.jpg"><br />
<br />
拙著<a class="url labeledlink" href="https://yurutan.net/book/michinoeki/05/">ミチノエキクエスト5巻</a> の裏表紙裏に描いたもの。<br />
アイヌ民族の人たちも入れたなら、こちらも歴史創作に入れてもいいかな…ウィルタ民族とトナカイです。<br />
<br />
ウィルタはオロッコとも呼ばれ、これはアイヌ側からの他称です。<br />
知床にはオロンコ岩があり、由来はオロッコ族から来ているようですがウィルタのことかは不明。<br />
<br />
このトナカイ、今見ると角が体に対して貧弱でバランス良くないような気がする（自己批評）。<br />
間宮の北夷分界余話では、トナカイの角を「其角枝多く突々たり」と記録されていたけれど、挿絵も鹿に灌木の枝が生えているみたいになっていて、頑張って描いているな…と。しかもその挿絵、間宮の口述を記した同僚の村上貞助が描いているんですよね…実物を見ていない人間が見た人の話を聞いて描いている。見たことある者（私）でさえ難しいのに、それは苦戦しますよな…。写真もまだ無い時代のこと、後年実物も見れたわけでもないので、答え合わせも出来なんだ。<br />
間宮自身は描いていないけど、人物や動物絵は不得手だったのかしら。地図は描いているし地形もラフ描きみたいのが残っているんですけど（高橋作左衛門宛の手紙など）。<br />
<br />
民族衣装はどういった質感や作りになっているのか興味深い。<br />
博物館の在り方（特にコレクション方法の賛否）は館により様々な評価がありますが、実物を見ることが出来るのは貴重なことではあります。<br />
<br />
<a href="https://yurutan.net/rekisou/?tag=%e9%96%93%e5%ae%ae%e6%9e%97%e8%94%b5" class="taglink" title="間宮林蔵">#間宮林蔵</a> <a href="https://yurutan.net/rekisou/?tag=%e6%9d%91%e4%b8%8a%e8%b2%9e%e5%8a%a9" class="taglink" title="村上貞助">#村上貞助</a> <a href="https://yurutan.net/rekisou/?tag=%e3%82%a6%e3%82%a3%e3%83%ab%e3%82%bf" class="taglink" title="ウィルタ">#ウィルタ</a>  -- Posted by shinozakitakato 〔609文字〕 No.5 ]]></description>
	<link>https://yurutan.net/rekisou/?postid=5</link>
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	<category>illust</category>
	<pubDate>Mon, 09 Sep 2024 03:03:29 +0900</pubDate>
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<item>
	<title><![CDATA[ No.4 ]]></title>
	<description><![CDATA[ <img class="embeddedimage nolisted" width="724" height="1024" src="https://yurutan.net/rekisou/images/20240907015917-admin.jpg" alt="20240907015917-admin.jpg"><br />
<br />
拙著<a class="url labeledlink" href="https://yurutan.net/book/michinoeki/04/">ミチノエキクエスト3</a> の裏表紙裏イラスト。<br />
ここまで来ると、あのページを利用して歴史創作に足を突っ込もうとしていたと思われても仕方ない。<br />
しかも上の本文内容が、殿様街道ウォーキングの紀行も入っているしで、本当にやりたかったことは道の駅というよりそっちでしょ？とツッコミが入りそう。<br />
<br />
伊能先生、別段私が語らなくても有名で偉大すぎる御仁だけど、それだけに知っているエピソードに間違いないのかを再確認する作業が地味に難しい。参考の本を読み返したり要約するのが意外と難しい。私だけかな。<br />
<br />
北海道南の福島町に建立された伊能忠敬像、実物をまだ見に行けていないので行かねば…<br />
ゴルファー（またはキャディ）のポーズみたい？と思ったけど、あの競技も地形を読むことがカギになってくるので、まあ通じますよね…<br />
<br />
<a href="https://yurutan.net/rekisou/?tag=%e4%bc%8a%e8%83%bd%e5%bf%a0%e6%95%ac" class="taglink" title="伊能忠敬">#伊能忠敬</a>  -- Posted by shinozakitakato 〔357文字〕 No.4 ]]></description>
	<link>https://yurutan.net/rekisou/?postid=4</link>
	<guid>https://yurutan.net/rekisou/?postid=4</guid>
	<category>illust</category>
	<pubDate>Sat, 07 Sep 2024 01:59:17 +0900</pubDate>
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