<?xml version="1.0" encoding="UTF-8"?>
<rss version="2.0">
<channel>
	<title><![CDATA[ カテゴリ「関連本」に属する投稿(時系列順)［11件］ - れきそう 歴史創作ネタLog ]]></title>
	<link>https://yurutan.net/rekisou/</link>
	<description><![CDATA[ 江戸期の北方探検家で歴史創作。絵・漫画・設定・調べ物などゆるゆるっとな。 ]]></description>
	<language>ja</language>
	<copyright>Copyright 2026</copyright>
	<lastBuildDate>Mon, 06 Apr 2026 02:20:02 +0900</lastBuildDate>
	<generator><![CDATA[ <!-- てがろぐ Version: -->Powered by <a href="https://www.nishishi.com/cgi/tegalog/" rel="noreferrer" target="_top">てがろぐ</a> Ver 4.9.0 ]]></generator>
	<!-- BEGIN ENTRIES -->
	<!-- One Entry Data for RSS Feed -->
<item>
	<title><![CDATA[ そろそろ、このカテゴリを始動させるべきかなと。関連本のレビュ… ]]></title>
	<description><![CDATA[ そろそろ、このカテゴリを始動させるべきかなと。関連本のレビュー的なものをいつかやりたいと思ってました。<br />
小説などの創作作品から研究本まで、ぼちぼち上げていきます。<br />
<br />
<br />
<span class="decorationC" style="color:#0099cc;"><b class="decorationB">◆新装版『間宮林蔵』吉村昭　講談社 2011年（原版は1987年発行）</b></span><br />
<br />
やはり最初に挙げるのはこちらでしょうか。小説ですが、資料に忠実に基づいた作品です。<br />
2015年に初読し、これで江戸期の蝦夷地探検家に興味を持ち始めたのでした。<br />
<br />
お前の歴史創作と北方探検家って何なのよ？と聞かれたら、とりあえずこれを読め！と叩きつけるでしょう。私自身がここから始まっていますので。<br />
分かち合えたら僕と握手！合わなければごきげんよう！（やけっぱち）<br />
<br />
予てから北海道の歴史に関心はあったため、その流れで『熊嵐』『赤い人』などいくつか読んでおり、吉村作品にハマりつつあったので他にも読みたくて『高熱隧道』（これは北海道の話ではないが）を書店で探したものの見当たらず、代わりに目に飛び込んできたのがこれでした。間宮って海峡の？樺太探険だっけ？時代はいつ（明治あたりだと思ってた）？なんなら間宮海峡の位置もよくわからない（宗谷海峡の別名だと思ってた）というくらい、それまでは本当に無知だった自分がもはや懐かしい…というか恥ずかしい（笑笑）<br />
戦前の教育では偉人のカテゴリーに入っていたようですが、自分の年代ではすでに学校では習っていなかったので（教育方針や地域性もあるのかもしれない）、仕方ないといえば仕方ない。北海道とは関係ないかもしれないけど、お勉強として読んでおこうくらいの気持ちで手に取ったものです。<br />
<br />
それが、予想に反して、とても面白かった。探検（冒険）モノだからというのもあるけれど、ロシアとの緊張、異民族の生活、世界情勢等、当時の時代背景からがっつりと、本当に勉強になった。人物の一代記なのである程度順を追っていてわかりやすく、この作家特有の淡々とした筆致が逆に場面や心情の人間臭い生々しさを描き出していて、思わず物語に没入してしまいました。巻頭に間宮の樺太図の写しがあるので、これを見ながら読み進めると距離感や位置がわかって良いです。北海道各地にも植林や測量などで関わっているためガッツリ縁はあります。<br />
<br />
もちろん、樺太や北方領土の歴史はこれ以前にも以後にもあり、関わった人物もまだまだ多くいるので間宮の活躍がすべてではありません。<br />
<br />
<br />
それにしても、間宮本人のアクの強さよ…！文化露寇のフヴォストフ事件に巻き込まれるところから物語が始まるのですが、周りが撤退を決める中、自分は交戦を主張したという証文を書けと上司に迫ったり（それ、あの時代でありなの！？）、樺太探検で同行した松田伝十郎に、もう一度海峡の見える場所まで連れて行けとせがんだり、ゴローニンとバチバチやり合ったり…上司や外国人にも堂々と立ち向かう姿は印象的（史実です）。ただそれらの言動も心情的には理解できるので、作家の表現の巧みさもあるのかもしれない。<br />
ここでは全体的に間宮は人間臭くも真面目なキャラとして描かれているので、感情移入しやすくハマる要素はあるのだろう。<br />
伊能忠敬とは師弟関係だったというのもこれで知って、すごく意外…！と驚いたり。<br />
<br />
奉行所からの処分を待つ心情や、異民族からの襲撃、探検中の凍傷や野に分け入る描写は、もうそれだけでこちらも胃が痛むほど。特に野に入る場面の表現、「糠蚊の群れに包まれる」は、『赤い人』でも同じような表現があったと記憶しているけれど、これは実際にそういう経験をしなければ書けない表現なので、信用に値します。そう、ヤブ蚊には、襲われるのではなく、包まれるのです…（経験あり）<br />
<br />
協力を仰ぎ（報酬は一応あっただろうが）、同行したアイヌの人々の労苦、異域の生活や風俗、交易の生き生き（殺伐と？）した姿も一読に値します。<br />
<br />
シーボルトとは面識がなかった前提で書かれていますが、後の研究では会っていたことが判明しているため、このあたりはあくまで創作として見る必要はあるでしょう。<br />
<br />
白状すれば、自分も、読み始めた時は幕府の役職（時代劇なども詳しくないので聞き慣れなかった）や時代背景などの理解が難しく、10ページくらい読んで1ヶ月程放置していたのですが（汗）、気を取り直して続きを読み出すと、樺太行きあたりから俄然面白くなってスラスラ読み進め、後半は暗雲が立ち込める展開に切なくなりつつも一気に読了しました。気がついたら相当この間宮に入れ込んでいて、しばらくは関連の本や情報を漁りまくっていたりと、まあハマりました。あれから10年経つんですね…<br />
<br />
もうこれってドラクエでは？江戸後期ロールプレイングの世界を堪能出来る1冊です（多分）。<br />
<br />
<a href="https://yurutan.net/rekisou/?tag=%e9%96%93%e5%ae%ae%e6%9e%97%e8%94%b5" class="taglink" title="間宮林蔵">#間宮林蔵</a>  -- Posted by shinozakitakato 〔1955文字〕 No.22 ]]></description>
	<link>https://yurutan.net/rekisou/?postid=22</link>
	<guid>https://yurutan.net/rekisou/?postid=22</guid>
	<category>review</category>
	<pubDate>Sat, 11 Jan 2025 04:07:11 +0900</pubDate>
</item>
<!-- One Entry Data for RSS Feed -->
<item>
	<title><![CDATA[ ◆日本史リブレット人057『伊能忠敬』星埜由尚 山川出版社 … ]]></title>
	<description><![CDATA[ <span class="decorationC" style="color:#0099cc;"><b class="decorationB">◆日本史リブレット人057『伊能忠敬』星埜由尚 山川出版社 2010年</b></span><br />
<br />
伊能忠敬についての本、有名すぎる人物のせいか未だに何を読むべきかがわかっていません。<br />
童門冬二の本<a href="https://yurutan.net/rekisou/?postid=41" class="postidlink">&gt;&gt;41</a>や、大谷亮吉、保柳睦美ほか各先生方の研究本もあるのは知っているのですが。<br />
ネット上に伊能研究会のサイトもあり、会報誌などの内容も公開されているため、最新の情報が掴めるのでそちらにガッツリとお世話になりっぱなしで来てしまった感があり、なんだか申し訳なさもあったりします（非会員です…）。<br />
<br />
著者は伊能研究会に携わっている方なので、信用出来る良い本だと思います。<br />
手始めに知りたいというならば、個人的にも日本史リブレットシリーズはとても重宝しています。<br />
文章の中に出てくる人物や事象の解説が上部にあり、わかりやすいです。<br />
<br />
不明点にぶつかった時に、研究会のサイトと共に折に触れて参考書的に引かせてもらっている本です。<br />
<br />
<br />
<br />
余談ですがそういえば、小説『四千万歩の男』も読みたいと思いつつもすっかり購入を忘れていた…<br />
伊能忠敬に関しては、史実に基づいた学習（研究）本が読みたかったので、所詮フィクションだろうからと、後回しにしていたので。<br />
しばらく積読になるだろうけど、そろそろ購入しておこうかな…<br />
<br />
<a href="https://yurutan.net/rekisou/?tag=%e4%bc%8a%e8%83%bd%e5%bf%a0%e6%95%ac" class="taglink" title="伊能忠敬">#伊能忠敬</a>  -- Posted by shinozakitakato 〔544文字〕 No.24 ]]></description>
	<link>https://yurutan.net/rekisou/?postid=24</link>
	<guid>https://yurutan.net/rekisou/?postid=24</guid>
	<category>review</category>
	<pubDate>Wed, 29 Jan 2025 04:06:49 +0900</pubDate>
</item>
<!-- One Entry Data for RSS Feed -->
<item>
	<title><![CDATA[ ◆『伊能忠敬と間宮林蔵の業績』中島武久　ブイツーソリューショ… ]]></title>
	<description><![CDATA[ <span class="decorationC" style="color:#0099cc;"><b class="decorationB">◆『伊能忠敬と間宮林蔵の業績』中島武久　ブイツーソリューション／星雲社 2022年</b></span><br />
<br />
最近欲しい本をチェックしていた時に目に入った本。伊能・間宮関係で新しく発行された本だったので、どのような感じなのか試しに購入してみたものです。研究本というよりはこれらの人物に感銘を受けて執筆したプレゼン本といったところでしょうか。文だけの構成には珍しく横書きのレイアウトです。<br />
<br />
間宮の項に関しては、参考書籍が吉村昭の小説<a href="https://yurutan.net/rekisou/?postid=22" class="postidlink">&gt;&gt;22</a>になっているので、そちらを読了しているなら特に真新しい情報はありません。というか、著者なりに編成はされてはいるものの若干言い回しを変えている程度のほぼ引用なので、著作権的にどうなのか謎…ちょうど樺太探検の部分をチョイスしているのは、著者が戦前のお生まれだからというのもあるのでしょうか（私も樺太探検の部分は好きですが）。<br />
<br />
伊能の項には興味深いものもあって、佐原時代の旗本津田氏との関係や、永沢家との駆け引きなど、面白く読ませてもらいました。ただ私が関係書籍をそれほど読んでいない故なのだろうと思うので、やはり以前に出版された伊能関係の名著に当たるべきかなと。そういうきっかけをくれる種の本かもしれません。<br />
<br />
これは、著者というより出版社や発行元への苦言なのですが、誤字が異様に多いのはさすがに辟易しました…１〜２ヵ所程度ならあるあるですが、読み進める度にそこで引っ掛かり、雰囲気も壊してしまっているように感じます。同一人名が次では違う字で表記揺れしていたり、図合船を合図船と誤記（最後までずっとこの表記だった）していたりで、もしや自分が知らないだけでそういう呼びもあるのかと調べ直したりと、余計な作業で読むのを中断させられるのはちょっと…（年末年始に頭抱えながら読んでいた<a href="https://yurutan.net/rekisou/?postid=21" class="postidlink">&gt;&gt;21</a>のはこれです）校正、されてます？？<br />
<br />
同人誌ならともかく、仮にも出版社で発行・販売しているならちゃんと校正入れてほしい。<br />
（出版社名で調べてみると、なんとなく察しな感じではありましたが…本を出版したいという人が相当数いるのはわかるけど、出すからにはちゃんと整えてやってよ）<br />
<br />
昨今の商業出版事情も垣間見えてしまって、微妙な気持ちになっています。<br />
<br />
<a href="https://yurutan.net/rekisou/?tag=%e4%bc%8a%e8%83%bd%e5%bf%a0%e6%95%ac" class="taglink" title="伊能忠敬">#伊能忠敬</a> <a href="https://yurutan.net/rekisou/?tag=%e9%96%93%e5%ae%ae%e6%9e%97%e8%94%b5" class="taglink" title="間宮林蔵">#間宮林蔵</a>  -- Posted by shinozakitakato 〔935文字〕 No.25 ]]></description>
	<link>https://yurutan.net/rekisou/?postid=25</link>
	<guid>https://yurutan.net/rekisou/?postid=25</guid>
	<category>review</category>
	<pubDate>Thu, 30 Jan 2025 03:04:09 +0900</pubDate>
</item>
<!-- One Entry Data for RSS Feed -->
<item>
	<title><![CDATA[ ◆人物叢書『最上徳内』（新装版） 島谷良吉　吉川弘文館 平成… ]]></title>
	<description><![CDATA[ <span class="decorationC" style="color:#0099cc;"><b class="decorationB">◆人物叢書『最上徳内』（新装版） 島谷良吉　吉川弘文館 平成元年（原版は昭和52年発行）</b></span><br />
<br />
人物にスポットを当てて知りたい場合はやはり人物叢書シリーズが良いのでしょうね。<br />
徳内さん関連を復習して再読したので、上げておきます。<br />
<br />
初読からは大分経つのですが、吉村昭の『間宮林蔵』<a href="https://yurutan.net/rekisou/?postid=22" class="postidlink">&gt;&gt;22</a>では、気難しい大先輩のように書かれていたものの、かなりの北方のエキスパートでもあったということなら是非知っておきたい人物だと思い、こちらを手に取りました。同時期に読んでいたみなもと太郎『風雲児たち』でも最上徳内がクローズアップされており業績は大まかに把握していたこともあって、本書も研究書でも結構面白くて一気に読了した記憶があります。<br />
<br />
先日年表を作りながら再読したのですが、著者の熱意が感じられる筆致で、研究書としては血が通っておりまた興味深く読みました。著者は徳内さんの妻おふでさん側の島谷家の縁者の方らしく（そもそも徳内とおふではそれぞれ祖父・曽祖父が兄弟という親戚関係）、それ故の敬愛の念も感じられます。<br />
<br />
本文内容の徳内の業績については、このブログでも度々記したので割愛します。<br />
<br />
一つこれはえぐいなと思ったのが、遠山景晋に付いて蝦夷地巡見した際に江差の神社に松前章広が奉納した「降福孔夷」の額を「降福紅夷」と読み（くずし字だったためそうとも読めた）、松前藩がロシア側に傾いていると解釈して問題視した件は思わず「国家安康かよ！」と叫びたくなりました（笑）。遠山は、それは詩経の一句だからこじつけは良くないと諌めたものの、結果俎上に上がってこれが松前上地（蝦夷地全域の幕府直轄）の決め手になったというのは、中々の策士振りだなあと。<br />
松前藩のアイヌに対する差配や対露警備もろくになってなかったため、常に上地の機会を幕府側に窺われていたということなのでしょうが。ここに清い人情家というばかりではない徳内の姿が垣間見られてそこも興味深くもあります。それならシーボルトに地図を渡した件も本心はわからないわけで…<br />
<br />
この精力的な行動を見ていると、本当は樺太の北部にも行きたかったんだろうな、なんなら島か半島かも自分が見極めたかったんだろうなと思ったりします。間宮などの若手にちょっと嫉妬する黒徳内さんもいたのかもとか。それはそれでなんだか人間臭くていいな。<br />
<br />
<a href="https://yurutan.net/rekisou/?tag=%e6%9c%80%e4%b8%8a%e5%be%b3%e5%86%85" class="taglink" title="最上徳内">#最上徳内</a>  -- Posted by shinozakitakato 〔977文字〕 No.26 ]]></description>
	<link>https://yurutan.net/rekisou/?postid=26</link>
	<guid>https://yurutan.net/rekisou/?postid=26</guid>
	<category>review</category>
	<pubDate>Fri, 31 Jan 2025 04:36:41 +0900</pubDate>
</item>
<!-- One Entry Data for RSS Feed -->
<item>
	<title><![CDATA[ ◆『猛き黄金の国 伊能忠敬』上下巻 本宮ひろ志　集英社 ヤン… ]]></title>
	<description><![CDATA[ <span class="decorationC" style="color:#0099cc;"><b class="decorationB">◆『猛き黄金の国 伊能忠敬』上下巻 本宮ひろ志　集英社 ヤングジャンプコミックスGJ　2021年</b></span><br />
<br />
あの本宮先生が伊能忠敬を描くのか…それは熱いな！と思いつつ読了。よく考えたら『サラリーマン金太郎』をはじめ働く人にスポットを当てた名作が多いので、地道に働き続けた伊能の生涯を描くにはもってこいだろうなとちょっと納得しました。絵もずっしり安定感とコマ割りや台詞もハイテンションながらもテンポがあって、やっぱりプロ作家さんの作品は感情移入しやすく面白い。<br />
※『猛き黄金の国』では岩崎弥太郎の生涯を描いており、以降はこのタイトルを冠し時代を問わず日本の偉人を描くシリーズものとなっています。<br />
<br />
しかし伊能の全生涯をこの上下巻（約400ページ）で描ききるのは至難の業…上巻と下巻の半分くらいまでは若き日の商人としての活躍が描かれ、あとの残りでやっと天文方に弟子入り、測量地図作りがぐっと凝縮して描かれています。漫画なので演出などの脚色もあるにはあるものの、エンタメとして見れば致し方なしですね。例えば間宮林蔵の伊能への師事と蝦夷地測量、樺太行きの時系列は全く逆です、実際は樺太が先。あとミチさんとの新婚当時の関係性は以前の伝承を踏襲しているのかな、とか。<br />
描き手の訴えたいことは何となく分かるので、それを前面に出すために必要だったのかもな、と思うことにします。<br />
<br />
個人的には、息子の秀蔵との関係性が良好に描かれていてほっこりしました。実際は第六次測量まで助手として同行しながら途中で帰され、最終的に破門されています。後継ぎの景敬と比べると冷淡な扱いだったらしく…また娘のイネさんの勘当も描かれておらずその辺りは平和な伊能家でした。<br />
忠敬という人は、身内に対してもかなり厳格で気難しく、今で言う結構なパワハラモラハラ気質だったのはまあ有名です。それくらいでなければ大事は成し遂げられないというのも理解は出来ますが。<br />
それらのプライベートも描き出したらもういくらページがあっても足りませんね…！<br />
<br />
間宮の描かれ方にやっぱり笑ってしまう、絶対上品に描かれることのない人だな。<br />
あと高橋至時先生がメガネ君なのはちょっとかわいい（笑・思わず自分も影響受けてしまった）<br />
<br />
学習漫画とかもそうですが、こういう歴史系の人物漫画を描かれる方はプロアマ問わず尊敬しますね。<br />
当時の服装とか、背景とかさあ…！！（色々敵わないことを悟った叫び）<br />
<br />
<a href="https://yurutan.net/rekisou/?tag=%e4%bc%8a%e8%83%bd%e5%bf%a0%e6%95%ac" class="taglink" title="伊能忠敬">#伊能忠敬</a>  -- Posted by shinozakitakato 〔1014文字〕 No.30 ]]></description>
	<link>https://yurutan.net/rekisou/?postid=30</link>
	<guid>https://yurutan.net/rekisou/?postid=30</guid>
	<category>review</category>
	<pubDate>Sun, 23 Feb 2025 17:56:18 +0900</pubDate>
</item>
<!-- One Entry Data for RSS Feed -->
<item>
	<title><![CDATA[ ◆『北冥の白虹（オーロラ）』 乾浩　新人物往来社　2003年 ]]></title>
	<description><![CDATA[ <span class="decorationC" style="color:#0099cc;"><b class="decorationB">◆『北冥の白虹（オーロラ）』 乾浩　新人物往来社　2003年</b></span><br />
<br />
最上徳内の全生涯について描かれた小説です。とはいえ、やはり業績が豊富なので、晩年のシーボルトとの交流などは大まかに駆け足になってしまっていますが、9度の蝦夷地渡海をメインに、資料に基づいてみっちり描かれています。蝦夷地探査に関わった人物はこの時代にも沢山いて、まあ山のように役職や人名が出てきます。ある程度、ロシアの南下政策や寛政蝦夷蜂起（クナシリ・メナシの戦い）などの予備知識を入れておかないと、スムーズに読み進めることは難しいかもしれませんが、巻末に参考資料一覧があり、淡々とした史実の記録の中にも冒険譚的に人物を活写しようという意欲が感じられる作品になっています。<br />
<br />
とても唸らされたのは、近藤重蔵に対する心情なのですが、役目に燃えるあまり脱落した部下を置いてさっさと先へ進んでしまう近藤はその傲慢さもあって周りからの評判が良くなかったものの、徳内にはそのような悪口を叩く部下たちの意識が低く見え、むしろ自分が近藤を支えなければとの意欲に燃えたというのがかなり印象的でした。松前藩の圧政に虐げられるアイヌたちには情を寄せる徳内でも、武士の身分に甘んじながら、理不尽とはいえ上役に不平不満を垂れる部下たちの姿は見苦しいものだったというのになるほどなと思ったら、その後の探索では自分の上役になる松平忠明とやりあったりと、おやおや？となる場面もあるのですが、一貫しているのは、アイヌに対する上役の対応の良し悪しの部分なのかなと。近藤は「大日本恵登呂府」の標柱に、和人のみならずアイヌ従者の名（和名に改名されてはいたが）も書き入れ、自分に付いてきた者は区別なく証人として取り上げたというのは近藤の業績の中でも有名な話です（もっとも、当初はアイヌ従者の間でも強引な近藤に不満を持っており、そこを徳内が近藤を取りなしつつ隊の調和を図っていたといわれている）。<br />
<br />
ちなみに近藤に置いていかれた部下の一人が村上島之允なのですが、徳内の村上に対する同情の念もなるほどな、と思いました。絶対村上は近藤のことが嫌いだろうと思っている自分の次元が低く恥ずかしいです…（苦笑）考え改めるべきか<br />
<br />
作者の近藤に対する思い入れが強いのか、好意的に書かれているのが興味深いのですが、同じ作者の小説で近藤を主人公にしたものがあり、以前読んで面白かったのでいずれ再読して紹介しようと思います。<br />
<br />
北辺の択捉島やウルップ島の自然の豊かさに一個人として感激しつつも、ロシアや諸外国の手が伸びる前にいち早く開発するべきという役人としての使命感の狭間で懊悩する様子も度々描かれ、そうだよそういうことなんだよなと。資源開発と自然保護は相性がとことん悪い。<br />
国か、人々の生活か、環境か…イジュヨとのエピソードにしろ、世の中の様々な課題が包括されている作品にも感じられました。<br />
<br />
<a href="https://yurutan.net/rekisou/?tag=%e6%9c%80%e4%b8%8a%e5%be%b3%e5%86%85" class="taglink" title="最上徳内">#最上徳内</a> <a href="https://yurutan.net/rekisou/?tag=%e8%bf%91%e8%97%a4%e9%87%8d%e8%94%b5" class="taglink" title="近藤重蔵">#近藤重蔵</a> &nbsp; -- Posted by shinozakitakato 〔1213文字〕 No.33 ]]></description>
	<link>https://yurutan.net/rekisou/?postid=33</link>
	<guid>https://yurutan.net/rekisou/?postid=33</guid>
	<category>review</category>
	<pubDate>Fri, 07 Mar 2025 02:07:22 +0900</pubDate>
</item>
<!-- One Entry Data for RSS Feed -->
<item>
	<title><![CDATA[ ◆『六つの村を越えて髭をなびかせる者』 西條奈加　PHP研究… ]]></title>
	<description><![CDATA[ <span class="decorationC" style="color:#0099cc;"><b class="decorationB">◆『六つの村を越えて髭をなびかせる者』 西條奈加　PHP研究所　2022年</b></span><br />
<br />
著名な時代作家さんが書かれる最上徳内の小説です。中々取り上げられることのない人物を書いて下さるのはとても嬉しいです。作者の方、北海道出身だったのですね。<br />
<br />
この作品では主に、徳内が蝦夷地探索中に同行させたアイヌの少年フリゥーエンやアッケシの長イコトイら、また上司青島俊蔵らとの交流に焦点を当てています。クナシリ・メナシの戦いについても描かれますが、あくまで徳内の足跡と視点に沿っているため、乱の凄惨さ（目の当たりにはしていない）よりも、松前藩の差配の欠陥による飛騨屋商人の横暴と、それによりアイヌたちが置かれた不幸な境遇に心を痛める様子が重点的に書かれています。<br />
<br />
かなりの松前憎しで物語は展開していきます（まあそうなるでしょうが）。実際当時の松前の場所請負制等のアイヌ政策には色々思うところはありますが、一応注意したいのは、徳内はあくまでも幕府側の人間であり（後の時代の松浦武四郎などに関してもですが）、幕府側にも良かれ悪しかれ思惑あっての蝦夷地政策ではあったということを念頭に置く必要はあるかと思います。その辺りは当書の最後の方でも、幕府側の自分（徳内）たちが動くことが本当にアイヌのためになるのか、和語を覚えさせ農業を奨励することが、結局は彼ら独自の文化を捨てさせることになり和人寄りの同化政策になってしまうのではないかと思い悩む様も書かれていたりします。これは作者本人の煩悶でもあるのでしょうし、北海道の歴史を齧った者（和人）なら必ず突き当たる悩みなのではないでしょうか。そのようなのっぴきならない想いは、当時懸命に探索に回り当事者に触れた末端の役人にもあったのだろうと思います。<br />
<br />
（個人的にも昨今の開き直るような歴史修正（改竄）主義の同化政策正当化や、特にマイノリティ側がマジョリティ側に寄せる発言を聞くやいなやマジョリティ側がそれに甘えて正当化する風潮には疑問を持っています）<br />
<br />
特に田沼から松平へ変わる幕府政治に翻弄された結果の青島俊蔵の末路は、何度関連書籍を読んでも辛いものがあります。主要人物との交流と心情をきっちり表現されている中、特に青島と徳内との関係性が、理想的な上司と部下の温かみのあるものに描かれているので、尚更です（『風雲児たち』の仲良しこよし関係を彷彿とさせる）。情のある者が理不尽に追いやられるのは、今の世も変わらないような気がします。<br />
<br />
現地に赴くことで血の通った声が聞けるものの、どこまで情をかけるべきなのかという匙加減、またある意味では間者として見られるという意識の狭間でどう動くべきかというスリリングな展開も見られます。<br />
<br />
当書に書かれているのは蝦夷地渡海3回目までで、実際はこの先も徳内の北方探索はまだまだ続くのですが、この人物を物語として切り取って編集、構成するには功績が多すぎてやはり難しそうです。エピソードが度々前後したりと進行を把握するのに少々手間取ることがありましたが、それぞれの人物がいい味を出していて良かったです。イタクニップやフルウ、イコトイ、ツキノエ、シラヌカの馬吉さん、上役の山口鉄五郎、音羽塾の鈴木彦助、小人目付の常磐屋笠原などなど、また松前藩の浅利も小憎たらしい悪人として味わい深かった（笑）キャラ立ちしている人物とのやりとりはやはり面白く読み進めることが出来ました。<br />
<br />
そして徳内の容貌を「里芋に黒豆を張りつけたような」というのには妙に納得してしまいました。肖像画もそうですがやはり『風雲児たち』が目に浮かぶ…<br />
<br />
<a href="https://yurutan.net/rekisou/?tag=%e6%9c%80%e4%b8%8a%e5%be%b3%e5%86%85" class="taglink" title="最上徳内">#最上徳内</a> <a href="https://yurutan.net/rekisou/?tag=%e3%82%a2%e3%82%a4%e3%83%8c" class="taglink" title="アイヌ">#アイヌ</a> <br />
 -- Posted by shinozakitakato 〔1494文字〕 No.34 ]]></description>
	<link>https://yurutan.net/rekisou/?postid=34</link>
	<guid>https://yurutan.net/rekisou/?postid=34</guid>
	<category>review</category>
	<pubDate>Fri, 28 Mar 2025 02:47:13 +0900</pubDate>
</item>
<!-- One Entry Data for RSS Feed -->
<item>
	<title><![CDATA[ ◆『伊能忠敬　日本を測量した男』 童門冬二　河出書房新社　2… ]]></title>
	<description><![CDATA[ <span class="decorationC" style="color:#0099cc;"><b class="decorationB">◆『伊能忠敬　日本を測量した男』 童門冬二　河出書房新社　2014年</b></span><br />
<br />
積読をある程度解消したタイミングで、こちらを読んでみようと、読了したので記しておきます。<br />
<br />
一言にいえば、伊能についてのことなら、こちらを真っ先に読んだ方が良かったのではないかと。<br />
童門先生の作品はやはり読みやすく、途中の解説も親切に感じます。<br />
<br />
佐原の名主時代、天文方への弟子入り、蝦夷地測量から日本全土の測量までの大方のあらましが書かれています。物語小説というよりは伊能の全生涯の解説本といった方が適当かもしれません。<br />
残された日記や手紙などから心情の部分も推測して書かれていますが、割と驚いたのが、師である高橋至時と子午線一度を出す時に軽く諍いがあったということ。年下の師といつも和気藹々という訳でもなかったのだなと。<br />
あとは二次測量以降の各藩での悶着やトラブルは何故、どのような行き違いで起こったのかというのも著者の想像も交えつつわかりやすく解説されています。<br />
互いの疑心暗鬼と幕府の無理解、身分制度の弊害の側面が大きいものの、伊能の半ば強引な態度もやはりプライドを持った職人気質の頑固者という一面が見られて、彼のキャラクターがリアリティをもって見えてくるようです。セカンドライフを充実させた中高年の星、時には聖人君子的に見られがちだけど、むしろ酸いも甘いも噛み分けた中高年だからこそ頑固さが際立つのかも。よく、性格的には厳格なパワハラモラハラ気質と言われますが、そんな人間臭さの部分にも触れていて、中々面白かったです。当時の身分制度にも楯突くというのは、感性的には現代人に近いものがあり当時としても革新的というか、厄介な変わり者ではあったのだろうなと。<br />
<br />
だからこそ、あれだけのことを成し遂げられたのでしょうが。<br />
<br />
文章は平易で読みやすく、さすが童門冬二だなと。<br />
若かりし頃に歴史関係の著書をいくつか読んだ記憶があり、親しみやすい文章と、未熟な頭でも理解出来たために著者の名前はよく覚えていました。<br />
そんな童門先生も最近鬼籍に入られてしまい、時代の流れを感じます。<br />
<br />
<a href="https://yurutan.net/rekisou/?tag=%e4%bc%8a%e8%83%bd%e5%bf%a0%e6%95%ac" class="taglink" title="伊能忠敬">#伊能忠敬</a>  -- Posted by shinozakitakato 〔881文字〕 No.41 ]]></description>
	<link>https://yurutan.net/rekisou/?postid=41</link>
	<guid>https://yurutan.net/rekisou/?postid=41</guid>
	<category>review</category>
	<pubDate>Wed, 08 Oct 2025 00:57:04 +0900</pubDate>
</item>
<!-- One Entry Data for RSS Feed -->
<item>
	<title><![CDATA[ ◆『蝦夷草紙』 最上徳内著　吉田常吉編　時事通信社　昭和40… ]]></title>
	<description><![CDATA[ <span class="decorationC" style="color:#0099cc;"><b class="decorationB">◆『蝦夷草紙』 最上徳内著　吉田常吉編　時事通信社　昭和40年</b></span><br />
<br />
<a href="https://yurutan.net/rekisou/?postid=36" class="postidlink">&gt;&gt;36</a>の後半に記した時事通信社の『蝦夷草紙』を読了しました。出版は1965年なので60年前のものになりますが、おそらくこれが最も原書を解読出来る近道になるのかと思われます。<br />
<br />
構成は「蝦夷草紙上巻」「蝦夷草紙下巻」「蝦夷草紙後篇」とそれらの解説、巻末に最上徳内略伝を掲載しています。巻頭によると、底本については、上下巻は<a class="url labeledlink" href="https://www.hi.u-tokyo.ac.jp/">東京大学史料編纂所</a> 所蔵の近藤重蔵旧蔵本『正斎遺書』中の最上徳内自筆本、後篇は大友喜作氏校訂の『北門叢書』所収のものとあります。上下巻の徳内自筆本（近藤重蔵関係資料）といわれるものは編纂所のサイトから検索で閲覧可能です。徳内が自筆の本を近藤重蔵に贈ったものといわれており、平成4年度に重要文化財に指定されています。<br />
<br />
上巻は松前や蝦夷地の風土や蝦夷（アイヌ）の習慣等について、下巻はエトロフやウルップ、カラフトの風土や各所の現地人や赤人（ロシア人）などから得た情報が記されており、天明5年(1785)から寛政元年(1789)の蝦夷地調査での見聞を記録したものになります。寛政元年にはあの寛政蝦夷蜂起（クナシリ・メナシの戦い）があったため、その発端についても記されています（「嫉妬の深き事」注釈が詳しい）。<br />
翌年、政変により巡見隊の上司青島俊蔵に連座し入牢の身となり、保釈後に師の本多利明宅にて執筆した『蝦夷国風俗人情之沙汰』の改訂版がこの蝦夷草紙とされているようです。<br />
<br />
また後篇については、下巻での書き漏らし（イジュヨらとのことは後篇に記されている）を含め再編し、更にその後寛政11年(1799)までの蝦夷地巡見での見聞について記されています。寛政10年(1798)は、徳内が近藤重蔵隊に付いてエトロフまで渡海し日本国の標柱を建てた年になり、それからロシアの南下や松前とアイヌの現状、カラフトへ及ぶ満洲の影響などを痛感し、蝦夷地の開発を強く意識しつつも、幕府の蝦夷地上地に伴う急速なアイヌの和人化などには抵抗を示す心情も見えます。ついには上司松平忠明と山道開発の件で衝突し免職となり、最後の章（「世間取沙汰の事」）には判読不明な文字が多々あるものの（文字の乱雑さか原本の虫損かは不明）、かえってそれが上のやり方に対する激しい憤りの心情が現れているようにも感じられます。<br />
<br />
各段落毎に編者の注釈があるので、わかりやすいと思います。原文も比較的読みやすい方だとは思うのですが、現代文の解説や注釈無しに全て理解するにはやはり難しいので（少なくとも自分のレベルでは）、今では研究も進み内容も古くなっている部分がある（かもしれない）とはいえこういう本の存在は有り難いものです。<br />
色々な作品で見知った最上徳内の業績の原典に触れられるという、今となっては貴重な本かもしれません。<br />
<br />
巻末の最上徳内の略伝については、もう少し後に出版された人物叢書<a href="https://yurutan.net/rekisou/?postid=26" class="postidlink">&gt;&gt;26</a>と合わせて読むのがいいのかとは思いますが、蝦夷地での業績を知るためだけでもこれで十分過ぎるほどのページ数となっています。<br />
<br />
<a href="https://yurutan.net/rekisou/?tag=%e6%9c%80%e4%b8%8a%e5%be%b3%e5%86%85" class="taglink" title="最上徳内">#最上徳内</a> <a href="https://yurutan.net/rekisou/?tag=%e8%bf%91%e8%97%a4%e9%87%8d%e8%94%b5" class="taglink" title="近藤重蔵">#近藤重蔵</a>  -- Posted by shinozakitakato 〔1288文字〕 No.43 ]]></description>
	<link>https://yurutan.net/rekisou/?postid=43</link>
	<guid>https://yurutan.net/rekisou/?postid=43</guid>
	<category>review</category>
	<pubDate>Wed, 11 Mar 2026 19:32:23 +0900</pubDate>
</item>
<!-- One Entry Data for RSS Feed -->
<item>
	<title><![CDATA[ ◆『間宮林蔵・探検家一代』 髙橋大輔　中央公論新社　2008… ]]></title>
	<description><![CDATA[ <span class="decorationC" style="color:#0099cc;"><b class="decorationB">◆『間宮林蔵・探検家一代』 髙橋大輔　中央公論新社　2008年</b></span><br />
<span class="decorationC" style="color:#0099cc;"><b class="decorationB">◆『国境の人 間宮林蔵』 髙橋大輔　草思社　2024年</b></span><br />
<br />
これらは同じ著者の書籍ですが、後者の『国境の人〜』は前者の内容を改訂の上、その後2014年にTV番組の企画としてサハリン、間宮海峡への探索行などを追加収載したものになるため、ここでは2冊同時に取り上げることにします。もし間宮林蔵に興味があってこれから手にしたい場合は、後者のみでも十分なのですが、個人的に間宮にハマった決定打が吉村昭の小説<a href="https://yurutan.net/rekisou/?postid=22" class="postidlink">&gt;&gt;22</a>読了後に前者の『〜探検家一代』を読んだことだったので、こちらも一緒に紹介しておこうと思います。<br />
<br />
前者は、著者が林蔵の樺太〜沿海州の探検の追体験のため、初回はサハリンへ、2度目は研究者などの伝手の協力を仰ぎ小型船でアムール川を下って満州仮府デレンの跡地を探索した記録をメインに、林蔵の故郷に伝わる彼の生い立ちから業績、シーボルト事件の火種となった彼自筆とされる樺太地図が収蔵されているオランダのライデンへも足を運んだりと、主に樺太探検と地図の行方を追跡した内容となっています。<br />
<br />
こちらを初読したのは2015年頃と記憶しているので、かれこれ10年経ち後者の『国境の人〜』を読むことで再読の形になっているわけですが、当初読んだ時より著者の探索が本当に大変だったと感じられるのは、自分も年齢を経て生活の経験値がそれなりに上がったからかもしれません。<br />
<br />
初回のサハリンでは、ホテルスタッフとの行き違いで鍵を渡されなかったために部屋に入れず、廊下で凍えながら一夜を明かしたりと、この時点で過酷な旅となっており、アムール川では船の燃料調達に難儀し漂流しかけるなど、こちらもハラハラする程の探検行は誰にでも出来ることではなく、またネット情報も今ほど手に入らなかったであろう中での手探り感も相まってとても興味深い紀行なのですが、林蔵の探検から2世紀経った今でも楽に安全に移動できる場所ではないのだということを思い知らされます。<br />
<br />
また、ウィルタやニヴフ、ウリチ・ナナイなど各地の人々との交流もされていますが、最終章では林蔵にアイヌの妻子がいたところまで突き止め、その子孫の方々にも取材しています。当時の蝦夷地のアイヌを取り巻く状況を念頭に想像し、綴られた物語に切なくなりました。そのこともあり、林蔵の人間的な部分も知ることが出来たこの本には個人的に思い入れがあったりします。<br />
吉村昭の小説では、アイヌ女性との交際は伝承として把握していたものの執筆当時は信憑性の点で採用しなかったとのことだったので、これが事実と解明されたことに驚きもしました。<br />
<br />
後者の『国境の人〜』については、間宮の探検の目的や意義、晩年の海岸や島嶼巡見など隠密的任務のこともあり、また昨今ロシアのウクライナ侵攻などの世界情勢につき、再編にあたって「国境」というワードを抜きにしては語れないため、このようなタイトルとなったのではと思います。実際、前書きには前著には無かった、当時の日本の鎖国の状況と国境の概念が確立されていく過程と歴史が解説されています。そして島根まで赴き、林蔵が関わったとされる浜田藩の「竹島一件」についても調査されています。<br />
<br />
前著の探検と調査の再掲に加え、その後2014年にサハリン西海岸を辿った間宮海峡（タタール海峡最狭部）までの探索については、現地で興味深いことを調査されており、最初に海峡を確認したとされる松田伝十郎が樺太西海岸のラッカで確認した「アムール川の河口」は本当にそれだったのか？という疑問を解消しています。<br />
そもそも松田と間宮の探検以前から、現地民への聞き取りにより樺太と大陸との間の海峡の存在は知られていたことなので、巷で海峡の発見者は松田か間宮か論争を繰り広げてもいささかナンセンスなのかなと思います。<br />
<br />
前著では未知の世界への探検家として、『国境の人〜』は隠密としての国防任務の要素を加え、同じ探検家の視点で間宮林蔵の全生涯の足跡を追った力作および労作といえるでしょう。著者ならではの動機や視点、また解釈が信頼性のあるものとなっており、紀行や探検モノに興味ある方にもよろしいのではないでしょうか。<br />
<br />
ただ正直に言えば、この改訂出版の流れは、間宮の全生涯のように未知への探究心はいづれ最終的にはナワバリを死守することに集約され、個々の情熱は全て一国に尽きると感じてしまい、特に今の世界の情勢がそうさせるものではありますが何とも言えない気分もあります。<br />
<br />
<a href="https://yurutan.net/rekisou/?tag=%e9%96%93%e5%ae%ae%e6%9e%97%e8%94%b5" class="taglink" title="間宮林蔵">#間宮林蔵</a>  -- Posted by shinozakitakato 〔1866文字〕 No.44 ]]></description>
	<link>https://yurutan.net/rekisou/?postid=44</link>
	<guid>https://yurutan.net/rekisou/?postid=44</guid>
	<category>review</category>
	<pubDate>Thu, 12 Mar 2026 05:42:00 +0900</pubDate>
</item>
<!-- One Entry Data for RSS Feed -->
<item>
	<title><![CDATA[ ◆『間宮林蔵と村上貞助の研究　村上島之允「蝦夷島奇観」の謎の… ]]></title>
	<description><![CDATA[ <span class="decorationC" style="color:#0099cc;"><b class="decorationB">◆『間宮林蔵と村上貞助の研究　村上島之允「蝦夷島奇観」の謎の解明の試み（アイヌ絵図と偽書）』 &nbsp;吉原裕　自家版　令和6年</b></span><br />
<br />
これはなんだか凄い本に出会ってしまったような感じがします。<br />
<a href="https://yurutan.net/rekisou/?postid=45" class="postidlink">&gt;&gt;45</a>で『蝦夷島奇観』の東博本は本当に秦檍丸（村上島之允）の自筆なのかという疑問の発端がこの本だったのですが、巷に多数存在する蝦夷島奇観の写本を比較検証し、その中でも年記と筆写（模写）した者の出自が判明している信憑性に足る写本を軸とし、他の写本の各絵図や文章との差異から東博本を蝦夷島奇観の原本（秦自筆）とするには多くの矛盾があるとのことで、それらを取り上げ検証した研究書になります。<br />
<br />
蝦夷島奇観の写本はこの本で紹介されたものだけでも20以上あり、そのうちネット上で閲覧できるものも半数ほどあるため当方もそれらを確認しつつ読みました。最も信憑性のあるクナシリ陣営の御備頭だった氏家厚時の筆写本（「氏家本」）、クナシリ通詞第五郎所有本を底本とした某氏筆写本（「通詞本」）（これら2つは内容から同じ底本からの写本だと推測される）、そして松浦弘（武四郎）写本（これも松浦筆かの疑念がある模様）の3つ以外は著者が秦とあっても著者の名を騙ることはいくらでも出来るため、比較の俎上には上げられていません。<br />
<br />
そもそも素人感覚でも、写本というからにはオリジナルの原本を遺漏なく忠実に写し取った上、筆写した者の名を明記するべきだとは思うのですが、寛政12年（1800）序の東博本を原本と設定すると、通詞本や氏家本が筆写された安政年間（1850以降）までの50年間は信憑性に足る写本や版行本が存在しないこと、また東博本に忠実な情報量の写本が存在しないこと、東博本の筆跡と重文『東韃地方紀行』『北夷分界余話』（間宮林蔵口述／村上貞助編・文化7年（1810）成立）（秦檍丸は文化5年没）の筆跡が同じことなどから、寛政12年秦檍丸名義の序も疑わしく、東博本『蝦夷島奇観』は後世（明治期以降か）に著されたものという結論に至っています。<br />
<small class="decorationS">※尚、重文『東韃地方紀行』『北夷分界余話』についても同様に明治期以降に著されたものだという同著者の研究本もありますが、そちらも読み進めている途中です（2026.4.5現在）。<br />
</small><br />
個人的に重文の『東韃〜』『北夷〜』を初めて見た時は、クセの強い流麗な文字の印象が強く、村上貞助はこういう字を書くのか〜と脳内にインプットされていたため東博本蝦夷島奇観の書き文字を見て強い既視感を覚えたのは間違いじゃなかったのかとは思うものの、師弟（養父子）の関係性で書き文字も師匠（養父）に寄せなければならなかったのかと若干考えましたが…そのあたりは著者も冗談交じりに突っ込みを入れておられます。<br />
<br />
皆まで言うのはどうかと思いつつも（物語などの創作物ではなく研究書なので、ネタバレの概念は無いと思い備忘として記しておきたい）、では「原」蝦夷島奇観の著者は誰だったのか。様々な検証を経た結果、松前藩の関係者だったのではないか、成立年代も嘉永〜安政年間、通詞本が筆写された安政4年（1857）よりそう遠くない以前という推論を導き出しています。<br />
そして東博本の成立は明治期以降とのことですがこれが事実だとすれば、何者かが何らかの目的で蝦夷島奇観は秦檍丸が著したものという証左を捏造したということになるのでしょうか。<br />
<br />
たしかに、アイヌに対して和人化を勧める幕吏の立場で、消え行こうとする異文化を惜しんで著したものに「奇観」というエキセントリックさを彷彿とさせる表題を付けるだろうかという極々個人的な疑問も持っていたもので（注：現代人としての個人の感覚ですが）。<br />
<br />
研究書のため、素人でも分かりやすい本では決してありません。参考資料絵図の掲載（転載）は一切なく、全て文章での解説になります。<br />
思うに、権利関係というのもあるかもしれませんが、写真や絵図を要所のみ掲載することで、「切り取り」による際立った印象になりかねないため、可能なら俎上に上げた参考本（写本）の全体を各々見られたし、ということだと勝手に受け取っています。<br />
それでも一応読了はしましたが、比較要素や項目が多岐に亘る上全ての写本を文章含め解読出来ていない（自分の能力も足りない）ため、正直整理と理解はおそらく全てしきれていません。<br />
<br />
この本は、著者の一連の偽書関連研究の最終巻（最新巻）であり、またこの辺りの研究は他者の手も含めこれからも進んでいくのだろうと思いますので、もっともこれが真なのか、最終結論になるのかは素人には判断が出来かねるのですが、かなり興味を惹かれるものなので他の巻も入手あるいは閲覧出来たら遡って追ってみたいです（市販はされていないのとそれなりに高価／北海道内の主要図書館には収蔵）。<br />
<br />
インターネット上で閲覧できる史料が増えたということもあり、昔に比べこのような研究が比較的しやすくなってきたというのもあるのでしょう。<br />
<br />
<br />
いやー、それにしても、研究って進むものなのだなと感心すると同時に、今までの（自分の中の）常識が覆るかもしれない怖さも感じています。<br />
そういえば秦檍丸は他にも『陸奥州駅路図』や『東蝦夷地屏風』なども制作しているけれど、特に後者は没年の前年の成立のため、蝦夷島奇観も合わせるとすると相当に筆が速かったことになり…幕吏としての仕事の傍ら果たしてそれだけのものを著すことが可能だったのかという疑問も湧いてきます。<br />
<br />
これから村上島之允の紹介的な漫画を描こうと思っていた矢先だったので、タイミングがいいのか悪いのか。<br />
こうなるとこの謎の多い人物について徹底的に調べたくなってきました（出来るかは別として）。<br />
<br />
<br />
<a href="https://yurutan.net/rekisou/?tag=%e6%9d%91%e4%b8%8a%e5%b3%b6%e4%b9%8b%e5%85%81" class="taglink" title="村上島之允">#村上島之允</a> <a href="https://yurutan.net/rekisou/?tag=%e9%96%93%e5%ae%ae%e6%9e%97%e8%94%b5" class="taglink" title="間宮林蔵">#間宮林蔵</a> <a href="https://yurutan.net/rekisou/?tag=%e6%9d%91%e4%b8%8a%e8%b2%9e%e5%8a%a9" class="taglink" title="村上貞助">#村上貞助</a> <br />
 -- Posted by shinozakitakato 〔2361文字〕 No.46 ]]></description>
	<link>https://yurutan.net/rekisou/?postid=46</link>
	<guid>https://yurutan.net/rekisou/?postid=46</guid>
	<category>memo review</category>
	<pubDate>Sun, 05 Apr 2026 21:27:16 +0900</pubDate>
</item>

	<!-- END ENTRIES -->
</channel>
</rss>

