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	<title><![CDATA[ 2025年8月の投稿(時系列順)［2件］ - れきそう 歴史創作ネタLog ]]></title>
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	<description><![CDATA[ 江戸期の北方探検家で歴史創作。絵・漫画・設定・調べ物などゆるゆるっとな。 ]]></description>
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	<title><![CDATA[ 当コンテンツ『ゆるたん。』ブログのこの記事 を纏めていて、羅… ]]></title>
	<description><![CDATA[ 当コンテンツ『ゆるたん。』ブログの<a class="url labeledlink" href="https://yurutan.net/yurutan/?postid=66">この記事</a> を纏めていて、羅臼の海岸から国後島が見える写真があり、そのシルエットが山のように見えるため山岳としての名前があるのかと調べてみると、泊山（とまりやま）という名前で、別名Golovninというらしい。<br />
<br />
ん？<br />
<br />
んんん…？？？<br />
<br />
Golovnin？<br />
<br />
<em class="decorationE">ゴロヴニン！！！</em><br />
<br />
あああ、あのゴローニンのことですね！？<br />
<br />
あのゴローニン事件の、まみりんとバチバチした、あの人ですね！（雑）<br />
<br />
ヴァシーリー・ゴローヴニン（日本語表記だと表記揺れの多い人ですが）はロシアの軍人で、ディアナ号での世界一周調査の途中、その数年前に発生した文化露寇の影響で警戒中の日本側に拿捕、身柄を拘束され箱館や松前に幽閉されていた人です。途中で脱走を試みるも連れ戻され、のちにロシア側のリコルドに拿捕された高田屋嘉兵衛が交渉の結果、互いに身柄を交換で帰還を果たしたという、波乱の人でもあります。<br />
<br />
日本での幽閉生活中に『日本幽囚記』を記し、日本での出来事や会った人々、日本の習慣習俗などに触れていますが、概ね日本人のことは好意的に見られていたらしく、日本語訳も出版されているものを読むと中々面白かったりします。日本ではロシア語がほとんど通じなかったため、会話は同行していた千島アイヌがアイヌ語に訳し、それを日本人のアイヌ語通辞が日本語に訳すという2段階通訳で意思疎通をしたといわれ、その後接見した日本役人にロシア語を教えることになったが、アイヌ語通辞の上原熊次郎は老齢だからか覚えが悪く、村上貞助はとても優秀だった旨のことが記されていたり。ゴロちゃん辛口で上原さんが気の毒。<br />
<br />
中でも間宮林蔵とのエピソードが面白すぎで、絶対印象悪いはずの人に数行費やして色々書かれているのは不思議。何度も通い詰めてきて測量法を聞き出そうとしてくるも事情があって教えられずにいるとブチギレられて、日本の軍船を差し向けるぞと恐喝してきたり（それならロシア側でもその何倍もの数で迎え撃つぞと反論してる）、自分の樺太探検の話を自慢気に延々と話す（なんだコイツは）などとまあ実にしつこい（病みそう）。と感じの悪さオンパレードなのに、悪いことばかりでもなく彼の話には未知の情報もあったり他色々と興味深い話もしたよと何故かフォローが入ったり。実は好いてんのかよ。良くも悪くも印象に残った人物なんでしょうが、両者負けず劣らず知的好奇心旺盛で勉強家、方向性は同じでも自国の立場があるために完全には親密になれなかったんだろうなあという感じもします。<br />
<br />
で、国後の泊山に何故彼の名が付いているのか。日本に捕まる前に国後島を訪れているらしく、その時にこの山を記したことで付いたのだろうか。土地や地形に人名を付すのは西欧にはよくあるけれど、日本では地名を人が名乗る（名字・姓）ことが多いなとふと思った。<br />
<br />
間宮海峡も間宮自身や日本側が付けた訳ではなくシーボルトの紹介で呼ばれた名（マミヤノセト）だったわけだし、ロシア側ではネヴェリスコイ海峡だし（間宮が探検したあとに大型船舶で初めて通過した人物の名）。今はタタール海峡が国際的な名称になっているけれど。<br />
<br />
うーん、とりとめがなくなってしまった。<br />
<br />
<img class="embeddedimage nolisted" width="640" height="480" src="https://yurutan.net/rekisou/images/20250804020208-admin.jpg" alt="20250804020208-admin.jpg"><br />
羅臼オッカバケ港付近から見た国後。<br />
多分あれが泊山(Golovnin)なのかなあ。近くて遠い、思わぬところで発見した知っている人。<br />
<br />
<a href="https://yurutan.net/rekisou/?tag=%e9%96%93%e5%ae%ae%e6%9e%97%e8%94%b5" class="taglink" title="間宮林蔵">#間宮林蔵</a> <a href="https://yurutan.net/rekisou/?tag=%e6%9d%91%e4%b8%8a%e8%b2%9e%e5%8a%a9" class="taglink" title="村上貞助">#村上貞助</a> <a href="https://yurutan.net/rekisou/?tag=%e3%82%b4%e3%83%ad%e3%83%b4%e3%83%8b%e3%83%b3" class="taglink" title="ゴロヴニン">#ゴロヴニン</a> -- Posted by shinozakitakato 〔1420文字〕 No.38 ]]></description>
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	<category>memo</category>
	<pubDate>Mon, 04 Aug 2025 02:02:08 +0900</pubDate>
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	<title><![CDATA[ 2006年に知床へ旅行に行った際、ひかりごけ目当てに羅臼町の… ]]></title>
	<description><![CDATA[ 2006年に知床へ旅行に行った際、ひかりごけ目当てに羅臼町のマッカウス洞窟へ足を運んだのですが、そこに建っていた石碑と案内板の説明に惹かれました。<br />
<br />
<img class="embeddedimage " width="640" height="480" src="https://yurutan.net/rekisou/images/202508072341265-admin.jpg" alt="202508072341265-admin.jpg">そう、これが松浦武四郎との出会いだったわけです。<br />
当時の筆者は開拓期以前の北海道の歴史については無知で、幕末の時代に蝦夷地まで来てすごい冒険をした人がいたのだなぁと驚きつつこの看板を眺めていました。そしてこの洞窟に宿泊したのかと。クマが魚の骨をバリバリ食べる音って…それは現代人の我々も怖い…<br />
<br />
<img class="embeddedimage " width="640" height="480" src="https://yurutan.net/rekisou/images/202508072341264-admin.jpg" alt="202508072341264-admin.jpg">隣にあった詩碑。大分見づらいですが。<br />
<br />
<q class="decorationQ" style="display:block;">松浦武四郎　野宿の地<br />
<br />
仮寝する窟におふる石小菅　葦し菖蒲と見てこそハねめ<br />
<br />
安政五年五月●日　武四郎</q><br />
上の看板の説明のとおり、これは彼の著作『知床日誌』の中にある詩で、洞窟に野宿したことが書かれていますが、『戊午志礼登古日誌　乾』という日誌には、「チトライ川口（マッカウスから海岸を300ｍ程北上した所）の番屋に泊まった」旨のことが書かれており（参考：『松浦武四郎知床紀行』秋葉實編）、洞窟のことには触れられていません。『戊午〜』は実際の日誌（紀行文）と思われ、『知床日誌』は紀行を元にした作品、と見るべきものなのでしょう。日誌の著作は他にも『石狩日誌』『天塩日誌』『十勝日誌』など多数ありますが、これらは蝦夷地調査を終えてしばらく経ってから著され、広く民衆にも読まれるために潤色（アレンジ）を加えて出版されたものとのこと。<br />
<br />
ですので、実際に泊まったのは番屋の方で、このマッカウス洞窟には泊まっていないようです。<br />
ならクマの件も…？ ガッカリするやらホッとするやら。<br />
<br />
ですがまあ、著名な人物の著作に出てくる洞窟と思えば（洞窟の存在自体は見聞きしたものなのでしょうし）、これも史跡ですから。<br />
それにしてもこういうのは、案内板で馬鹿正直に説明しようとするといささか理屈っぽくなってしまうので悩みどころでしょうね…<br />
<br />
<small class="decorationS">※このパターンは、拙著同人誌<a class="url labeledlink" href="https://shinozakitakato.booth.pm/items/4601275">『希望と洞窟と石垣山』</a> に記したのと同じですね〜。武四郎が泊まったと云われる別の洞窟の実際的なことを書いています。まあそういうことです。洞窟に泊まるシチュエーション好きかよ。まあワクワクするよね。</small><br />
<br />
それはともかく、自分にとってここは&quot;北海道の名付け親&quot;松浦武四郎のことを知った思い入れの深い場所になります（他にも登山家、古物蒐集家の顔がある）。<br />
これをきっかけに、関連書籍を読んだり（彼自身の著作は膨大なので…さすがに全ては無理ですが）して関心を持ち、そして今に至ります。北方探検家に興味を持った源流が、彼を知ったことだったと思います。もう20年近くになるとは…色々な人物に寄り道してまだすべての著作を読めていない。本格的にハマってしまったら沼一直線なのでしょうね…<br />
<br />
ただこの思い出深いマッカウス洞窟も、崩落の危険のため今はもう見ることが出来ません。<br />
上の石碑と案内板は、かろうじて洞窟の囲いの外にあるようで通行止め地点から徒歩で入れば見られるようなのですが…<br />
<br />
<img class="embeddedimage " width="640" height="480" src="https://yurutan.net/rekisou/images/202508072341261-admin.jpg" alt="202508072341261-admin.jpg"><br />
<img class="embeddedimage " width="640" height="480" src="https://yurutan.net/rekisou/images/20250807234126-admin.jpg" alt="20250807234126-admin.jpg"><br />
<img class="embeddedimage " width="640" height="480" src="https://yurutan.net/rekisou/images/202508072341262-admin.jpg" alt="202508072341262-admin.jpg"><br />
<img class="embeddedimage " width="640" height="480" src="https://yurutan.net/rekisou/images/202508072341263-admin.jpg" alt="202508072341263-admin.jpg"><br />
雰囲気だけでも…（ひかりごけは柵の内側に自生していました。詳しくは<a class="url labeledlink" href="https://yurutan.net/yurutan/?postid=67">こちら</a> へ）<br />
<br />
※『知床日誌』の本文と訳文は、奈良女子大学学術情報センターの所蔵資料<a class="url labeledlink" href="https://www.nara-wu.ac.jp/aic/gdb/nwugdb/edokiko/k024/kaidai.html">『知床日誌』</a> を参考にさせていただきました。<br />
<br />
<a href="https://yurutan.net/rekisou/?tag=%e6%9d%be%e6%b5%a6%e6%ad%a6%e5%9b%9b%e9%83%8e" class="taglink" title="松浦武四郎">#松浦武四郎</a>  -- Posted by shinozakitakato 〔1360文字〕 No.39 ]]></description>
	<link>https://yurutan.net/rekisou/?postid=39</link>
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	<category>memo travel</category>
	<pubDate>Fri, 08 Aug 2025 04:27:46 +0900</pubDate>
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