全年全月7日の投稿(時系列順)[3件]
2024年9月 この範囲を新しい順で読む この範囲をファイルに出力する
2024年11月 この範囲を新しい順で読む この範囲をファイルに出力する
タグの人物名、あだ名だとぱっと見分かりづらいので、実名にしました。
検索避けも意識していたんですが、そもそもRSS公開しているのであんまり意味ないんですよね…笑
ここは、推し人物の小ネタとか妄想を垂れ流す程度の場所であります。そんな真面目じゃないです。
タグを直していたらやっぱり変換でつまづくのがシマ先生。「允」の字が「じょう」で出てくれない(音読み「イン」で出る)。辞書登録するべきかなと思いつつ、「丞」の字を使っている資料もあるので、これはどうしましょうね。
意味的には両方共、"たすける"的なものなので、どちらも間違いではないのだろうし、武士の名乗りとして多い字だけど、便宜上統一はしておきたいので、多くの小説や資料で用いられている「允」を当方では使うことにします。
村上島之允(しまのじょう)は、私の中では「表記ゆれ大王」の異名を持っています。先のように島之丞と表記するものもあり。
昔当時なら旧字の「嶋之丞」もあったように記憶している(嶋の方が当時は正なのでしょうが)。あと「志摩之丞」とか。
伊勢の神職の出身で、そちらの方の別名が秦檍丸(はたのあわきまる)というのですが、この表記も読みもまあ、資料により統一しない。表記は他に「檍麿」「檍磨呂」「檍麻呂」、読みも他に「あわきまろ」「あわぎまろ」「あおきまる」「あおきまろ」など。
島之允も「しまのすけ」とか、また第三者が村上檍丸と呼んでいる資料もあったりで、何通りあるねん!と突っ込みたくなる(笑)
とはいえ、彼の著作絵図の自筆署名には「檍丸」と表記されているので、そちらが正規なのだろうと。
昔の人、他人の名前の表記や読みが意外とアバウトなので、こういう現象が起こりがちなのかな。
幼名や諱とか、また通称とかフリーダムに幾つも持っていたりコロコロ変えたりもあっただろうしな…聞き取りや発音の揺れも影響したのかもしれない。
「檍」は日本書紀に「あわ(は)き」と読む植物(神木?)として登場するらしく、どんな木なのか詳細は不明らしい。園芸種のアオキとも異なるそう。これは神職の出らしい命名だなと思います。
#村上島之允
検索避けも意識していたんですが、そもそもRSS公開しているのであんまり意味ないんですよね…笑
ここは、推し人物の小ネタとか妄想を垂れ流す程度の場所であります。そんな真面目じゃないです。
タグを直していたらやっぱり変換でつまづくのがシマ先生。「允」の字が「じょう」で出てくれない(音読み「イン」で出る)。辞書登録するべきかなと思いつつ、「丞」の字を使っている資料もあるので、これはどうしましょうね。
意味的には両方共、"たすける"的なものなので、どちらも間違いではないのだろうし、武士の名乗りとして多い字だけど、便宜上統一はしておきたいので、多くの小説や資料で用いられている「允」を当方では使うことにします。
村上島之允(しまのじょう)は、私の中では「表記ゆれ大王」の異名を持っています。先のように島之丞と表記するものもあり。
昔当時なら旧字の「嶋之丞」もあったように記憶している(嶋の方が当時は正なのでしょうが)。あと「志摩之丞」とか。
伊勢の神職の出身で、そちらの方の別名が秦檍丸(はたのあわきまる)というのですが、この表記も読みもまあ、資料により統一しない。表記は他に「檍麿」「檍磨呂」「檍麻呂」、読みも他に「あわきまろ」「あわぎまろ」「あおきまる」「あおきまろ」など。
島之允も「しまのすけ」とか、また第三者が村上檍丸と呼んでいる資料もあったりで、何通りあるねん!と突っ込みたくなる(笑)
とはいえ、彼の著作絵図の自筆署名には「檍丸」と表記されているので、そちらが正規なのだろうと。
昔の人、他人の名前の表記や読みが意外とアバウトなので、こういう現象が起こりがちなのかな。
幼名や諱とか、また通称とかフリーダムに幾つも持っていたりコロコロ変えたりもあっただろうしな…聞き取りや発音の揺れも影響したのかもしれない。
「檍」は日本書紀に「あわ(は)き」と読む植物(神木?)として登場するらしく、どんな木なのか詳細は不明らしい。園芸種のアオキとも異なるそう。これは神職の出らしい命名だなと思います。
#村上島之允
2025年3月 この範囲を新しい順で読む この範囲をファイルに出力する
◆『北冥の白虹(オーロラ)』 乾浩 新人物往来社 2003年
最上徳内の全生涯について描かれた小説です。とはいえ、やはり業績が豊富なので、晩年のシーボルトとの交流などは大まかに駆け足になってしまっていますが、9度の蝦夷地渡海をメインに、資料に基づいてみっちり描かれています。蝦夷地探査に関わった人物はこの時代にも沢山いて、まあ山のように役職や人名が出てきます。ある程度、ロシアの南下政策や寛政蝦夷蜂起(クナシリ・メナシの戦い)などの予備知識を入れておかないと、スムーズに読み進めることは難しいかもしれませんが、巻末に参考資料一覧があり、淡々とした史実の記録の中にも冒険譚的に人物を活写しようという意欲が感じられる作品になっています。
とても唸らされたのは、近藤重蔵に対する心情なのですが、役目に燃えるあまり脱落した部下を置いてさっさと先へ進んでしまう近藤はその傲慢さもあって周りからの評判が良くなかったものの、徳内にはそのような悪口を叩く部下たちの意識が低く見え、むしろ自分が近藤を支えなければとの意欲に燃えたというのがかなり印象的でした。松前藩の圧政に虐げられるアイヌたちには情を寄せる徳内でも、武士の身分に甘んじながら、理不尽とはいえ上役に不平不満を垂れる部下たちの姿は見苦しいものだったというのになるほどなと思ったら、その後の探索では自分の上役になる松平忠明とやりあったりと、おやおや?となる場面もあるのですが、一貫しているのは、アイヌに対する上役の対応の良し悪しの部分なのかなと。近藤は「大日本恵登呂府」の標柱に、和人のみならずアイヌ従者の名(和名に改名されてはいたが)も書き入れ、自分に付いてきた者は区別なく証人として取り上げたというのは近藤の業績の中でも有名な話です(もっとも、当初はアイヌ従者の間でも強引な近藤に不満を持っており、そこを徳内が近藤を取りなしつつ隊の調和を図っていたといわれている)。
ちなみに近藤に置いていかれた部下の一人が村上島之允なのですが、徳内の村上に対する同情の念もなるほどな、と思いました。絶対村上は近藤のことが嫌いだろうと思っている自分の次元が低く恥ずかしいです…(苦笑)考え改めるべきか
作者の近藤に対する思い入れが強いのか、好意的に書かれているのが興味深いのですが、同じ作者の小説で近藤を主人公にしたものがあり、以前読んで面白かったのでいずれ再読して紹介しようと思います。
北辺の択捉島やウルップ島の自然の豊かさに一個人として感激しつつも、ロシアや諸外国の手が伸びる前にいち早く開発するべきという役人としての使命感の狭間で懊悩する様子も度々描かれ、そうだよそういうことなんだよなと。資源開発と自然保護は相性がとことん悪い。
国か、人々の生活か、環境か…イジュヨとのエピソードにしろ、世の中の様々な課題が包括されている作品にも感じられました。
#最上徳内 #近藤重蔵
最上徳内の全生涯について描かれた小説です。とはいえ、やはり業績が豊富なので、晩年のシーボルトとの交流などは大まかに駆け足になってしまっていますが、9度の蝦夷地渡海をメインに、資料に基づいてみっちり描かれています。蝦夷地探査に関わった人物はこの時代にも沢山いて、まあ山のように役職や人名が出てきます。ある程度、ロシアの南下政策や寛政蝦夷蜂起(クナシリ・メナシの戦い)などの予備知識を入れておかないと、スムーズに読み進めることは難しいかもしれませんが、巻末に参考資料一覧があり、淡々とした史実の記録の中にも冒険譚的に人物を活写しようという意欲が感じられる作品になっています。
とても唸らされたのは、近藤重蔵に対する心情なのですが、役目に燃えるあまり脱落した部下を置いてさっさと先へ進んでしまう近藤はその傲慢さもあって周りからの評判が良くなかったものの、徳内にはそのような悪口を叩く部下たちの意識が低く見え、むしろ自分が近藤を支えなければとの意欲に燃えたというのがかなり印象的でした。松前藩の圧政に虐げられるアイヌたちには情を寄せる徳内でも、武士の身分に甘んじながら、理不尽とはいえ上役に不平不満を垂れる部下たちの姿は見苦しいものだったというのになるほどなと思ったら、その後の探索では自分の上役になる松平忠明とやりあったりと、おやおや?となる場面もあるのですが、一貫しているのは、アイヌに対する上役の対応の良し悪しの部分なのかなと。近藤は「大日本恵登呂府」の標柱に、和人のみならずアイヌ従者の名(和名に改名されてはいたが)も書き入れ、自分に付いてきた者は区別なく証人として取り上げたというのは近藤の業績の中でも有名な話です(もっとも、当初はアイヌ従者の間でも強引な近藤に不満を持っており、そこを徳内が近藤を取りなしつつ隊の調和を図っていたといわれている)。
ちなみに近藤に置いていかれた部下の一人が村上島之允なのですが、徳内の村上に対する同情の念もなるほどな、と思いました。絶対村上は近藤のことが嫌いだろうと思っている自分の次元が低く恥ずかしいです…(苦笑)考え改めるべきか
作者の近藤に対する思い入れが強いのか、好意的に書かれているのが興味深いのですが、同じ作者の小説で近藤を主人公にしたものがあり、以前読んで面白かったのでいずれ再読して紹介しようと思います。
北辺の択捉島やウルップ島の自然の豊かさに一個人として感激しつつも、ロシアや諸外国の手が伸びる前にいち早く開発するべきという役人としての使命感の狭間で懊悩する様子も度々描かれ、そうだよそういうことなんだよなと。資源開発と自然保護は相性がとことん悪い。
国か、人々の生活か、環境か…イジュヨとのエピソードにしろ、世の中の様々な課題が包括されている作品にも感じられました。
#最上徳内 #近藤重蔵
拙著ミチノエキクエスト3 の裏表紙裏イラスト。
ここまで来ると、あのページを利用して歴史創作に足を突っ込もうとしていたと思われても仕方ない。
しかも上の本文内容が、殿様街道ウォーキングの紀行も入っているしで、本当にやりたかったことは道の駅というよりそっちでしょ?とツッコミが入りそう。
伊能先生、別段私が語らなくても有名で偉大すぎる御仁だけど、それだけに知っているエピソードに間違いないのかを再確認する作業が地味に難しい。参考の本を読み返したり要約するのが意外と難しい。私だけかな。
北海道南の福島町に建立された伊能忠敬像、実物をまだ見に行けていないので行かねば…
ゴルファー(またはキャディ)のポーズみたい?と思ったけど、あの競技も地形を読むことがカギになってくるので、まあ通じますよね…
#伊能忠敬